稼ぎ
澪は午後九時過ぎに帰って来た。
学校が始まるのは、十七時半からだという。それまでは仕事をしていると言った。
何の仕事をしているのか、と聞くと、母の知り合いの職場を手伝っている、と答えた。
一也は食事を摂らずに待っていたので、澪と一緒に食べたかったと言うと、彼女は少し困った顔をしていたが、うれしそうにも見えた。
「日曜日以外は学校だから、仕事も同じようにしているの」
「じゃあ、日曜日だけは一日空いてるんだな」
「うん」
「俺も働くよ」
食事の後片付けを手伝いながら言うと、澪は食器を洗いながらほほ笑んだ。
「そうしてくれると助かるわ」
澪の手は傷だらけだった。
「あかぎれができてる」
「冬場は寒くて」
「何か薬を塗ったら」
「そうする」
澪はにこりと笑い、最後の食器をすすいで立てかけた。
「もう、こんな時間、一也さん、先にお風呂入って」
「うん」
一也は家にいる間、掃除ばかりしていた。澪は帰って来るなり、すぐに気付いた。
片づけてくれたのね、ありがとう。
と言ってくれた。
お風呂にゆっくりと浸かると、生きた心地がする。
早く澪のために自分も働きたかった。
一也が風呂場へ行き、一人になると澪は手に薬用クリームを塗りながらため息をついた。
わたしは自然にできている?
自分は変わったと思っていたのに、一也がそばにいると胸が苦しかった。
ため息をついて、畳に寝そべった。
学校でも勉強に集中できなかった。
本当は学校を休んで、家に帰りたかった。
一也に会いたかった。
一日も忘れた日はない。
一也の写真はなかったので、思い出だけで生きていた。
彼との会話がこんなに楽しく、気持ちを穏やかにしてくれるなんて。
一人だと分からなかった。
「澪」
背後から声がして、いきなり腕を引き上げられて驚いた。
「な、何っ?」
「いや、寝そべっている姿を見ると心配になって」
澪は、口を閉じた。
あの頃の話をされると心臓がちくちくする。
「ちょっと横になってたの」
一也が顔を伏せた。
澪は一也の頬に手を当てた。一也の体は温もっている。
「お風呂に入ってくるね。先に休んでて」
そう言ってから、自分の口調が生意気だなと思いだした。
「ごめんなさい、わたし、あなたに対して生意気な言葉ばかり使っていたわ。これからは改めるから」
「俺は気にしない」
「わたしは気にするの。初めて会った時もわたしはあなたに対して生意気な女だった」
一也が変な顔をする。澪はさっと顔を逸らした。
「ごめんなさい、また、後で」
澪はお風呂場へ向かった。体を清めてお湯に浸かる。
澪は自分の性格に嫌気がさしていた。ストレートに物を言いすぎるのだ。
言わなくていい事まで言って、相手をいらいらさせてしまう。もっと、口を慎み、相手の気持ちに立たないといけない。
一也が現れた時のために、いろいろと自分の性格について考えた。
なぜ、自分たちはうまくいかなかったのか。そして、なぜ、身代りの女性と変わろうとしたのか。
母は信者でもないのに、一也の嫁としてわたしを育てたのか。
この部屋に一人で暮らしていると、何もすることがないから、考える時間があった。




