第四話 「悪魔」の闘い
【4.5章】
【第四話 悪魔の闘い】
打ち捨てられて、ロブはしばらく草むらに転がっていた。
「……くそう」
じわりと目の端に涙が浮かぶ。
手も足も出なかった。
受けた攻撃はあれ一発きりだった。
覚悟していたほどぼこぼこにされるでもなく、いとも簡単に、ロブの復讐は失敗に終わったのだ。
「……ちくしょう」
何も出来なかった。剣の切っ先が届くこともなく、一発拳を入れるでもなく。
何一つ、叶わなかった。
ロブは自分の非力さを噛み締めた。泣くまいと、唇を引き結ぶ。
しかし喉は鈍く疼き、嗚咽が漏れてしまいそうになる。
その時だった。
「あんたかぁ、オレたちのことこそこそ嗅ぎまわってるのは」
空き地となった広場に体格のいい男たちが何人か現れた。
全部で七人。いずれも上背がかなりあり、見るからに腕っ節の強そうな男たちだ。村でもし会うようなことがあれば、母親に目を合わせるなと言われる類だろう。
ロブはその顔ぶれに見覚えがあった。最寄りの街のギルドの力が弱まったのをいいことに、最近この辺りをうろついているならず者だ。
なぜあいつらがここにいるのかと、ロブは身を低くして草むらに身を隠した。
悪魔、もといルーウィンは振り返り男たちに向き合った。
「人間のクズのお出ましね。こんなのがダンテ一味の偽者とは、聞いて呆れるわ。もうちょっとクオリティ上げなさいよ。これじゃ本人が気の毒ね」
ルーウィンは小ばかにしながら言った。
特に風格のある、リーダー核の男が口を開く。
「お前か、ダンテの弟子っていうのは。なるほどなあ、やられたやつらが口を割りたくない理由がわかったぜ。口を揃えてとんでもない嘘つくもんだ」
ダンテの愛弟子。ダンテとともに各地を巡り、共に死線を潜り抜けてきた猛者。
その正体は、ただの小柄な少女なのだ。その少女一人に返り討ちにあったとされては、不名誉極まりない。そこでやられた人間はダンテの弟子に尾ひれをつけて、とんでもない猛者像を作り上げる。
ルーウィンに一度会い、彼女の正体を知ったものは彼女を二度と忘れることは無いが、ルーウィンを初めて見た者は彼女の正体には気がつかない。
偽の「ダンテの弟子」像が、皮肉なことにルーウィンを助けてもいたのだ。
別の男が口を挟んだ。
「お嬢ちゃんこそ、ダンテの弟子ってのはウソなんじゃないのかい?」
「そうね、あたしこそがニセモノかもしれないわね」
しかしその余裕こそが、彼女をダンテの本当の弟子だと示しているものだった。
男たちの間に、ルーウィンを本物だと認める空気が流れた。
「しかしなお嬢ちゃん。あんたが今まで倒してきたやつらは、ダンテと一緒に、だろう? 自分の強さを過信しちゃいけないぜ」
「試してみる? あたしがなんであんたたちをここに呼んだか、わからないほど頭イカレてるの?」
ルーウィンはにやりと口の端を歪めた。
言うや否やルーウィンは矢を抜き、速攻の連射で三人に矢を射掛ける。腕を貫かれた三人の男たちは痛みにもんどりうった。
「このアマ!」
男の一人が逆上して、ルーウィンの後ろに素早く回りこんだ。
羽交い絞めにされ、体格差もありまったく身動きが利かなくなる。そのまま別の男が動けないルーウィンの腹部を狙って拳を放つ。そのまま腹に食らって、ルーウィンの体中に振動が走る。羽交い絞めにされていなければ、その小さな体は吹っ飛んでいたに違いない。
続いて平手打ちで強かに頬を殴られた。鼓膜が破れてしまいそうな衝撃だ。
それでも、ルーウィンは悲鳴を上げもしない。
草むらの影で、ロブは息を呑んだ。
こんなにも暴力的な光景を見るのは初めてだった。
しかも小柄な女一人に、男が多勢。相手があの悪魔だとはいえ、このままでは死んでしまってもおかしくはない。
しかし、身体が動かなかった。今出て行けば、自分もただでは済まない、もしかすれば殺されてしまうかもしれない。
それにやられているのはあの悪魔だ。いい気味だと思いたかった。
しかし、ロブはそう思えない自分に気がつき始めていた。
(……違う。こんなんじゃない)
ロブは自分ズボンの裾を強く握り締めた。
自分の憎んでいる相手が、ズタズタにされていくのを、影から見てほくそ笑む。そんな最低な人間だったら、どんなにかマシだったろう。
こうしている間にも、悪魔は次々と攻撃をその身に受け続けている。普通の女性であれば、悲鳴を上げ、泣き叫び、気絶してしまってもおかしくはない。
しかし悪魔は、まだかろうじて生きている。
歯を食いしばり、痛みに耐え、反撃の時を、今か今かと目をぎらつかせて待っている。
そしてそれを黙って見ている、隠れたままの、自分。
(こんなのは、違う!)
しかしそれでも、ロブの身体は動こうとはしなかった。
少しでも動けば、あの痛みの矛先は、間違いなく自分に向かってくるのだから。
ロブは唇を噛み締めた。
拳を強く、握った。
突然、男の悲鳴が上がった。
ルーウィンを殴っている男のものだった。力をこめて繰り出した拳に、骨を貫くような鋭い激痛が走ったのだ。
ルーウィンは右足のかかとで拳を受け止めていた。
痛みに噛みしめていた唇がにやりと弧を描く。彼女のヒールに拳が突き刺さり、激しい痛みと出血に襲われた男の隙をルーウィンは突いた。
反動をつけて男の首元に蹴りをお見舞いすると、ふらついたところに鳩尾へまた蹴りを入れる。それを別の男が見ていられなくなって加勢しにきた。
新しく加わった男が腹部への拳を出すと、ルーウィンは反動をつけ思い切り身を捻って、避けた。ルーウィンが避けたため羽交い絞めしている男が殴られる結果になる。殴った男は味方を攻撃してしまったことに少しひるんだ。
ルーウィンはそれを見逃さない。すかさず男の急所に蹴りを入れた。
男はその場に崩れ落ち、地面にうずくまる。羽交い絞めにしていた男も逆上し、そのままでは攻撃が出来ないと、ルーウィンの首を絞める体勢を取ろうとした。
彼女はその動きを予想していた。腕の力が揺るむ、そのわずかな一瞬の隙。
右腕を振り払い、目にも留まらぬ勢いで自由にした彼女は、ポケットに隠し持っていたナイフを男の太ももに突き刺した。不意に襲った痛みに悲鳴をあげ、男は驚いて腕を放してしまう。
地面に落ちて身体が自由になったルーウィンはすかさずナイフで男を切りつけた。
鮮血が糸のように線を描いて宙を走る。
そこで少し下がって距離を置き、弓を放つ。羽交い絞めにしていた男は、沈んだ。
残るはリーダー核の男、偽ダンテだけとなる。ルーウィンは間髪いれず弓を構えた。
しかし相手のほうが一枚上手だった。素早い動きでルーウィンとの距離を埋めると、彼女の細い首に手をかける。そのままなんの苦労もなくルーウィンを首根っこから持ち上げた。
足がすぐに地面に届かなくなり、ルーウィンは苦しそうに顔を歪める。
「所詮は、ただの女だな。非力なもんだ。その気の強さと戦いっぷりには感心するが、こっちも仲間を何人もやられてるんでな。まあ、これで終わりだ」
偽ダンテはそのままルーウィンの首に掛けた手の力を強めた。ぐっと喉が締め付けられる。
今はまだなぶっているだけだが、男が本気を出せばルーウィンの喉の骨など簡単に折れてしまう。
ルーウィンの口は酸素を求めるが、それもままならない。
身体をよじってあがいてみたが、圧倒的な力の強さにそれもむなしく通用しなかった。ルーウィンは目を細める。
苦しい。
肺に、頭に酸素が回らない。
「うわああああああ!」
甲高い声が響いて、何かがぶつかってきたような振動があった。
ロブが飛び出してきて、偽ダンテの脛を剣で打ったのだ。
突然現れた子供に、偽ダンテは顔を歪めた。
「なんだ、このクソガキ。今いいところなんだ、邪魔だから退いてろ」
ロブは狂ったように叫びながら、男の脛を何度も何度も叩いた。やめなかった。
叫んでいないと、恐怖で頭がどうにかなってしまいそうだった。
それにはさすがの偽ダンテも堪忍袋の尾が切れ、ルーウィンの首に片手だけを残し、もう一方の手でロブの頭を鷲摑みにした。
途端にロブの顔は青くなり、人が違ったように大人しくなる。
剣もぽろりと取り落としてしまった。
「なんだ? お前も死にたいのか?」
偽ダンテはロブの頭を握る手に力を入れた。
右手に子供。左手に女。力は分散されている。
ルーウィンは震える手でナイフを掴み、男の腕を切りつけた。痛みに男は声をあげ、反射的に両手を離す。ルーウィンは地面に落ちた。
どっと流れ込んできた空気に思わず咳き込むが、ぐっと唇を噛み締める。
そして地面に膝を突いているロブに蹴りを入れた。
ロブの身体は吹き飛ばされた。
続いてルーウィンも男から少し距離をとる。
「あんたには特別よ。受け取って」
偽ダンテが攻撃の態勢をとる間も無く、ルーウィンは無感情な瞳で炎のついた矢を番える。
粛清の炎。
燃え盛るファイアテイルが放たれ、標的目掛けてまっすぐに飛んでいく。
偽ダンテの悲鳴が上がった。
ロブは地面に転がったまま目を開いた。
広場には男たちの身体が転がっている。焦げ臭い。
今ではすっかり黒く焦げた男が、地面に惨たらしく転がっていた。酷い火傷だが、残念ながらまだ息はある。リーダー核の男に火がつき、消してくれと倒れた仲間に追いすがったことで、彼らもまた飛び火した。
悪者である男たちに火がつき、慌てふためきながら動かなくなっていく様子は、想像していたほど面白くもなんともない光景だと、自分もまた転がったままでロブは思った。
物語では悪者が酷い目に遭うと爽快で滑稽なのに、いざ目の前でそれを見ても気持ちが悪いだけだった。男たちの、服や髪が燃えた匂いが臭かった。
その中心に悪魔が立っていた。
悪魔はその様子を、ただ無表情に眺めていた。笑いもせず、かといってその他の感情を映しているかといえば、そうではなかった。
終わったのだ。
端のほうにいるロブに気がついて、悪魔はゆっくりとこちらへ近づいてくる。転がった男たちを踏んだり蹴飛ばしながら進む。重傷を負った男たちが、悲壮感の漂う声で呻く。しかし悪魔に、前日殴られたときのような、異様なまでの殺気はなかった。
目の前の悪魔は今、ただの人間だった。
「なんで助けた?」
ルーウィンは立ったまま訊ねた。ロブは見下ろされている。
「……復讐したいやつが、別のやつらにやられるのを、……ぼーっと見てて、たまるか」
ロブは言葉も切れ切れに言った。
殴られるかと思ったが、そんなことはなかった。
ルーウィンは何も言わなかった。ロブを助け起こすわけでもなく、くるりと踵を返すとそのまま村の中心のほうへと向かっていった。
腫上がった顔に痛みが走り、ロブは表情を歪める。しかし痛む身体をなんとか起こし、地面に這い蹲りながら叫んだ。
「あんたはおれが倒すんだ! 絶対だ! 首根っこ洗って待ってるんだな!」
消えていく背中からの、返事はなかった。
やがてルーウィンの姿は見えなくなった。ロブは再び地面に寝転がる。
自分も早くここから立ち去らなければならない。男たちは重症だが、いつ目を覚ますかわからなかった。ロブは周りに生い茂る木々の向こうにある空を見上げた。
白くぼやけていたのが、薄青色に変わりつつある空が、目に染みた。
手も足も出なかった。
ロブは目を腕で覆い隠すようにして、涙をこらえた。
ただの、逆恨みっていうのよ。
悪魔の声が脳裏によぎった。
「……わかってるんだよ、そんなことは!」
わかってるんだ、わかってるんだと叫びながら、ロブはその場に倒れたまま涙を零した。
それは異様な光景だった。
かつて使われていた村の広場に、大柄な男たちが十人ほど倒れており、真ん中にロブが座り込んでいる。
フリッツがことに気がつき、村中を走り回ってロブを捜した。なんとかロブを見つけたものの、辿り着いてみればすでに何もかもが終わっていた。
フリッツはロブに駆け寄り、怪我がないかを確認する。
ロブはフリッツを見るとほっとしたように微笑んだ。
「大丈夫? なにがあったの? 怪我は?」
「デコ兄ちゃん……」
ロブは身を起こしてフリッツに抱きついた。ロブをなだめながら、フリッツは辺りを見回した。
矢が数本落ちている。そして黒焦げの男たち。
ルーウィンだと、すぐにわかった。
「約束破って、ごめん」
ロブが小さく呟き、フリッツはロブを見る。
「これはどういうこと? ロブとルーウィンの決闘だけ、ってわけじゃなさそうだけど」
「なんにもないんだ。本当に、なんにも」
「なんにもないなんてこと、あるわけないよ! だってこんな……」
ロブは頑なに首を横に振った。
話したくないなら、無理に口を割らせるわけにもいかないとフリッツはため息をつく。こんなに酷い有様だ。子供の口から語らせるのは少々酷だろう。
それに見れば、だいたいはなにが起こったか予想はつく。
「復讐は、どうなったの?」
フリッツはロブに尋ねた。
「失敗」
「だろうね」
ロブが歯を見せて笑ったので、つられてフリッツも微笑んだ。
しかし、ロブは再び表情を曇らせる。
「……あの悪魔も、人間だったんだなって気づいちゃったんだ」
そう言って、ロブはまたフリッツにくっついた。そのせいで表情は読み取れなくなってしまう。
「どういう意味?」
「そのままの意味」
ロブは答えた。
悪魔にも、感情はあった。
怒りと憎しみと苦しみ。その三つしか見えなかったが、それでも感情はあった。
悪魔は悪魔なりに、事情があるのだ。
悪魔は悪魔なりに、なにかを賭して、懸命に生きているのだ。
その気力と、命を削って。
それがなんなのかは、ロブにはわからないし、知る由もない。
しかし一つだけ、わかってしまった。
彼女はもがき、苦しんでいるのだと。
小さな村に、その怪事件はあっという間に広がった。
そして村人たちによって、あっさりと後始末が為された。
最近こいつらに悩まされていたんだ、丁度良かったと言いながら、村人たちはてきぱきとならず者たちを縛り上げ、次に馬車の便が着たらギルドのある街へ連行し処罰を与えるということだった。その場にいたロブは色々と聴かれる羽目になったが、首を横に振り続けた。
フリッツも一緒になって事情聴取を受けていたが、本当に何も知らないので村人たちの興味はあっさりと失われた。
村人に詰め寄られている二人を尻目に、頬にガーゼを当てたルーウィンが何でもないような顔でさっさと通り過ぎていくのが、人垣の向こうにちらりと見えた。
事態が収束する頃、村に商人のキャラバンが到着した。
一向は買い物を済ませ装備を整え、村を発った。
フリッツはちらりと歩いているルーウィンを見やる。
いつもと変わらない様子だが、やや口数が少ないような気もする。
ティアラがルーウィンの顔の怪我を不思議に思って「どうかしたんですか?」と訊いたが、「転んだ」と返していたのでそれ以上はフリッツから訊くことは出来なかった。
情けないことに、実は、怖くてまだ口が利けていない。
おはようの一言しか交わしておらず、しかしそれが無視されるということもなかった。朝にロブとの決闘で何が起こったのかも、詳しくは聞けていなかった。
しかし意外にロブが平気そうなので、今このタイミングでことをはっきりさせる必要はない、またほとぼりが冷めたら聞いてみようと、フリッツは逃げに走った。
「デコ兄ちゃん!」
フリッツたちが村を出てしばらくし、街道に差し掛かる前の細い道で、ロブが後ろから駆けてきた。 ルーウィンはたまたま先を行っていて、ロブはフリッツたち三人に声を掛けることができた。
「おっ、元気そうだなクソガキ。最後にあいつに捨て台詞でも吐きに来たか?」
ラクトスが言うと、ロブは首を横に振った。
「いや、悪魔はもう今日はいいよ。次にあいつに会うときは、おれが勝つ時にしたいんだ」
ルーウィンは三人の足が後ろで止まったのに気がついて、先で少し待っていた。ロブが来ているのにも気がついているはずだ。
ロブはフリッツの腕を引っ張った。
「おれさ、強くなるよ。頑張って剣の練習して、強くなる。最低でも、デコ兄ちゃんよりは強くなる。それで、あの悪魔をぎゃふんと言わせる! おれをあそこで仕留めなかったこと、後悔させてやるんだ」
「剣を続けてくれるのは嬉しいな。うん、頑張って!」
フリッツはロブの健闘を祈った。ロブはにやりと笑った。
「色々ありがとな、デコ兄ちゃん。悪い兄ちゃんといい姉ちゃんも、気をつけて!」
ロブはそう言うと、元気に全力疾走して村へと戻っていった。
その後姿を見届けて、ラクトスが呆れつつも笑った。
「すっきりしたみたいだな。あんだけズタボロにやられといて、あいつも図太いというか」
ティアラが振っていた手をようやく下げた。
「ひょっとして、復讐というのはロブさんなりの理由づけなのかも知れませんね」
「理由づけ? なんの?」
ティアラの言葉に、フリッツは首をかしげる。
「生きること。このまま暮らしていくことへの、です。
大好きなお父様がいらっしゃらなくなって、お母様も生活を支えるのにお忙しい。そんな寂しい環境の中で、なにか執着するものを見出さざるをえなかったのではないでしょうか」
「つまりルーウィンを倒すため、あれこれ考えるのがロブの生きがいだったっていうこと?」
ティアラは微笑んだ。
「考えすぎですわね。いずれルーウィンさんやダンテさんに対してや、お父様の出て行かれた理由など、また考えが変わればいいのですが。復讐というのは、いつの時代も救いがないものですしね。ところでフリッツさん、落とし穴とタライはわざとですか?」
ティアラのいたずらっぽい視線に、フリッツはきょとんとして目を見開いた。
「まさか。ぼくにそんな甲斐性あるわけないでしょ」
「そうですわね。もしかしたらと思っただけです」
ティアラは面白そうに目を細めた。
「わざとだとしたらそれは、きっとルーウィンを怒らせるのが怖かったからだろうね」
フリッツは頭をかく。
「ちょっと、いい加減にしなさい! いつまでそんなところで油売ってんのよ」
「ごめん! 今行くよ」
ついにルーウィンが不満そうな声を上げ、三人は少し走って彼女の元へと追いついた。
そして再び街道に向かって歩みを進めた。
その夜、三人が寝静まった頃合を見計らって、ルーウィンは野営地を離れた。
月明かりで歩くのには困らないほどだった。不気味に明るい夜だと、ルーウィンは思った。下栄えや木の葉を踏む音が闇に響く、森の中。
ルーウィンは足を止めた。
一本の樹を標的に定め、対角線上に立って腰を据える。
腕を挙げ、弓を引き、構える。胸を張り、背を伸ばす。まるで自分自身が、引き絞られた弓矢になったかのように。
凛とした緊張感と、静寂。
そして、放つ。ヒュンと音を立て、矢が空を切って飛んでいく。
狙い違わず、矢は標的に当たる。
一本目。
『負けた方が悪いのよ。弱いくせに、勝てもしない相手に楯突くのが悪い』
二本目。
『あんたの人生が転がっていったのは、あんたや、あんたの両親が弱かったからよ』
三本目。
『これはね、復讐って言うんじゃない。ただの、逆恨みって言うのよ』
四本目。
『口先だけしか能の無い、自分一人じゃなんにも出来ない無力な子供』
五本目。
打ち終えて、ルーウィンは構えるのをやめた。
全ての矢は同じ箇所に突き刺さっていた。刺さっていた矢が次の矢に引き裂かれ、その矢もまた次の矢に引き裂かれ、そしてまたその矢も。
矢を数本、ダメにした。鏃も傷ついているに違いない。回収しても意味があるだろうかと疑いながら、ルーウィンは標的であった樹にむかって歩き出す。
本当に無力なのは誰か。
本当に弱いのは誰か。
本当に逆恨みしているのは誰か。
本当に世界を呪っているのは誰なのか。
ルーウィンは矢の突き刺さった樹に、感情に任せて拳を強く振り上げた。
【4.5章 小さな復讐者】




