第十話 弓と魔法の共闘
【第3章】
【第十話 弓と魔法の共闘】
フリッツ、ルーウィン、ラクトス、ティアラの四人は儀式の行われる会場へと急いだ。
先の騒動で、今頃ブルーア側にも本物のティアラが逃げ出したことが伝わってしまっているだろう。 生贄で、儀式の要となるティアラの存在をブルーアがそのままにしておくとは思えない。僧兵たちは、血眼になってティアラを探し出すはずだ。
四人はなるべく物陰に隠れて先を進んだ。いちいち敵と遭遇して騒ぎを起こしていたのでは、儀式の開始時刻に間に合わない。
「思ったんだが、あんたがいなけりゃ儀式は上手くいかないんだろ。ならこのまま逃げおおせるってのはどうだ?」
走りながらラクトスは提案したが、ティアラはすぐに首を横に振った。
「それは事態の先送りに他なりません。仮に今わたくしが上手く逃げられたとしても、儀式の日取りを先送りにして別の生贄を用意するでしょう。次はルダかもしれません。それに教会をこのままにして、この街から出て行くことなど思いつきませんわ」
「ああ、さいですか」
ラクトスはがっかりした様子だが、はなから逃げるという答えを期待していたようではなかった。
四人は会場裏手の倉庫に足を踏み入れた。物置のくせに、高さがかなりあった。薄暗い中を、追っ手を警戒しながら進んでいく。
「ここを通り抜ければ、会場へと続く裏の階段に出られるはずです」
「じゃああと少しだね。急ごう!」
ゴールが近いと知ってフリッツの声に張りが出た。
しかし、ルーウィンが進もうとしたフリッツを片手で制す。
「待って。どうやらあたしたち、歓迎されてるみたいよ」
敵の気配を察し、それと同時にルーウィンは矢を放った。目にも留まらぬ速さで連射し、先頭を切っていた三人を仕留めた。少し遅れてラクトスがフレイムダガーを放つ。
一人に命中したが、もう一人にはかすっただけだった。さすがに戦闘に慣れているルーウィンよりは、ラクトスの命中率はやや落ちるようだ。
ラクトスは舌打ちし、ルーウィンがそれを茶化した。
「ちょっとぉ、ちゃんと仕事しなさいよ」
「うるさい。お前ら、なにぐずぐすしてる! 行け!」
ラクトスが叫び、フリッツは反射的にティアラの手を掴んだ。
「フリッツさん、でも!」
「いいから早く!」
フリッツはティアラの手を引いて駆け出した。
二人が先に行ったのを見届けて、ルーウィンは息をついた。
「フリッツにしちゃ、思い切りが良かったわね」
「まったくだ。お陰でここには後衛のおれとあんたが残ったわけだが」
その場にはルーウィンとラクトスが残された。倉庫の中には高く積み上げられた箱の山がある。おそらく大量発注された免罪符かなにかなのだろう。
ルーウィンとラクトスは倉庫の中心に背を向け合った。周りはブルーア派の追っ手に取り囲まれている。
「おい、穀潰し。何人だ」
「あと六人」
倒した数人を除いて、目の前に居るのは六人。僧兵の法衣に身を包んではいるが、その装いはわずかに違う。
察するに、残っているのは魔法使いが二人と、戦士が四人だ。
「で、どうする」
「お前の意見は」
ラクトスに問われ、ルーウィンはにやりと笑った。
「すごいやりづらい」
「だな。おれも同感だ」
敵の魔法使いが詠唱に入ったのを見て、ルーウィンは即座に矢を射る。命中した。
続いてもう一本、といきたいところだったが、剣を抜いた戦士がルーウィンに向かってきた。それは好都合とルーウィンはそのまま射掛けたが、戦士は持っていた剣で飛んできた矢を振り払った。
「げっ、今のマグレ?」
思わずルーウィンは声を上げる。
向かってくる戦士とまともにやりあっては勝ち目がない。瞬間、何かを感じて咄嗟に左に飛び退いてぎょっとする。
今さっきまでルーウィンのいた場所に岩の塊が落ちてきたのだ。ルーウィンとラクトスは引き離された。
「ちっ、魔法か!」
「あちらさん、なかなか詠唱が早いぜ」
ルーウィンは苦々しげに舌打ちし、ラクトスは焦りを感じて唇を舐めた。
残るは魔法使い一人と戦士が四人。
後衛から攻撃を仕掛ける魔法使いは、敵であれば厄介な存在だ。残った魔法使いをいの一番に倒すのが正攻法といえる。
しかしまわりにちょろちょろとうるさい戦士がおり、魔法使いのガードが一人、それでもラクトスとルーウィンを追い掛け回すのに三人と数が揃っている。元々の敵の数から半分にまで減らしたのだ、なかなかの健闘だったが、勝負はここからだ。
残っているのはそこそこ出来る相手だろう、もう速攻は通用しない。
ルーウィンが岩の魔法攻撃にひるんだのを、相手の戦士は見逃さなかった。
戦士はルーウィンに襲い掛かる。なんとか戦士の攻撃を避けたが、そこで魔法使いから炎の塊が放たれた。敵側のフレイムダガーだ。攻撃魔法を避けたルーウィンの身体は完全に無防備だった。
その隙を狙って、戦士はルーウィンを追い詰める。ラクトスはもう一人の戦士につかれていて、身動きがとれない。
「ルーウィン!」
ラクトスは叫んだ。戦士が一閃する。ルーウィンは、あっけなくその場に崩れ落ちた。
ラクトスは唇を噛む。
「……おいおい、一人で詠唱時間どうやって稼げっていうんだよ」
ラクトスはじりじりと追い詰められた。
相手の数は減っておらず、魔法使いが一人、戦士が四人。完全な袋のねずみだ。今詠唱すればその瞬間に攻撃されるのは目に見えている。かといって、こうしているだけではいずれやられてしまう。
ラクトスは嫌な汗が流れていくのを感じた。
しかし、まだ終わってはいなかった。
突然、離れた場所に居た魔法使いが低くうめいて崩れ落ちた。しかし、まだ立ち上がる力はある。
続いてラクトスを取り囲んでいた戦士が声を上げる。見れば背中に矢が刺さっていた。
「バカな!」
戦士は呻いた。
戦士が先ほどルーウィンを倒した場所を見ると、そこにはもう彼女の姿はなかった。
物がやたらと多いこの倉庫の中は、人が隠れるのにはうってつけだ。ましてや今この部屋に潜んでいるのは、百発百中の腕を持つルーウィン。隠れてしまって居場所の特定が出来なければ、そこは彼女の独壇場だった。
どこから射られるかわからない不安。次は自分が打たれるのではないかという恐怖。
戦士たちはラクトスには注意を向けたまま、そわそわと視線を周囲に向け始めた。
だが、次にルーウィンの矢が上手く当たる可能性は低かった。不意を付いたため命中したが、もし次に一本撃とうものなら、矢の飛んできた方向から彼女の居場所が特定できてしまう。
一人は仕留められても、残った戦士から総攻撃を受けかねない。
(牽制はできても、あんまり意味ねえな)
それもそのはず、その場に入るラクトスを含めて、敵側も次に誰が狙われるのかわかっていた。
冷静に考えれば、次に打たれるのは、どう考えても手負いの魔法使いだ。
この一度きりしか使えないチャンスを使って攻撃を仕掛けるなら、間違いなく魔法使いを狙い、戦術のバリエーションを削りにかかってくる。誰もが考える選択肢だ。
(あいつなら、直球でくるんだろうな)
ラクトスを取り囲んでいる戦士が、魔法使いに目配せをした。魔法使いも心得たようで、詠唱を始めた。どうやら魔法使い本人に対する防護呪文のようだ。
そこに間髪入れずルーウィンの矢が放たれた。しかし防護壁によって矢はあっけなく弾かれる。
三時の方向から矢が放たれたのを見て、ラクトスについていた戦士たちがその方向に向かって走り出した。
しかし一人はまだ残っているため、ラクトスは相変わらず身動きがとれない。
ルーウィンを標的にした戦士たちは、棍棒を振るって詰まれた木箱を壊した。木箱の裏に隠れていたルーウィンはあっさりと見つかる。戦士二人がルーウィンの頭を掴もうと手を伸ばした。
その時、戦士とルーウィンの間にちらりと火の粉が舞った。
それを見て、ルーウィンはにやりと笑う。
「遅かったじゃない」
戦士たちを炎が包み、爆発が起こった。
倉庫に置かれていた箱も巻き込んで、爆発は小規模ながらも派手に煙を上げた。
ラクトスは注意を払った。自分の煙で相手の隠れ蓑を作ってやるわけにはいかない。煙の向こうに人影を見つけ、ラクトスは身構えた。
しかし現れたのは、ごほごほと咽こみながら反射で涙を浮かべたルーウィンだった。
「危ないじゃないの! もっと上手いことやりなさいよ」
「悪ぃ。お前がこっちの戦士をやったときに、魔法使いに反撃くらいそうになって、時間かかっちまった」
二人の戦士がルーウィンに襲いかかろうとしている間に、ルーウィンはもう一本を自分に迫る戦士ではなく、ラクトスの近くにいた戦士目掛けて放ったのだった。
そこではじめて自由になったラクトスが詠唱に入ったのだが、それを魔法使いに邪魔された。とっさに魔法使いに攻撃魔法を放ち、それからの詠唱だったのだ。
しかしラクトスの詠唱は短く、技を仕掛けるタイミングも十分だった。
煙が晴れると、ルーウィンに向かっていった戦士たちは倒れ、ラクトスのほうの戦士と魔法使いも倒れていた。これでようやく、全員を倒した。
「お前が斬られたときはひやっとしたぜ」
ラクトスとルーウィンは、互いに顔を見てにやりと笑った。
「肉を切らせて骨も食う、ってね。ちょっとダメージあったけど、あたしが隠れられればこっちのもんよ。あー、お腹痛い」
「骨を絶つ、だろ。骨までしゃぶってやるなよ、穀潰し」
ルーウィンはシャツに血をにじませているが、さほど大した傷ではなかったようだ。
ラクトスは彼女には悟られないよう、こっそり安堵のため息を吐いた。ルーウィンはその場に座り込む。
「さあて。あの二人は上手くやってるかしら」
「ティアラ! 早く」
フリッツとティアラは無事に倉庫を抜け、舞台の裏手へと続く階段を見つけた。
今いる位置がかなり低い土地らしく、舞台自体は広場からそれほど高くはないのだが、ここからでは舞台へと続く階段は結構な長さがあった。
その時、倉庫で爆発音がした。ティアラは思わず顔を青くして振り返る。
「だめだよティアラ! 今は急ぐんだ。二人なら大丈夫だよ」
フリッツは叫んだ。この爆発があったということは、間も無く僧兵がここに駆けつける。フリッツも内心二人が心配で気が気ではなかった。
しかし送り出さなければならないティアラがいるのだ。自分がしっかりしなければと、フリッツは自分を奮い立たせた。
ティアラは頷き、再び舞台の階段へと走り始める。
「見つけたぞ! 生贄の娘だ!」
「舞台へ上げてはならん。とめろ!」
そこへ僧兵が現れた。予想以上に早い登場に、フリッツは眉根を寄せる。
「ここはぼくが食い止める。ティアラは行って!」
「フリッツさん……!」
「いいから! 行ってくれないと、みんなのしてきたことに意味がなくなる。早く!」
フリッツの剣幕に押され、ティアラは息を呑んだ。そして階段に足をかける。
「フリッツさん、わたくしを見ていてくださいね!」
ティアラは悲痛な声を上げると、階段を駆け上った。
その足音を聞きながら、フリッツは木製のウッドブレードを構え、握りなおす。目の前には五人ほどの僧兵が現れた。
倒せる算段はなかった。
しかしフリッツはティアラの昇る階段を背にして、僧兵たちに立ちはだかった。




