アブナイお仕事?
いつもより豪勢な食事を楽しんだ後、アリアと俺はジャッキーさんの元に集合する。
話題はもちろん、俺のこれからの扱いについて。前にも言った通り、あくまで今の俺は孤児院に一時的に保護されているだけの状態に過ぎなかったからだ。
孤児院に入れるかどうかを判断するのは、院長であるジャッキーの最終的な判断が必要になる。事前に「ミハイルはどうしたい?」とアリアから確認を取られたが、迷わず孤児院で世話になりたいと口に出してお願いした。
二週間暮らしたので慣れているのが大きい。将来的には孤児院の手伝いをして、恩返しをしたいとも純粋に思っているし。最低限の義理は返したい。
改めて、面と向かって孤児院に世話になりたいとお願いすると、ジャッキーは少し考え込んだ後に顔をあげる。
「子供なら歓迎しよう。だが、その前にテストをする」
「テスト、ですか」
「おじさん、新入りの子にはいつもテストを受けさせるの。でもこんな小さい子に任せても大丈夫そう?」
「問題ないだろう。確かにまだ幼いが、受け答えもはっきりできるし、大人のように落ち着いてる」
アリアの心配も最もだが、俺としてはその『テスト』とやらの内容が気になる。
聞くに、三歳でもできるような仕事だとは思いたいが。さすがにいきなり「グレティラ捕ってこい」とかいう無茶ぶりはしないはずだ。しない、ですよね。多分。
ジャッキーは咳ばらいをひとつして、気を取り直して話を続ける。
「うちにいる子供は、必ず仕事を与えている。無償の雇われ仕事だが、その仕事を引き受ける代わりに、俺の知り合いが経営している学校に通うために必要な、道具やら通学のためのお金を負担してもらっているんだ。アリアや、他にいる二人もそうやって学校に通っている」
「なるほど」
つまりボランティアをする代わりに学校に通っているということか。いかにも孤児院らしい活動だ。
「さらに学校だけじゃない。無償で仕事を引き受けることで、色々な人へのコネもできるからな。この孤児院の食事のための材料や家具も、そのコネから頂いたものばかりだ。自分のためだけではなく、孤児院のために働いてもらう必要がある。だから、ミハイルにはその仕事ができるかどうかを判断させてもらう。いいな?」
返事も迷わない。理にかなっていると納得したので、はっきりと頷いて肯定する。働くことで一応の恩返しができるのなら安いものだ。
将来的には学校に通うことももちろん視野に入れているので、断る理由がない。
返事を受けとったジャッキーは腕組みを解いて、そばにおいてあった木の器二つと、液体が入ったガラス瓶を持ち出す。器の形は、お椀を平たくしたような感じだ。
「俺の生まれた土地の風習でな。流浪民だったもんで、一族全体を家族として扱っているんだ。こうやって、同じ器で同じ酒を飲み交わすと、その時から互いを家族として認め合うのさ」
「ちょっと! 三歳の子にお酒飲ませちゃダメだよおじさん!」
「一口だけだ、一口だけ」
子供に酒を勧める親戚のじいさんと咎めるばあさんのような会話をしているジャッキーとアリア。
盃を交わすとは言うが、ジャッキーさんの見た目だとヤクザもんの兄弟酒にしか見えないのは気のせいだと思いたい。酒を入れられた器を渡されると、強いアルコールの香りが鼻につく。量は少なめだが、前世では酒に滅法弱かった俺には微妙にくらっとする香りの強さだ。
「少し気は早いかもしれないが、これからよろしく頼む」
「ど、どうも」
少し緊張して声が上ずってしまった。ごまかすように器同士をぶつけて乾杯。軽く一口。
そして慌ててのんだせいか、ついぐいっと一気飲みしてしまい、飲み込んだ瞬間から、胃の中から込み上げるような『痛みが』ーー
「~~~っ!?」
「ほらぁ、おじさんのお酒って刺激強いから、やめた方がいいって言ったのにー」
「……すまん」
強すぎたアルコールによって喉が焼けるような痛みに襲われ、その日は気持ち良く眠れなかった。おのれ。
◇ ◆ ◇
ジャッキーさんが帰ってきてから三日後の早朝。俺とジャッキーさんは馬車に揺られていた。
この馬車は村から近くにある比較的大きな町につながる定期便だ。目的地である町ーースクリットはこの地域では唯一学校がある場所で、周囲の村から通学のために馬車に乗る人が多い。
今は長期休みの最中のため生徒らしき乗客はいないが。この時期は教師が一斉に遠方へ出張に赴くらしい。
なぜスクリットに向かっているかというと、話に出ていた「テスト」を行うため。とはいえ仕事の内容や、これからどこに向かうかは詳しく聞いていないので、隣でタバコを吸っているジャッキーに話を振ってみる。
「それで、お仕事というのは?」
「ん? ああ、そういえばまだ言ってなかったな。人によって与えられる仕事は様々だが、お前には、スクリットにある図書館の手伝いをしてもらう」
「図書館があるんですか」
「アリアが通う中学校の近くにな」
図書館の仕事というと、蔵書整理といったものだろうか。とはいえこの小さな体だと本の持ち運びには不便そうだが。あまり辛い仕事でないことを祈ろう。
軽く会話を交えつつ、馬車に揺られて一時間。馬車はスクリットの門の小さな門を抜けて、石畳の表通りを進んでいく。数分ほどすると、前方向にいかにも中世のがっちりと作られた大きな施設が見えてきて、その隣にある、小さな博物館のような建物の前に到着する。
看板には「スクリット学術図書館」と書かれている。となると、その隣のは中学校といったところか。アリアは意外としっかりとした学校に通っていたのか。
到着してすぐに、出入口と思われる古い木造の扉を抜け、すぐに本が多数収められている本棚の列が見える。三歳の視点から見た本棚はかなり高い。背伸びしても一番上の段には届かなそうだ。
本棚の列も抜けて、一階奥にあるカウンターへと足を運ぶ。受付だとは思うのだが、空席に見える。だがジャッキーさんは空席のカウンターを見ると、大きく息を吸って叫ぶ。
「ミラルドのじいさん! 俺だ、ジャッキーだ!」
図書館には俺達以外の人がいなく、建物の構造もあって、ジャッキーさんの声が一層大きく響く。
すると丁度、それに呼応して向こうから人影がーー
「ホホホ。こりゃ失敬。席を離れておったわい」
「うわっ!」
いきなり俺の『上』から顔を出してきた。声が聞こえた方に顔を向けると、ぶら下がった形で老人の顔が上から飛び出してきたのである。
つい油断していたため、驚いて尻餅をつく。よく見ると、その老人は空を飛んでいた。文字通り。
それもただ空を飛んでいるわけではなく、謎の空飛ぶ雲に乗って。
(斉天大聖かこのじいさん!?)
内心、前世のノリでツッコミをしつつ立ち直す。驚いた顔を見て満足したのか、空飛ぶ雲から謎の老人が降りてくる。
容姿は、まさにファンタジー世界に出てくるようなおじいさんといった感じだ。白くたくましいボリューミーな髭。顔に刻まれた深いシワと白髪がどこか荘厳さを感じさせる。
しかしなんというか、驚いた俺を見ながら少年っぽい笑顔を見せている。茶目っ気なのか。そういうものなのか。
服装は、装飾が施された黒いローブを羽織っているだけのシンプルなものだが、使われている布や宝石は高級そうだ。少なくとも貧乏じいさんではない。
というより、なんか変なじいさんだ。
肩に乗っている蛙がいきなり膨らんで、ジェット風船のようにどこかへ飛んでいくし。ローブの端々が焦げてるし。ローブの中から飛び出してきたウサギらしき生物が翼を生やし飛行して、飛んでいった風船蛙をカメレオンのような舌で捕獲して食べてるし。なんだこの一人パーティーボックス。
あからさまに動揺している俺をよそに、三人が揃ったのを見て、動じていないジャッキーさんが説明をする。
「この人は、図書館の館長であるミラルドじいさんだ」
「話は聞いておるよ、ミハイル君。どうぞよろしく」
「よ、よろしくです」
図書館の手伝いということは、このミラルドさんの手伝いというわけで。
ファーストコンタクトでがっつり不安になったが、ミラルドさんはすごいいい笑顔でワクワクしているようだ。
紹介している間にも、切り絵の猫が生物のようにミラルドさんのポケットから脱走しているし。
「今、ペットの世話をしておったんじゃ。じゃが人見知りなんだ」って知りませんよその情報。ローブの中は怪しい生き物動物園かなにかだろうか。
「ホホ、ミハイル君は実に美形じゃなぁ。きっと鷹の翼をくっつけたらもっとかっこよくなるじゃろうて」
「えっ」
「ホホホ、心配しなくとも半分冗談じゃよ」
「えっ」
この会話ですぐに察知した。このミラルドさん、色々とすごい。というか危ない気がする。
小学校の時に嬉々としながら、理科の実験で蛙の解剖をしているような。そんな感じのあれだ。
そう、どこかマッドサイエンティストな香りを滲ませているような。とにかく、普通ではない。普通の人はジェット風船みたいな蛙やら、ウサギか鳥かカメレオンかよくわからない不気味生物やらを連れて来ないだろう。
ミラルドさんと一緒に仕事できるか、実に不安になっていた矢先に、さらなる宣告が下される。
「それじゃあミラルドじいさん、ミハイルのこと、よろしくお願いします」
「ホホホ、任された」
「え、ジャッキーさんは一緒じゃないんですか」
「俺はこの町で用事があってな。二人きりになるが、これもテストの一環だ。色々頑張れ」
ここで唐突な二人きり指令だ。
さらに『色々頑張れ』と不安感が増す応援もくれる始末。これは明らかに贄として差し出された状況だと推測される。正直ミラルドさん、ジャッキーさん以上に底が知れない。
というより、怖い。「鷹の翼~」の下りの時に割と真面目な顔だったミラルドさんが微妙に怖い。
「し、仕事はいつ頃までですか」
「俺が帰ってくるのが……そうだな、今から八時間後といったところか」
さらにフルタイムと来た。いけない、てっきり仕事の内容で四苦八苦すると思っていたが、まさか館長のキャラで四苦八苦することになりそうだとは。
しかしはっきりと「お仕事頑張ります」と公言した身としては、弱音は言ってられない。ミラルドさんが俺に期待を込めた視線で見つめてくるが、弱音は言ってられない。言わない。頑張るしかない。
というより、自分から強く何かを言うのが苦手なので、このまま流されるしかない。これが元ぼっちの実力だ。
「少し心配だが……それじゃあ頼んだぜじいさん」
「なーに、危ないことなんてないさ。心配せず行ってくるといい」
「いってらっしゃい……」
結局、ジャッキーさんはその場から離れて、町へと出かけていった。
ミラルドさんは気づいていないのだろうか。「少し心配だが」と言っていた時のジャッキーさんの視線が、あからさまにミラルドさんに向いていたことを。そして少し本気で心配している視線だったことを。
ほんとに心配なら二人きりで放置しないでください、と叫びたい気持ちを押さえて、「これもテスト、これもテスト」と心を制する。
考えろ。ジャッキーさんが紹介してくれた仕事先だ。それもまだ子供である俺に勧める職場だ。子供に任せられる程度には安全なはずだ。
ミラルドさんは本当はただ愉快でユーモアあふれる人物で、緊張している俺をリラックスさせるために色々してくれているのかもしれない。
そう希望的観測を自己暗示。すこしぐらいは落ち着いた。では仕事を頑張るとしよう。
深呼吸してミラルドさんの方を向いたところで、ミラルドさんも「では早速始めようかの」と声をかけてくれる。
「ミハイル君はエルド語の読み書きができると聞いておる」
「エルド語……あっ、はい」
エルド語と聞いてすぐにピンとは来なかったが、確かこっちの言語だったか。
日本語を読み書きする調子で普通に読み書きができるので、たどたどしいというわけではなく、言語として普通に扱えると自負している。だが、改めて聞かれると、確かに三歳で読み書きが完璧というのは珍しい話だ。
「それはよいことじゃ」とミラルドさんが頷き、カウンターの下から取り出したのは、ペットを飼育するようなガラスの箱。
そしてその中にいるのは、一メートルサイズの蟻だった。
「この蟻の観察記録を書いて欲しいんじゃよ」
開始から数秒で、この仕事をやっていけるか死ぬほど不安になった。