2.友人(仮)
「ちょっといいかしら?」
今村がご機嫌で屋上から降りると白崎菫が彼のことを待っていた。
「ん?何ですか……え~と…」
「白崎よ。屋上……誰もいなかったの?」
「えぇまぁ……」
今村は右口角だけ吊り上げる歪んだ笑みを浮かべて白崎の問いに答えた。そんな笑みに不信感を覚えた白崎の視線が今村の全身に絡みつく。そしてズボンのポケットの周辺で目が止まった。
「……ズボンの一部が赤いシミになってるけど……?」
「あぁケチャップ。屋上で横になったらアメリカンドッグがあったのに気付かなかったんだ。HAHAHAHA!」
適当過ぎる嘘をつく今村。白崎にはすぐに嘘とばれて眉を顰められる。
「屋上は広いのに偶々アメリカンドッグがある所に横になったのね……?まぁいいわ……それで妙にその辺りだけ膨らんでいるのは何故?」
「ポケットの中に色々入ってるんでね。具体的には夢とか希望とか。」
そんな戯言など無視して白崎は追及してくる。
「男子用の制服がどうなってるのか知らないのだけど。その部分までポケットは繋がっているの?凄いわね。因みに中を見せてもらっても?」
「無理。……というよりさっきは聞きそびれたけど何でえーと……城崎……」
「白崎よ」
「そうそう、白崎さんがここに?」
「……手紙の差出人に訊くことじゃないと思うけど……」
白崎はどこか呆れの混じった風に溜息をつく。
「偶々四人の男子生徒が私の名前を使って男子生徒を騙そうっていう計画を耳にして、ついでに見覚えのないラブレターを出したかっていう噂まで流れたから私は関係ないのに恨まれたりしたら嫌だし、留学して来たのに経歴に傷がつくから止めに来たのよ。」
「へー。何もなかったよ?……まぁ明日不幸にも何人か階段から転げ落ちたことになってるかもしれねぇけどなぁ……」
今村はとても楽しそうに後半トーンを落として言ってみた。
「……何をしたの?」
「え?何か?」
聞こえていたようだ。白崎は溜息をついた後に気を取り直す。
「……まぁあの4人の自業自得だからいいわ。……それよりあなた。今村くんと言ったわね?」
「はいそうですよ?」
「……変に口調を変えるのをやめなさい。私と話すときは素の状態で。」
至近距離で指さして言ってくる美少女様のお言葉に苦笑しながら今村は軽く目を伏せて返した。
「わかった。もう二度と話すこともないだろうがな。」
「……そうかもしれないけど、一言余計なのよあなた……」
呆れる白崎に背を向けて今村は手を挙げて帰って行った。
「……は~現像しないとな!」
今村は家に帰ると部屋の中を暗くして現像の準備を整えた。そしてそれを終えると遮光液の残りを見て香水用のスプレーを持って来て何かと混ぜるとにっこり笑った。
「さてと、明日も平和でありますように」
全くもって似合わない台詞を呟くと今村は眠りについた。
そして翌日。今村が学校に行くと昨日の四人組は腕を吊っていたりバンドを撒いていたり包帯で頭を巻いていたりしていた。周りの好奇心の目が今村に刺さるが今村は小テストの準備に余念がない。目標点に行かなかったら再テストがあるのだ。
「今日の範囲って……ありゃ逃げなくてもいいじゃねぇか……」
後ろの席の男子生徒に声をかけるも逃げられる。そんな中、廊下の方がざわめき始めていた。だが今村にはテストの方が大事だ。無視した。
「……ちょっといいかしら?」
白崎が今村の席のすぐそばまで来ていた。流石に自分に用があるんだろうなと思った今村は問題集から目を上げる。
「……何か御用で?」
「話があるのだけど。付いて来てくれる?」
目の前にいたのは先日、二度と話すこともないだろうと言った相手、学校一の白髪の美少女である白崎だった。
そんな彼女に今村は問題を見ながら返事を返す。
「急ぎ?急ぎじゃないなら2限の後にしてくれると助かる。」
「……わかったわ。それじゃまた後で……」
白崎が去って行き、クラス内には微妙な雰囲気が漂う。そんなことを意にも介さず今村は今度は隣の席にいる人にテスト範囲を訊く。
「……で、テキスト48ページから56ページまででいいよな?」
「うん……ってか今村……いや、今村君はどこで白崎さんと知り合ったんだ……?あの噂って……ラブレターは本当に……?」
「学校で知り合ったが……ラブレターって何?」
「あ、よかった……ラブレターは嘘か……」
隣の席の人はそう言って安堵した後に小テストの問題を詰め込み中の今村に対して更に質問してくる。
「出会ったのは学校でって、そうだろうけど……その……どうやって?あの人貴族の娘で一般人と壁作ってるって聞くけど……」
「そうか?まぁラブレターが何なのかは知らんが……どっちにしろ色んな噂を信じすぎるのはどうかと思う……あ!だからこっから流されるかもしれない噂も話半分で聞いた方がいいと思うぞ?」
4人組が流しかねない噂……というより事実に対する予防線を思い付いた今村はそう告げて本格的に問題へと没頭しつつ、頭の片隅で学校での立ち位置について考え始めた。
(ふー……やっぱし距離とられてるな……こいつら一昨日まで普通に話してたのによ~まぁ、これはこれで楽でいいけどね。)
ほんの僅かな時間だけ対人関係について考えたが、すぐに割り切って今村は頭の片隅からもそれらの問題を消してテスト勉強に移ることにした。
「来たわよ……それじゃ行きましょう。」
2限の数学が終わった15分休み、今村の教室の前に白崎は現れた。今村は約束通り付いて行き、使われていない無人教室に移動する。
「……で、何がどうなって彼らはあんなに怪我をしてるの?」
「階段からこけたんだろ。俺は知らない。」
そんな感じでとぼける今村に白崎は詰め寄る。
「知らないわけないでしょう?それにどう落ちたら右腕の靭帯を痛めたと同時に左肩を脱臼するの?」
「へ~……そんなことまで言ってんだあいつら……恥とかねぇのかなぁ……」
例によって後半はトーンを落とす。だが白崎は良く聞いていて今回も聞こえていたようだ。
「言ってないわよ。偶然を装って保健室の先生に教えてもらったの。……手加減とか考えなかったの?」
「また聞こえてたのか……あんた耳いいですねぇ……で、手加減?考えたら俺が怪我するから嫌だ。」
聞こえたことに呆れつつ今村はそう言って苦笑を浮かべながら頭を掻く。その状態の今村を見て白崎は何か気に入らなかったようで眉を顰める。
「……あと、気になってたんだけど人と話すときは顔を見て話してくれない?きちんとしたコミュニケーションとってくれる?」
「いや、人が嫌がることはしないように躾されてきたんでね。」
「今関係……そういうこと。別にあなたの顔なんて見てもどうにも思わないわよ。むしろ会話を目を逸らして続けられる方が不愉快だわ。」
「何でそこまで言われにゃあならんのだ……」
何となくムカついて来た今村は威圧の力を込めて白崎を見るが白崎はそれを平然と受け止めた。
「やればできるじゃない。それでいいわ。」
(……威圧も満足にできんのか……これじゃ俺はただの砂利ガキだな……)
苦々しい顔になる今村。すぐに目線を外そうとするが負けた気になるので止めた。そして溜息をついて口を開く。
「……はいはい。そんな事ばっか言ってるから友人少ないんじゃねぇのか?」
「……今村くん。誰に聞いたのか知らないけど私は友人を作らないだけで作れないわけじゃないわ。」
今回も一言小声で付け加えて聞かれてしまう今村。白崎は顔の一部が引き攣っている。
「……悪かった。聞こえてるとは思わなかったんでな~」
悪びれない態度で口撃方法を見つけたことにニヤニヤする今村。それを見てはたと白崎は気付いた。
「そう言えば今村くん。……よく私の顔を何事もなく見続けられるわね。コ……私の妹程じゃないにしても普通何らかのリアクションはするのだけど……」
「あぁ……まぁ……変人だからとでも思ってくれて構わない。」
途端に曖昧な笑みを張り付けたような顔になる今村。もうこの辺で話を終えていいだろうと思った今村は話を元に戻した。
「で……用件は?」
「……もう終わったのだけど……」
「じゃ、そういう事で。」
今村はポケットの中から本を取り出すと開いて踵を返す。それを白崎は呼び止める。
「危ないわよ?」
「俺の頭がか?それとも教室に戻ることか?……まぁどっちも心配されることでもない。もうそろそろ3限始まるんだからそっちを気にしろ。じゃあね。」
今村はそう言って屋上へと続く階段を降りて行った。
「……ちょっといいか?君が白崎さんと話をしていたっていう人でいいか?」
放課後、今村は男子生徒二人に声を掛けられた。二人ともタイプは違うが顔立ちは整っており、今村の位置するスクールカーストより上位の人物であることは間違いない。
「……まぁ……アレだって話ぐらいは誰とでもするだろうけど……話したのは事実だな。」
ぼんやりともう忘れかけている白崎の顔を思い出しながらそう返す今村。その言葉に男の一人が食いついた。
「そうか!頼みがあるんだけど聞いてくれるかい?」
(……こういう時の頼みってほぼ手伝う前提の話で聞いて来てるよな……俺は断る気でいっぱいだけど。忙しいんだ……受験生だぞこっちは……顔がいいからって世の中すべてがうまくいくと思うなよ……?)
「俺……白崎さんの事が好きなんだけど……話すらしてくれなくてさ。手伝ってくれないか?」
「詳しく話を聞かせてもらおうじゃないか。」
(前言撤回!何て面白そうなんだ!黒木高校は諦めて白水高校にしよう!)
人の恋路が大好物の今村は一にも二にもなくその申し出を受けた。
「俺は今村。お前らは?」
「俺は蜂須賀。」
「俺は美川……」
「じゃあ張り切って行きましょう!」
(最近楽しいことが多くていいねぇ~)
今村は上機嫌で自己紹介をした。