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軍師は何でも知っている  作者: タンバ
第四部 アルビオン編
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第一章 思惑5

 その昔。

 魔術によって栄えた都市があった。

 魔獣が多い大陸中央部において、別格の輝きを放つその都市は、魔術都市アルビオンと呼ばれ、大陸中の魔術師、賢人たちが集まる場所へと変化していった。

 そして時は流れ、偉大な魔術師たちを指導者として、都市は国へと変化した。

 大陸中央部に君臨し、魔術と叡智を武器に、大陸の秩序を守る白き国。

 アルビオンへと。


「……」


 朗々と語りだしたザックに、俺は冷ややかな視線を送った。

 その出だしは多くの本で読んだ。今更、ドヤ顔で語られても困る。

 俺の視線が冷たいことに気づいたザックは慌て始めた。


「えっ? 気に入りませんでした?」

「いや、気に入らないっていうか、本で読んで知ってたからさ」


 ガーンという効果音がつきそうな顔で、ザックは衝撃を表現した。

 そのまま肩を落として落ち込んだザックを放っておいて、俺は馬車の外へと視線を向けた。


「公都アルビオン……ややこしいな」

「どれだけ広がろうと、原点はここだってことを示すためよ」


 アイリーンがそういう。

 俺は視線を外に向けたまま、ふーん、と答える。

 ついさきほど、公都へと入った馬車は、人の目を避けるように細い道を進んでいた。

 おかげで、綺麗と評判の公都を見物できていない。


「どこ向かってるの?」

「あんたの知らないところよ」

「だろうね。じゃあ、質問を変えるよ。このあと、俺はどうなるの?」

「拷問にでもかけられるんじゃないかしら? ソフィア様を攫った極悪人だもの。アルビオンの民は、容赦ないと思うわよ?」


 俺は開いていた窓のカーテンを閉める。

 危ない。失念してた。アルビオンの人たちは、俺がソフィアを攫ったと思ってるんだった。

 見つかったら、終わる。


「黒髪黒目ってだけならまだ大丈夫だけど、その格好で見つかれば、速攻で捕まるわね」

「忠告ありがとう……」

「……そろそろね」


 アイリーンがそう呟くと、馬車が停止した。

 そして、間髪いれずに馬車の扉が開かれる。

 アイリーンは俺の腕を掴んで、馬車から引きずりおろす。


「ちょっ!?」

「騒がないで。殺したりしないから」


 それは殺さない程度のことはやるってことだろうか。

 なんだか胃が痛くなってきた。

 俺たちが降りると馬車は走っていってしまう。

 周囲には俺たち以外に人影はない。一般の人たちも、公都に入る際にはいたはずの護衛たちも。


「ついてきなさい」


 言葉少なく、そういうと、アイリーンは歩き始める。

 それについていくように歩き始めると、俺の後ろにザックがつく。

 前後を挟まれる形になった。俺が逃げないように気をつけているというよりも、二人の様子を見るに、敵からの襲撃を警戒しているのだろう。

 アイリーンが小さな家に入った。そのあとに急いで続くと、暗闇が待っていた。

 その暗闇の中で、誰かに腕を掴まれ、引っ張られる。

 かなり力が強い。まぁアイリーンじゃないのは確かだろう。

 いや、ザックでもないな。腕を引っ張っている奴の息遣いは、俺よりも頭一つ上から聞こえてくる。ザックの身長は俺と大して変わらない。

 家の中にいた第三者に、俺は引っ張られている。通常なら必死に逃げるか、打開策を考えるけど、状況的に考えて、アイリーンの仲間と思うべきだろう。

 そうなると、あの家はアイリーンが所属する派閥の隠れ家への入り口、または集合場所といったところか。

 前からドアが開く音が聞こえてくる。それと同時に眩しすぎる光が、俺を襲う。

 光が強すぎて、目が痛い。けれど、構わず、俺は引っ張られる。

 引っ張られるに任せて、足を動かしていると、腕を放された。

 なんとか足に力をいれて、体を保ち、ゆっくりと目を開く。

 最初に見えたのは幾何学模様の床だった。そこからゆっくり顔を上げると、円形のようなところにいることがわかった。それもど真ん中だ。

 上に視線を向ければ、光を放つ球体が見えた。何もないところに浮かんでいるから、魔術で発生させているのか、魔術の応用で作り出されたものかだろう。

 ようやくはっきりし始めた視界で、周囲を見渡せば、俺がいる場所が、かなり広いドーム状の部屋だとわかった。

 円の外側には椅子が並べられていて、そこに多くの人が座っている。顔色までは伺えないが、雰囲気はとても友好的とはいえない。


「どこだ一体……?」

「貴様を裁く場所だ」


 後ろから声がしたので振り向けば、俺に向かって壮年の男が俺に向かって手の平を向けていた。

 アルビオンにいる人間の大半は魔術師だ。そして、前線に出てくる魔術師たちは補助道具もなしに平気で魔術を使うことができる。

 だから、この手の平は銃口と変わらないだろう。


「裁くねぇ……そのために連れてきたのか?」

「無論だ」

「ご苦労なことで……」


 わざわざ自国内で勢力争いを演じて、多大な労力を費やして俺を連れてきたのが、ただ、裁くためとは、笑わせる。

 アイリーンが所属する派閥のリーダーがこいつということはないだろう。能力値もそれほど高くはない。アイリーンがもしもこいつに従っているというなら、幻滅ものだ。


「貴様は我が国の、いやすべての魔術師たちの尊敬を集める至上の乙女様を拉致し、ヴェリスに監禁した! さらには我が国の同胞を殺し、本来はわれらを守る国宝を悪用した! その罪は万死に値する!!」


 後半は否定しないけど、前半はとてもじゃないが頷けない。

 まったく、勘弁してくれよ。なんで、こんな奴がこの場を仕切ってるんだよ。

 男の言葉に歓声があがる。だが、盛り上がってるのは一部だ。

 大半の奴らが静観を決め込んでいるようだ。もちろん、そいつらは我関せずを決め込んでいるだけだから、俺の味方にはなり得ない。

 俺の味方になりそうな人間は、この場に姿を現してはいない。どこでなにをしているのやら。


「この場での処刑を私は提案するが、如何か!?」

「賛成!!」

「殺せ!」


 物騒な言葉が外野から飛んでくる。

 しかし、それも一部の人間が発したものだろう。会場全体が賛成したわけではない。

 わけではないが。


「賛同は得られた! ヴェリスの軍師! ユキト・クレイは、この場で処刑する!!」


男の手のひらに炎の球体が浮かんだ。

 賛同は得られてないから、と心の中で突っ込みつつ、俺は懐から扇を取り出し、男へと向ける。


「魔術で処刑するつもりなら止めておけ。効かないからな」

「神扇クラルス!? なぜ持っている!?」

「奪われなかったからに決まっているだろ?」

「アイリーン・メイスフィールドめ! 手を抜きおったか!!」


 男は悪態をつきつつ、短剣を抜き放った。

 すぐに魔術での攻撃をあきらめてくれたのは助かる。

 今の状況では、短剣のほうが対処しやすい。

 戦闘力は似たようなものだ。魔術が使えない魔術師の攻撃を避けるくらいなら、どうにでもなるだろう。

 そう考え、腰を落としたところで制止の声が入った。


「そこまでよ」


 最近、よく聞いていた声だ。

 声のほうをみれば、アイリーンと茶髪の男が立っていた。

 茶髪の男の能力値は五十台ばかりでパッとしない。ただ、魅力が九十台まである。

 名前はアルフレッド・ウォーデン。

 顔に見覚えはないし、警戒するほどの能力値でもない。けれど、一つだけ気になることがあった。

 ウォーデンという性を持つのは、アルビオン公国公王家の者しか名乗れない姓だ。

 しかし、アルビオンの公王には跡継ぎがいなかったはず。そのため、公王の亡き弟の息子、つまり甥が第一継承権を持っているが、甥はまだ赤ん坊のはず。

 ほかに公王家の者の話は聞いたことはない。

 あの男はいったい何者だ。


「いったい、何の騒ぎかしら?」

「アイリーン・メイスフィールド! 貴様! なぜ、国宝をこの大罪人の手に残してある!!」

「命令だったからよ。それよりも、私はあんたの手にある短剣が気になるのだけど?」


 壮年の男は自分の手にある短剣をみて、小さく舌打ちすると、それをしまう。

 アイリーンはそれ以上突っ込まない。男の行動をここで咎める気はないんだろう。

 それにアイリーンは、横にいるアルフレッド・ウォーデンに気を使っているように見える。

 まず、間違いなくリーダーはあの男だろう。

 アルフレッドがアイリーンの前に出た。


「はじめまして。ユキト・クレイ。少々、手違いがあって、嫌な思いをさせたようだ」


 近づいてきたアルフレッドの印象は、優男、という感じだった。

 年は二十八だが、それよりはもっと若くみえる。

 背はそれなりに高いが、体は全体的に細く、戦場で勇ましく戦うよりは、部屋で研究しているほうが似合いそうだ。


「いえ、嫌な思いなどしてはおりません。“殿下”」


 いった瞬間、多くの者が立ち上がり、俺へと手の平を向けた。

 アイリーンはアルフレッドと俺の間に割って入ったが、その顔には驚きが浮かんでいる。

 アルフレッド自身も驚いているようだが、すぐに笑顔を浮かべた。


「戦場で万の軍勢を手足のように動かすヴェリスの軍師だ。私のことを知っていても、大して不思議ではないな」

「いえ、ただのあてずっぽですよ。メイスフィールドが従うならば、王族ではないかと思い、鎌をかけさせていただきました。お初にお目にかかります。ヴェリス軍所属、ノックス総隊長のユキト・クレイと申します」

「なるほど。皆、まんまと引っかかったわけか。私はアルフレッド・ウォーデンという。現公王の息子で、公子だった男さ」


 だった、ということは、今は違うということだろうか。

 公子としての身分を失ったのか、それとも自ら捨てたのか。

 だが、公子としての身分を失っていたからこそ、ストラトスに操られずに済んだんだろう。

 こうしてストラトスと対立する派閥を作っている以上、アルビオンに悪感情を持っているというわけでもないはずだ。

 予想外だが、俺にとっては好都合だな。


「なるほど。では殿下とは呼ばないほうがよろしいですね」

「頼む。身分は隠しているからね。アルという名で通っているから、そう呼んでくれ」

「わかりました。アル様。それで、なぜ私を連れてきたのですか? 扇が目的なら奪えばよかったはずです。私を囮にするなら、別の場所でもかまわないはずですし、アル様が会う必要はありません」


 俺の問いにアル様は不思議そうに首をかしげ、そして少し後ろにいたアイリーンに聞く。


「随分、警戒されているのは、アイリーン、君のせいかな?」

「それは否定しません。ですが、その男はただ警戒しているわけではなくて、アル様を試しているんです」

「試しているのは知っていたよ。警戒されているのが疑問だったのさ。私は彼を“客人”として連れてきてほしい、といったはずだよ?」


 アル様の言葉に部屋がどよめく。

 まぁそうだろうな。俺も驚いた。


「アル様! こいつは敵です! そして、ソフィア様を攫った男です!!」

「それは違う。彼は確かにヴェリスの人間で、今のアルビオンにとっては敵だろう。だが、秩序の番人と呼ばれた頃のアルビオンを取り戻そうとしている私たちにとっては、敵ではない。なにせ、アルビオンの過ちを止めてくれたのだから。彼がいなければ、アルビオンは罪なき皇国の民の命を更に奪っていただろう」

「それは詭弁です! こいつが我らの同胞の命を奪ったことは紛れもない事実です!」

「それと同等以上の命を、アルビオンは今も奪い続けている。私たちに彼を責める資格などありはしない。自らが命を奪うことはかよしとし、しかし、自らの命を奪われることをよしとしないのは、過ちだ。そして過ちだから、私たちはそれを正そうとしている。違うか?」

「で、ですが! ソフィア様は!」

「ヴェリスの内乱時。当時のヴェリス王がソフィア様を狙ったときに、彼はソフィア様を守りぬいた。聞いた話では、アルビオンに帰国した時点で、ソフィア様はクラルスを持っていなかったという。信頼の証として、彼に渡したのではないか?

 そして、ソフィア様を守った彼がソフィア様を攫うというのはおかしな話だ。今のアルビオンは危険だ。だから、ソフィア様は逃げた。最も信頼できる者の下へと」


 アル様は真剣な顔つきで俺の目をみてくる。

 さきほどまでの頼りない雰囲気は、今はない。


「私はそう予測しているのだけど、どうかな?」

「ほぼ合っています。ただ、ソフィア様は逃げたのではなく、逃がされたのです。祖父上によって。そして、クラルスは預かっているだけです。いつかは返す物です」

「君が思ったとおりの人間でよかったよ。

 幼き頃からソフィア様は聡明だった。魔術師にとって、最悪の武器になりえるクラルスを信頼できない者には、たとえ死んでも渡さないはずだ。渡したあとの惨劇を予想できるはずだからね」


 アル様はそういう。

 それは俺にいったというよりは、部屋にいるすべての者にいったのだろう。


「我がアルビオンの至上の乙女が信頼した男。それがユキト・クレイだ。私は彼を仲間として、迎え入れたい。賛同していただけるだろうか?」


 言葉の代わりに拍手が起こった。

 その拍手の大きさを聞けば、大多数が賛成したことはわかるだろう。

 その拍手の中、アル様は俺に手を差し出してくる。


「よろしく。ユキト」


 握手をしろ、ということだろう。

 俺はまだ協力するだなんていっていない。しかし、ここで手を握らねば心証は最悪になるだろう。

 狙ってやっているならたいしたものだ。

 そう思いつつ、俺はアル様の手を握った。

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