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23.卒業式まであと僅か

「……ねぇ?」


 学校の放課後、卒業間近の学校で卒業式予行練習のために出席して、学級文庫の本ともお別れが近くなって来たと思って本を読んでいた今村の下に白崎が訪れていた。彼女は何やら怒っているようだ。


「今村くん?聞いてるかしら?」

「……何?っ。何?」


 顔を上げてみると至近距離に来ていた白崎の整った顔。それに少し驚いて引いていると白崎は溜息をついた。


「聞いてなかったのよね?」

「いや、聞いてた。確かフェルマーの定理を論じたのは数学者じゃなくて議員が暇を持て余して作ったっていう話だったような。」

「私、あなたとの話でフェルマーとか言ったことないわよ……そうじゃなくて蜂須賀くんのことよ。」


 今村はしばし考えた。


「蜂須賀。」

「そう。彼、正直邪魔なのだけど。」


(……脈なさすぎだな。)


 単刀直入過ぎる彼女の言葉に今村は心中で蜂須賀のご冥福をお祈りしておくことにして白崎との話を続ける。


「邪魔って……ねぇ。それで何で俺の所に来た?」

「友人なのでしょう?」

「……そうなのか?」

「そう言ってたじゃないの。」


 二人の友人の対象が微妙に噛み合っていないのだが、今村は意識付けは出来たからまぁ一時休止でも構わないかと蜂須賀を止めることにして白崎に見られているので見返した。


「……暇なの?」

「見ての通り、忙しい。学級文庫の個性の欠片もないような担任の趣味ゼロの文芸書しかないが、それでもそれなりに楽しい奴らだったし別れの時は迫ってるんだからせめて最後に面白かった場面くらいは……」

「あなた何でそれを人としないのかしら?別れを惜しむべきは人とでしょう?何で本との別れを惜しんでるのよ……買えばいいじゃない。」

「何で人となんかとせにゃあならんのじゃ。そんなんどうでもいい。大体俺と別れを惜しむような奴なんざいねぇしな!あと、俺が今読んでるやつらに関しては買うにはちょっと微妙なラインだ。お好みなのは買ってる。」


 ナチュラルに笑う今村を見て白崎は溜息をつき、自転車はお付きの人にワゴン車に乗せて家まで送るから今村と一緒にお茶に行くことを提案した。


「別に、無理にというわけじゃないんだけど……これから少し付き合ってくれないかしら?」

「……まぁ、既に呼んであるなら仕方ない。」


 今村の方も積み込んでいいですか?と訊かれて正直自分で帰るのもかったるいと思っていたのでお願いすることにした。

















「アハハハハハハハ……も、もう、止めて……」


 今村は車内が暇だったので落語をしていた。


「うどん屋。いよいよやなぁ……気の毒や。あんた、本当に気の毒や。」

「いや、あんたの方がえらい気の毒やと思うで。」

「フフ、ほ、ほないくで?わ、わい細かいのしかないんや、悪いな。」

「……なんや貰うもん貰えれば別いいで。ほれ。」

「……1つ2つ3つ4つ5つ6つ7つ8つ……うどん屋。今何時や?」

「……今は5つでっせ?」

「え?あぁ、5つか。んじゃ、6つ7つ8つ……ほな、さいなら!」

「……なんやあのお客さん。3文多めに払ってってるで……一人芝居につきおうた礼かいな?」


 今村は下げた後に次何しよっかなぁ……と考えたがそろそろ着くかなと2つ目で止めておいた。


「……はー……今村くん。今の何?」

「時うどん。……まぁ俺は啜る音をを嫌う文化のお前の前だしそもそも啜るの苦手だから途中語りに逃げて端折ったけど。本物はもっと面白いから見ると良いと思うよ。……ってかさぁ、前に移動した時より大分時間かかってる気がする……」


 今村の言葉に白崎も何かに気が付いて辺りを見渡して頷いた。


「……言われてみればそうね……」


 何か1つ目の話を終えた後にも見た気がする景色だな……と思っていると今村の頭の中に話の導入部分が入って来た。


「……あ、やべ噺家のスイッチ入りそう。えー何度か同じところを見てしまっている気分になるってことありませんかね?例えば……ってんな事してる場合じゃねぇな。帰りが遅くなるの嫌なんだけど。」


 だが、今また始めると話が進まないとぶった切ることにする。そんな帰りの様子を気がかりに始めた今村を見て白崎は運転手に尋ねる。


「ヴォルカ。どうなってるの?」

「……すみません。話が終わるまで待った方がいいかと……」

「まぁ確かにこの場の空気って大事だけどな……俺の素人落語くらい適当に流してよかったのに。」

「いえ、面白かったです。他にはどんな話がありますかね?」

「……ヴォルカ。あなたもしかして自分が聞きたいからって……」

「い、いえ!もうすぐ着きますのでお待ちください!」


 心なしかスピードが上がった気がする車内で今村は人の欲求から始まる話をしようかな?とか呑気なことを思いながらこれ以上遅くなると流石に嫌だということで止めて大人しくしておいた。












 一方、そのころ学校では、放課後柿本に呼び出された小野が少し前の遊園地以来ずっと美川と話している様子が気に入らないということで空き教室でねちねち嫌味や文句を言われていた。


「……最っ低。ホント、信じらんないよね~何でそう言うこと黙って行っちゃうんだろ?酷くない?本っ当に最低だよ。それに、最近あんた調子に乗ってるんじゃないの?」

「そんなことないよ……」

「じゃ、何で美川君がアンタみたいなのに声掛けて楽しそうにしてるのよ?訳わかんない。アンタ絶対何かしたでしょ?体でも売ったの?」

「そんなことしてない!」


 小野は本当にこれは友人と呼んでよかったものなのかと思いつつ怒りをあらわにして目の前で不機嫌そうにしている柿本を睨む。


「あ、そんな態度取るんだ。ふーん……」

「言っていいことと悪いことがあるよ!?大体、すぐそういう発想に行くとか本当はカッキーがしてるんじゃないの?」

「はぁ?アンタ何言ってるの?アタシのこと舐めてるの?」


 柿本は小野の一言で不機嫌状態から怒り状態へと移行して小野を明確に敵認識した。


「あんたの家、近所歩けなくしてあげるから。」

「すぐそういうこと言って、何でも思い通りになるとか幼稚過ぎるよ!いい加減にして!」

「っ!マジ許さない!パパに……」

「警察に捕まってるんでしょ!自分で出来ないことばっかり……」


 小野がそこまで言った時点で柿本はその顔をどす黒い笑顔に染めた。


「あ、知らないんだ。」

「な、何が……?」


 いきなり優越感を露わにした顔をする柿本に小野が怯む。その様子を満足気に見た柿本は続けた。


「パパ、もう出てるに決まってんじゃん。ウチを舐めないでよ。……あーだから強気になってたんだ。知らなかったんだ。ふーん。」


 小野の顔がさっと蒼くなった。そんな小野を見て柿本はクスクス笑う。


「ま、今までの好ってことで見逃してあげるよ。でも代わりに……そうねぇ。私、卒業式に美川君に告白するからさ。それ、絶対成功するように協力して。」

「む、無理だよ……」

「はぁ?アンタの考えとか知らないんだけど。体売ってでも何でもしてやってみたら何とかなるかもしれないでしょ。頑張ってくれない?」


 柿本は有無を言わせない風にそう言うと、小野の返事を待たずに空き教室からさっさと出て行った。


 残された小野は呆然としたまましばらく動くことが出来なかった。




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