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25.卒業式

 卒業式の当日。白崎は数多くの人物たちに放課後話があると言われてもそれら全てを断って荷物を鍵付きの個人用ロッカーに置くと同時に自らの教室から去った。


 そして、収まらない動悸につつましやかな胸に手を当てつつ苦笑した。


(ふふ……私って、思ってたより普通の……普通の女の子ってものなのね……)


 そう思いつつ彼女は目的地の前に着く。その視線の先にいるのはクラスの中でも浮いている人物だ。


 彼はいつもの様に本を読んでいた。そんな彼を見て一瞬、今なら失敗も何事もなく引き返せるという考えが頭を過るがそれを捻じ伏せて前に出た。


 クラスの中の視線が自分に集まるのを感じながら進む。すると、彼も何かに気付いたようで白崎の方を見て、そして本に目を戻した。


 その仕草で一気に心の温度を下げて自らを落ち着かせると意を決して彼女は今村に言った。


「ねぇ、今村くん。」

「……何?」


 彼は指を栞代わりに本に挟めて顔を上げ、白崎を見た。白崎は息を一度大きく吸って早まる鼓動を抑えて言った。


「放課後、言いたいことがあるの。本校舎の屋上前の踊り場で待ってるわ。」


 周囲が驚愕の声でざわめきを上げ、遠巻きに二人の様子を見守る。そんな周囲の視線に晒される白崎は言い切ったことにより白磁器の様な白い頬を興奮のために少し朱に染めて今村の返事を待つ。


「……わかった。」


 今村はそう頷いた。それを見て白崎はこれ以上どういえばいいのか分からずに本人的には逃げるように、周囲からすれば分からない程度に慌てながらこの場から去って行った。


「きぃぇぇえええぇぇっ!」

「何だ君は?」


 その直後に奇声を上げて今村に襲い掛かって来た男子生徒が居たので今村は彼に対して丁寧に対応してあげて、対応の際に活躍してくれた一部が少し凹んでしまった椅子に何も付着していないのを確認して座り直した。


(……まぁ、もう卒業だからよかった。)


 そんなことを考えながら今村は本を読む作業に戻ろうとしてふとある人物の席を見上げる。


 目的の人物は苛立たしげにこちらを見ており視線が合うとすぐ先程の光景を思い出したのかすぐに目を逸らした。


(……ま、それより目の前の彼らをどうするかな。)


 思いっきり椅子を殴った後に誰にも見えないように素早く足払いを掛けた所までは良かったが派手に机を巻き込みながら転倒し、序でに頭もぶつけて脳震盪を起こしている目の前の彼を見て今村は足で小突いてみる。


「う、ぅ……」

「お、軽度か。んじゃよかった。さっさと席に戻れよ。」

「お、お前、お前如きが……女神様に……」


 今村はにこやかに足首を踏み躙ってあげた。彼は転倒する際に捻っている足首を外部から痛めつけられて情けない悲鳴を上げる。


「問題あり。か……卒業式まで何事もなかったのになぁ……いきなり暴力沙汰とか驚くよ。取り敢えず高校への道は閉ざされるな。」

「オイ、どうした?」


 今村が彼にそう言っているとタイミングがいいのか悪いのか担任が教室に入って来た。そして生徒たちが囲んでいる中心の今村とその男子生徒を見て、今村を二度見する。

 そんな彼にクラスの別の人物が事情を説明し、担任の顔色が悪くなり青から蒼白に変わる。


「な、と、とにかく、今村は席に戻ってくれ。クラス全員がお前に何かしたわけじゃないんだから、校長室に行くとか、ご、ご家族の所に行くのだけは待ってくれよ?石山は応接室に来い!」


 担任は今村に何とか怒りを抑えてもらえるようにそう言いながら石山に烈火のごとく怒りつつ痛む彼の足のことなど無視をして腕を掴んで連れて行く。


 生徒たちが露骨すぎる担任の態度に訝しんでいるとご丁寧に柿本がクラス全体に聞こえるくらいの大声でヒステリックに説明してくれた。


(便利な奴だなぁ……)


 今村が特に気にしないことにして本を読むと、しばらくして石山が怯えながら帰って来た。そして、担任が卒業式に行く前にコサージュを指すように指示している間に今村と目が合うと短く悲鳴を上げる。


(……人を化物みたいに……まぁいいけど。)


 コサージュを付け終わると廊下に出席番号順に整列し、目の前で怯えている石山を見て笑いを堪えながら卒業式を行う講堂へと入って行った。



















 厳粛に行われた卒業式の後、解放感を味わいながら友達と泣いたり騒いだりしながら写真を撮っている一団の外で今村は人を待っていた。


「……よぉ、王子ども。遅かったな。」

「ごめんな。はは……にしても、仁まで王子とか言われると何か変だから止めてくれよ。」

「写真とか、色々撮られてな……親にも、皆にも……それに告白とかがね……」


 今村の側に現れた学園トップの王子たちに群がるように人が付いて来ているが今村を見ると引く者が出て、それを見て何事かとその人物に尋ねる人たちが現れてどんどん人が引いて行くようになった。

 それを見て学園の王子こと蜂須賀と美川は何か言おうとするが今村に止められる。


「これなら話も聞こえんだろ。都合がいい。つーことで、蜂須賀はこのまま屋上に行け。白崎が待ってる。」

「えっ?お、オイ……マジかよ……?良く誘い出せたな……」


 今村は口の端を吊り上げながら蜂須賀にそう情報を漏らすと次は美川の方を見る。彼は少し困っている表情で今村に言った。


「……最近言ってるように、小野さん何か別の子を猛プッシュしてくるんだよ……脈なしなのかな……」

「いや?多分だが……この後お前はその誰かさんと会って欲しいって言われるが、そこには多分だぞ?多分だが、小野しかいないと思う。」

「どういうことだ?」


 美川の質問に今村は口元に笑みを浮かべながら答える。


「なに、簡単な話だ。その誰かって言うのは他でもない小野ってことだよ。直接言う勇気はないけど、でもアピールはしたいっていうそう言うもんだ。」

「っ!て、てことは……」

「まぁ多分の話で推測混じりだけどな。……はー疲れた。俺はもう帰る。用事もあるしな……じゃな。」


 それだけを言って背中を向けた今村に二人は待ったの声をかけるが、今村はそれを聞えていないかのような素振りすら見せて足早に去って行った。


「……あんだけ世話になったのに学校での最後の挨拶までさせてくんねぇとかねぇだろうが……」

「これが最後ってわけじゃないだろ。同じ校区に住んでるんだし、連絡先も知ってんだ。また会って言えばいいさ。」

「それはそうだが……でも区切りって言うか……」


 二人は掴み損ねた今村に文句の様なことを言いつつ今村の指示に従って別れて行った。






 一人になった今村は、下校途中、笑みを隠しきれずに笑い出した。周囲が訝しげな目でそれを見るが今村は全く気にしない。


「さぁ、甘酸っぱい青春ごっこはお終いだ。ここからは俺のやりたいことをさせてもらおう。さぁ、始めようか!」


 邪悪な笑みを浮かべつつテンションを上げながら今村が向かった先は自宅ではなく、見知らぬ男が乗っている乗用車の中だった―――




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