男side
俺の大好きだったおばあちゃんが死んだ一週間後、
俺の最愛の彼女がデートの後にトラックに轢かれて死んだ。
人生の絶望のどん底にいた俺を救うかのように、
神様は俺を大学推薦合格させてくれたように思った。
あるいは、おばあちゃんと彼女が。
俺だけを置いて行った懺悔で合格させてくれたのかもしれない。
震えるはずのないスマホから、着信を知らせる音が鳴った。
彼女から。
死んだ彼女からの着信。
彼女とお揃いにした彼女だけの着信音が部屋に響いた。
「今からそちらへ行きます。今家を出ました。」
「最寄駅に着きました。電車に乗ります♪」
驚いているだけじゃいけないと思い、LINEを開く。
間違いない。彼女だ。
彼女が俺を置いて行ったことを後悔して。
俺を殺しに来たんじゃないか──────?
「日が暮れてきました。そちらの駅へつきました」
彼女らしい淡白なLINEが、俺の画面に映っていた。
もうすぐ、日は落ちる。
今日の夜が最後の夜になるかもしれないと思い、
コンビニで彼女の好きなアイスを買った。
彼女の好きだったアイスを買った。
彼女が当たりを出し、俺に食わせたばっかりに
次の日トイレにこもらなければならなくなったアイスだ。
「おはよう♥今コンビニにいます」
ぞっとした。
昨日俺が来た道をそのまま来ているのか。
付き合って以降ずっと俺のひっつき虫だった彼女らしが、
今は恐ろしさの対象でしかなかった。
殺される。
せめてもの抵抗として、鍵を閉めた。
瞬間、着信音が響く。
「家の前にいます」
声にならない悲鳴を上げ、俺は自室へ閉じこもった。
そういえば、最後のデートは俺の家だった。
おばあちゃんの仏壇に話しかけたり。
居間で彼女が負けると分かっているゲームをしたり。
玄関でいつも送るだけの俺が勇気を出して送ると言ったり。
駅までの道で彼女が轢かれたり。
彼女のことをうっとうしいと思っていたが、
いなくなってはじめて気付いた大切さ。
だが、今は話が違う。
俺の願いはむなしく。
ガチャ、とドアの開く音が聞こえた。
震えが止まらない俺に追い打ちをかけるように、LINEが響く。
「おばあちゃんに家に上げてもらいました。
勝手に入ってごめんね。今居間にいます♪」
あんのおとぼけばあちゃんが!!
叫びそうになるのをこらえ、必死で居間の音を聞こうとする。
居間には、ばあちゃんの仏壇とテレビしかない。
しかし、誰かが移動している音がする。
「今からあなたの部屋へ行きます」
ギシギシ。
ギシギシギシ。
ギッ…。
俺の家の階段は短く、彼女がやってくるのは早かった。
ああ。
俺、ここで死ぬのか。
コンコン、とノックが聞こえる。
豪快だった彼女の繊細な気遣いが、俺の恐怖をくすぐった。
「来るな!」
俺でもびっくりするほど大きな声が出た。
彼女に会いたいと願わない日はなかった。
だが、こんな形では会いたくなかった。
「…開けなくていいよ」
彼女の優しい、泣きそうな声が届く。
不思議と、俺の身体から力が抜けた。
彼女は俺に。
きっと苦労して俺に会いに来たのに。
俺は何をやってるんだ。
彼女をまた泣かせたいのか、俺は。
ドアの鍵を、開ける。
「あなたに会えてよかった」
俺も彼女に伝えなきゃいけないことがある。
彼女からの猛烈なアプローチで始まった恋。
最後ぐらい。
最期ぐらいはカッコつけたかった。
「…ありがとう」
ドアを開ける。
愛しい彼女は泣いていた。
俺は彼女をそっと抱きしめる。
俺の大きな暖かい身体に、彼女の冷たい冷たい身体が溶けていく。
「俺も。お前に出会えてよかった」
自然と涙がこぼれた。
ありがとう。
おれのさいあいのひと。
「ありがとう」
手から、冷たい感覚が抜けていく。
彼女のスマホが、部屋に遺る。
俺はそのスマホを、彼女と最後に撮った写真の横に立てた。
写真の中の彼女は、今でも俺に微笑んでくれる。