19.遊園地で
「あははははははは!ふぅ楽しかった。もう一回行くか。」
「……何回乗る気なの……?これでもう3回目よ……?」
お前が飽きるまでだよ。とは言わないで今村はまたヴァリノワールと言う名のジェットコースターの出口から入口の方へ向かう。
「これに乗る回数?特に決めてないけど飽きるまで。」
「……まぁ今村くんがそれでいいならいいわ……」
律儀に毎回隣に来る白崎を見て何かもうこいつ保護者みたいな視線に達してるような気がする……と思った今村はこれを最後にして別の場所に行くことにした。
「……ん?ちょっと疲れたか?んじゃ座ろうか。」
「え……そうね。」
(何で分かったのかしら……?)
表面上全く問題なく、歩調も緩めていなかったのだが何の気もなしに今村から言い当てられたので白崎は少々不思議に思いながら簡易屋台のような店で飲み物を買い、座った。
「……今日は晴れてよかったわね……?」
「んー?……まぁ寒いしな。良かったと言えばまぁよかったか?個人的には眩しいの嫌いなんだが……」
座ってから不意に沈黙が訪れたので白崎は天気の話題を切り出したが、その話はすぐに終わってしまう。
「その……試験はどうだったのかしら……?」
「多分大丈夫。例年に比べて周りがよっぽど頭良くなたりしていなければまず特進だ。」
白崎はまた話が終わりそうだったので他の話題を探しながら今村の話を聞くがその様子を見て今村は話を聞いてなさそうだが何がしたいんだろうか……と食事店を見ながらぼんやり思った。
「……ん。まぁそんな感じだが……腹減ってない?」
「あ、……そう言えばそろそろお昼時ね……」
高そうな腕時計を見て答える白崎。今村はその辺を気にしないことにして事前リサーチのエンターテイメントから少し離れた目立たない食事処へ白崎を案内する。
「……ここってカード使えるのかしら……?」
「ん?知らん。」
そんな今村が白崎を案内した店は何気に高そうな……白崎がいつも行っているクラスの店構えをしていた。そんな店構えを見て白崎は不安気にするが今村は気にしない。
「……っ。2名様ですね。こちらの席にご案内させていただきます。」
そんな状態で店内に進むと今村は財布の中から何かを提示し、ウェイトレスの顔色を変えて店の奥へと進む。白崎はほんの少しだけ今村の服の裾を持ち付いて行った。
「それでは『地獄焼き』2つですね。少々お待ちください。」
席へと案内された両者が何も言っていないのにもかかわらずウェイトレスは伝票にそう書いて去って行った。
「……今村くん。地獄焼きって何かしら……?」
「さぁ?地獄焼き自体は伊勢海老とかアワビとかサザエの直焼きのことだがここステーキショップだしなぁ……」
「あぁ……あの残酷なやつかしら?何で生きたまま焼くの?」
「鮮度と効率重視だから。」
「タコも?」
「……アレに関しては個人的に脚を切ってから調理した方がいいと思う。じゃねぇと調理時に色々面倒だし。」
「ふーん……」
そんな会話をしつつ料理を待つとステーキが出て来た。
「……普通にステーキじゃん。」
そんな感想を抱きながらナイフを入れると驚くほどあっさりと刃が通り、中から肉汁が溢れ出た。
「……あら。」
白崎が軽く目を開くほど美味しいそれはあっという間になくなり、食後の紅茶を飲み終えると二人は伝票を持ってレジへと向かった。
「カードは使える……」
「あーちょっと。」
白崎が支払いしようと前に出たのを下がらせて今村は財布から入店時に店員に提示した何かを渡した。それで清算は済んだらしく二人は外へ出て行った。
「……何だったの?」
「色々。この辺は色々あんのよ。」
そんな感じで適当に話を切り上げようとしていた今村だったが、この道外れで何やら揉め事が起こっている声がしたのでその方へと向かった。
「……?もしかして、あの子かしら?」
「面倒なことになってんだが…ちっ。つーかあの二人は?何で単独行動させてんだ馬鹿じゃねぇの?」
「……今村くん。ブーメランって知ってるかしら?」
「ん?素人が使うと思ったほど自分の所には戻って来ないアレだろ?熟練者は獲物目掛けて投げるから獲物とぶつかってやっぱり戻って来ない武器。」
そんなのんきな会話の前では今村たちと一緒に来ていた小野が男二人に絡まれて腕を掴まれて今にも連れて行かれようとしている所だった。
遡る事5分前。
小野はお化け屋敷で首なし彼氏と腸出し彼女に恐々近づいてパスワードをゲットすると近づけなかったヘタレ二人を残して一人で脱出し、今村を探して道外れに来ていた。
(……はぁ……最悪……折角朝早くに起きてお洒落して来たのに……)
小野は何とかこの機会に謝ること、そしてあわよくばデートの雰囲気を感じつつ想いの一端を告げよう……と思って気合を入れて来ていたのだが最初から上手く行かずにもやもやしていた。
それに探し続けて足も疲れていたので木の下にあるベンチに腰かけてお茶を飲み休憩に入る。
「……マイペースだからなぁ…………せめてお礼だけでも言いたいんだけど……」
パンフレットを見ているのを後ろからこっそり見た感じだと食べ物系に気が向いていそうだったので大体の店を探したのだが見つからなかった。溜息をつく小野。
(……もう後は帰る時しかないのかなぁ……?解散した後に二人きりで残って……くれるかな……?何か罠だって思われそう……)
「そこの君さぁ。一人でどうしたの?」
「へ?」
小野が考え事をしていると目の前には軽薄そうな巨体の男と鍛えられている印象を受ける長身の男がいた。
小野が急接近していたその男たちに驚いて顔を上げると巨体の男はいやらしい笑みを浮かべて小野の全身を舐め回すように見た。
(……あ、これ……逃げなきゃ。)
「す、すみません。ちょっと考え事してました。座りますか?」
小野が男のトーンですぐさま逃げることを選択し、腰を浮かして逃げようとするが、巨体の男はそれを許さずに小野の腕を掴んだ。
「まぁ落ち着いて落ち着いて。悩み事があるならちょっとあの店で話でも聞こうか?」
そう言って男が指すのは今村たちが先程食事をしていた店。そんなこと小野には関係なくなるべく平静を装って拒否した。
「あの、人と一緒に来てるんで……離してくれませんか?」
「ん?じゃあその人には俺の方から言っておくよ。待ち合わせしてる場所とかあるの?」
「えぇと、その、離して……」
「……あぁ、自己紹介忘れてた。もうめんどくせぇから端的に言うわ。俺は獄嬰組4代目候補の櫻井。いかにも強姦されましたって恰好で友達の前に戻るかバレずに優しく抱かれるか。どっちがいい?」
男の雰囲気が変わると小野は顔を真っ青にした。獄嬰組。彼女の住む地区で最も毛嫌いされている大型のヤクザだ。彼女の友人の柿本がいるヤクザなど歯牙にもかからないほど大きなもの。
そして、そんなヤクザ者に目を付けられた。
「あ、あの……ホントに、止め、て……」
小野は目の前が真っ暗になりながらも弱々しく抵抗を続けた。
「……彼氏かね?やな趣味してるな。」
「……もし、それを本気で言ってるならあなたの目は節穴と断定していい眼科を紹介しないといけないわね。」
「冗談に決まってんだろ。携帯貸して。」
「?見られて疚しいことはないわよ?」
そう言いながら白崎は今村にあっさりと携帯を渡す。
「んじゃ逃げろ。ちょっとやり合ってくる。」
その言葉を受けて白崎は大きく目を瞬かせた。
「何か?」
「……今村くんなら敵は見捨てるとか言いそうだったから、意外で……」
「基本的に助けるのは気分次第だが……今回は見捨てた時に後味が悪そうだったからな。アサリの味噌汁で砂抜きしてなかった感じ?になりそう。」
「……アサリの味噌汁が何かはよく分からないけど、その例えは多分要らないと思うわ……それと、あなたが行くなら私も行くから。」
「アサリの味噌汁を知らない……?ちょっと待て。お前マジで言ってんの?ここ来て1年間何してたの?」
小野は抵抗を止めて連行され始めた。流石にここまで来たらふざけてられないので今村は飛び出してまずは巨体の男を後ろから蹴り飛ばした。