16.電車で移動
「さて、今日は待ちに待ったダブルデート観察日だな。」
前日の高校入試では全て答案を埋め、特に不安な所はない。社会の歴史の部分でやたら地元限定で有名な人物が出たところだけ微妙だが、おそらく白水高校で決まりだろう。
「じゃあ前日に電話で連絡は済ませておいたし……まぁ口説きを頑張ってもらうか。最悪俺は飽きたら途中で近くに名物料理店が出来たらしいからそこ寄ってから帰ろうかね。」
すでに両親からの金と色々あってプラス収支だしな~と割と酷い事を考えながら今村は最寄りの駅へと向かった。
「……あら今村くん。」
「……早いな。ってか今日は送迎はなしなのか?」
「駅まで車よ。」
そう言って白崎は周りにいた様々な服装の人たちを追い払う。どうやら護衛のようだった。
「……追い返していいもんか?」
「まぁ……この前いても拉致されたから今村くんの方が確実でしょう?」
今村は思いっきり逸れるつもりなのでちょっと困った。その様子を見て白崎は何かに勘付いたようだ。
「……変なこと考えてないわよね?」
「変なことは考えてないが……護衛は来てもらった方がいいと思うなぁ……」
「嫌よ。たまには羽を伸ばしたいもの。」
「俺に任せるってねぇ……」
それはどうかと思うが……そう言うニュアンスを込めて白崎を見るが何故か白崎は悪戯っぽく笑っていた。
「今村くんなら大丈夫でしょう?色々調べたわよ?」
「……へぇ。」
今村の目が僅かに細められる。一瞬だけ剣呑な雰囲気が流れるが、その雰囲気は次に到着した人物によって消えた。
「あ、白崎さんお早う!」
「えぇ……」
(朝からテンション高いなこいつ……眩しい……おっさんはお前を見てるだけで疲れるよ……)
今村は二人の会話中に椅子に腰かける。それにより椅子の金属部分に静電気を浴びせられちょっとイラッと来つつも電車を大人しく待った。
「今村もお早う。……美川を知らないか?」
「あぁ……知らん。」
「……ギリギリに来る気か。」
白崎と一通り話し終わった蜂須賀は今村にも爽やかな顔で挨拶をくれた。今村の返事の後は階段の方を見て苦笑している。
今村はすぐそこの自販機で買った紅茶を飲みながら返事を返すと電車の到着を知らせるベルが鳴った。
そしてそのベルと共に会話が切れて蜂須賀から解放された白崎は今村が飲んでいる物に興味を持ったようだ。
「……それ美味しいのかしら?」
「甘い。」
今村は端的に答える。その間に白崎はカバーを見ながら銘柄を呟いた。
「へぇ……ウバ茶ね……」
「個人的にはダージリンが好きだがな。」
「あら奇遇ね。私もよ?」
「へぇ……何かローズヒップティーとか飲んでそうだが…」
「あれ酸味がきついからあまり好きじゃないのよ……」
紅茶の話題が盛り上がっている中、電車が到着する。今村は二人に若干ながら気を遣ってみて少しだけ離れた席に行こうとするが、日曜という事もあり、電車内はそれなりに混んでおり、自由に座れるわけではなさそうだ。
今村は無言で周囲を軽く見た後空いている端の方の場所に座ると二人は付いて来て周囲に陣取った。
「……座れば?」
一つ向こうの対面の真ん中の方が2人分空いている。1人1人の分であればそこそこ座る場所はあるので行けば?と言ったのだが、二人は困った物を見るかような顔をしている。
「……固まっていた方がいいと思うのだけど……?」
「何で?次からも人がどんどん乗って来るし座れる場所なくなるぞ?この先長いんだし……」
白崎の言葉に今村はこの先長いのを知ってるはずなんだがなぁ……と言った顔で説明を入れる。そこからは代わって蜂須賀が口を出した。
「あー……同じ所に、団体で行くじゃないか?」
「……で?」
「固まっていた方がいいと思うよ?」
(……だから何で固まる必要が……?まぁ別にいいけどよ……)
結局、座らない意味は分からなかったが、特に害があるわけでもないので放っておく。そうしていたら隣の男性が若干ずれて今村の横が空いた。
「白崎さんどうぞ。」
「えぇ。」
「……じゃあ蜂須賀を座らせて俺が空いてる方に行けばいいのか?」
固まった方がいい派を固まらせて全員座るのがいいのか?と問いかけると何だかまた微妙な顔をされた。
「座っておいていいよ。俺、これでも鍛えてるしね。筋トレの一環と思ってずっと立っておくよ。」
「あぁそう。じゃ頑張って。」
そうしたいならそうさせておくかとばかりに今村は寝ることにする。ここの所何気に結構勉強していたので今日明日は寝溜めする気分なのだ。
(……もっとも寝溜めって意味ないんだけどな……気分の問題気分の問題……)
「……寝るのかしら?」
「ん?まぁね……」
「珍しいものが見れそうね……」
「……お前は俺を珍獣か何かと勘違いしてないか?」
何だか嫌な気分なので寝るのは止めた。電車はそろそろ発車する時刻に差し掛かろうとしている。
「あ、う、おはよ!」
そんな時だった。小野がこちらを見つけてやって来たのだ。それにより白崎の顔が険しくなる。
「な……何ですか……?」
「……よくまぁそんな能天気に喋れるのね……?」
「何があったのか知らんがバトらないバトらない。」
当事者である今村が宥めるので白崎もそれ以上は何も言わなかった。が、睨みはしておいた。美人の睨み顔が怖かったのか小野は言葉少なになる。
「ふぅ……あ、はよ……」
そして美川も合流して電車は発車した。しばらくして美川は息を整えている小野と座っている今村を往復して今村に何か言いたそうにして顔を見続けるという行動をとった。
「しゃあない……」
退け。そこは俺の彼女様の席だ。下郎は去れ!という勝手なアテレコを済ませると今村は席を立った。そして電車内を見渡すと先程まで開いていた席も埋まっており、空いている席がないなら仕方ないとばかりに今村は次の車両へと無言で移って行った。
「……へ?」
「え、あ、今村……?」
「え、な、何……?」
突然の出来事に混乱する同行者の面々に気付かないレベルの早歩き(本人的に普通)で去って行った今村を呆気にとられて見送る3人に対して溜息をつきながら白崎は今村を追って席を立った。
「……ふぅ。めんどかった。」
今村は先頭車両まで移動していた。ここは基本的に駅のホームから歩くのが面倒なので来る人が少ないというメリットがある。
ただ、自分も歩かなければならないというデメリットも生じるが。
(……寝よ。)
こちらは結構空いているので端に座ると目を閉じた。すると不意にパーソナルスペースを侵害してくる者の気配を感じて目を開ける。
「……固まった方が良かったんじゃねぇの……?」
「隣の人が寝たふりをして私の肩に頭を置いて来るのよ。演技が上手いのは何故かしらね……?」
「この世は舞台。人は皆役者ってね。自生活の名演をちょっとした日常の一コマに使ってみたんだろうよ。で、何か用?」
「……この台詞を使うのもなんだけど……用がないと来ちゃ駄目なのかしら?」
「もっといい場面で良い相手見つけて言いなよ……別にいいけどさぁ……」
この後今村と白崎が電車内のマナーを守る程度に談笑していると全員こちらの車両に移動して来て蜂須賀以外が座り、白崎が微妙に機嫌を悪くしながら電車は目的地へと向かって行った。