11.救出しましょう
(……まさか、こんな状況になるなんてね……相手を甘く見てたわ……いえ、この場合は賢く見積もり過ぎてたのかしら……?)
寂れた港で縛られている白崎は苦々しい思いを隠せない。少なくとも自分に対してはここまで直接的な行為に出るとは思っていなかったのだ。
(一応、組織として成り立っているのだから多少なりとも頭が回ると思っていたのに……こんなに馬鹿だったと思ってもみなかったわ……)
白崎は昨日の放課後、今村と別れてから家に帰り、そして車から降りた所で襲撃を受けた。そして捕まってしまったのだ。
「後1時間って所だな……そろそろ運ぶか。」
ヤクザのリーダー格の男が時計を睨みながら白崎を運ぶ。白崎は体をまさぐられることに嫌悪感を覚えながら縛られたまま車から運び出されていく。
(……3流ね。要らない情報をぺらぺらと喋ってたし……)
海の近くに運ばれている状況下ではあるが、現状はきっちり把握できている。チンピラの風体をした男が自慢げに、そしてサディスティックな笑みを浮かべながらここに至る経緯を話してくれたからだ。
それは彼からしてみれば恐怖を与えて抵抗する気力を失わせようと考えから話していたのだが、生憎白崎はその程度では怯まない。
そして白崎はこう判断した。
(今村くんがここに来るわけないじゃない……合理的に考えて自分が無傷で相手を潰すのに今回みたいな事態は好都合すぎるし……)
白崎が諦めているとチンピラの男が白崎を下ろして木箱の上に座らせた。
「傷はつけるんじゃねぇぞ。」
「へい。」
「ったく。お嬢の我儘にも困ったもんだ……たった一人を相手に何人用意しなきゃならねぇんだっての。町からチンピラ雇うとかヤクザの名折れだろ……」
リーダー格の男が嘆かわしげに白崎に声をかけるが白崎は猿轡を噛まされていて何も反応を返すことはできない。ただ、睨む。
「大人しくしてろよ?暴れると入水自殺になっちまうからな?」
水際に運ばれて手足を縛られ、木箱に腰かけさせられている白崎は逃げられなくなっていた。……のだが、
「本っ当に名折れだよなぁ……」
その声と同時にサディスティックな顔で笑っていた男の頭上にパイプが降って来た。
「っ!?」
「さぁ、始めようか。」
「っテメェ!」
異常に気付いた別の男が今村に向けて襲い掛かる。その辺のチンピラと違って動きがかなり喧嘩慣れしており、速いものだった。
それに対して今村はスプレーを素早くポケットから出し、噴射して殴られた。だが、それによって追撃をかけようとした男の動きが止まり、絶叫を上げる。
対する今村は暗い笑みを浮かべていた。
「ハッハッハ……写真を現像する時に使うとある液体……まぁオクタン酸なんだが……それと蟻酸、それにマニュキュアの除光液を特定質量比で混ぜたイカレ物質だ。皮膚をぐずぐずに溶かすから気を付けてね。」
気を付けようがないことを言って今村は白崎の方に駆け寄り、持っていたナイフで縄を切った。
「今村くん!あなた……何で?」
「何でと言われても……とりあえず逃げようッ……っざってぇなぁっ!」
今村の頭に角材が振り下ろされて今村の頭が割れ、血が流れる。しかし、ぶつかった瞬間頭を白崎が叩いてずらしたので致命的なダメージではない。
そんな頭から血を流す今村は凄惨な笑みを浮かべていた。
「……地獄を見てろ……」
ナイフを体の下の方から切り上げるように一閃。男が絶叫を迸らせる。
「……楽にゃぁさせん……って、いかんね。逃げないと。」
怒気が覆い尽くしていたかと思えば今村はすぐに素面に戻って白崎の手を取った。そして、行く先は勿論海の中だ。
「っかはっ……沁みるな……って……えっ?」
「っきゅぁ……死んじゃう!ぃやぁ!」
海に飛び込んでさぁ逃げようと言うところで白崎が今村に思いっきり抱きついて来た。
「ちょ……待て!洒落にならん!落ち着け!」
今から逃げるというのにどうしたというのか、こいつは俺を沈めようとしているのか?そんなことを思いながら、このままじゃ本気でヤバいと今村は立ち泳ぎを開始し始めた。
「マジで何!?これじゃ追いつかれるっての……」
「こんな時だけど今村くん!私フェデラシオンって北国から来たのよ?年中外では基本氷が浮かんでる地域でどこかに泳ぎに行くと思う!?」
……事情は分かった。が、今村は背負われている身なのにそんなに偉そうにしているのはどうかと思った。しかし、巻き込んだのは自分なので黙って泳ぐ。
幸いというか、自転車でイカレたスピードを出せる今村の下半身は今村のことを裏切らず、何とか逃げ切ることに成功した。
それと同時にパトカーのサイレンの音が鳴り響く。
「はっは……あ~死ぬかと思った。」
浜辺の方に、後は流されるだけの今村は疲れて力を大分抜いて浮かせる分を減らし沈み始める。すると後ろからもの凄い抱き締められた。
「し……沈んでるわよ……?」
「ん?あ~……疲れたしなぁ……」
「足が海底に着いてるわけじゃないのね……?」
「……やってみれば?」
「それで沈んだらどう責任をとってくれるのかしら……?」
一行に緩まる気配のない白崎の力に抗わずに話をしながら泳いでいく。
「……それで、何で最初から警察に頼らなかったの……?」
「んー?俺一人で来いって言ってたからね。下手に最初から警察引き連れていくと刺激してしまって白崎が危ないかな~って思ってね。」
不覚にも白崎は自身の顔が熱くなるのを感じた。対する今村の方はもの凄い申し訳ない気分だ。殆ど柿本の逆恨みから来るとばっちりで、今村に非はないとしても巻き込んだことに罪悪感を覚えている。
その為、出来れば誘拐された以上の迷惑をかけたくなかったので自力で何とか処理したかったのだが、相手は本物のヤクザ。今村一人で潰すなんてことは出来ない。最悪の事態も想定した。
しかし、そこに柿本の家のヤクザが町のチンピラを集めていたという話が来て今村はしめたと思ったのだ。よく顔を知らない人間が内部に多くいるという事であるためだ。
この件に於いては今村は名前を覚えていないが、小野が役に立った。今村のことを心配して情報をくれたのだから……
「ふぅ。」
今村はそろそろ足が着くので手で水をかき分けながら歩いて行く。そろそろ白崎も地面に足が着きそうなのでそう言って離して貰った。……が、白崎と今村の身長さの所為で白崎の顔が海面から出た状態では足が着かずに溺れかけて今度は完全に足が着くというところでも離して貰えなくなった。
「……これで……いいだろ?」
「……今、さっきみたいに浮いて泳ぐ方法を取っていないという証拠はあるのかしら?」
今村の胸辺りが水面上に出て来ても白崎は信用してくれなかった。下手に立ち泳ぎを見せたせいでもう浅瀬というのに両手両足をしがみ付かせるスタイルだ。
「はぁ……それにしてもキラービーナイフも海に付けたら作り直しだよなぁ……失敗したなぁ……」
もう後ろのことは諦めるとして今村は今回使った武器のことに思いを馳せることにする。
どれも劇薬だ。ただ、薬事法にかかるタイプのものではない上、日用品を加工して作った物が多く流通ルートの特定が難しい上、プライドの高い大人ヤクザ(笑)が中学生に負けましたと言う事はないだろうと考えて特に気にしないことにした。
それはともかく、白崎は今村の頭を見ていて心配になってきたので、今村の言う言葉を聞き流しながら体調に問題がないのか訊いてみることにした。
「……にしてもアレでちゃんと脾臓に傷つけれたかなぁ……?流石にあそこまでブチ切れたのは初めてだから感触が分からんから自身がない。それが不安。」
「……それより、あなたの頭を気にしたらどうかしら?」
「失敬な。もう手遅れだ。」
「……そうじゃないわよ。」
頭の中ではなく、怪我のことだ。血が全く止まってない。
「確かに脾臓を切りつけるとか人間がやる事じゃないかもしれんが、俺は被害者だ。なら脾臓を切りつけて相手の消化酵素を体の中にぶちまけることぐらい許されるだろ!それで相手の体の中がぐちゃぐちゃになっても!」
思ったよりエグイことを言う今村。実際に頭の中も気にした方がいいと思ったが白崎は何も言わなかった。
だが、今村はまだ口を出した。
「……ってか流石にもうよくないか?下見ろ。」
「へ?」
白崎はそこでようやく自分の体が水から出ており、水が今村の脚の半分の所に来ていたことに気付いて急いで離れた。