20.ようやく
「あ゛ぁん?このクソ餓鬼がっ!」
「ちっ……オラッ!」
今村は不意打ちで目の前の巨体の男に蹴りを入れたつもりだったが途中でもう一人の男に阻まれ、感触を微妙に違えながらも蹴り抜いた。
「なっ何だ?」
「い、今村君!」
後ろでいきなり何かが起きたことで巨体の男は狼狽し、それで拘束が緩んだ隙に何が起きたのかが見えた小野は嬉しげな声を上げるが、即座に状況を思い出してまた顔色を悪くする。
「クソ餓鬼……テメェ、誰に喧嘩売ってるのか分かってんのか?あ゛ぁん?殺されてぇのか?」
「ん~まぁ別に死んでもいいけど……こんなのに負けて死ぬのは嫌だね。」
小野を拘束している巨体の男が恫喝してくるのを今村はへらへら笑いながら受け流し、白崎から預かった携帯電話をこれ見よがしと見せつける。
「通報しました。まず警備スタッフが来て、時間差で警察が来るまで後どれくらいかな?取り敢えず、来るまで待って社会的に死んでもらおうか。」
(……まぁ今のところは色々面倒なことになる可能性が高くて嫌だから通報してないけど。)
しれっと嘘をつきながら男たちと対峙する今村。対する男たちは今村の嘘を完全に信用したようだ。
「……テメェ……ウチを敵に回したな?」
「坊ちゃん。痛めつけて身分証剥いだらすぐに逃げましょう。報復はいつでもできますが捕まると不味いです。」
怒る巨体の男を宥めるのか煽るのか微妙な台詞を別の男が言うと今村はポケットの中をまさぐりながら距離を縮めた。
「オイ。時間かけるなよ?」
「や、止めてください!わ、私は……私が代わりに……」
「ん?あぁ……お前が待ち合わせてたのはこいつか?このガキ……女に良い所見せようとして人生棒に振るんだなぁ……あいつも拉致ってあいつの前で楽しむってのもありかもな……ぁ?」
巨体の男が下卑た笑みで小野を見ていた隙に、今村の視線が逸れたと判断した鍛えているという印象の男は今村に殴りかかっていた。
その攻撃のモーションを見て今村は少し鼻白んだ後ポケットをまさぐるのをやめ、両手をポケットの外に出した状態で男を待ち受ける。
そして、その男の右ストレートが今村の胸骨の辺りに触れた瞬間、今村は邪悪に笑いながら左足を前に出し、半身になってインパクトを逃しつつ相手の伸びた右手首を自分の右手で取って体勢を入れ替え、自分が相手の背後になるように動きながら右手で相手を引いた。
「うぉっ……」
それにより相手はバランスを崩すが、体幹を使って体勢を立て直し、低い位置からアッパーカットを狙おうとする。だが、今村はそれよりも早く体勢を崩した男の肩関節に左手で容赦なく掌打を入れて関節部分をずらした。
「正当防衛だ。」
脱臼に伴う余りの痛さにバランスを立て直すことに失敗し、地面に倒れた男の右手首を持ったまま力の入らない腕の上腕二頭部辺りを左手で持つと肘関節を膝で曲がらない方に曲げて、呻き声を上げた所で頭を踏み潰す。
そして胸の辺り摩りながら立っている場所を変えて倒れている男の頭をもう一度踏み抜く。
「いってぇなぁ……なんて酷い奴なんだこんなにも善良な一般市民を急に殴るなんて……」
そう言いながら倒れた男の側頭部を靴墨が擦りつくほどの勢いで蹴り飛ばし、男の側頭部から血を流させつつ更に呻き声を上げさせる。
「ん?気絶させるつもりだったのに……失敗失敗。」
その後、今村が何度か蟀谷付近を蹴りつけて気絶させようと試みている間に巨体の男が今村に向かって叫んだ。
「クソ餓鬼!こっちを見ろ!こいつがどうなってもいいのか!?」
今村はだんだん強くなる蹴りで蟀谷近くの頭蓋骨に皹が入って、最悪は陥没していそうな男から目を離して巨体の男の方を見た。その右腕の中には小野が苦しそうに立っている。
「……何か?あぁ、いい加減俺に構えと。」
「動くな!俺を誰だと思ってんだ?獄嬰組次期組長だぞ!?」
「あ、そ。」
今村はあまり興味なさそうに距離を詰めると男はその分下がった。
「来るなっつってんだろ!この嬢ちゃんがどうなってもいいのか!?理解出来ねぇのか?あ゛ぁん?」
「……右ポケットになんか隠し持ってるっぽいけど右手で小野を抱えてる。その体勢じゃでけぇ体が邪魔してるから殴ることも出来ない。勿論蹴り上げるのもバランス崩しそう。……どうする気なの?絞め殺す?俺がそこに行くまでの間に?無理じゃね?」
今村の嘲笑混じりの言葉に巨漢はたじろぎながら脂汗を掻いて下がる。だが、今村は待ったりしなかった。
「ぅぐっ!」
「あー怖い怖い。ヤクザさんに絡まれた善良なる市民の俺は怖くて怖くて仕方なく殴り続けて……気が付いたら……って感じになるのかね。あーゴメンね?口説いてた邪魔して。もしかしたら強姦から始まるラブストーリーもあったかもしれないのに空気読めないで悪いねぇ……?」
作業の様に男を殴り、抵抗の為に小野から手を放してこちらに踊りかかってくるその足を掛け転ばし、腕を踏み躙り、腹を蹴り飛ばす。
「ん~後処理に関してはどうするか……今から通報するか。どちらが受けか攻めかで大喧嘩を始めてとか適当なこと言って……」
「今村君!」
今村がならず者の二人を一通りぶちのめした後、小野は今村に駆け寄り抱きつき泣き始めた。
「こ、こわかったよぉ……ありがとう……」
「……しまったな……美川に任せるべきだったか……?いや、流石にこの男の方には勝てないか……」
小野を受け止めた後小声でそう呟くが、小野は泣いており今村の声が小声だったこともあり聞き取れていなかった。
「……取り敢えず、逃げようか。」
「うん……」
そんなことを言いながら今村は男たちを移動させてパンフレットにあるサポートセンターに変態が居ることと先程考えた適当な嘘を伝えて通報し、二人は人の通りが多い場所へと移動して行った。
「ひっく…………すん……ふぅ……ほ、本当にありがとうね。」
「おー。じゃ。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
小野が泣き止んだので今村は立ち去ろうとしたのだが他でもない小野に手を取られて今村は止まる。
そして何か適当に慰めの言葉でもかけてほしいのだろうと今村は判断して適当なことを述べた。
「……ドンマイ。良いことあるよ。後、この遊園地作る時に土地の権利に関して一悶着あってさっき君が行ったところは色々あるから近付かない方がいい。」
「うん……迷惑かけてごめん……毎回毎回……私って……馬鹿だからさ……本当にごめんね?それと、ありがとう。」
毎回毎回と言われてもピンとこないが取り敢えず今村はさっさと離れて遊びに行きたいので合わせておくことにした。
「まぁ、うん。ただ謝っても許さないこともあるから。」
「え……しょ、食堂のこと……だよね……?あのね?虫がいいと思われるかもしれないけど、アレは柿本さんから今村君の興味をなくそうと思ってね……?その……ごめんなさい。庇うと余計に怒るから、私……変なこと言って……」
その後もひたすら謝罪会見を続ける小野。今村は別に気にしていないので聞き流してふと後ろから視線を感じ、見ると白崎がいるのを発見した。
(……やんごとなき身分の方だよなぁ……?何してんだろアレ……)
「だからね?その、許してくれなくても、今から頑張るね?」
「ん?あぁ。そう。」
「そう言えば……その、今村君たちってどこの高校行くの?」
「……訊いてどうする気だ?」
「どうって……その、参考までに……」
尻すぼみ気味に小野はそう言うが、今村の頭の中では蜂須賀関連にケリを付けるのに集中したいと思っていたので美川の行く高校のことを教えて、高校でまた告白するだのしないだのグダグダさせることにして少し決着を長引かせて現在の目標である蜂須賀集中を成すことにした。
「美川は第三高校。蜂須賀は……羽高。」
今村はそれで終えるつもりだったが、小野はこちらを先程まで泣いていた後の潤んだ瞳でじっと見たままだ。
「……い、今村君は……?」
「……さっき参考までにっつってたのに俺のも聞きたいんかよ。人麻呂の差し金だな……まぁ、卒業までにそっちにもきちんとしたケリを付けるから別に教えてもいいが……白水だよ。何だその顔馬鹿にしてんのか?」
「え、あ、ううん!白水って……今村君白水行くの?私立だよね?」
「だから?」
馬鹿にされた感があってイライラした顔で答える今村。それに対して小野は先程の事件など忘れたかのように明るい顔をしている。
「そっかそっかぁ……白水かぁ……なら……後期で頑張れば……」
「俺に何かしに来るなら全力で排除しに行ってやる。……そうだな、精々人麻呂……柿本の末路でも見てろ。」
助けただけで今村が小野に気があると思い、何をしても許されると考えられては困るので釘を刺しておく今村。だが小野は既に自分の世界に入っているので聞いていない。
(もう話すことはないってか。)
今村はそう判断してベンチを後にした。




