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きれいな女の子




 一也が目を覚ますと澪はいなくなっていた。


「あいつ……」


 ゆうべは疲れていてあまり記憶がない。

 着替えて母屋に入ると母親が待っていた。


「おはよう。一也さん」

「おはようございます」


 朝食が始まっても澪は現れなかった。一也はいつも通り、大学へ向かった。

 一也は大学院で微生物の研究を続けていた。

 毎日が忙しくてあまり寝ていないせいか体がだるくて疲れが溜っていた。


 その日も夜遅く家へ帰り、母屋には行かず本堂の方へ行き、少しだけお祈りをすませると離れに戻った。

 鞄を置いて母屋で遅い食事をしてから部屋に戻り、論文の続きを書き始めた。

 その時になって、そういえば今朝から澪を見なかったなと思い出した。

 しかし、一也は疲れていたのでその後すぐに眠った。



 次の朝も澪はいなかった。

 怪訝に思いながら、母親に聞くと、


「知りませんよ」


 知るはずがないでしょうと冷たく言った。


「あいつ、どこに行ったんだろう」


 一也は何となく気になった。


 きょうは午後から大学に行くつもりだった。

 部屋に戻り、勉強を始める。

 澪はそのうちふいと現れて自分の邪魔をするだろうと思った。

 しかし、昼を過ぎても現れず一也は出かける時間になり、あわてて家を出た。

 学校へついたものの澪の事が気になっていた。

 少し早めに家に帰って、眉をひそめた。

 いつもなら玄関に座っている澪の姿がなかった。

 庭に出て木蓮の木のそばに行ってみた。

 澪がいつもそこにいる事を彼は知っていた。しかし、庭には母親が紅梅を摘んでいるのが見えただけで、他には誰もいなかった。


 澪がいない。


 女たちに澪の事を聞いてみたが、彼女らは一様に見ていないと答えた。

 澪の実家に連絡をすると、若い声の母親が明るく出て、澪は来ていないと言った。

 澪は元気でやっているかと聞かれて、一也は話が長くなる前にあわてて電話を切った。

 いても立ってもいられず玄関に向かい、靴を履いてから足を止めた。


 何をしようとしているのだろう。鬱陶しい高校生がいないだけの事じゃないか。

 一也は自分に言い聞かせて部屋に戻った。

 しかし、夜になっても澪は現れなかった。


「母さん」


 寝る頃になって母親に伝えた。


「澪がいません」

「知りませんよ」


 母親は同じ事を繰り返すだけだった。

 一也はいらいらしながら自分たちの寝室をのぞいた。

 ふとんは二組敷かれていたが、どちらも乱れた様子はなかった。

 澪が家出をするはずはない。

 なにかあったのだろうかと思案した。

 そして、きのうは生け贄の日だった事を思い出した。

 澪は生け贄の話をしていた。もしかしたら、会いに行ったのかもしれない。

 不安に駆られ、離れを飛び出し本堂へ走った。

 そして、地下への扉を開けた。

 腐臭がしている。ここに来るのは高校生の時以来だった。


 地下へたどりつくといすで居眠りをしていた男がハッと目を覚ました。

 一也は男を無視して奥に繋がる通路をかけ降りた。


「一也様っ」


 男が驚いて呼びかけたが、一也は立ち止まらなかった。

 足を踏み入れるたびに、ごーっという地鳴りのような音がしている。同時に臭いが強まっていく。

 一也は小屋の方を見に行ったが、誰もいない。

 さらに奥へ進むと、牢屋が見えてきた。入り口には男が二人見張りをしていた。


「あ、一也様」


 男たちが頭を下げた。


「生け贄は?」

「中にいます」

「生け贄を捧げたのはいつだ?」

「きのうの晩ですよ」


 男たちは顔を見合わせて不思議そうに言った。


「一也様?」

「誰か来なかったか?」

「は?」


 男たちはきょとんとして、お互いの顔を見ると首を振った。


「いいや、誰も」

「そうか……」


 一也は大きく息をついた。

 澪はここにも来ていない。だが、胸騒ぎがおさまらなかった。


「生け贄の名前は?」

「は?」

「生け贄の女の名前は?」

「ええと、ちょっと待ってください」


 男は名前を言ったが、一也は聞いたこともない名前だった。


「間違いなくその女だったんだな」

「間違いないですよ」


 牢屋の奥からゴーッと風のうねりが聞こえてきた。

 一也がぞっとすると、それに男が気付いた。


「今日は冷えますよ。もう上に戻られた方が」


 一也は焦った事を後悔しながら引き返した。階段の上り口付近で男がまたイスの上で船を漕いでいた。


「おい」


 何度か呼びかけると男がびくっとして目を覚ました。


「風邪を引くぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 男は頭を下げると、上目遣いに一也を見ながら言った。


「あ、あの……」

「何だ?」

「生け贄の予定の女、変わったんですかね」

「え?」

「おととい待たせておいた目の見えない女は、夜明け前に帰ったんですよ。だから、誰が代わりに生け贄になったのか、俺知らなくて……」


 と、しどろもどろに答えた。


「何の話をしているんだ?」


 一也が不機嫌に顔を歪めると、男は焦った顔で答えた。


「こんな事は俺初めてですごく心配なんです。目の見えない女じゃなくて、今生け贄になってる女は誰なんですかね」


 一也はふらりと倒れそうになった。

 すぐに地下牢へ戻ると男たちは大声でしゃべっていたが、一也に気付いて声を静めた。


「どうしたんですか? 一也様」

「女の子だったか?」

「へ?」

「生け贄だ。どんな子だった」

「きれいな子ですよ」


 男が言った。


「手足が長くて髪もさらさらでね、見た事もないくらいかわいい子でしたよ」

「何でこんなきれいな子が生け贄に選ばれたんだろうなって、不思議だよなって今こいつと話してたんですよ」


 男たちの話を聞いたとたん、思わずしゃがみ込んだ。


「だ、大丈夫ですか?」

「こんなところにあなたがいてはいけません。一也様」


 その瞬間、一也が体を起こして男に飛びついた。


「今すぐここを開けて、俺を中に入れろっ」

「ちょ、ちょっと一也様」

「早く開けるんだっ」

「一体どうなさったんですか?」


 一也は叫んだ。


「あれは俺の妻だっ」

「へえ?」


 男の拍子抜けした顔に腹が立ち、その胸倉をつかんだ。揺さぶると片方の男が真っ青になって一也の体をはがした。


「い、一也様っ、落ちついてください。もう手遅れです。あの子はもうだめです」

「まだ生きているっ」

「生きてるかもしれませんが、穢れています」

「まさか……」


 あの子は処女じゃないんですか?


 男が真顔で言った。


 一也はびくっと体を震わせた。思わず首を振ると男たちが安堵した。


「なら、問題ない」

「そうです。かわいい子だったけど、あんなのいくらでもいますよ」


 一也は二人を睨みつけた。その時、


「一也様」


 男が低い声を出した。


「ここは開けられません。絶対に開けませんから」


 一也は後ずさりした。

 男たちの目が異様に光っている。一也は何も言わずにそこを後にした。


「澪……」


 名前を一度も呼んであげなかった事を悔やみながら、足を引きずり離れに戻った。



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