穴
一也は離れの部屋に入るなりふとんの上に横になった。
乱れた息を整えながら目を閉じる。
なんとしても澪に会わなくてはならない。
目を閉じた一也の体は鉛のようにぐったりとし始めた。しかし、意識の方は次第にはっきりしてくる。
体から精神が離れた彼は自分の姿を見下ろした。
一也は無事に自分の身体から抜け出た事に安堵した。
彼はすぐに牢屋に向かった。
彼の能力はこれだけではなかったが、今まで力を使っていなかったので離脱するだけで必死だった。
体を離れた意識は澪の元へと急いだ。
時間が限られているからだ。
一也は御神木の根が張りめぐる穴に向かった。
穴の入り口は一つで、澪は大昔に掘られた小さな穴にいるはずだった。
離脱している間にできることは、見る事と話す事だけだった。
目だけが頼りでふわふわと穴の中を飛んでいった。
その時、一筋の月明かりが射し込む場所を見つけた。そこで行き止まりだった。
(澪っ)
一也が声を出すと、月明かりが射すその場所ではなく手前の真っ暗な通路でなにかが動いた。
壁にすがりつくように縮こまり、白い着物を着た女がぶるぶると震えているのに気付いた。
澪だった。
彼女の顔は真っ黒になり土で汚れていた。
「誰……?」
恐怖で澪の顔は引きつっていた。
(澪っ)
もう一度呼びかけると澪がハッとした。
「一也さん?」
まるで幽霊でも見たような顔をしている。
「どうしてここにいるの?」
彼女の顔は泣いた後のようで目が腫れていた。
(迎えに来た)
「嘘……。あなた魔法使いだったの?」
(バカな事を言っていないでここから出る方法を考えるんだ)
「無理よ…」
(考えるんだ)
「一也さん……」
澪はじっと一也を見つめた後、目を反らして、
「吐いたの」
と呟いた。
(吐いた?)
一也が聞くと澪は月の光の射す方をちらりと見た。
「あの部屋に女の人がたくさん死んでいるの。それを見たとたん食べたもの全部吐いちゃったわ」
一也はその部屋に入って唖然とした。
白骨化した死体が何体も重なり転がっていて、まだ新しい死体は腐りかけていた。
一也はすぐに戻って話しかけた。
(お前、大丈夫か?)
「大丈夫じゃない」
澪は力なく言った。
「ねえ、それって何? どうして光っているの?」
(俺の力だ。実体と繋がっている。すぐにここから出よう)
「出られないのよ」
澪がひざを抱きしめた。
「ごめんなさいっ。こんなに恐ろしい事になるなんて思わなかったの。あの女の人がかわいそうで代わってあげようと思っただけなの」
一也は、何か言ってやろうと思ったが、押し黙った。
澪は顔を上げると、一也に手を伸ばしたがするりと通り抜けてしまった。
(実体じゃないから無理だ)
澪ががっくりと肩を落とした。
「一也さん、ここ、ものすごく寒いの」
(ああ……)
「心臓が止まりそうよ」
(澪)
澪はハッとして顔を上げた。そして、唇を噛んだ。
「名前を呼んでくれたの初めてよ」
(そうだな)
「うれしい」
澪は漂う一也に手を伸ばした。
「実体ならあなたを感じる事ができるのにね」
(ここから出よう)
「無理よ」
(無理じゃない)
一也ははっきりと答えた。
(必ず助けてみせる)
「どうして? わたしの事嫌いだったんじゃないの?」
(……嫌いじゃない)
「じゃあ、他に好きな人がいたの?」
(そんな人いないよ)
一也はぽつりと言った。
「ならどうしてずっと意地悪だったの? どうして?」
(……ずっと前からお前の事が好きだった)
「え?」
澪はすぐには理解できなかった。
「今なんて言ったの?」
(会う前からお前の事が好きだった)
小さな声だったが、はっきりと言った。
「嘘……。嘘っ」
澪が叫んだ。
(嘘じゃない)
「じゃあ、どうして? なぜ、あんなに冷たくしたの?」
一也は言いにくそうに顔を背けた。
「答えてっ」
(以前、お前に会いに行った事がある)
「え?」
(お前がどんな女なのか知りたくて学校に行ったんだ。その時、見たから……)
「見たって何を?」
(お前が男といたから、てっきり恋人だと思った)
「わたしの高校は共学だもの男子はたくさんいるわっ」
(この話はもうよそう)
「いやっ」
(今はそんな事を言っている場合じゃない。ここを出る事を考えるんだっ)
「いやっ。だって、一也さん、誤解している。だって、わたしはずっとあなただけを見てきた。あなたのことだけを考えてきたのよっ」
(それは俺が一也だからだろ)
一也の冷たい言葉に、澪は体が凍りついた。
その時、一也は何かに引き戻される感覚を覚えた。
(もう戻らなくてはいけない)
その言葉を聞いて、澪は悲痛に顔を歪めた。
「どうしてっ?」
(離脱は一時間くらいが限度だ。また明日来る)
「本当? 約束してくれる?」
(約束する)
澪はその言葉を聞いて生きる望みができたと思った。
「待ってるっ」
(ああ)
澪は一也の体がすうっと消えていくのを見ていた。
一也の体が消えてしまい辺りが真っ暗になると澪はぶるぶる震えだした。
月明りの射す方から鼻が曲がるような臭いがしてくる。
澪は呟いた。
「どうして? どうしてわたしここにいるの? わたしの事が好きって本当なの? 何でもっと早く言ってくれなかったの?」
澪は地面をどんと叩くと頭を小突いた。
何度も小突きながら、彼の顔を思い出そうとした。
一也の冷たい横顔が、自分を睨んでいる顔しか思い浮かばない。
「何でなの? ねえ、一也さん、一也さん、一也さんっ」
暗闇の中で澪の声がしんしんと震えた。
澪は小さく叫びんだ。
「ごめんなさいっ」
澪は地面にうずくまり体を丸めて目を閉じた。




