裏切り
「雲京、おいで」
笑顔で手招きをする。
私はいつも遊んでくれる大好きな叔父様の元に駆け寄る。
「あ。叔父様だ!今日は何して遊ぶの?」
叔父様は笑みを消して私に手を伸ばす。少し恐怖を感じてその手から逃れるように一歩、二歩と下がる。
「叔父様?」
蚊の鳴くような声。
本当に恐怖を感じると小さい声になってしまうんだな。
「どうして逃げるんだ?ほら、遊ぼう?」
叔父さんの手が大きくなっている。
いや、手が私に近づいているんだ。
嗚呼。捕まってしまった。
体の小さい私は叔父様に簡単に抱き抱えられてしまった。
その手はいつもとは違い荒々しくて優しさの欠片もなかった。
何処に連れられるのだろう。
叔父様は車に私を押し込み、手足を縛り、口にガムテープを張った。
「家へ」
叔父様は運転手に命令した。その声はとてもとても冷たくて私は死の可能性を考えた。
「畏まりました。」
運転中の車内は静まりかえっていた。
喚けば恐怖心も和らぐかもしれないと思ったが、声が喉につっかえて出て来なかった。
叔父様に抱き抱えられた。
叔父様の家に着いたのか。
「あはははは。これで鏡の女王の力は我が物になった。世界は私の物だぁああ!雲京、恨むなよ」
鏡の女王の力を我が物に……つまり、私の力を叔父様に移すということ。
これは禁術のはずだ。
なぜなら、
「お前の心臓を喰らえばその魔力は私のものになる。」
術者は対象の心臓を喰うからだ。
どうして?どうして?その言葉だけが頭を巡る。優しい大好きな、叔父様が私を殺そうとするなんて嘘だと言ってよ
私はまだ死にたくない。どうして私を殺そうなんて思っているの?
ねぇ、どうして教えてよ、浦桐叔父様!!
ナイフが私の首に当たる。少し切れたのかヒリヒリと痛みがする。
「さようなら」
叔父様はナイフを振りかざした。
私はまだ死にたくない!
体が熱い。魔力が暴走している。暴走した魔力の熱でガムテープと縄は溶け消え去った。
この胸の奥にドロドロとしたものがある。これは、これこそが───────憎しみという感情だ。
この場から逃げなくては。この世界は危ない。人間の住む世界へ行こう。別世界に行くなんて事は巨大な魔力を持つ鏡の女王にしか出来ないことだから、誰も私の後を追うことはできない。
こんなにも苦しいものなのか。─────裏切りは。
こんな記憶は消してしまおう。
一歩踏み込めばそこは水の中ではなかった。空気があり、土があり、木がある。そう、ここは人間達が暮らす世界。
「??私は誰?」
この世界に来たと同時に記憶を箱に入れ鍵をした。
「あらら?どうしたの?首から血が出てるわよ。あなた、お名前は何かしら?」
「私は……誰?分からない」
「じゃあ、私と一緒に暮らさない?……そうね、名前は今、8月だから“葉月”。」
「宜しくお願いします。」




