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ごめんなさい



 澪はもう一度横になって体をすくめた。

 穴の中は静かだった。時々、ミミズや虫が這っているのが見えた。最初は気持ち悪かったが、すぐに見慣れた。その時、


(澪)


 と呼ばれて目を開けた。


「一也さんっ」


 澪は青白く光る一也に駆け寄った。しかし、それが無駄な事だと気付いて足を止めた。


(大丈夫か?)


 澪は頷いた。


(よかった)


 一也はそう言うと澪の顔をじっと見つめた。


(お前、顔が汚れている)

「えっ」


 澪はびっくりして顔を押さえた。右の頬に泥がついていた。


「やだっ」


 泥を払い落とすと、きれいになったよと一也が言った。そのひとことが胸に染みる。


「やさしいんだね」


 一也は何も言わなかった。


「今、十一時なの?」

(ああ)

「どれくらいその姿でいられるの?」

(一時間くらいだ)

「じゃあ、一也さんがいなくなったら日にちが変わるのね」

(そうだな。お前、眠くないか? 大丈夫か?)


 一也の言葉がやさしいので、澪は涙ぐんで思わず横になった。泣き顔を見られたくなかった。


「ちょっと横になるね」

(しんどいのか? 気分が悪いのか?)

「大丈夫。ねえ、一也さん何かしゃべって。外の話をして」


 泣いている事を悟られないように言うと、一也は黙り込んだ。

 一也はおしゃべりするのが得意ではないようだった。


「ごめんね。わたしがしゃべってもいい?」

(ああ)


 一也のほっとする声が聞こえた。


「一也さんは……わたしと結婚するの嫌だった?」

(嫌だとかそういう問題じゃない。お前と結婚するのは決まっていた事だった。ただ、お前がまだ十六だというのが気になっていた)

「どうして?」

(まだ、子どもじゃないか)

「子どもじゃないわ」

(子どもだよ)


 一也はため息をついた。


(きょうも奴らに言ったんだ。お前をここから出すようにと、間違いだと。でもダメだった)

「一也さん……」

(あしたには何とかする。必ずお前をここから出してやる)

「どうしてそんなに一生懸命してくれるの?」


 澪は不思議だった。


(あまりいい気分じゃないよ。お前がこんなところに閉じ込められているなんて)

「それだけ?」

(ああ)


 それでもうれしいと思った。


「ありがとう。わたしのために時間をくれて」

(必ず助けてやるからお前もがんばれ)

「分かった」


 それから二人は何もしゃべらなかった。しばらく黙っていたが、澪は気になっていた事を思い切って言った。


「一也さん」

(何だ?)

「きのう言った事、あれ、嘘だから」

 澪は口から心臓が飛び出そうなほどドキドキしていた。


(え?)

「あなたの事好きって、あれ嘘だから信じなくていいよ」


 搾り出すように言葉を吐くと、


(嘘?)


 一也が不機嫌に言ってから、大きなため息をついた。


(そうだと思っていたよ)


 彼の声が急に冷たくなって澪はびくっとした。


「ご、ごめんね。ちょっと意地悪を言ってみただけなのよ」

(こんな時にふざけた事を言うな)


 一也は本気で怒っていた。


「ご、ごめんなさい」


 澪の声は消え入り、また泣きそうになったが、我慢した。


 一也は黙っていたが怒った声で、また来ると言って消えた。


 消えた瞬間、澪は叫んでいた。


「行っちゃやだっ」


 一也がいると素直になれないのに、いなくなるとたまらなく切ない。


「嘘だよ。本当は好きだよっ。ごめんなさいっ。一也さんっ、一也さんっ」


 澪の悲鳴が土壁に吸い込まれていく。


「寒い……」


 澪は体を抱きしめた。


 自分の着物はドロドロでずっしりと重い。

 澪はおそるおそる手を伸ばし、さっき触れた着物に手を伸ばした。

 握り締めてそっと引き抜いた。どさっと鈍い音がした。


「ひっ……」


 握り締めた着物を手繰り寄せ、こびりついた泥をはたいて体に巻きつけた。

 少しだけ温かくなり、ほっとしてそのまま横になった。






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