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不揃いな勇者たち  作者: としよし
3.5章 二つの関門
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第一話 いくつかの難点

【3.5章】

【第一話 いくつかの難点】


 ティアラが一行に加わって、数日が経った。


 パーリアから街道沿いの次の街へは結構な距離があり、途中峠も越えなければならなかった。

 間にいくつか小さな宿場町があるが、そこへ辿り着くまでにも何度かは野営をしなければならない。当然、食事をとれるような店もなく、自炊が当たり前の道中だった。


 昼は簡単な携帯食料や保存食で済ませることが多いが、朝や夜はその場に腰を据えているため、火をおこして温かい食事を作ることがほとんどだ。朝食はその日一日の原動力に、夕食は明日の活力に繋がる大切な要素である。


 ところで、フリッツはたいがいの物事において不器用だが、食事の準備などはそれほど手間を取らなかった。だてに十何年も自分とものぐさ師匠の食事を作り続けてきたわけではない。

 ラクトスも同じく、働きに出た母の代わりにきょうだいたちに食事を作り、時には食堂で調理の仕事をしていたこともある。

 ルーウィンはダンテと共に幼い頃から旅をしてきただけあって、外での食事の準備の手際は誰よりも良かった。ルーウィンの料理はアウトドア向けで味は良いが大雑把なものが多く、フリッツとラクトスは家庭の味という、男女がひっくりかえったような味付けになっていた。


 そして、ある日の夕食。辺りはそろそろ夕闇に包まれようとしていた。

 薪を囲み、腰を下ろして一息つき、食事をとっていた一行に悲劇は襲いかかった。

 ラクトスがスープの入った椀に口をつける。一口飲んで、一瞬硬直し、それから片手で眉間を押さえて上を仰いだ。


「ラクトス?」


 不審に思ったフリッツがラクトスの様子を窺う。ラクトスは辛そうに口を開いた。


「涙が止まらないんだが」


 見るとラクトスはその瞳からぼろぼろとおもしろいように涙を零していた。ラクトスと旅をするようになってまだそんなに経っていないが、彼がこんなふうになってしまうのは初めてのことだ。

 突然のことに、フリッツは慌てた。


「えっ、どうしたの? 大丈夫?」

「いや、その、なんだ。スープがな。いいからとにかく食ってみろ」


 ラクトスは涙を流しながらフリッツに目配せする。

 涙が出るほど美味しいのだろうかと、フリッツは自分もスープに口をつけた。

 一口飲み下すと、すぐにその意味がわかった。


「ほんとだ。涙が止まらないや」


 続いてフリッツも涙をぼろぼろ零し始めた。恐ろしいほどの不可抗力だった。

 スープはかなり塩の風味が強く、むしろしょっぱいが、泣いている今は涙の味なのか料理の味なのかわからない。

 ラクトスはまだ涙を流しながら、その日の食事当番に尋ねた。


「お前、これは生の玉ねぎでも大量に入ってるのか?」

「いいえ? おかしいですね、玉ねぎは入っていないはずですけれど」


 その日の夕飯担当者であるティアラは首をかしげてスープをすすった。彼女は少し微妙な表情を浮かべたが、その反応はラクトスやフリッツほどではない。ちょっと眉根を寄せただけで、泣くほどのことはないというようだった。

 ティアラは微笑んだ。


「お二人とも、大げさです。たしかに、ちょっとしょっぱくて辛いですね。次は気をつけますわ」


 ティアラは続けてにこっと笑った。ルーウィンは何も言わず黙って椀の中のスープを見つめていた。 そして三人のやり取りの間に、さっとスープの中身を後ろの草むらの中に投げ捨てる。


「てめえ、汚いぞ穀潰し!」

「なんのこと?」


 自分だけ逃げようとしたルーウィンにラクトスが食って掛かった。ルーウィンはあさっての方向を向いている。ルーウィンの椀の中が空っぽになっているのを見て、ティアラは顔を輝かせた。


「まあ、ルーウィンさんは残さず食べてくださったのですね。どうです? おかわりは」

「大丈夫! もうお腹いっぱいよ!」


 ルーウィンはわざとらしいほど元気いっぱいに答えた。そうですか、とティアラはすこし残念そうな様子だったが、気を取り直して脇に避けてあった大なべを出してきた。


「さあさあ、メインデッシュはこちらですよ。召し上がってくださいな」

「……お、おお」


 ラクトスは唸った。物心ついてから十と八年、両親の共働きのため家事の一切を切り盛りし、六人の兄弟の世話を続けてきたラクトスを唸らせるほどの逸品が、今まさに目の前に置かれている。


 黒く焦げ付いた鍋に垂れ下がったニンジンの葉は、可哀想という形容がぴったりだ。投入された魚は鱗がバリバリに逆立っており、白目を剥いてこちらを威嚇している。

 ジャガイモからは新芽がすくすくと伸びており、元気いっぱい伸び盛りの様子だった。そのほかにも謎のきのこや謎の野草が盛りだくさんで謎のとろみがつき、みんな仲良く焦げ付いた鍋の中にぶち込まれている。


 その様子は、一言で表せば地獄絵図だった。

 フリッツ、ルーウィン、ラクトスの三人は思わずごくりと唾を飲む。


「お前、実は魔女だな? これは魔女の料理だ。おれたちを始末しにきたんだろ」


 恐怖のあまりラクトスがわなわなと肩を振るわせ始めた。

 フリッツは焦った。このままでは事態がややこしいほうに転がってしまう。


「ラクトス、そうだ、食後の散歩に行こう」

「誰の差し金だ! おれは騙されないぞ!」


 ラクトスは叫びながらフリッツに引きずられて森の中へと消えていった。

 その様子を見、ルーウィンは鳥肌のたった腕をさすっていた。


「うわ、あいつ錯乱しちゃってるわ」


 何が起こったかわからない様子でティアラはきょとんとしていたが、その場に残ったルーウィンと目が合うと期待のこもった眼差しを向けた。


「さあ、ルーウィンさんも」

「ごめんそれは無理」


 ルーウィンは即答し、ティアラは涙目になった。











 次の日、さっそくティアラ対策会議が三人の間で開かれた。


 時間は明朝。空が白み始めた頃で、うっすらと白く薄い月が空に溶けようとしている。ティアラは健やかな寝息を立てて毛布に包まり、幸せそうに眠っていた。

 昨晩のショックが抜けず、鍋はそのままになっていた。結局あの後、誰も手をつけようとはしなかったのだ。

 その地獄の縮図のような鍋を見つめ、ラクトスは頭を抱えた。


「おい、こりゃあ予想以上の出来だな。穀潰しはよく食うが、まあ自分の分は自分でなんとかできるからいいとして」

「聞こえてるわよ、バカ」


 ルーウィンはよく食べるだけあって野外料理の腕は大したものだった。

 早朝、誰よりも早く起きだし、適当に散策して山鳥やら小型モンスターやらを仕留めて来る。結果それが全員の食料にもなるのだが、足りないとまた調達し、皆が腹ごなしをしている間にひとりでそれをぱくつのだ。


 だがティアラは違った意味で食材を消費する。

 たった一回の失敗で、ティアラには調理禁止令をだそうという案も上がった。しかしそれでは根本的解決にならないため、フリッツが二人を説得し、誰かがついて教えながらティアラを調理にあたらせようということになった。

 ティアラは長年の幽閉生活で、並外れて常識が無いだけなのだ、ということフリッツは主張した。

 しかし彼女が本当に驚異的な味覚音痴であった場合は、別の手を打たなければならない。


「でもさあ、あの子、問題があるのは料理だけじゃないじゃない」


 三人は眠っているティアラを見た。料理が苦手であれば、練習させればいいだけの話で、もっと言えば作らせなければいい。

 ところが困ったことに、ティアラにはまだいくつかの難点があった。


「その一、朝に弱い」


 ラクトスが苦々しい顔で言った。

 ティアラは極端に朝に弱い。一行の中ではフリッツが一番に起床し、まだ朝日も昇らないうちに一人で黙々と素振りなり基礎トレーニングなりを始める。そのうちルーウィンが起きだして小腹が減れば狩をし、夜が明け始めるとラクトスが朝日に誘われて目を覚ます。

 一行の朝はやや早めだったが、今までは三人ともが早かったため特に支障はなかった。


 しかしティアラは、日がけっこうな高さまで昇ってもすうすうと寝息を立てているのだ。

 さらに寝起きが悪いため、一行が野営地から出発する時間はここ最近遅くなっている。


「その二、体力がない」


 懸念していたことだったが、やはりティアラには体力がなかった。

 何年も塔に閉じ込められていたという彼女がついてくると言ったときに、皆が心配していた点はそこだった。道端に座り込んでしまうようなことはなかったが、疲労で足元がおぼつかない彼女を見ていると気が気でない。


 しかし根性はある。それが逆に厄介だった。無理をしてその日を歩ききり、その疲労が次の日へと持ち越してしまうのも朝起きられない理由なのだろう。

 しかしここまでならば、旅に出たばかりの初心者だと許すことはできる。

 問題はもう一つあった。

 ラクトスは眉間に深いしわを刻んで、不機嫌に言った。


「その三、理解に苦しむ、ハラの足しにもならねえ慈善行為」


 彼女の最大の難点。

 それは人助けに走ってしまうことだった。


 人の行き来の多い街道だ、疲れて歩けなくなってしまう者や怪我をして進めなくなった者が道の隅で座り込んでしまっているという光景も珍しくはなかった。

 大抵の人間は大事がなさそううであればそこを通り過ぎるが、ティアラは違った。

 そういった人間を見つけるとまっすぐに走っていき、治癒魔法をかけてやるのだ。フリッツはその道徳精神に毎度のように感心させられるのだが、ルーウィンとラクトスはそうではない。ティアラがけが人の治療を始めると、しばらくはその場に足止めされてしまう。二人がティアラを止めにかかるが、ティアラは意外にも強情で言うことを聞かないのだ。


 その時のルーウィンとラクトスの苦々しい表情をティアラは見ていないものの、フリッツはいつも隣にいて気が気ではない思いをさせられるのだった。


「どうする?」

「どうするよ?」


 ルーウィンとラクトスはうーんと唸る。


「どうするも何も、ティアラはもう一緒に旅をしてるじゃないか。頑張ってるんだし、ここはぼくたちが支えてあげるべきじゃ」

「あんたは黙ってろ」

「……はい」


 ルーウィンに怒られ、フリッツは小さくなる。


「ま、様子見だな」

「そうね。しばらく我慢しますか」


 ルーウィンとラクトスのやりとりとを見て、フリッツは不安げな表情を浮かべた。

 そんなこととは露知らず、ティアラは相変わらず眠り続けていた。






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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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