7.虐め
そして翌日、今村は非っ常に楽しそうな顔をして学校に向かっていた。
「おぉ!今村ぁ~!」
そしてキラキラしている蜂須賀に声を掛けられた。今村は一瞬だけ嫌な顔をするがバレない内に元に戻すと軽く挨拶を返す。
「いや~……」
その後の他愛もない話を聞き流しつつ今村は教室に向かった。その光景を忌々しげに見ている存在には気付かない。
途中で蜂須賀と別れて自分の教室に行くとまず机の中に大量のゴミが入っていたので顔を顰めつつ教室の余りの椅子と交換した。
(さて、どう出る?)
今村はこういうことにも発展するだろうなと思って毎日持ち帰ることにしていた本をカバンの中から出して席に着いた。
しばらくすると何故か緊張の面持ちで担任が教室に入って来た。そして机を見て顔を顰めて立ち止まる。
「このゴミは……」
教師がそこまで行ったと同時にクラスの女子の一人が立ち上がって叫んだ。
「ちょっとあんたさぁ!あんだけゴミを詰めたのをさぁ!前に置かないでくれる!?臭いんですけど!」
そして彼女は今村の方にやって来てキンキン喚き散らす。今村は顔を顰めて不快な顔を作った。
「そうか。……ゴミは俺のじゃないんだが?何か知らないかい?」
「はぁ?知ってるわけないでしょ!?」
「……そうか。俺の方をじっと見ていたから知っていたと思ったんだがな。」
今村は軽く睨みつけるようにして名前を見た。
(……柿本……か、ちっ……結構上の方にまで目ぇ付けられてたな。)
名前は覚えていなくても後ろで騒がしくしていたスクールカースト上位の女子たちだな位の記憶はある。
そんなことを考えていると柿本は気持ち悪いものを見る目で今村を見た。
「はっ!マジキモっ!あんた私を疑ってるわけ!?」
「いんや。別に?」
今村はそう言うと立ち上がり衣替えをして多くなったポケットに手を突っ込んで机の方に向かった。その途中でクスクス笑う声が聞こえる。対照的に担任の顔が青くなっているのに今村以外は気付かない。
「……さて、」
机の前に来ると今村は誰にも見えないようにニヤッと笑ってポケットから誰にも見えないスピードで机の中に何枚かの紙を入れて机をゴミ箱の前に持って行った。そしてごみを捨てて行く。
「ん?何だこれ……」
そしてあくまで自然にその中の紙を取り出して広げる。そこには高山、吉崎、富田林、倉田の全裸の写真のコピー一枚にまとめられてがでかでかと載っていた。
「おい……これは流石に……」
今村が苦笑を作って4人の方を見ると4人は揃って柿本を睨んでいた。それに気付いて柿本は顔を赤くして喚いた。
「こ……これは私じゃないわよ!バッカじゃないの!?誰!こんなの入れたの!何考えてんの!?」
今村は鼻で笑った。
「これはっつったな?底が浅いんだよ馬鹿が。何が馬鹿じゃないのだ?お前は何も考えてない完全なる馬鹿だ。一辺死んでろゴミ以下。」
盛大に墓穴を掘った柿本。そして柿本は顔を更に赤くして抗弁するが担任は顔面を蒼白にして絞り出すように言った。
「……今村君。後で職員室に、それと今回の事に関係がある人は全員自分から出て来ること。特に柿本さん。あなたは絶対です。……保護者の方にも連絡させてもらいますからね……」
「なっ……」
絶句する柿本、クラスはこそこそ笑っていた状態から急に緊張が走り、誰も動かなくなる。そんな中今村だけは一人でニヤニヤしていた。
(馬鹿どもめ……まぁ今回でやりすぎたら問題視されるだろうし学校に貸しを作っておかないとあの事ばらされたらちょっと困るからな……にしても……あの柿本とかいう馬鹿は信じられんほどの馬鹿だな……予想外に釣れてしまった……)
そんなことを思いながら今村は柿本と職員室に向かった。
「……何でこんなことをしたんですか?」
職員室に入ると職員が続々と職員室に戻って来た。今村は平然と、そして柿本は今更顔を青くしていた。そんな中今村の担任が苦々しげに柿本に尋ねる。
「ちょ……調子に乗ってたから……ちょっと……」
「今村君に心当たりは?」
「……授業中にうるさくしていた人たちが居たんで注意した時からクラスに避けられてる感はありましたね。」
今村は淡々とそう言ってその時に授業をしていた先生を見る。その視線につられて多くの職員がその先生を見た。その先生は顔色を悪くしながら立ち上がって発言する。
「は……はい。先週辺りに教室の後ろの方で騒がしくしていた生徒に今村君が注意したのは事実で……」
「何で君が注意しなかったんだ!」
教頭がその先生に注意するとその先生は身を強張らせた。対照的に担任の先生の顔色が少し良くなっている。
(クック……虐めが始まったのが最近で問題に早く気付けて安心ってか……まぁ勿論それだけじゃないんだろうが……)
今村はこの場にいる全員が自分の掌で踊っているだけに過ぎないことを見て倒錯的な喜びを感じる。勿論それを面に出すようなことはしない。静かに教頭が怒り終わるのを待っている。
「……で、柿本さん。君の他に誰が参加してたんです?」
一応静かになって来た場で担任はそう切り出した。柿本は少し震えながら次々と生徒の名前を言っていく。そしてまた担任の顔が青くなっていった。
「クラスの殆どが参加して……」
「今村君……可哀想に……」
「早めに相談してくれれば……」
そんな声が上がっていく中、今村は本気で笑いを堪えていた。
(……まぁ被害はゼロなんだけどな~)
表面上何も感じていない振りをして……しかし肩が震えだす。目には涙も浮かべておく。歯も食いしばる。だが誰も笑いを堪えているとは思わないだろう。それを見越しての行動だ。
「……でも!まだ殆ど!」
名前を言い終わった後、柿本が声を切らせながら担任に反論する。だがそれは冷たい視線で阻まれた。
(まぁそうだよな。今日始めたばっかりだもんな。でもアレだぞ。今そんなこと言ったら馬鹿にも程があると思うぞ。……まぁ今日、しかもあの時点でボロ出すってビックリするほどの馬鹿だったが……)
昨日の時点でクラス内が敵に回ったのを敏感に感じ取っていた今村は最初の4人のこの事件への関連性の把握と4人に対する警告のつもりで写真を使った。
それが餌を入れた途端に柿本食いつかれた上、勝手に名前を上げていくという勝手な収束を見せているのだから逆に驚いた。
(……というより思い立ったが吉日ってレベルじゃないもんな。昨日思い付いて今日実行って……一応その可能性もあるかな……位だったのに無計画にも程があると思うんだが……)
それだけ相手が馬鹿なんだろうな……と思っていると柿本が担任に論破されたらしい。こちらを睨みつけている。
(……かんっぜんなる馬鹿だな。これ以上ない。……さて、こっからは別の勝負を仕掛けるか。)
校長が理事長と話し合いをして柿本たちの処分を退学か停学、それに指定校推薦の取り消しを決め、柿本自身には退学、及び推薦の取り消しが決まった所で担任は今村に話しかけてきた。
「……今村君はこれでいいですか?」
(さて、勝負と行きますか。こっちの意図に気付く人はどん位いるだろうな~今回仕込みが足りてないから不安。)
「……いいえ。」
今村の一言に職員がざわめき、柿本の視線が強くなる。今村はその辺を全部理解した上で続ける。
「皆も受験期でカリカリしていたのでしょう。仕方ないことだと思います。これから卒業まで何もなければ私としてもいいと思ってますので特別な措置は取らなくていいと思います。」
「い……今村君。本当にそれでいいと?」
担任の顔色は健康な時よりも優れているのではないかと思われるほど良くなっている。
「何もなければ……ですけどね。」
今村はそこで理事長、校長、教頭を見た。
(……さぁどうするかな?メリット、デメリットよ~く考えようね。)
「……今村君は本当にいいんですね?」
「はい。何もなければ。」
何もなければということを協調する今村。そんな今村の言葉に校長は頷いた。
「……なら本人の意向もありますし……騒ぎを大きくしないためにもこの件はここまでにして……」
職員室内の雰囲気が一気に弛緩していく。そして、理事長の言葉で職員は解散となった。
そして今村は教室に戻る際、担任にだけ聞こえるように言った。
「……何もないといいですね……」
そして今村は答えを聞かずにそのまま担任を追い抜いて教室に戻って行った。