大戦の追憶
ハヤヒトが目覚めて2週間ほどで分かったこと。それは世界全体の強さのレベルが大戦時よりも大幅にダウンしている事実だ。蜂の巣ゾルカン程度の強さでも、近隣ギャングに恐れられるくらいだから、推して知るべしである。
推測だが、エリュシオンの上位クラスの傭兵団の頭でも、アヤネにすら及ばない強さの者は多いのではないか?
ゆえに大戦時でも超一流だった緋眼のマリカや、暴王マードックが、ずば抜けて目立つ存在となっているのだ。
『とにかく、イスカはもちろん、第2大隊のみんな。ミナギやリリス、ラギラにシオン。ヒゲに影姫。みんなを、さっさと探さないことには話にもならんな』
「…………」
安いちゃぶ台に肘をついて考え込むハヤヒトに、アヤネはぴたりと寄り添って離れない。そこへザニルスが入ってきた。
「お頭、ちょっといいか。とりあえず、メンバーを20人ばかし集めてみたんだけどよ」
エリア内の巡回から帰ったザニは、ちゃぶ台の上にファイルを投げ出した。
「俺のリガー(バイク乗りのこと)関係の知り合いだ。腕はそれなりだけど信頼できるヤツばかりさ。まず、頭数を揃えなきゃなんにもならねぇからな」
「そうか。なら、そっちの管理はお前に任せる」
ハヤヒトは素っ気ない。何しろ、かつての仲間の安否、朧月刹那のこと、大戦後の大混乱の謎など。考えることは山ほどあるからだ。だが、それがザニルスには気に入らなかったようで。
「あのな。あんたの傭兵団の部下なんだぜ。顔くらい見てやってくれよ」
言った後で、しまったと思うザニルス。何しろ目の前にいる男は、あの恐怖の暴王マードックの右腕をぶった斬るなどという離れ業をやってのけたのだ。下手に怒らせたら、自分など一瞬で首が飛ぶ。
だが。
「…ああ。確かにそうだ。すまなかった、ザニ。」
思わず逃げ腰になるザニルスに、ハヤヒトは素直に詫び、頭を下げた。
「い、いや、あんたはオレのお頭なんだからよ、簡単に頭を下げちゃいけねえって…」
「ほほう。そういや、そうだったな。では、よきにはからえ」
ポンッと2頭身の腹巻き姿になったハヤヒトは、そっくり返りながら鼻をほじった。その小さい(体も、人格も)だらけた姿。あのマードックを撃破した凄味はカケラもない。
「…ま、いいや。とりあえず会ってくれよ」
「うむ。くるしゅうないぞよ」
完全にギャグモードに入ったハヤヒトは、団扇で顔を扇ぎながらケラケラ笑った。
『ほんと、大丈夫かな、こいつ』
ザニルスは内心で首を傾げたが、すぐにやめた。普段おちゃらけていようが、あのマードックを撃破した事実だけは確かなのだ。そんな真似ができる人間をザニルスは他に知らない。
かくしてハヤヒトは、新メンバーたちとの面会を果たしたのだった。
これで、傭兵団『曙光』の構成員数は24名になった。数だけ見れば一気に6倍に増えたわけだが。
「お頭と、アヤネちゃんが戦闘力の大半なのが、ちょっと残念よね。」
ジグが苦笑する。
「それは、これから何とかするさ」
ザニルスの目は生き生きとしていた。これまでジグが見たこともないほどに、楽しそうである。目標、やりがいを見つけた人間とはそういうものだ。その一方で、ハヤヒトはというと。
『こりゃ、しばらくは俺とアヤネだけで戦った方がいいな』
という結論に達していた。新メンバーたちのレベルを見極めるに、訓練を施しても、その戦闘力は大戦時に率いていた部隊員の三割にも満たないだろう。
当然である。素質云々もあるが、身体能力を上げるバイオメタルアンプルを投与していないのだから。もし大戦の生き残りと戦えば、ひとたまりもない。
熱意と希望に満ちあふれて入団してくれた彼らを無駄死にさせるなど、ハヤヒトには絶対にできないことである。
「まあ、しばらくは基礎訓練だな。シオンがいてくれたら楽だったんだが」
「なんだよ。また昔のお仲間の話かよ」
ザニルスが不機嫌そうな顔をする横で、ジグが興味深そうに尋ねる。
「その人も強いの?」
「ああ。それに俺と違って生粋の軍人だ。新兵の訓練はお手の物さ」
ハヤヒトの脳裏に、セミロングの金髪、蒼い瞳をした長身の美女が浮かぶ。
シオン・イグナチョフ。銃の腕はアスラ部隊でも1、2を争う強者だ。
「無いものねだりをしても仕方がない。今日から訓練に入るぞ」
「わかった」
「りょーかい」
ザニルスとジグは嬉しそうに頷いた。
『だが、これで1ヶ月はロスしちまう。まあ、今はアンリエッタの情報を待つしかないから、ちょうどいいか』
ハヤヒトは逸る気持ちを無理やり押さえ込んだのだった。
…時は百年ほど戻る。
ニューコミューンのアスラ部隊と、ノーブルキングダムのレギオン部隊。この、たかだか1千人ずつほどの部隊が大戦の末期、戦況を大きく左右したのはれっきとした事実だ。はっきり言えば、どちらかが欠けた戦場では必ずその陣営が負けたのである。アスラ部隊のみが参戦したならば、キングダム軍が。レギオン部隊ならばニューコム軍が敗北したのだ。
こうなると、自然にこの精鋭部隊は、両上層部の意向で同じ戦場に配置されることになる。そして互いのにらみ合いが続く横で、通常部隊の戦闘が行われることが常になっていた。
「…というわけで例によって、リグリットシティ近郊の小競り合いになる」
ブリーフィングルームで、ウガヤ・イスカがその覇気に満ちた声で宣言した。
ここはブラウヴィント基地。ニューコム軍とキングダム軍の最前線に位置する軍事基地である。ニューコム軍の最精鋭、アスラ部隊はもちろん、ウガヤ派閥に属する多くの軍人が駐屯している。その数、およそ5万名。ゆえに、上層部もそれを軍閥化だと問題視しているが。
「では、私とアスラ部隊は引き上げさせてもらおう。レギオンと戦うのはあなた方におまかせする」
傲然と言い放つウガヤ・イスカの前には沈黙するしかない。何しろアスラ部隊が駐屯する以前は連戦連敗。たかだか千人ほどのレギオン部隊に、万単位の軍が何度潰走させられたことか。
しかも、このウガヤ・イスカは、ニューコミューン軍の創設者。ウガヤ・アスラ元帥の娘である。絶対的なカリスマの娘という影響力は大きく、信奉者は多い。また本人がアスラ元帥の再来と称される戦争の天才。まさに始末に負えない。
ここで、ウガヤ派と勢力を二分する樟葉元帥は発想の転換を促した。どうせ軍閥化するのなら、まとめて最前線に固めておいたほうがよかろうと。そうすればレギオンの抑止にもなり、仮に裏切ったとしてもそれを口実に背後から撃てる…。
「と考えているだろうよ。浅はかな老人どもはな」
イスカは細巻きタバコを優雅にくわえながら笑う。彼女はそれら全てを計算した上で、最前線に戦力を集中しているのだ。
「上のアホどもはどうでもいいよ。で、今回アタイらはどんするんだい」
1番隊隊長の緋眼のマリカが、キセルを吹かしながらイスカを見る。司令に対してぞんざいな口の聞き方であるが、それを咎める者は、アスラ部隊には鷲羽蔵人くらいしかいない。ましてや、マリカはイスカの親友でもある。そしてイスカは全く気にした様子もなく、マリカに答えた。
「どうもせん。いつものにらみ合いだ。向こうもそう思っているだろう…、が。」
イスカは切れ長の瞳をギラリと光らせた。
「今回はそのウラをかく。積極的攻勢に出るぞ」
「そいつはありがてぇな。斬って斬って斬りまくれる」
4番隊隊長、大蛇斗膳が、その名の通り大蛇のごとき目を不吉に細めさせた。この男は、元は大量殺人で服役中の重犯罪者であるのをイスカが特例でスカウトした。そういう点ではキングダムのマードックと似ており、その強さもまた折り紙つきだ。個人で殺傷した数ならば間違いなくアスラ部隊一だろう。
ただし、性格に極めて難があり、緻密な作戦にはまるで向いていない。ただ、手当たり次第に斬りまくるだけである。また、司令のイスカ以外では、マリカとハヤヒトくらいしか言うことを聞かない為、恐ろしく強いが、使いどころの難しい男なのだ。
「それで。具体的には、どのような作戦になるのだ。司令」
3番隊隊長、壬生時雨が涼やかな黒い瞳を向けた。黒髪を首までで揃えた、凛とした女性である。
彼女は古流剣法、鏡水示現流の継承者であり、また優秀な戦術指揮官でもある。その性格はまさに古武士のごとし。敵前逃亡は士道不覚悟などと融通のきかないのが、トゼンとは別の意味で困ったところだ。まあ、シグレに一騎打ちでも、部隊戦術でも勝てる相手はそうはいないのだが。
他には。
5番隊隊長トッド・ランサム。茶色の髪と瞳をした、お軽い性格の軟派男だが、その銃の腕はアスラ部隊一と称される。
6番隊隊長、鬼道院馬鞍。鬼道院流豪槍術の達人。大柄で、豪快お気楽な性格。
7番隊隊長A・カーチス。重火器のスペシャリスト。前述のトッド・ランサム、バクラと似たような性格からか、組むことが多い。
8番隊隊長・金剛一角。八門鬼神拳の継承者で、武骨極まりないイザナギ人の男。
などがいるが、あまり軍議で自発的に発言することはない。イスカの指揮能力に絶対の信頼があるからだ。…そんなわけで、イスカの話へ戻る。
「戦場となるリグリットの西方10キロほどの地点に洞窟がある。そこを使って奇襲だ。」
「イスカにしちゃ、おおざっぱな作戦だね」
マリカはキセルの煙草を燻らせている。
「まあ、最後まで聞け。我々が奇襲をかけるのではない。かけてくるのは、向こうの4番隊だ。」
イスカはにやりと人の悪そうな笑みを浮かべた。すぐにマリカはピンときたようだ。
「はは〜ん。ソイツを逆手にとって、あの死神を仕留めようってんだね」
「向こうはこちらが積極策に出るとは思っていまい。ここ3回の消極的な作戦行動は、その布石だ。ゆえに必ず成功する」
イスカの声は自信に満ちていた。それを聞いた大抵の者は成功を疑わず、盲目的に従わせるだけの覇気が込められている。実際にこれまでイスカの作戦が失敗したことはない。
「ハヤヒト。朧月刹那はお前に任せようと思うが、意見はどうだ?」
一同の視線が、それまで無言だったハヤヒトに集中する。こうして最後に意見を求められるのが常なのだ。
「作戦はそれで構わんと思う。だが、イスカ自身が行くなら、念のためにうちのラギラを連れて行ったほうがいい」
ハヤヒトが挙げたラギラという男は、彼が率いる2番隊の所属である。個人戦闘力でアスラ部隊でも5本の指に入る強者だ。剣狼の異名を持ち、比喩ではなく一騎当千を地で行く。元はキングダムの軍人だったが、とある作戦でハヤヒトに敗れて捕らえられ、そのままアスラ部隊に編入された。
その時の戦いは今も語り草になるほど激烈なもので、朧月刹那や死神トーマ以外にもこれほど強い男がいるものかとハヤヒトが感心したほどの男である。ラギラの方もそれは同じであり、自らを初めて完膚なきまでに叩き伏せたハヤヒトに強い興味を持ち、2番隊への配属を希望したのだ。ハヤヒトに極めて近い強さを持ち、かつ冷静沈着な性格は、2番隊の戦闘力を大きく高めた。
その男を保険に付けるということは、つまり。
「…ほ〜う。一騎打ちで私が死神に勝てないと思うのか?」
イスカの鋭い視線がハヤヒトを貫き、ブリーフィングルームに一種緊迫した空気が張りつめる。
…が、当の本人は平然たるものだ。
「いや、話がうますぎると思ってな。4番隊だけが奇襲をしかけてくるのも、その情報を事前にキャッチできたのも。」
ハヤヒトは勝てる勝てないの即答を避け、作戦の危険だけを述べた。
「言っとくけどハヤヒト。その情報を掴んできたのはアタイだよ」
緋眼のマリカが多少の不愉快さをにじませながら、キセルの灰を灰皿に落とした。
「知っている。」
「アタイが敵に気取られるマヌケだと言いたいのかい?」
「いいや。」
ハヤヒトの知る限りマリカは史上最高の忍である。彼女が本気で気配を断てば、その接近に気づける者が世界に何人いることか。
「つまり、マリカの潜入を前提にして、奴等はあえて作戦内容を明かしたと言いたいのか?」
「もしイスカがレギオン部隊の司令なら、それくらいはやるだろ。」
「……確かにな」
腕組みをしながら、イスカは頷いた。こういうふうにプライドをうまく刺激するのが彼女と交渉するコツであることを、ハヤヒトは短期間で学んでいる。
「策の裏をかかれたら、こっちは総司令を失う。向こうはたかだか一大隊。だから俺は慎重策を言ったまでだ。バクチを打つような戦局でもないしな」
ハヤヒトは軽く肩をすくめた。むろん、それが反対の理由の全てではない。だがそれを言えば、間違いなくイスカは作戦を強行するだろう。そうさせない為の気遣いだったが。
「私もハヤヒトに同意する。イスカ自ら出るのは危険だ」
という壬生時雨の意見。
そして。
「なあ、イスカ。こないだ俺ら、死神とやりあったけどよ。ありゃ、マジで化けモンだぜ。」
「だな。トッドの88口径マグナムどころか、俺の重ガトリングガンでもキズ1つつかねえし。結局、ヤツの念心障壁抜いたのって、バクラだけだろ」
「けど、俺の槍も似たようなもんだぜ。せいぜい、奴さんの軍服にかすり傷つけたくらいだからな。いっくらイスカでも、あれに無傷で勝つってのはムリだろ。」
トッド、カーチス、バクラの言葉が、せっかくのハヤヒトのお膳立てを帳消しにした。要は、彼女の剣士としてのプライドを強烈に刺激したのだ。それを聞いていたハヤヒトは、右手で顔を覆う。次の台詞は予想できた。
「…ふん。ならば、なおのこと私自身で確かめねばならん。私が認めるお前たちが、それほどまでに言う死神の強さをな」
「いや、あのなイスカ…」
「これは決定だ、ハヤヒト。私が不在の間、朧月刹那が率いるレギオン本隊への対応と指揮は、お前に全て任せる」
それはアスラ部隊の全指揮権をハヤヒトに委ねるという意味だ。たかだか大尉待遇の隊長に対して破格の扱いであり、また絶大な信頼の証なのだが。当然ながらハヤヒトは複雑極まりない表情を浮かべている。それを見て、イスカのご機嫌はさらにななめになる。
「不服なのか?」
「あ〜……」
ハヤヒトはイスカの目を見て、説得を断念した。こうなると絶対に止まらない性格なのは、これまでの付き合いで分かっている。己の能力に絶対の自信があるゆえに、負ける可能性を考えない危うさ。だからこそ、搦め手から攻めようとしたのだ。
「ハヤヒト。何を心配してんのさ。いくら死神が相手でも、タイマンでイスカが負けるわけないだろ」
マリカの言葉に、トゼンと壬生時雨を除く全員が頷いた。トッド・ランサムやカーチスも死神を評価するものの、イスカが負けるとは思っていないのだ。ハヤヒトにしても、相手が死神トーマでなければ、ここまで回りくどく反論しない。または、朧月刹那が相手でなければ。
…だが結局、ハヤヒトの心配をよそに積極策が採用される。ただし、イスカはハヤヒトの顔を立て、マリカと共に奇襲に向かうことになった。ハヤヒトの不安材料は倍加した。なぜなら、2人の性格は同じ激情型だからだ。
「まいったな…」
ハヤヒトが頭をかきながらブラウヴィント基地の廊下を歩いていると、蛇神斗膳と壬生時雨が追ってきた。
「よお、ハヤヒト。うかね〜顔だな」
黒い長髪に、蛇のように鋭い目。その身にまとうのは軍服ではなく着流しの着物。そして右手にはカップ酒。アスラ部隊以外では絶対に通用しない格好である。それが許されるのは、その化け物じみた剣の強さがあればこそ。
「何か気になることがあるのか?」
反対に、軍の規律を完璧に守って軍服を着用したシグレ。正義誠実を絵に書いたような瞳をハヤヒトに向けてきた。
「こっから話すのはオフレコで。いいな。」
「なんだ。オメーも負けると思ってんのか?あのイスカがよ」
トゼンの言葉に、ハヤヒトは苦笑する。この男は戦術や謀略とは無縁だが、戦闘の勝敗に関しては異様な嗅覚があるのだ。
「面白そうに言うな。万が一を考えてるんだ、俺は。」
「それで、もしイスカが負けた場合の対応策は?」
「負ける前に手を打つ。具体的には…」
ハヤヒトは己の考えを2人に伝えた。
「まあ、それならイスカの面子もつぶれねえわな。しかし、オメーは、そういう小細工が好きだねえ」
つまみの裂きイカをくわえながら、くっくっくとトゼンは笑う。
「確かにそれなら安心だが、2番隊の指揮は誰がとるのだ?それに、アスラ全部隊の指揮は?」
「2番隊はアヤネに俺の軍服を着せて影武者にする。指揮はリリスに任せる。リリスなら、俺の戦術を模倣して使えるからな。」
「しかし、それでは朧月刹那には見抜かれるのではないのか?」
銀髪の小悪魔リリス、本名リリエス・ローエングリンは確かになんでもできる天才少女だが、その反面、どのスキルも一流どまり。つまり、超一流には敵わないのである。
「だから防御に集中させるのさ。そうすれば、逆にレギオンの刹那は勘ぐるだろう。消極過ぎると。引いては、策を仕掛けた4番隊の安否確認に繋がる」
「よくわからね〜が、ようするにオレはいつも通りでいいんだな。」
「ああ。派手に暴れまわって、目を引き付けてくれ。俺の予想じゃ、2時間もあれば決着はつく」
トゼンは嬉しそうに頷き、安物のカップ酒をあおった。
「なら、ハヤヒト。マリカとイスカにもそれを伝えたほうがいいのではないか?」
「シグレ。」
「…そうだな。あの2人の性格なら、聞くはずがないか」
壬生時雨はマリカとは古い付き合いである。そのマリカから、イスカの性格のこともよく聞かされていた。要は似たもの同士なのだ。イスカのほうが冷静に見えるが、それは激情を理性で覆い隠しているだけである。
「本音を言えば、今回は出撃すべきじゃない。だが、今さらひっくり返すこともできない以上、状況を有効活用させてもらうさ」
死神トーマは、間違いなくこちらの奇襲に備えているだろう。それでもなお罠を噛み破る自信があるから来るのだ。ならば、その予想を上回る戦力を投入すればよい。
「イスカとマリカ、それに俺の3人がかりなら、たぶん勝てるだろう。考えようによれば、死神撃破のチャンスと言えなくもない」
ただし、引き際だけは注意しないと、最悪アスラ部隊本体がレギオン部隊に撃破される。それだけは避けねばならないことをハヤヒトは強調した。
「わかった。今回はオメーの策にのってやらぁな。1つ貸しだぜ」
「お前は暴れるだけだろうが…」
まあ、その暴れ方が半端ないので、十分な陽動にはなるだろう。
「私もそれを念頭に置いて動こう。」
「助かる。」
壬生時雨の黒い瞳には、ハヤヒトへの深い信頼と、もう1つの感情が込められている。信頼はともかく、後の感情にハヤヒトが気づくのは、ずっと先のことだ。
…ともあれ、翌々日に作戦は開始された。そして、ウガヤ・イスカは生涯初の敗北を喫することになるのだが、それを語るのはまた別の機会に譲らせていただこう。




