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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第19章
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第十二話 晴天の霹靂

 そこにはフリッツがいた。

 石畳に転がったままのモーネを、その背中で庇うように化物に対峙している。


「大丈夫? 立てる?」


 フリッツの腕に自分の大鎌が握られているのを見、安心したモーネは頷いた。

 どこからどう見ても、そこに居るのは行ってしまったはずのフリッツだった。

 いつもは自分の目線より少し低いところにある萌黄色の髪、下がり気味の眉、年齢よりやや高めの声。処刑台の階段を上っている時に垣間見え、聞こえたのが、まさか本物のフリッツだったとは。


「どうして。出発したんじゃ」

「きみと最後の挨拶も出来てないのに?」


 フリッツが差し出した手を取って、モーネは立ち上がる。


「ラクトスの援護が効いてる。でもかなり遠隔だから、そんなには持たないな。今のうちに逃げるよ、モーネ」

「それは困る」

「えっ! なんで?」


 渡された大鎌を握り締めるモーネに、フリッツは素っ頓狂な声を上げる。モーネとしてはせっかく助けが来たと思ったのに、逃げろと言われて心外だった。

 フリッツは慌ててモーネの説得にかかる。


「見送りに来ないなんて、モーネが何かに巻き込まれてるんじゃないかと思って。都を出ようと思ったら広場で何か造ってるし。変だと思って訊いてみたら処刑台だって言うし、ラクトスが監獄で不穏な噂を聞いたみたいだし、もしかしたらと思って隠れてたんだけど。だからね、えっと……」


 まだ背後の化物に動きがないのを確かめながら、フリッツはモーネの両腕を掴んだ。


「この混乱に乗じて今度こそ、ここを出たい。モーネが一緒に来たいなら連れて来いって言われてるんだ。ミチルとチルルはもう外で待ってる。ラクトスたちも門に向かって移動してるはず。早く合流しなきゃ」


 焦るフリッツとは対照的に、モーネは淡々と化物の方を指差した。


「あれの出てきた穴に誰かが引きずり込まれた」

「えっ、そうなの!」

「このままにしていたら危ない。それに、倒してこいと言われた」


 安否不明の被害者がいると知り、フリッツの顔は途端に曇る。


「引きずり込まれた人、まだ無事かなあ……」

「わからない」

「……あれ、ぼくらだけで倒せると思う?」

「わからない」

「兵士がなんとかしてくれたり、とか」

「わからない」

「だよねえ……」


 得体の知れないものと戦いたくない、もとより戦うつもりはなかったフリッツは唸り始めた。恨みがましい目で、じっとりとモーネを見上げる。


「倒してこいって、それ、誰が言ったの?」

「元上司」

「元なのに言うこと聞く必要ないよ。それにモーネはあんなのと戦いたいと思う? 正直、ぼくは自信無いんだけど……」

「自信は無い。倒す方法もわからない。けれど」


 何が効くかもわからない。自分たちの刃が通用するかもわからない。そもそもあれは倒せるものなのか。生きていて、命を奪えるものなのか。戦いに終わりは来るのか。

 何もかもわからない。

 確かなのは、あれに巻き込まれた人が居て、あれに怯えている人がいて、現状誰も立ち向かう人が居ないことだけ。

 正義感なのか。使命感なのか。わからない。

 長らく人の心を失くしていた自分が、最期にそれらしいことをしたいだけなのかもしれない。罪を償い、出来ることなら許されたいという浅ましさから来ている衝動かもしれない。フリッツを巻き込む義理はない。けれど、居てくれたらそれほど有難いことはない。

 何をすべきか。何をするのが最善なのか。

 出来る出来ないは別として。その答えは確かだった。


「わたしはあれをどうにかしたい。どうにかしなければならないと思う」


 それはモーネの意志だった。胸から肚からか、湧きあがって来る何かだ。

 黒く真っ直ぐな瞳で見つめられて、フリッツはうぅと低く唸る。


「……言われたからじゃなくって?」

「自分で、そうするべきだと思った」


 えーとかあーとか唸りながら、モーネと、今はダウンしている化物を交互に見比べ。頭に手を突っ込んでがしがし掻きながら、フリッツは大声を出した。

「あー、もう! どうなっても知らないよ!」

 剣を構えたフリッツを見て、モーネの目元は小さく緩んだ。





「とは言ってみたものの。どうやって倒すの、これ……」


 ラクトスの魔法は効いた。フレイムダガーは有効だ。木の根のような形状から、燃やしてしまうのが一番効果がありそうだ。だが、ここに彼は居ない。

 モーネの処刑の時、ルーウィンとラクトスとティアラはこっそり宿屋の屋根の上に待機していた。高い位置から様子を見、遠隔で援護できればとの考えからだった。モーネが処刑台から移動し、化物に対峙したのを見て助け舟をくれたのだろう。そこから先の助けがないのは、移動しているかトラブルに巻き込まれているかのどちらかだ。

 一方フリッツは前衛で、遠くに居てもどうしようもなかった。何が出来るわけでもないが、いざ処刑されそうになった時、三人が遠隔で助けたら、近くに誰かが居たほうがいいと思って近くに控えていた。

 アクシデントで自由になったモーネと合流したまでは良かったが、まさかたった二人で得体の知れない化物と戦うことになるとは。距離をとって戦いたいが、ここに居るのは前衛のフリッツとモーネだけ。

 モーネに自由に動かれると、リーチの短いフリッツは巻き込まれる形になる。二人で同時に戦うには、相性が悪い。

 さて、どうしたものか。


「フリッツは援護しなくていい」

「……といいますと?」


 見上げると、表情の微妙なニュアンスから思うに、モーネには考えがありそうだった。


「わたしが自由に動くとリーチの短いフリッツを巻き込む。だからわたしが道を切り開く。そこにフリッツが相手の懐に飛び込む」


 フリッツはがくりと肩を落とす。援護しなくていい、は戦わなくていいわけではなく、戦闘の主体になったらどうかという提案だった。


「きみが真っ先に飛び込んでいくイメージしかなかったんだけど……」

「それでは勝てない。わたし一人では敵わない。力を貸して欲しい」


 その言葉に、フリッツは息を呑んだ。

 何も考えず誰の指示も聞かず、真っ先に飛び込んでいったあのモーネが。フリッツと共に戦うイメージを持ち、それを共有しようとしている。

 そんなのずるい。今まで単騎で突っ込んできた人に力を貸してなんて言われたら。協力を仰がれたら、応えたくなってしまうのが人の常。

 なぜ戦いたくもない自分が敵の懐に飛び込まなければならないのかは、やはり腑に落ちないが。


「こうやって情に流されて動くの、良くないよねえ……」


 フリッツは深いため息をついた。そして、少しだけ覚悟を決める。


「じゃあ、一回だけね。ちょっとだけだよ、いい?」

「わかった」


 モーネは頷く。そしてすぐに大鎌を構えて走った。

 焼けてぐったりしていた部分を、斬る。手応えと、組織が千切れる感触が刃と柄を伝う。

 モーネが大きく振り被って可能な限り切断しているところに、別の角度からフリッツが化物の真ん中へと向かう。穴から出ている、黒い木のようなもの。幹というよりは、やはり根の部分が絡み合って太い一本になっているように見える。とりあえずの狙いはそこだ。

 だが、そう簡単に辿り着かせてはくれない。モーネが端を斬っていても、他の角度から別の根が飛んで来る。

 縄や鞭のようにしなやかに、そして強打してくるそれをフリッツは避けた。頭に飛んできたそれをしゃがんでやり過ごし、銅を抉りに来たそれから身を翻し、足元に飛んでくるのを跳躍する。とてもじゃないが近づけない。


 不意に、幼い頃、フランの村で縄を使って遊んでいたのを思い出す。両端の子供が縄を回して、その間を他の子供たちが飛んで駆け抜けていく遊びだったが、フリッツは上手く飛べた試しがない。勘と運だけで回避しているのが奇跡で、思わず嫌な汗が出る。

 回避が間に合わないのを悟り、飛んできた根を叩き斬った。勢いを削ぎ、斬れることがわかって安堵する。モーネは切れても、自分の剣でいけるかわからなかった。だがやはり、生きた肉を裂く感触ではない。奇妙だ。

 そして足元を狙うのは慣れているが、狙われるのには慣れていない。


 しまったと思ったときには遅かった。右足を強く打たれ、膝をついたところを両脚に巻きつかれた。先ほどのモーネも同じだったのに。だがわかっていたら避けきれるというものではない。

 捕まえたからには、巣穴に引きずり込もうというのか。フリッツの身体はいとも容易くずるずると穴に向かって引きずられた。剣も取り落とし、なんとか何かに引っ掛かろうともがき、踏ん張ろうと指を石畳に突き立てる。だがそれも虚しく、高速で引きずられ、石畳には指をひっかける隙間も無い。それでも何かに捕まらなければ。

 間一髪で駆けてきたモーネが根を断ち切った。フリッツの引き擦りは止まったが、身動きできないままその場に転がっている。モーネが両脇に手を差し入れ、出来る限りの速さで後退し化物との距離を取った。フリッツは慌てて両足に絡んだ根を剣と手とで取り払う。


「やっぱり無理! 無理無理無理!」


 剣を持っていなかった方、踏ん張ろうとした手の指先が摩擦で削れて血が滲んでいた。避けていたと思っていた攻撃も、実は当たっていて背中の皮が斬れていたことに今更気が付く。命中してたらと思うと、背骨や内臓に入るダメージが恐ろしい。引きずられて、身体の色々なところが削られてしまったような気がする。


「やっぱり難しい。初動を掴む前にやられてしまう」


 モーネが静かに言う。表情こそ変わらないが、フリッツには、モーネが悔しそうにしているように思えた。そして彼女の口から出てきた言葉に驚く。


「モーネ、相手の動き見てたの?」

「見ていた。いつもみんなそうしてる」


 この返しに、フリッツは舌を巻いた。

 あのモーネが。モンスターが現れれば何も考えずに突っ込んでいたモーネが。相手の様子を伺ってこちらの出方を考えようというのだ。

 自分の意志で敵を倒したいと言い。

 フリッツに協力を仰ぎ。

 相手の動きを見極めようとしている。

 一緒に旅をする前の彼女は、こうではなかった。

 だが目頭を熱くしている暇はない。モーネの変化と成長はあれど、目の前の化物を倒す突破口は見つからないのだ。

 近づくことも出来ない相手。ここからどうする。

 その時、フリッツの足元に何か転がってきた。


「うわ危ない! えっ、何これ」


 中身の入ったビンだった。それも複数。この数は、事故というより故意だ。投げつけられなかっただけ幾分かマシだが、誰かが転がしてきたのだろう。

 得体の知れない化物と戦っているのに、これではあんまりではないか。都には長く滞在していたが、命を投げ出してまで戦う義理は無いというのに。なぜ自分たちに攻撃の矛先が向くのか。触らぬ神に祟り無し、よくわからない化物相手に下手に触ってくれるなということか。

 栓の空いてしまったビン。そこからどくどくと溢れ出す、とろみのある液体。

 それは次から次へと転がってきた。それこそ、箱一つ分ぶちまけたのかと思うくらいの本数だ。広場に転がって来るたくさんのビンに、流石のモーネも困惑する。これでは足場が悪くて戦えない。

 ビンの中身を示すラベルを見て、フリッツはピンと来た。

 これが転がってきた意図はわかった。だがしかし。


「……そんなに簡単にはいかないよねえ」


 フリッツはビンを手に取り、恐る恐る化物に向かった。上手くいくか。狙いを定め、渾身の力で、投げる。だがビンは化物のかなり手前で虚しく砕け散った。


「持って」


 モーネはフリッツに大鎌を押し付けると、ビンを持ち上げ、大きく振り被って投げた。質量のあるビンは見事な放物線を描いて宙を飛ぶ。しかし化物の根に振り払われ、ビンは割れる。

 だが、それでいい。

 モーネは辺りのビンを拾い上げ、軽くスイングさせては次々と命中させていった。普段大鎌を振り回しているだけあって、やはり相当肩が強い。標的とかなり距離があるが、しっかりビンが飛んでいく。ビンにある程度重さがあることと、持って投げるのには丁度良い形状だったことも幸いした。

 フリッツは辺りを見回す。きっとこの先の「仕上げ」も何かしら飛んで来るはず。


「来た!」


 思った通り、大胆にも松明が飛んできた。燃え盛る松明はその勢いを保ったまま足元に転がって来る。


「モーネ! 火を!」


 松明を、投げる。そして狙い違わず命中した。

 ビンの中身は油だった。ラベルの表記からして食用油で、民家からか、これだけの数なら料理店か商店から持ってきたのかもしれない。一人なのか複数人か。民衆の誰かか、あるいは逃げ腰の兵士か。判らないが、モーネとフリッツの援護をしてくれるつもりなのは確かだろう。

 堂々と手助けこそ出来なくとも、応援してくれている。人と人との繋がりが希薄なこの都で、しかもこの非常時に、誰かが自分たちを見てくれている。もう少し、頑張ろうと思えた。


 炎は化物の身体を順調に伝い、炎は舐めるように広がっていく。しかしラクトスの魔法の炎とは違う。どこまで効くか。

 化物は炎に焼かれ、身を捩らせている。フリッツもモーネも、固唾を飲んで見守った。

 やがて火は、鎮った。

 ぶすぶすと燻る音、何かが焦げた嫌な匂い。そして沈黙。

 だが化物は、再びその根のような腕を大きく振り回し始めた。


「やっぱりダメか……!」

「でも少しは弱ったかもしれない。今のうちに」


 モーネは大鎌を掴み、果敢に化物との距離を詰めた。焼け焦げた根を斬るべく、刃は素早く、大きく弧を描く。息もつかせぬ流れるような鎌捌きで、鞭のように唸る根をかいくぐっては斬っていく。

 手ごたえはあった。いくつか斬り落としもした。

 だが。


「なんだろう、効いてない……」


 根は斬り落とされている。短くはなっている。だが、穴から出ている本体の動きが鈍っているわけではない。嫌な予感がする。

 モーネが斬り落とした根の一部が、フリッツに飛び掛かった。目の端でそれを捕らえたフリッツは剣の先でそれを振り払う。

 今更ながら、転がったそれに見覚えがあった。黒くて乾いているようで、生きている何か。生物なのかもわからない、木の根のような。


「これって、ティーラ=ミストの聖堂の……」


 同じだ。並んだ夥しい棺桶に這っていた、それ。でもあの時はそれと戦ったわけではなかった。あの戦いにヒントは無い。

 それにしても、これは一体何なのか。

 自分たちは、何と戦っているのか。


 嫌な胸騒ぎを覚え、フリッツは駆け出した。加勢ではなく、モーネを止めるために。

 驚くことに、モーネは襲い来る根を斬り払い、穴から出ている本体に辿り着いていた。焼かれて弱ったほとんどの根を斬り、モーネを阻むものは何もない。そのはずだった。

 が、突如。地面が波打つような感覚が走る。

 足元の確保に、一瞬視線を伏せるモーネ。そして顔を上げた、次の瞬間。


 化物の手が。

 斬り落としたはずの根がめきめきと音を立て再生していくのを見た。

 生い茂る大樹のように、それはモーネの上に黒い影を作る。

 ぬるぬると動く黒いかいなは、正面に佇む獲物を抱きしめようとしている。まるで子を抱く母のように、きつくきつく。

 再生した全ての根で、その痩身を締め上げられたら。

 フリッツは思わず腕を伸ばした。


「モーネ!」






 その刹那。

 雷鳴が轟いた。


 蒼天からの一撃。まるで化物を狙い澄ましたかのような。

 空を裂き、それは真っ直ぐに落ちてきた。天に神が居るとしたら、その神が槍を投げたら、こんなだろうか。辺りが暗くもないせいで、雷が落ちてきたのだと理解するのに時間を要す。

 とてつもないエネルギーの塊が落ちてきて、化物だけを貫く。こんな奇跡じみた所業が、出来るのは。


 「ジンノ……?」


 フリッツは呟き、空を仰いだ。天高く黒いドラゴンの小さな影が見えたような気がしたが、すぐに見失ってしまった。

 雷が効いている。

 化物から炎が上がる。今までの外から撫でていた炎とは違う。内から生まれ出た火種は燃え移り、膨れ、爆ぜ。勢いを増し、芯から根まで舐め尽くす。

 モーネは即座に体勢を立て直した。低姿勢のまま大鎌を拾い上げ、勢いを殺さず左右に大鎌を薙ぎ払う。モーネを狙った根は宙を舞い、穴から出ている本体までは一直線に道が開けた。

 大きな刃の生み出す遠心力に体重を乗せる。人が武器を扱っているそれではなく、まるで大鎌の一部のようだった。


 正面で踏み込み、大きく地を蹴り上げる。軽やかな跳躍、宙に舞う影。

 刃に体重と力と、自分の全てを、ありったけ込めて。

 重い重い大鎌の刃は、大きな美しい弧を描いた。


 振り下ろされて、空気が揺れる。砂塵が舞う。

 フリッツの足の裏に、痺れるような振動が駆け抜けた。



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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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