第三話 水と油
【3.5章】
【第三話 水と油】
無事に峠を下り、一行は再び街道へと出た。
ティアラはルーウィンに一応認められた形となったが、これで問題がなくなったわけではなかった。 ルーウィンはティアラの体力、気力、根性を試し、及第点が許せるギリギリのところでティアラを仲間として受け入れた。ルーウィンはティアラの向上心と頑固さをかっており、これから伸びる見込みがあるからこそ連れて行こうと思ったのだ。
しかしまだ一人、パーティの中でティアラを認めていない者がいた。
彼にはティアラの及第点の基準などなく、自分の邪魔になるかならないかだけを判断基準としていた。
そしてその日も、街道に大声が響き渡った。
「なに、またケンカ?」
呆れたようにルーウィンは振り返った。
そこには道端に座り込んでいる旅人と、肩を怒らせて怒鳴るラクトスと、顔を真っ赤にして主張するティアラがいた。罪のない旅人は、おろおろとその場で戸惑っている。
フリッツはその様子を見てため息をついた。すでに今日何度目かのやりとりだった。
「そうみたい。もうだいぶ見慣れたけど。それにしてもルーウィンは落ち着いたね」
最初の頃はルーウィンだってティアラの『癖』に苛立っていたものだ。
しかしコナサ峠の一件以来、ティアラの覚悟を確かめてからは何も口出ししないことに決めたらしい。
「だって、いちいち相手してたらバカみたいじゃない。あそこのツリ目みたいに」
ラクトスとティアラは相変わらず言い合っていた。話している内容を聞かずとも、何を揉めているかだいたい見当がつく。
「なんでお前はいつもそうなるんだ。今日何度目だと思ってる!」
「何度目だっていいではありませんか! 困った方が居たら手を差し伸べる。そんな簡単なことがどうしてあなたにはできないのです?」
「あのう、ケンカはやめてください。おれなら平気ですから」
「あんたは黙ってろ!」
「あなたは黙っててください!」
そのやり取りを見ていて、フリッツは巻き込まれた旅人がさすがに可哀想になってきた。
二人が言い合っている間に、フリッツは旅人を手招きして、自分の持っていた回復薬を分け与えた。
「あの、少しで申しわけないですけど。連れがすみませんでした。道中気をつけてくださいね」
「ありゃ、すみません。ちょっと立ち眩んで休んでただけだったんだども。なんか申し訳ないねえ」
方言交じりの旅人と言葉を交わし、フリッツは手を振って別れた。
回復薬で元気を取り戻した旅人が道の向こうに消えてしまっても、ラクトスとティアラの口論は続いていた。
「お前がこんなに強情で頑固だとは思わなかった。もっと扱いやすいと思ってたのに、とんだ見当違いだ!」
「強情な頑固者で結構です。わたくし、やめるつもりはありませんから」
お互いの体力を削りあうだけの口論に、いい加減に嫌気が差したルーウィンが口を挟む。
「なーに、また新人いびり? やめなさいよ、もうけっこう経つんだから」
ルーウィンの言葉に耳も貸さず、ラクトスはティアラに怒鳴った。
「だから包帯と薬とアイテムをやたらめったら他人のために使うなって言ってるんだ! タダでそのへんから湧いてくるんじゃねえんだぞ、金かかってんだ! 治癒術も関係ない他人にバンバン使いやがって。何度言わせりゃ気が済むんだお前は!」
この日、ティアラはすでに五人の旅人や冒険者を治療していた。時刻は、陽が真上に上ろうという頃である。短時間に何度も足止めをくらったラクトスのイライラは絶頂に達していた。
鋭い目つきのせいで怒鳴るラクトスはなかなかの迫力があったが、ティアラも負けてはいなかった。 普段は白い彼女が、頭から湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしている。
「あなたは何かと言えばすぐに、お金、お金! それしか言う言葉がないのですか? 人は支えあって生きていくものです。それがどうしていけないんですの?」
ギャーギャーと煩い二人を見て、ルーウィンは頭を掻いた。
「だめだこりゃ。手に負えないわ」
「水と油、だね」
フリッツはそのけたたましさに指で耳栓をした。ルーウィンは完全に諦めたようで、足元に下ろしていた荷物を背負い直し、先を行く準備をしている。
「あーうるさい。こんなん気にするだけムダだって。フリッツ、行こ行こ」
「え、うん」
言われるままにフリッツはルーウィンに続いた。
しかし、やはりラクトスとティアラの口論は止まらない。
「お前、次の町に着いたら別の服を買え。白じゃない服を、だ」
旅人で白のローブ、あるいは法衣を着ているものといえば治癒師と相場が決まっていた。汚れがちで手入れの大変である白い衣服を、旅の汚れを覚悟であえて着ることには理由がある。
治癒師としての力を高めるため、というジンクス的な意味合いもあるが、一番の理由は治癒師であることのアピールのためだ。
治癒師はその性格上、宗教に順じている者や慈善活動家であることが多い。もちろんティアラもそのうちの一人だ。
そのため旅の途中、ケガや病で助けを求めている者に手を差し伸べるのだ。そのためには、助けを求めている側から一目で治癒師であるとわかるほうが都合がいい。しかし、それはパーティ全員が同意見であった場合である。
この発言はかなりティアラのカンに触ったらしく、今までとは違う怒鳴り方をした。
「あなたにそこまで言われる筋合いはありません! もう、結構です!」
ティアラは頭に血を上らせて憤った。しかしその後、周りにフリッツもルーウィンもいないことに気がつき、慌てて遠くに姿を見つけて駆け出した。
その場に残ったラクトスは怒りの矛先を探し、足元の岩を蹴りつけた。
勝手に先を行ったルーウィンはフリッツを振り返った。
「あんた、なにかとあの子に肩入れするわね」
フリッツは考えた。肩入れ、という表現が正しいかはわからないが、そういうふうに見えてしまうのかもしれない。
「うん。だって頑張って欲しいと思っちゃうんだ。応援したくなるんだよ」
フリッツは、なんとか旅に必死についていこうとするティアラの姿に自分を重ねていたのかも知れなかった。
今でこそ足手まといだとルーウィンに罵られることは減ったが、旅の最初の頃はことあるごとにそう言われたものだ。その度に小さく傷つき、そして自分の不器用さを恨めしく思った。
幼いころからなにをやってもワンテンポ遅い人間というのはいて、フリッツもその一人だった。
人と同じ量の努力では追いつけず、二倍三倍、五倍の努力をしてやっと人並みに追いつくことができる。不器用で要領の悪い自分に泣けてしまうことが多々あったが、いつしか自分はそういう人間なのだと割り切った。
諦めるものは諦め、諦めきれきれないものは何倍もの努力でカバーしてきた。
ティアラが不器用だというわけではなかったが、旅になかなか慣れることの出来ないもどかしさが、フリッツにはなんとなくわかるような気がしていた。
しかしそれでも自分の精一杯を通し、必死についていこうとするティアラのひたむきさを、フリッツは知っていた。ぜひここでもう一踏ん張りして、ラクトスにもティアラを認めてもらいたいと思っていたのだ。
しかし彼女の『怪我をした人を見るとつい助けてしまう病』は本当に難点だった。
「やっぱり、ちょっとやりすぎかな。いちいち足が止まって進めないし」
彼女のその癖は、さすがに目に余るものがある。
「そうね。あいつが怒ってるからあたしは逆に冷めるけど、あいつが怒ってなきゃ爆発してるのは間違いなくあたしだろうしね」
ルーウィンがそう言い、フリッツは頷いた。
「やっぱり、二人してティアラに言ってみようか」
「人助けやめろって? ムリムリ、あれは相当な頑固者よ。数でいきゃ勝てるってもんでもない。自分でやめようと思わない限り、あの子はやめないわよ」
ルーウィンははなから諦めているようだった。
そして、決定的な出来事が起こった。
その日はルーウィンに久々のお客さんがあった。お客さんとは、刺客である。
ダンテに因縁のある冒険者がルーウィンを見つけて襲ってきたのだ。フリッツは木刀を構えていたものの出番はなく、ルーウィンが一人で全員やっつけてしまった。
刺客を追い払って一息ついたフリッツに、悲劇は起こった。
草むらのなかに潜んでいたモコバニーに、頭を噛み付かれたのである。フリッツは声にならない叫び声を上げたが、薄情なことにその場には誰も居合わせなかった。
フリッツが一行の前に姿を現したときは、すでに遅かった。フリッツはもこもこした毛皮の帽子を頭に被せているような格好で登場した。
ルーウィンとラクトスは腹を抱えて大爆笑した。頭にモコバニーが齧り付いていると知ったときは、皆一様に顔から血の気を引かせた。
しかしやはり何度見ても面白い光景らしく、本気で心配をするティアラをよそに、やはりルーウィンとラクトスは笑い転げていた。
「もういいでしょ、十分愉しんだじゃないか。そろそろ誰か助けてくれてもいいんじゃないの?」
さすがのフリッツも二人に白い目を向ける。
「あはは、いや、ごめんごめん。まってて、今とるわ」
ルーウィンは目に涙を浮かべながら、モコバニーをなんなく取り外した。モコバニーは草むらへ帰っていく。とたんに、軽くなったフリッツの頭から血が噴水のように噴出した。
「いや、そんな噴出し方ないだろ。笑えるわ」
その様子を見てまたしてもラクトスが笑い出すという、なんとも薄情な連鎖だった。
「……いい加減にしないと、ぼく怒るよ。もういい、ティアラ、包帯とってもらっていい?」
フリッツは二人のことは諦めてティアラに助けを求めた。
「まってください、フリッツさん。こういうときこそ、わたくしの出番です」
ティアラはフリッツの頭に手をかざす。
そういえばフリッツは、まだティアラの治癒魔法を受けたことがないのだった。一度気を失っている間にキャルーメルで治癒魔法をかけられているはずなのだが、いかんせん記憶がない。
治癒魔法を受けるのはどんな感覚なんだろうと、フリッツは少しわくわくしていた。
しかし待てども待てども、噴出す血の勢いは治まらない。
だんだんラクトスの笑いがなくなっていった。
ティアラが何度手をかざしても、治癒魔法は発動しなかった。
「ティアラ、ひょっとして」
「そんなはずは。ちょっとお待ちになって」
ティアラが治癒魔法を使えるのは明らかだった。道中、何人もの旅人にその術を施しているのを見ている。フリッツは彼女が今術を使えない原因に思い当たった。
「大丈夫だよ、ティアラ。これくら包帯巻いとけば治るし。今日はもう疲れたんだよ、ぼくのことはいいから」
「お前はたしか、うちの治癒師だったと思ったが?」
ラクトスのドスの利いた低い声が響いた。
フリッツがはっとしたときにはもう遅く、ラクトスは恐ろしい形相で仁王立ちになっていた。
「肝心なときに力を使えないでどうする! この大ボケ女! 慈善活動がやりたいなら一人でやれ!」
迫力のある雷が間近に落ちた。
少し離れていたルーウィンは身を退き、フリッツとティアラは電気が走ったかのように縮み上がった。
ラクトスは気が短いように思えるが、本気で怒るようなことは今までになかった。それだけにこれほどまでの剣幕で怒られたのは、フリッツにとっても衝撃だった。今までこんなふうに怒鳴られることがないであろうティアラも、目を見開いて硬直している。
「魔法使いより治癒師が欲しいってんなら、おれがここを出てく」
ラクトスが怒って行ってしまってからもその衝撃は続き、ビリビリしているような身体をフリッツはさすっていた。
「あーあ。怒らせちゃった」
ルーウィンは他人事のように軽口を叩いたが、フリッツとティアラはまだその場に立ち尽くしていた。




