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天使に殺された日

 一月一日。世間は正月の熱に浮いていた。

 この日は大多数の人間がエネルギッシュになる。「お正月だから」という魔法の言葉で、寒い冬の日にわざわざ富士の初日の出を見るべく車を走らせたり。

 はたまた、普段は興味すら持たない和装を身に纏い、これまた普段は見向きもしない神社へと、小銭を投げ込んでお手を合わせに行く。

 そんな日の正午。俺は神社で初詣と洒落こむわけでもなければ、初売りへと向かうわけでもなく。

 独り、ペットボトルとゴミが散乱する、カーテンの締め切った部屋にて、ゲームに没頭していた。


「だぁぁ! 鱗落とせよ! これじゃあエンチャできねぇぞクソ!」

 

 繰り返すが、今日はめでたくもなんともないお正月。

 俺は大学生であるが、この季節は長い長い冬休みの最中だ。

 クリスマスイブから始まったこの長い冬休み、何をしていたかと言えば、バイトとゲームだけ。

 クリスマスシーズンは、売れるか分からないビミョーなクリスマスケーキを、雪が降る寒い夜の下、スッカスカなトナカイの衣装を身に包みながら延々と売り続けた。

 クリスマスという名目の下、すっかり浮かれていたカップル共に妙な頻度で絡まれた鬱憤を、クリスマスイベント中だったゲームにぶつけた。

 年末が近付けば、年末大売り出しのノボリを掲げる大型スーパーにて、試食販売を延々と続けた。

 これまたいじらしく絡んで、値切りをしつこく要求してくる妙なおばさんへの鬱憤を、「ここはそういう店じゃねぇよ!」と心の中で叫びながらゲームにぶつけた。

 そして今は、スマホの通話アプリ上によくあるタイムラインチャットにて、妙なハイテンションで盛り上がる同学科生らのチャットの中でも、俺が新年会に一切誘われない苛立ちをゲームにぶつけている。

 二浪しやっと入った第二志望の私立大学。二つ年下の同級生らに絡むこともできず、まともに話すこともなく、もう大学二年。

 「人はこんなにあっさりとコミュ障になるのか」と愕然し、現在では『ぼっち』と呼ばれる人種となった俺――岡崎翼おかざき つばさが唯一夢中になっていることといえば、ネットゲーム。

 それも、VRMMOと呼ばれる類の最新式ゲームだ。

 

「正月イベはこれぐらいか……運営の野郎、少し数字弄ったんじゃねぇかぁ?」


 『ANGEL HALO ONLINE〈エンジェル・ハィロゥ・オンライン〉』――通称『AHO』と呼ばれるこのゲームは、今までにいくつか開発されたVRMMOとは一線を画す名作ゲームとして、世界各国で九千万のユーザーを抱えている超大型タイトルだ。

 決して『AHOアホ』ではないのであしからず。読み方としては『えー・えいち・おー』か『エンハイ』という略称が多い。

 広大で多種多様な生命体が生きる異世界の空中大陸『フレア』を舞台に、自分がまるでその大陸で、実際に武器を振るい、モンスターを倒していくような感覚を味わえるネットゲームだ。

 特にこのエンハイは、オリジナリティに富んだ設定とゲームシステム、何より実物としか思えないほどリアリティな感触を味わえるVRMMOとして人気を博している。

 俺もまたエンハイのヘビィユーザーのひとりであり、今は正月イベント限定のモンスターであるレッドアイズ・ホワイトツインドラゴンをソロ狩り(要は一人プレイ)している真っ最中だ。

 今回の限定モンスターから稀に採取できるレアアイテムを使いエンチャントーー要は武器の強化ーーをすると、武器を超強化できると聞き、こうして乱獲しているわけだが。

 ドロップ率が低いのか、両手で数えるほどしかまだゲットできていない現状に俺は苛立っていた。

 同級生相手にまともな会話ができない俺が、暗い家の中でやっているネットゲームを相手に饒舌とは、なんとも滑稽で悲しい。

 ここまで入手が難しいと、手に入れるまでやっきになるのがやりこみ勢の性だ。

 ステージセレクトで、次は上級難易度を誇る活火山ステージを選ぶ。俺のような一部の上級やり込みプレイヤーは、だいたいこの場所に入り浸り、レアアイテムを狙う。

 掲示版をチェックすると、実際このステージにてイベント限定レアアイテムをドロップしたという報告が多い。

 ステージが選ばれると、俺が被っている大型のヘッドギアが、現実と言われようとも頷いてしまうような精度のヴァーチャルリアリティを映し出す。

 VRMMOのコントローラーであるこのヘッドギアは、高給なものからありふれたディスカウント品までピンキリで、俺が持っているのは最高級品。

 懸賞で運良く当選したものがこれで、そもそもこれがエンハイを始めるきっかけであった。

 このヘッドギアは、ステージ環境設定に沿った触覚を再現してくれる。たとえば今いる活火山ステージであれば、地表から滲み出ている熱を感じることができるのだ。

 物好きな部類では、デフォルト設定ではロックされている、モンスターから受ける攻撃のダメージショックを再現するヘッドギアもあるという。

 ゲームの中まで痛みに喘ぐのは嫌なので、俺にはこの環境設定だけで十分だ。

 俺の得物である大型剣のドラゴンイレイザーの柄を握る。エンハイの発達したヴァーチャルリアリティは、剣を持つ時の重さ、ドラゴンの吐息、装備している防具の着心地まで。余すことなく、現実感をデータによって演出していく。

 慣れたその感触を身に受けながら、地熱で熱い蒸気を充満させている湯だまり地帯にて群れているドラゴンを発見。特に怖がることもなく、ごつごつとした山肌を踏み込んで突撃。

 中級者ならば一頭相手でも苦戦するであろうドラゴン種であるが、行動パターンを頭に刻み込んでいる俺ならば、もはや流れ作業で屠ることができる。

 さらに、俺が持っているドラゴンイレイザーは、ドラゴン種と分類されるモンスターへのダメージを三倍にする特殊なエンチャントが施された剣。

 ドラゴンの弱点である眉間に一刺しすれば、強靭な体力を持つドラゴンも数秒で始末ができる。

 およそ数分ほどで、十頭いたドラゴンの群れは消えてなくなり、やっと八個目のレアアイテムを取得できたが、朝からずっとゲーム漬けなせいか、微妙に気だるい疲労感に襲われる。


「正月から完徹するもんじゃねぇぜ……おえっぷ」


 疲労感を払拭すべく、一旦ステージを風靡く草原に変更し、座り込んでみる。

 活火山の地熱で流した額の汗が、風で乾いていく。


「体力消耗もアヴァターの体格に合わせてくれるからなぁ。リアルの体格だったら完徹でドラゴン狩りとか無理無理」


 少し熱がおさまった俺は、ふと自分のゲームアヴァターを見やる。

 俺の容姿は、人と比べて劣っていると自覚している。アトピーで顔の皮膚はいつも荒れ気味で、あだ名でよく『爆弾岩』と呼ばれた。その小さなきっかけで、中学時代は調子に乗った男子生徒共からいじめられていた。田舎の中学校だからか、一度エスカレートすると止まることがなかった。

 その環境から脱するために、高校入試の際は、都会の高校を第一志望にして必死に勉強した。結果は無事合格。高校に入学すると、オタク集まるコンピュータ部に入部し、オタク友達とそれなりに楽しく三年間を過ごした。容姿でいじられることも少なくはなり、高校時代はそれなりに満足できた。

 大学入試の際は、コンピュータ部の友達に合わせようと、偏差値の高い理系大学を志望。結果、友達は一発合格。俺の方は二浪した挙句、妥協し第二志望だった私立の文系大学に入学。

 入試に失敗した不甲斐なさからか、自分からコンピュータ部の友達とも連絡を取らなくなり、一人で大学生活を頑張ることを決意。

 しかし、二歳差というギャップを俺自身が強く感じたせいで、俺から強く前に出ることは出来なかった。

 さらに、通話アプリのタイムライン上のチャットにて、学部女子陣のリーダー的存在から投下された爆弾発言がトドメをさす。

『オカザキってやつの肌マジありえない。不潔の塊だから隣に座った時ゾッとした。泣きそうだった。あの見た目で名前がツバサとかいらつくレベル』

 俺が参加していることすら気づかずタイムラインに書かれたこの理不尽な言葉をきっかけに、俺はまともに、学科の奴らと話せなくなった。

 思い出されたコンプレックスを少しでも忘れようと、ゲームアヴァターの姿は、アトピーとは無縁の白く綺麗な肌を持った、細いながらも筋肉質な男の子の姿をしている。

 対照的に、中太りで猫背、ひどいアトピー持ちである現実の俺。

 ゲームの中にいる理想の姿、この姿になってもう一度みんなに明るく挨拶できたら、どんなに気分がいいだろうか。

 頭がよくなりたい。特別な力がほしい。誰もが羨む綺麗な顔がほしい。

 『今の自分でない別の人間に生まれ変わりたい』

 その『生まれ変わり神話』にはキリがない。だが、そんな簡単に、今の自分を捨てることができたなら――

 そんな夢想をしていた時のことであった。


「……あれ?」


 風靡く草原ステージに座っていたはずの俺。気が付くと、俺の周囲は文字取り『黒い闇』に覆われていた。

 光を一切通さないような、文字通りの闇だ。物があるわけでも、モンスターが往来しているわけでもない。何もない闇が、ヴァーチャルリアリティ上の俺を囲んでいる。

 最初は、ヘッドギアの不調か故障かと思っていた。サーバー側が不調を起こして、プレイヤーのプレイに支障をきたすことは今までに数回あったので、少し待てばこの真っ暗闇な空間も解消されるだろう。

 そう思っていた俺の不意をつくように、"それ"は目の前に現れた。


「……光ってる? もしかして、モンスター?」


 それは、光が形を成して降り立ったような、不思議な生き物であった。

 全体が光に包まれ、細部を確認できないそれは、背中に巨大な物体――大きな翼を背負い、宙に浮いている。

 真っ暗闇の中に現れたそれ――『天使』は、ヴァーチャルリアリティ越しに威圧感すら感じる、謎のモンスターだと思われる。

 ゲームプレイヤーはモンスターを発見した場合、パーソナルメニューからそのモンスターデータを閲覧し、ステータスを分析することができる。

 しかし、その天使を分析するも、ステータスはハテナマーク一色。まったくの謎。

 あまりにも不可思議に感じたと同時に、俺は目の前に現れた未知なるモンスターに興奮を覚えていた。

 これは、今までのプレイヤーが発見したことのない、新しいモンスターであると思ったからだ。

 今日にアップデートが施されたという『ANGEL HALO ONLINE』。もしかすれば、そのアップデートにて追加された特別なモンスターである可能性が高いだろう。

 能天気にそんな夢想をしていた。

 

「てことはこのステージも演出か! ラッキー! 後でスクショ投稿しとかないと」


 攻略掲示版への良いネタが出来た。そんな軽い気持ちで俺はドラゴンイレイザーを持ち直し、光の天使へと突撃していく。

 ――そして、俺の体は、一閃の光によって『分断』された。


(――は?)


 一瞬の出来事だった。俺が剣を持ち直し、剣士スキルを用いて一歩踏み出そうと足を動かした直後、その直後に、俺が動くことすら許さず、光の天使は光線を放った。

 そして、そのまま俺の体は、下半身と上半身に分断された。それだけのことだった。


(こんな演出聞いたことないぞ……)


 頭のなかで動揺が渦巻く俺の隙を、天使は見逃さない。

 次は、光の天使は知覚出来ないスピードで俺の上半身に接近し、光に包まれた片手剣を刺突。

 丁度、心臓がある部分に突き刺されたのだろうか。水いっぱいのビニール袋に穴を開けたかのように、体から血液が溢れ出した。


(……おかしいなぁ、エンハイはグロ描写がある演出はしないはずなのに)


 俺の頭は、客観的な映像として、今を捉えている。ひどく怯えることもなく、慟哭することもなく。

 自分ではない誰かの惨状を見るような、そんな感覚に陥る。

 実際は違う。俺は確かに今、体が真っ二つにされ、心臓には光の剣が突き刺さっている。


(ログ、アウト――しない、と――)


 体の感覚が喪失していく。血液が流れていくとともに、失くしてはいけない大事な何かが流れ出していくような気がする。

 体がだるい。頭も回らない。真っ暗闇な空間の中で、俺自身が『動かない体』となっていく自覚に恐怖し、もがこうとする。

 ――そして、それは間に合わない。光の天使が片手を掲げると同時に、俺の黒く染まっていく視界に、溢れんばかりの光が侵入していく。

 俺はこの瞬間、ゲームの中に潜んでいた『天使』に、あっけなく殺されたのだ。

 現実世界の部屋に、両断され、血を垂れ流した俺の死体を残しながら。

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