9.感心
(え……と、カッキーのクラスだからここだよね……)
二限目の終わり、少しだけ他の時間より休み時間が長いのを利用して小野は今村を探しに来ていた。
(あの時は今村さんに何も言えないまま見送っちゃったし……今度はちゃんとお礼言わないと……)
自らに気合を入れ直して小野は教室内をこっそり見ていく。そして見つけた。
(あ、いた。本読んでる……受験前なのにいいのかな?)
「小町っち!」
「わひゃぅ!」
小野の背後から急に大きな声がして誰かが飛びついて来た。小野は思わず変な声を出してしまう。
「何してるの~?」
「ちょ……ちょっと今村……」
「あ!マジで?文句言いに来てくれたの!?ありがと~マジ感謝!じゃあさ!ガツンと言ってよ!あいつ超生意気なんだ!」
「え……いや……」
強引なんだよカッキー……私はお礼を言おうと……うぅ……一回戻ろう……
「でも今、本……」
「どーせオタクっぽい本だよ!行こ行こ!」
「ちょ……止めてよ……」
あぁもう皆見てるしこんな中でお礼なんて……あぁもう……思ってたより本気で嫌いみたい……カッキーこうなった時に言うこと聞いてあげないと面倒な子だしな……ごめんね今村さん!後で謝るし、お詫びに何か送るから今回は許して!
そして小野は柿本に押されるまま今村の前にやって来た。
(……こいつは本っ当に馬鹿だな……)
今村は昨日あんなことがあったのに懲りずにまた何かしに来た柿本を見て溜息をつきそうになる。
(今回は何だろうか。何か知らない女子を前に押し出してきているが……?どこかで見た気が……あ!美川の想い人だ!)
美川の想い人ということを思い出して途端に愉悦を隠すのに必死になり真顔になる今村。因みに助けたことなど全く記憶にない。
それに対して目の前の女子は何だかあわあわしてまともな精神状態じゃなさそうだ。
(大丈夫かこいつ……)
「何か用?」
とりあえず切り出してみる。用があるにしろないにしろ近くにいると本を読むのに隣で何かいると邪魔だからだ。
「え……と。その……」
「びしっと言っていいよ小町っち!キモいんだよ調子乗るなって!」
「……あぁそんなこと言いに来たんだ。成程、君らは虐めを止める気はないんだな?」
今村はそう言って周りを見た。すると柿本が声高に言い返す。
「虐めてなんかいないわよ?あんたは……」
「うるさい!黙れ!」
そんな柿本の声を遮ったのはクラスでも目立たない男子生徒の一人だった。
「な……何よ!」
「お前が勝手に潰れるなら別に構わないけどお前の所為で俺らまで迷惑してるんだ!」
その声に今村は歪んだ笑みを以て応じる。
「……じゃあ君は俺の虐めに関与してなかったのか?こいつが先生に虐めに加担していた人の名前を言った時にはほぼ全員の名前があったんだが……」
今村の声に周りの人間がざわめき出す。
「!柿本さんがバラしたんだ……」
「あいつが当てずっぽうで全員言ったわけじゃないんだ……」
「最っ低……巻き込んでおいて全員を売るとか……」
「自分で失敗しときながら……」
周りの雰囲気がだんだん柿本を敵視するものに変わって行く。その様子に柿本が怯んだ。
「何よ……あんたたちだって楽しそうに計画してたじゃない!私だけ怒られるとか不公平で……」
「最っ低……本当に売ったんだ。」
(クラスもゴミだがこいつは本当に阿呆だなー態々クラス全員に喧嘩売りやがった。どうしよっかな。完全に潰そうと思ったら簡単に潰せるんだが……実際問題として実害ゼロだしな~)
未然の防止で実害としては机が多少汚れたくらいなので追い詰めるのはどうかな~と思う今村。そんなことは誰も気付いていないのでクラスの雰囲気はどんどん反柿本で固まっていく。
「何よ……何よ何よ何よ!もういいわ!パパに言いつけてやるんだから!」
(雑魚臭半端なっ!)
今村は驚いたが周りは驚くほど静かになっている。
「……どういうことだ?」
すると目の前の少女。……小野とか言った人が青い顔で柿本を宥めている。
「か……カッキーそこまですることないんじゃないかな……」
「何よ!小町っちまで敵に回るつもり!?」
「おい。何だ急に……こいつの親が何だ?」
今村の乱暴な言葉に柿本は一時唖然となりやがて自分に言っているのだと気付いた。
「はぁ?今私に言ったの?」
「お前以外に言ったと思うのか?」
「っマジでウザい。後で覚えときなさい!」
柿本は逃げるようにその場から消えていった。残された小野が今村に早口で言う。
「カッキーの家ヤクザさんだから、今村君早目に謝った方がいいと思うよ!それじゃ。」
そして柿本の後を追い掛けていく小野。今村は小野の言葉を聞いて歪んだ笑みを抑えきれなかった。
(クックック……楽しくなって来たなぁ……どうやって叩きのめすか……)
親の権力を笠に着てきゃんきゃん吠える雑魚なら実害が無かろうが話は別なのだ。今村は徹底的に叩きのめすことに決めた。さしあたってはアジテーションからスタートだ。
(ま、目立たないように目立たないようにっと……)
反柿本の雰囲気を作り上げ、数で以て柿本を排除することを決めた。
その後、授業が始まりそうになって戻って来た柿本が今村に対して勝ち誇ったように言ってきた。
「あんた私のパパが怖い人って知らなかったらしいわね。」
「クックック……」
今村の笑い声は柿本には聞こえないように小さいものだ。顔も下を向いている為、柿本は全く気付かない。
「今なら土下座すれば許してあげるわよ?どう?」
「……馬鹿かてめぇは。」
今村は低い声で言ってやった。教室の空気が固まった。
「な……何て……?」
「親の権力を笠に着て……お前自身の器がどうなのかね?お前自体が俺になんか文句あるならお前が一人で立ち向かっていくのが筋じゃねぇのか?」
今村の言葉に顔を真っ赤にする柿本。
「……もういいわ。」
「結果自身一人じゃ喧嘩もできないってか。うわ~情けないね……」
茶化す今村を柿本は睨みつけて言った。
「帰り道には精々気を付ける事ね!」
そのまま鼻息荒く柿本は自分の席に戻って行った。今村はその後ろ姿を見て感心していた。
(……子どもは夜道を歩いちゃ駄目って意識があるから帰り道にしたんだろうな……偉いぞ~15歳になったかどうかは知らんがまだ守ってて損はないからな~)
今村は妙な所に感心しつつ授業準備をし始めた。