13.別に気にしない
すっかりヤクザとの一件での傷が癒えたころの夕食時。
「……ちょっと来週から母さんの所に家族旅行に行ってくる。お前は……」
「……来週受験なんだが?」
空気読め筋肉。バカ呉羽も固まってんじゃねぇか。
「まぁ……だから付いて来れないのは分かってる……が、父さん息抜きも大事だと思うぞ?ということでホレ。」
自称父親の脳筋は俺に五枚のチケットを渡してきた。
「……遊園地のセミオープン歓待チケット?」
「そうだ。この前俺が働いていた所だ。来週の日曜日まで使えるからやる。」
「……はぁ……試験が土曜で、金曜その試験前の事前説明とか何とか、それまでは普通に学校。……いつ使えと?」
「日曜だろ!」
……これだから脳筋は……多少頭使って話をして欲しい所なんだが……前期の入試が終わっても後期にもあるんだぞ?
「怠いし行く気にならん。だから要らん。……あ、そうだ。交通費くれ。」
「嫌だ!」
「呉羽。」
「うん。」
これだけで分かってくれたようだ。金は貰えるな。
「えっと、これくらいでいいかな?」
「知らんけどいいんじゃね?親父の金から引いといて。」
「うん。」
「さて、ご馳走様。」
さてと、筋肉の今月の小遣いの3分の1程度は頂いた。流石に入試一週間前だし勉強しましょうか。まぁ、色々別のことも考えながらになるけどな。
翌日、学校に着いた俺の机の中には女性物の下着が置いてあった。……何を言っているのか分からないと思うが、俺も全く分からない。
とりあえず微妙に汚いので人の目を引いたまま掃除用具入れからトングを持って来てゴミ箱にぶち込む。
む?何かおかしいことでもあったか……?周りの視線が……もしかして俺を下着泥棒とでも思ってんのか?
「し、信じられない。」
「あぁ?俺は今来たばっかりだ。誤解だな。」
「いや……大体何となく何があったか予想はつくんだけど……」
「お前らの誰かが俺を陥れようとしてのことだ。」
くっだらねぇ……クラス全員を敵に回させるために我慢するのもいい加減にイライラして来た……
「あー!あたしの下着!あんたが盗んでたのね!」
「……お前か。まぁこんな頭悪そうな計画をする奴とか……考えれば容易に想像はついてたが……」
柿本が来た。
「信じらんない!キショイ!死ね!」
「……前と同じ手口だな。知能が進歩してないの?きったねぇゴミ俺の机の中に入れないでくれるか?」
俺が至極冷静にしているともの凄くヒステリックになった柿本が訳の分からない言語を喋りはじめる。
「悪い……人間の言葉で喋ってくれるか?猿の言葉は俺にはよく分からん…」
「がqhんRふぃうあbヴィg;jそいおい;rsh!」
おう、本気で言語崩壊が始まった。ってかそろそろ怒っとかないとこいつには通じんだろうなぁ……はぁ、文明人らしからぬ行動だよね怒鳴るって……
「いい加減にしろボケ!死ね死ね言ってんがお前の方がよっぽど屑だろ!お前の方が害悪だ!ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさとくたばれこの阿婆擦れが!お前には存在価値がねぇんだよ!その程度のことも理解できない低能が人間様の言葉を喋ってんじゃねぇ!」
「何よ!パパに……」
「困った時のパパ頼みか生ごみ。そうか、でもそのパパは今ムショにぶち込まれてんだろ?俺がやっておいたからな!」
「すぐに出て来るもん!警察のトップの人と仲が良いんだから!その時に後悔しなさい!」
おぅ、酷い癒着宣言だ。……まぁそんなこと知ってるけどな。
「下着泥棒の癖に……」
柿本がそれに続けて何か言う前にクラスの誰かがそれを遮った。
「じ、自分で仕込んでたの見てたわよ!」
「な……!何でバラすのよ!」
「もう終わりなんだよ!帰れ社会のゴミ!ずっと黙ってたけどな!お前の存在はこのクラス……いや、学校にとっても迷惑なんだよ!」
……ん~バックのヤクザが居なくなったから強気に出れると思ったんだな。これ以上は俺が何かするまでもない。
クラス内は元々俺が作りあげて来ていた反柿本ムードで一色だ。吊し上げ。
「な……な……あんたたちも自分から動いてたじゃない!計画してた時はカナエだって!」
「うわっ……最低なんですけど……マジ頭おかしいんだねアンタ。私まで巻き込まないでくれる?」
柿本を汚らしく散乱したゴミを見る目で見た後、カナエと呼ばれた女子は俺に媚びるような目で言ってきた。
「あのね、これはあの子が私を脅したの。」
「信じらんない!友達じゃなかったの!?」
お前らの友達はアレだろ?都合のいい人物だろ?じゃ、都合が悪くなった時に離れるのは当たり前じゃん。
「あんたの問題に私を巻き込まないでくれる?」
「っっっ!皆死んじゃえ!」
あ、授業始まるというのに……本当に馬鹿だなぁ……思わず殺意が芽生えるくらいには馬鹿だよ。
柿本が居なくなった後、彼女の悪口で盛り上がるクラスの奴らを見て自分でこんな様になるように仕向けておきながらこの場にいる全員、無関係じゃないのに被害者を装っており、馬鹿そのものだな……と思っていると1限が始まった。
「あ、あははは……」
「本っ当に最低なのよあの男!本当に死ねばいいのに!」
学食で、私の所に今日の1限の自習からずっといて、クラスに白い目で見られていた柿本さんにずっと同じ話を聞かされ、私は既に空笑いしか受かべられなかった。
今日も今村君は学校に来てるみたいだから何とか逃げてるんだろうけど……どうにかしてこの子を止めて今村君の安全を……
今日、今村君は頭に包帯巻いてたからすでにヤクザさんに攻撃されてるのかもしれないし……いや、もうされているんだろう。私が止めないと!
「で……でもさ、もういいんじゃないかな?」
止める!
そう意気込んだ私のこの言葉で柿本さんは固まった。
「……はぁ?」
「もう、その……その人を相手にしなくていいんじゃないかな?一々相手をしてると面倒じゃない?」
何とかオブラートに包んで彼女を刺激しないように止めに入ると柿本さんは私を睨んだ。
「何……?小町っちまで、敵なの?」
「て、敵とかそう言うんじゃなくて……」
低い声になった。機嫌が悪い時の声だ。何とか機嫌を取らないと……
「ほら、カッキーって可愛いじゃん。それなのに底辺付近にに存在してる今村ってやつに構ってなくてもいいんじゃない?」
柿本さんは押し黙った。うぅ……今村君ごめんね……貶してるけど本当はそんなこと思ってないから……
「前に見た時にも、オタクみたいな本見てたし、何か根暗そうだし、これ以上かかわらなくても……」
「……まぁ、小町っちの言いたいことは分かる。……でもね、このまま引き下がると負けた気になるじゃない?ほら、そこに呑気な顔して王子たちに囲まれてるのが本気で気に入らないんだけど……」
「えっ……?」
驚いて私が振り向くとその先では蜂須賀君と美川君に挟まれて一つ向こうの席に座っている今村君の姿が。
(き……聞こえて……ない、よね……?)
辺りは騒がしく、注意してモノを聞こうとしなければおそらく聞き取れない。態々虐めの主犯の人間の会話など聞きたくないだろう。
元々印象は最悪値からスタートしている。そこから挽回を図ろうとして今のような行動をしているのだ。これで更にこんなことを言っているのを聞かれていれば間違いなく終わりだろう。
「……小町っち?どうしたの?震えてるよ?」
「……い、いや……」
怖い。助けてもらったのに、貶す事しかできず、ただ嫌われていくだけなのは怖い。
「……あなた……柿本さんね?」
そんなことを考えている時だった。目の前に雪の精霊かと思えるような美人がこちらを見下ろいていた。
「ちょっと、いいかしら?」
その美少女は私たちを凍りつかせるような温度の言葉でそう言った。