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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第4章 クーヘンバウム闘技場
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第二話 クーヘンバウム闘技場


【第4章】

【第二話 クーヘンバウム闘技場】


 ゲーム屋の出入り口で、ラクトスは壁にもたれて腕を組み、ルーウィンは肉の串焼きを頬張りながらフリッツとティアラを待っていた。


「よう。たっぷり絞られてきたか」


 裏口からしょんぼりと出てきたフリッツを見て、ラクトスはにやにやとしている。フリッツはラクトスの顔色を窺った。


「ラクトス。お金、ある?」

「あぁ? お前まさか、賠償金請求されたんじゃないだろうな」

「……そのまさかなんだけど」


 フリッツがおずおずと答えると、瞬間、ラクトスの顔つきが凶悪になった。


「自分で稼ぐまで帰ってくるな」

「そんなこと言わないで!」


 くるりと背を向けるラクトスに、フリッツは追いすがる。ラクトスは腕を振り払って怒鳴った。


「アホかお前は! そんなんいちいち払ってんじゃねえよ。いちゃもんつけてチャラにしてこい!」


 怒ったラクトスはやはり迫力がある。フリッツは後ずさった。


「ぼくにそんな甲斐性あると思ってるの?」


 ルーウィンはそのやりとりを静観していたが、串料理を食べきり、やっと口を開いた。


「まあ、なんにせよ。しばらくはここに居なきゃいけないってことね」

「すみませんでした。わたくしが、勝手なことをしたばっかりに」


 さっきまで怒っていたティアラも、いまでは申し訳なさそうな顔をしていた。

 パーリアからクーヘンバームへの道中、旅に加わったばかりのティアラは一行の進み具合を遅くしてしまっていた。そのことを気に病んでいるのだろう。


「仕方ないわ。まあ、あんたたちから目を離したあたしたちも悪かったわけだし」


 ルーウィンは意外にティアラたちを攻めるようなことはなかった。

 しかしその言い方に、ティアラは少しだけ頬を膨らませた。


「ルーウィンさんまで、わたくしたちのしたことを間違いだとおっしゃるの?」

「ここは生モール叩きで売ってるわけだし、それを勝手に逃がすのはちょっとマズいかもね」


 ティアラとフリッツのしたことは泥棒と同じで、確かに立派な犯罪だった。

 しかしいくらモンスターとはいっても、生き物の命を弄ぶゲームはかなり非人道的なものだ。モールは、人間を直接襲うことはないモンスターであることもその悪質さを物語っている。

 そんなものがまかり通るこの街はおかしく、酔狂な空気が漂っているのも事実だった。若者は派手なものを好み、次から次へと刺激を求めている。

 ルーウィンの至極当たり前の回答に、ティアラは少ししゅんとした。


「ルーウィンさんって、もっと正義感の強い方かと思っていました」


 あのねえ、と言ってルーウィンはため息をつく。


「そういう問題じゃない。現にあんたたちが逃がしたモールの代わりに、別のモールが連れてこられるって話になったんでしょ」

「また逃がします!」

「もう同じ手は通用しないわ」


 意気込むティアラに、ルーウィンはさらりと返す。


ティアラは再び視線を地面に落とした。

「……でも、あのまま見過ごすなんてこと」


 ルーウィンはそんなことは忘れてしまえとでもいうように、ティアラの肩を軽く叩いた。

 そしてガミガミと怒っているラクトスと身を小さくしているフリッツを見る。


「当面は、そのお金のことでも考えてなきゃね。さて、どうやって稼ぐ?」











 ラクトスの叱責も終わり、とりあえずは宿と食事をとろうということになった。

 その移動の間も、フリッツは落ち込みながら、どうやってお金を稼ごうかと考えていた。

 しかし、まったく何も浮かばない。金額が大きすぎて、ちょっとやそっと働いただけでは到底返せそうになかった。十万ラーバルは、フリッツが一日中働いたとしても一月以上かかってしまう。


 フリッツは不器用なので、新しい仕事を覚えるのにかなり時間がかかる。余計に時間がかかってしまうだろうし、もう一人の主犯であるティアラは外に出てきたばかりで当てにならない。かといってラクトスがそう簡単に許してくれるとも思えず、フリッツは眉を八の字にしながら唸っていた。

 そんな時、聞き覚えのある声がした。


「皆さん、お久しぶりです」

「……」


 人ごみの中から現れたのはミチルとチルルだった。

 今日はパタ坊も一緒で、狭い路地裏にちょこんと隠れている。以前のような不気味な馬の被り物はやめ、馬のためのアームヘルムをしていた。馬が道中盗賊たちに襲われ、傷つけられないように開発されたものだ。しかし相変わらずの二足歩行で、その不思議さは隠し切れなかった。


 チルルはルーウィンを見つけると、相変わらず黙ったままでルーウィンに飛びついた。ルーウィンはチルルの頭を軽く撫でながらミチルに尋ねる。


「街中にそいつ連れてきて大丈夫なの?」

「一応、歩道と車道が分かれてますからね。馬車は引いていなくても大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 ルーウィンが言いたかったのはそういうことではなかったのだろうが、あまりにあっさりと流されたため、彼女もそれ以上聞く気にはならなかったようだ。「ああ、そう」とだけ言って引き下がった。


「以前パーリアでお会いしたとき、次の日が教皇就任の儀式だったそうですね。なぜか教皇様は代わられないそうですが、儀式は素晴らしかったと涙ぐんでいる巡礼者の方に出会いましたよ。あの時の尼さんもついてこられたようで、ますます賑やかなパーティになりそうですね」


 そこではじめて、イライラしているラクトス、項垂れているフリッツ、腑に落ちない顔をしているティアラを見てミチルは首をかしげた。


「ひょっとして、なにかお困りですか?」


 フリッツから一連のいきさつをかいつまんで聞いたミチルは、ふんふんと話に耳を傾けた。


「なるほど。この街に入れば、弱いモンスターならより無力に等しいですもんね」

「どういうことですの?」

「こういう大きな街はたいてい守護鉱物ガーディアナイトを含む地層の上に造られてますから」


 守護鉱石は聖なる力でモンスターを寄せ付けない効果を持っている。守護鉱石の地層の上に街や村を作ることで、人々の集落はむやみやたらにモンスターの攻撃を受けることなく済んでいるのだ。

 その守護鉱石の地層の真上に連れてこられれば、弱いモンスターなら本来の力を発揮できず、人間の言うままにされてしまうということらしい。どうりでやけに大人しくモールが飼いならされていたわけだった。

 では外に逃がしたところで、街の地面ではモールは身動きできないのではないかと、フリッツは心配になった。


「じゃあ、あのモールたちは」

「大丈夫です。普通の地面の中を、穴を掘って逃げることくらい可能でしょう」


 ミチルの話を聞いていたルーウィンは感心した。


「へえ。やけに詳しいのね」

「だって守護鉱石は大切な商品ですもん。一応ぼくだって商人の端くれですからね」


 その話は置いといて、とミチルは話の流れを元に戻した。


「そういうことでしたら、ちょうど競技場で闘技大会が開かれていますよ。なんと賞金は五十万ラーバル!」

「五十万!!」


 ラクトスが物凄い勢いで食いついた。ルーウィンも思わず声を上げる。


「すごい、弁償代払ってもおつりが来るわよ」

「少し前から開催されていたんですが、あいにく弓や魔法の大会は先日終わってしまって。次は大会最後の剣の部ですね。第一試合は明日からだから、まだエントリーはギリギリ間に合うんじゃないですか?」


 剣の部と聞いて、フリッツは嫌な予感がした。

 それは的中し、目をらんらんと輝かせたラクトスに肩を強くつかまれた。


「よしフリッツ。お前行け」

「ええ! ぼくが?」

「お前しかいないだろ」


 ラクトスはフリッツに詰め寄った。その後ろで、ルーウィンも案外乗り気な様子だ。


「いいじゃない、行きなさいよ」

「ルーウィンまで」


 最後の砦といわんばかりに、フリッツはティアラを見た。

 しかしティアラは瞳を輝かせて、フリッツの手をぎゅっと握り締める。


「頑張ってください、フリッツさん! わたくしの不手際を、なんとか取り戻してきてくださいな」

「そんなあ。ティアラまで」


 フリッツはじりじりと三人に壁際へ追いやられた。その様子を、ミチルは止めるわけでもなくにこにこと眺めている。

 フリッツは情けなく声を上げた。


「ぼくなんかすぐにやられちゃうよ。緊張して身体動かないって。あぁ、考えただけで緊張してきた」

「わかってるって。別に優勝して来いって言ってないでしょ。まあ、物は試しにね。ザコばっかだったら勝てるかも知れないじゃない」

「でもぉ」


 それでも煮え切らないフリッツに、ラクトスは額に青筋を浮かべた。


「でもぉ、もクソもへったくれもあるか! お前も加担したことなんだぞ。四の五の言わずに、参加の手続きしてこい!」


 こうしてフリッツは、モールの再発注の弁償金として、たいへん不本意ながら強制的に闘技大会に出場させられる運びとなった。











 翌日。

 フリッツは選手控え室に座り、口から飛び出しそうになる心臓を押さえることに全力を注いでいた。


 前日のエントリーは滑り込みだったにもかかわらず快諾されてしまい、ラクトスとルーウィンにバンバン背中を叩かれながらフリッツは会場入りをした。三人は観客席から見守るということで、闘技場について早々に分かれてしまった。


 クーヘンバウムの闘技場といえば、冒険者たちの間では腕試し度胸試しの場としてその名が知られている。

 あくまで試合で、命の奪い合いでないことだけが救いだったが、それでも大怪我や重体になる選手が何人も出てしまうという。街の血気盛んな若者たちが乱闘してくるとも、ビール瓶やゴミが野次と共に降ってくるということも聞いている。

 その話を以前フランのギルドで聞いていて、それは怖いなあ、でも自分には関係ないなあと笑っていたのが懐かしい。


 大会は定期的に街を上げてのお祭り騒ぎで、ミチルの言っていたように他にも弓や魔法の部門も行われていたはずだ。どうしてこのタイミングで来てしまったのだろうと、フリッツは恨めしく思った。ルーウィンなら優勝を狙えるかもしれないし、ラクトスもかなりいい線まで勝ち進むだろう。

 

 確かに、モールの一件には自分も責任があるため、それは果たさなければならない。しかし、なにもこんな人目の多い場所で生き恥を晒すことはないのではないか。


(うぅ、緊張で過呼吸になりそう)


 若干お腹も痛いような気がしてきた。これを理由に棄権するという情けないことまで考えたが、それでは宿屋に帰ることはできないだろう。ラクトスが本気で怒れば、最悪この街に置き去りにされることもあるかもしれない。フリッツは身震いした。

 

 フリッツは緊張でぐるぐるしている頭をなんとかしようと、控え室を見回した。

 が、すぐに後悔した。


 いかにも屈強そうな戦士たちが、お互いの健闘を祈ってガハハハと大声で肩を叩きあっていたり、いかにも強そうな剣士が物静かに壁に背を預けて瞑想したり、いかにも優秀そうな門下生たちが自分たちの流派の技について議論しているのが見えた。

 知り合いもいないので、誰かと話して緊張をほぐすことも出来なかった。人見知りで自信のないフリッツには、誰かに話しかけるという発想はない。

 最近旅をしていて、あまりそういったことを感じていなかったのはなぜだろうと、フリッツはふと疑問に思う。


(そうか。みんなが居てくれたから、知らない場所に行っても不安じゃなかったんだ)


 フリッツはそんな当たり前のことに気がついたのだった。

 不意に、後ろから青年が声をかけてきた。


「きみ、すごい軽装備だね。それって自信の表れ? 剣も軽め、っていうか、それ本当に剣なの?」


 先ほど目にした修練所の若者の一団からやってきたようだ。フリッツは一瞬なんのことだかわからずにきょとんとした。しかし青年はフリッツのウッドブレードを指差したのでようやくわかった。

 自分の胸当て程度の装備と、木製の剣のことをいっているのだ。フリッツはこの日、当然のようにウッドブレードで試合に臨むつもりだった。


「とんでもない! 自信なんて、そんな」


 フリッツが勢い良く首を横に振ると、青年は肩をすくめて、少し離れた場所に居る仲間に目で合図をした。


「ならいいんだ。きみ軽そうだから、剣圧だけでふっ飛ばないように注意しなよ!」


 青年は仲間と合流し、笑いながら人ごみの中へと消えて行った。

 さすがのフリッツもこれには不快感を覚えた。 


 余計なお世話だったが、青年の言ったことも、一理ある。

 フリッツは背が高い方ではない。本人は認めたがらないが、むしろ男性としてはかなり低い。

 体は鍛えているつもりだが、人一倍体つきがいいわけでもない。そのうえ防具は革と金属片でそれらしく見せてはいるが木製の胸部だけのプロテクター。おまけにウッドブレードときたものだから、逆にまわりの目を引いてしまっている。

 そのことに今更気がつき、フリッツは更に身を小さくした。


 まわりのほとんどの選手が真剣を帯びている。

 爪や牙の鋭いモンスターと闘うわけではない、相手は薄い皮膚と柔らかい肉しか持たない人間なのだ。それなのになぜ真剣を使う必要があるのだろうと、フリッツは心底不思議に思う。これは観客の娯楽であって、命の奪い合いなどではないはずだ。

 その証拠に、参加者の半分はどこかの修練所の現役門下生のようだった。


(知らなかったな。門下生でもよそは真剣を持っていいんだ)


 マルクスから預かった真剣は、錆付いているし、危ないので宿屋に預けてある。驚くべきことに、フリッツは旅立つまで師匠以外の人間と剣を交えたことなど無かった。

 修練所で住み込みで修行していたというのに、公式試合にも出たことはなかった。あのまま修練所にいたらこんなことにはなっていなかったのにと、フリッツは泣き言を漏らしそうになる。

 しかし同時に、自分が今ここに居ることが不思議でもあった。


「おい、見ろよあれ」


 また自分のことかと思って、フリッツはつい振り返った。

 しかし、今度はどうやら違うようでほっとする。


「あんなところに、えらいべっぴんがいるぞ」

「誰かの応援でもしに来たのか? くそっ、そいつが羨ましいなあ」


 見ると、入り口付近にすらりとした背の高い女性が立っている。

 黒い短髪と、唇に引かれた紅が印象的だ。大きく胸の開いた服を着ているため、まわりの男達の視線はうろうろしながらもそこへ集まっている。


 ふと、フリッツは女性と目が合ったような気がした。女性はこちらに向かって、微笑んで手を振り「がんばって」と声をかける。フリッツの前にいる男達が、鼻の下を伸ばして一斉に手を振り返した。


(目があったような気がしたけど。やだなあ、自意識過剰かな)


 フリッツは身体を前に戻し、緊張と雑念を振り払うことに集中した。








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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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