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マーセナリーエイジ  作者: きさきしゅん
10/17

いわゆる運命の出会い2

(ハヤヒト視点)


ミナギが珍しく憮然として帰宅したあの日のことは、よく覚えている。

確か、俺は縁側で骨董大全集を読んでいた。


「ハヤヒト様。あなたにどうしてもお会いしたいと、この方が」


「お邪魔しているよ。暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)どの」


それがウガヤ・イスカという女の口から聞いた最初の言葉。


初対面の印象は『豪華絢爛』。別に派手な装飾具などを身に付けているわけでもないのに。全身からあふれる覇気と、揺るぎない自信に満ちた黒い瞳が、彼女をそう見せていた。


「キミが、あの煌華暁流(こうかあかつきりゅう)継承者なのか?」


「まあ、一応そうなるな。」


ちらりとミナギを見ると、申し訳なさそうに頭を下げた。


聞けば、麓の街で不埒な兵士を、ミナギが煌華暁流の格闘技でシバキ倒したらしい。で、それをスカウトしようとしたら、俺の存在にたどり着いたそうな。そして、イスカはしばらく俺の目を見つめた後にこう言った。


暁疾人(アカツキ・ハヤヒト)。単刀直入、簡潔明瞭に言う。キミを我がアスラ部隊にスカウトしたい。その剣の腕が、私には必要なのだ」


「断わる」


その時、イスカの隣にいたクランドのおっさんの驚いた顔は忘れられない。聞けば、イスカが誰かに『私には必要だ』などと頼むのは稀有なことらしい。ついでにその頼みを正面から蹴ったのは、俺が初めてだったそうだ。


「別に俺の力なんぞ、あんたにはいらないだろ。どう見てもあんた、俺よりも強いしな」


「それは私が超高性能バイオメタルアンプル、ゼクスレイを投与しているからだ。同じものを使えば、お前も同様の強さを得る」


既にキミからお前に呼び方が変わっている。それに違和感を覚えないあたりに、逆に感心したものだ。


「最初はな。彼女をスカウトするつもりだったのだ。ところが」


なんと、彼女よりも遥かに強い正統継承者がいると本人から聞いてしまった。それでこうして会いに来たわけらしい。


「持ち上げてもらって恐縮だが、俺は軍隊なぞに興味がない。お茶だけ飲んで帰ってくれ」


煌華朧月流(こうかろうげつりゅう)


形のよい唇から、その言葉が紡がれた。


「……………」


「ほう。やはり目の色が変わったな」


口元の笑みが意地悪なくせに、異様に美しいのが気にさわる。


「あんたはニューコム軍だったな。とすれば、いるのかキングダム軍に。あの朧月流の継承者が」


「しかも最精鋭部隊レギオンの総司令としてな」


「………………」


そして30分後には、アスラ部隊に入隊することが決まっていた。あの名を聞いてしまったからには、暁流伝承者として放ってはおけない。少なくとも、そいつを倒すまでは。


「よし。では、これからお前は私の戦友だ。よろしくな、ハヤヒト」


ビシュッッ!!


挨拶と同時に斬り込んできた刀を、俺はミリ単位で見切って避けた。


「ほう。さすがだな」


「ハヤヒト様!!」


ミナギが殺気立って、俺の前に出ようとする。その手を引いて、軽く頭を左右に振ってみせた。


「合格か?」


この程度の不意打ちもかわせないようでは、アスラ部隊とやらの隊長はつとまらない。その為のテストだろう。


‥なんて俺は考えていたのだが、このイスカという女。そんな甘ったるい者では断じてなかった。


「ふむ。殺すつもりだったのだが、かわすとはな…。期待以上の超反応だ。あれを投与すれば、さらに伸びるか。なるほど。父上が敗れたのも合点がいく」


「おい…(怒)」


「冗談だ。私がそんな無情な女に見えるか」


見え見えだ。少なくとも、利用価値が無くなれば、ポイ捨てされそうな雰囲気たっぷりである。


まあ、ともあれ、朧月流が表舞台に出たからには、それを止めるのが暁流の宿命…らしい。俺の師、暁珠織(アカツキ・タマオリ)からも、耳タコ状態で聞かされた継承者の義務である。


しかし、正直なところ俺にやる気は薄かった。一千二百年前からの因縁かどうかは知らないが、流派の争いなんぞに俺は興味はないからだ。


その考えが変わるのに、5分もかからなかった。イスカの持っていた端末で、1つの戦闘映像記録を見たからである。それは、ニューコム軍とキングダム軍の数千人単位の中規模会戦の記録。ずば抜けて鋭い動きをする部隊が2つ。たかだか百名ずつ程度の2部隊に、数千人はいようかというキングダムの軍は塵芥のように蹴散らされ、あっという間に指揮中枢部を撃砕された。


「これが朧月刹那(ロウゲツ・セツナ)、そして死神の異名をとる、叢討魔(ムラクモ・トーマ)だ。今のところ、こいつらに我が軍は連戦連敗でな」


1人は黒い軍服を着た、すらりとした長身の男。鋭気に満ちた涼やかな瞳。その凄まじい剣技から、こいつが朧月流継承者、朧月刹那だとすぐに分かった。


問題は次の男だ。身長は俺と同じくらい。飄々とした雰囲気のイザナギ人なのだが。


「こいつは…」


画面上で死神トーマは信じられないことをやってのけた。戦車を片手で持ち上げて、ひっくり返したのだ。人間の身体能力を何倍にも増幅させるバイオメタルアンプルのことは、俺も知っているが。


「こんなアホみたいな真似ができるヤツはニューコムにいるのか?」


「私には無理だな。クランドにも。」


あっさりとイスカは否定した。確かにいかに強化しても、あんなバケモノじみた真似ができるとは思えない。何よりもあの念心力(サイキックパワー)だ。


「計測では1000万ニューロンと出ている。」


「それ、凄いのか?…いや凄いんだろうな」


科学にはとんと疎い俺は、数値を出されてもよく分からない。だが、全身にまとう念心障壁(サイキックフィールド)は、雨あられと撃ち込まれる銃弾を弾き、振るう刀は白い閃光と化してニューコム軍兵士や戦車、装甲車をなぎはらう。これが規格外の筋力と合わさることで、あのバケモノじみた戦闘力を生み出しているのだ。


「しかし映像を見る限り、こいつ戦い方はド素人だな…」


剣術も格闘術もクソもない。ただ、筋力と念心力(サイキックパワー)に任せて刀を振り回しているだけである。


「だとしたら、厄介な素人もあったものだ。何せこの死神1人に、ニューコム軍兵士は1726名も殺られている。」


「…………」


俺は画面の死神の観察を続けた。ヤツの眼が気になるのだ。あれは、まさかと思うが、業魔瞳(ごうまのひとみ)

だとすれば…。


「…分かった。入隊させてもらおう」


「ほう。剣客としての血が騒いだか?」


「いや……」


別の意味で俺は危惧を抱いたのだ。目の前にいるイスカという女は、さっきの太刀筋を見る限り、夢幻一刀流の達人だろう。それも世にも稀な天才であり、相当の腕だとは思う。


‥だが、恐らく朧月刹那には順当に押し負ける。なぜなら、女と男の違い。基本的な体力差があるからだ。加えて朧月流継承者の持つ刻龍眼(こくりゅうがん)。相手の気脈と経脈を視ることで、一瞬先の動きを予知できるという伝説が正しければ、ヤツに勝てるのは煌龍眼(こうりゅうがん)を持つ俺だけだ。


あの死神にいたっては、さらに相性が悪い。あらゆる特殊能力や技を無効にする業魔瞳(ごうまのひとみ)。加えてあの史上最強とも思える筋力と念心力。朧月刹那以上に、能力差がありすぎる。戦えば、この女は必ず負ける。それは予言ではなく、正確な情報に基づいた確信だった。もちろん、彼女の誇り高すぎる性格は初対面で理解したので、面と向かっては言わなかったが。


『朧月流は乱を好み、覇を求める。お前がいくら避けたところで、覇道の前に邪魔な暁流を潰しに来るのは間違いない。必ず戦うことになるじゃろうよ。』


俺の師は事あるごとにそう言っており、俺は引きこもれば問題ないと笑い飛ばしていた。だが、事態は戦わざるを得ないところにまで直進してきている。


ニューコム軍が破れれば、その勢力下にある新陽の街にもキングダム軍が駐屯する。間違いなくあの朧月刹那は俺を探しだし、必ず殺そうとするだろう。朧月流に勝ちうる可能性を持つ唯一の流派が暁流と知っているからだ。そして朧月流は勝つために手段を選ばない。大部隊で殺しに来るのは間違いなく、いくら剣が出来るとは言っても数には勝てない。


まあ、逃げればすむことだが、いつまでも逃げ回るのは疲れるし、第一にシャクに触る。なんで俺がこそこそと逃亡生活をしなければならないのか?


そんなわけで俺としてはニューコム軍が破れれば困るわけで、事実上選択肢はなかった。


「え〜と、イスカさんだったか?」


「呼び捨てで構わんぞ。隊長格は皆そうしている」


プライドが高いと思いきや鷹揚な面もあるらしい。覇気と野心を、冷徹で固めて創られているように見えるこの女性。その魂の奥底に熱い情愛がひそんでいることを後に俺は知るが、この時はさすがにそこまで推察はできなかった。


「では、イスカ。俺が入隊するにあたって、2つ条件がある。」


「聞こう」


イスカは形のよい指を組み合わせ、興味深そうな視線を向けてきた。


朧月刹那(ロウゲツ・セツナ)叢討魔(ムラクモ・トーマ)。この2人を倒した時点で、俺は除隊する。これが1つ」


「いいだろう。あの2人さえ倒せば、後はさしたる障害はない。」


あっさりとイスカは了承した。逆に言えば、朧月刹那と叢討魔が、いかに脅威かの証明でもある。


「で、次は?」


「戦場における俺の部隊の独立行動権。あんたの作戦指揮には基本的に従うが、状況次第では勝手に動かせてもらう」


「そんな勝手が軍で通ると思うのか!!」


怒声を浴びせてきたのはイスカではなく、隣にいた隻眼のおっさん、クランドだった。まあ、気持ちは分かる。俺だって、若僧にこんな要求をされたら怒るだろう。


だが、イスカは微笑を浮かべて答えた。ただし、肉食獣めいた、であるが。


「それも構わん」


「イスカ様!!」


「その大口に見合う実力がなければ、即座に除隊させるか、あるいは勝手に戦死するだけの話だ。こちらに損はない。」


「しかし、規律がですな…」


なおも難色を示すクランドに、イスカは涼やかな視線を送った。


「アスラ部隊の隊長格で、そんなものを律儀に守っているのはシグレとイッカクくらいだろう。今さら1人増えたところで変わりはせんよ。」


「…そこまでおっしゃるなら、仕方ありますまい。まあ、腐っても煌華暁流継承者ですしな」


「…入隊すんのやめるぞ、おっさん」


とまあ、こうして俺はニューコム軍の最精鋭、アスラ部隊に、特務大尉という待遇で入隊することになったわけだ。


それから、ニューコムとキングダムの停戦合意が成されるまでの13ヶ月間。レギオン部隊の総司令セツナや、死神トーマとの激戦が繰り返されるわけだが、それはまたおいおい語られるだろう。

今は、停戦合意後に起こった大破壊。荒廃しきった世界の謎を探ることが最優先なのだから

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