第一部 第一章 序
はじめまして、タンバと申します。
なろうに投稿するのは、この作品が初めてとなります。
これからよろしくお願いいたします。
城から出ていく軍勢と城へ入ってくる軍勢を疲れた目で見ながら、俺は大きくため息を吐いた。
「俺にはお似合いかな……」
俺の周りには誰もいない。そういうふうに仕向けたからというのが理由だが、もしも本気で誰かを連れていたとしても、城へ入ってきた軍によって引き剥がされただろう。
それは確信に近いもので、だから誰もそばに置かなかった。そばに置かないことがよいことなのか悪いことなのかは知らないが。
バルコニーから、城から出ていく軍勢を見送ると、俺は踵を返す。部屋の中央には最上位者が座る椅子がある。すでに座るべき主のいない椅子だ。
最後に休むくらいは許して欲しいと思いつつ、俺は体を覆う黒いコートを脱いで、椅子のひじかけにかける。
コートは俺のモノではない。友人が、必ず返せ、といって貸してくれたものだ。
椅子に座ると、疲れから来る眠気が襲ってくる。それに抗いつつ、どうしてこんなところにいるのだろうかと、俺は意識を過去に向けた。
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唐突だが、俺、榑井幸人は、この世界の人間ではない。
歳は十八。性別は男。東京の大学に入るために上京した新潟の田舎者だ。
学んでいたのは歴史。特に思い入れがあった訳ではなく、歴史に関する本が読んでて面白いから歴史を選択した。
読書は昔から好きだった。母の教えで子供の頃に読まされていたら、気づいたら自分で本を取るようになっていた。
その弊害というべきか、友人は少なかった。読書をしている方が、大抵の人間と話すより面白いと思っていたからだ。
そんな考えでは友人も多くできるわけもないのだが、俺はそれでも満足していた。本があれば基本的に満足できていたからだ。
そんな俺にも親友と呼べるヤツが一人いた。とても陽気でお喋りなヤツだった。いつも楽しいことを探してて、いろいろな経験をしているせいか、そいつの話はとても面白かった。
友人が多いそいつが側にいたから、俺は大学の講義や定期的に開催され、無理矢理連れていかれる法律違反の飲み会でも、一人ということはなかった。
正直そいつに憧れていた。あそこまで人と仲よくなれるヤツは見たことがなくて、そして、人生を楽しんでます、って笑顔が眩しかった。
だから、俺はソイツが包丁で俺の心臓を刺し貫く瞬間まで、ソイツが冗談で包丁を向けていると思っていた。
これは死んだな、となぜか分かった。熱いとしか感じず、痛みはなかった。
親友だと思っていたソイツは血で濡れた両手を呆然と見つめ、すぐに泣きじゃくりながら携帯で救急車を呼んだ。
自分で刺しながら救急車を呼ぶなんて、おかしな話かもしれないが、正しくソイツはおかしかったんだろう。
ごめん、どうかしてた、としきりに呟くソイツに、俺は気にするな、と言おうとして、言えず、暗い闇に意識を落とした。
大した親孝行もできなかったことや、まだまだ読んでみたい本がたくさんあったこと。いろいろと後悔はあったが、一番の後悔は親友だと思っていたヤツの変化に気づいてやれなかったことだった。何処かにヒントがあった筈なのに、俺は視線を本にばかり向けて、気づこうともしなかった。
俺がもっと人の心が分かるヤツだったら、俺がもっと人と接することが得意なヤツだったら。
こんなことにはならなかったのに。
せめて、来世があるなら、人のことがよく分かる人間になりたい。と俺は強く願いながら、深い闇に落ちていった。
■■■
深い闇の中で小さな、けれど透き通った音色が聞こえた。
何かの楽器だというのは分かった。俺はそれが何なのか確かめようとして、粗末なベッドの上で目を覚ました。
「どこだここ?」
どういう理由かは知らないが、俺は現代日本で致命傷を負ったにもかかわらず、傷ひとつなく、しかも異世界で目を覚ました。服も刺された時に着ていた白いシャツと黒のズボンだった。
異世界だと分かったのは「ここはどこだ」と言った時に、目の前に揺らめきながら浮かんだ画面に【異世界・フォルトゥーナ。海に巨大な大陸・ロディニアと、小さな島々が浮かぶ世界。ここは、ロディニアの南方にあるヴェリス王国の更に南方、ユーレン伯爵領】と書かれていたからだ。
画面というのは、ゲームのメニュー画面のような四角いモノで、すべて読み終わったら、ゆらゆらと消えてしまった。
一体、これは何だ? と思えば、また画面が浮かび上がる。
「何々? スキル・オブトゥートゥス。様々な不可視な情報を見れるスキル。榑井幸人の願いが具現化したもの……」
便利な能力だ。何でも載ってる辞書を持ってるようなものだ。
しかし、確かに俺は人のことがよく分かる人間になりたい。と願った。来世のつもりだったけど、異世界で実現してしまったのはまぁいい。誤算も誤算だが、それよりも。
「人のことがよく分かるっていうのは、内心の機微とか、表情の変化とかって意味だったんだけどなぁ……」
いいつつ、俺は自分の情報を見てみたい、と頭の中で思う。すると、また画面が出現する。しかし、今度は表示の仕方が違った。
先ほどまでは上下に分かれており、上に俺が疑問に思ったこと、下にその説明が書かれていたのだが、今回は四分割されており、それぞれに複数の単語と数値が記されている。
「戦闘力が五って……ゴミじゃん……」
とりあえず意味が分かる単語に視線を走らせ、俺は数値を見て愕然とした。確かに体は鍛えてはいないが、バイトで力仕事はしてたし、最近は風邪も引いていない健康体だ。戦闘力が一桁だなんて、あり得ない。
「おや? 目が覚めたようじゃのぅ」
部屋のドアが開き、白髪のご老人が入ってきた。とっさにメニュー画面が開いてしまう。疑問に思うとすぐに反応するらしい。
ご老人の戦闘力は七。俺より上だった。
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ドアを開き、部屋に入ってきた人の名前はゴルドー・ハザードさん。七十三歳だ。真っ直ぐ伸びた背筋と優しそうな目が印象的だ。どういう訳か、俺よりも強い。
名前と年齢が分かったことよりも、言葉が通じることの方が俺には有り難かった。
ゴルドーさんは道端に倒れていた俺を見つけて看病してくれたらしく、俺は丸々二日間も寝ていたらしい。
「いや、目が覚めてよかった。このまま目を開けないのかと思っていたところじゃったよ」
「ご迷惑をおかけしました。本当にありがとうございます」
ベッドの上で上半身を起こした状態で、俺はできる限り深々と頭を下げた。この人がいなければ死んでいたかもしれないと思えば、どれだけ頭を下げたところで足りない。
「確かに看病したのはわしじゃが、お主を見つけたのは別の方じゃよ」
「そうなんですか? それではその方にもお礼を」
「いや、会うのも難しいじゃろ。その方はディオルード様といって、このヴェリス王国の王子じゃからのぉ」
「王子!?」
まさか王子様に助けられるなんて。俺の印象では、王子様っていうのは大抵、甘やかされた自己中なヤツって感じだけど、例外もいるらしい。最も王子様に会ったことなんて一度もないけど。
「体が弱い方でのぉ。このユーレン伯爵領で療養していたのじゃ」
「していた? もうよくなったんですか?」
「いや、恐らく王子の体はよくはなっておらんじゃろ。けれど、挙兵したのじゃよ。自分のお父上であられる、ヴェリスの国王陛下にのぉ」
ゴルドーさんは悲しげに目を伏せながら告げた。挙兵という単語にいまいち実感がわかない。そもそもこの世界はそんなに物騒な世界だったことに驚愕だ。
いきなり画面がゆらゆらと現れる。そこには、この世界の現状が書いてあった。
ゴルドーさんには画面が見えないんだろう。見えているならもっと反応がある筈だ。
俺はこの世界の現状を流し読みする。
要約すれば、元々、この世界にはロディニア王国という巨大な国があり、今はその巨大王国が分裂した戦国時代らしい。
厄介な時代に飛ばされたもんだ。こういう時代は基本的に生きづらい。腕に覚えがあるなら未だしも、俺の戦闘力は……。なんか悲しくなってきた。
「お主はその髪の色を見るに島の出身じゃろ? なぜ、大陸におる? 戦乱の世ゆえ、大陸は物騒じゃぞ?」
「それが……自分でもよく分からなくて。なぜ、ここにいるのかも謎なんです」
「記憶を失ったか? それとも無理矢理連れて来られたか? どちらにせよ、生活の基盤が必要じゃが……」
ゴルドーさんには俺の面倒を見続けることはできないんだろう。いいづらそうな雰囲気が伝わってくる。二日間も面倒を見てくれたのだ。これ以上は甘えられない。
自分から出ていくことをいい出そうとして、俺は言葉をさえぎられる。突然開かれたドアによって。
「ディオルード様!?」
「お邪魔します。翁。お話は聞かせて頂きました。彼は僕がお預かりしましょう」
金色の髪に、黒を基調とした上等そうな服。背は百六十後半の俺と同じくらいだろうか。柔和な笑みが印象的だ。
画面が出現し【ディオルード・アークライト】とという名前と共に、様々なステータスが浮かび上がる
「なっ!?」
「どうかされましたか?」
「い、いえ、王子にお会いできるとは思わなかったので。命を助けて下さったのは王子と伺いました。本当にありがとうございます」
本心からのお礼だったが、その前に驚いた理由は違う。ステータスの数値がとんでもなかったからだ。
オール八十超えだ。戦闘力や知力、魅力なんてモノまですべてだ。さすがは王子様だ。規格外過ぎる。
「お気になさらず。たまたま通りかかっただけの、そう、ただの偶然です。ただ、それだけに運命を感じました。僕の話し相手になって頂けませんか?」
ディオルード様はそういって俺に右手を差し出した。元から俺に断る権利はない。それに少ないながらも恩返しができるチャンスだ。
「俺、いえ、私でよいのであれば、喜んで」
その手を掴むことの意味さえ知らずに、俺はディオルード様の手を取った。これが大きな分岐点とも知らずに。