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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第19章
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第七話 壊死

2025年の初投稿です。相変わらずの遅筆ですが、本年もよろしくお願いいたします!!

少し前には影も形もなかったおじさんとモーネのおしゃべりを書いているの、なんだか不思議な気分です。


「モーネの無断欠勤、これで一月半か」


 処刑人の一人が呟く。椅子にもたれ、くたびれた帽子を顔に乗せて居眠りをしようとしていたケイリーは頭を掻いた。

 この陽当たりもクソもない地下の詰所は処刑人のものだが、ほとんどがならず者だった。昔は粛々と行われていた処刑も随分変わった。高齢の皇帝の頭がおかしくなりはじめてから、一部の暇を持て余した貴族が自由勝手にやるようになった。

 最初は人とモンスターを戦わせるだけで済んでいたのが、次第に似たようなモンスターでは飽きてしまい、次は人がどんどん死んでいくのが観たいと言い出した。致し方なく処刑を公開処刑にしたが、あまりの処刑の多さに囚人が不足する始末だった。おかげで役人たちは軽度の罪、時には無実の者も隙あらば捕まえて監獄に入れていると聞く。貴族の言い出すことはいつも突拍子無く、そしてとんでもない。

 だがそんなことはケイリーには関係なかった。自分の仕事は、貴族を愉しませるための娯楽を盛り上げること。上手くやれば褒美が貰え、そうでなければ知りすぎたとしていつ消されてもおかしくはない。観客が飽きないように、変化や緩急をつけて上手くやる。舞台に送り出されるのが本当の囚人かどうかなど、知ったことではない。


「家だって割れてんのになあ。なあ、連れ戻さねえのかい?」

「好きにさせてやれ、まだ子供だ」


 帽子の中でもごもご話すケイリーに、処刑人たちは異議を唱える。


「ケイリー、あいつにだけ甘くないか? おれらが無断欠勤なんかしてみろ、逃げ出したんじゃないかと追っ手を寄越すだろうが!」

「おれん時なんか、寝坊しただけで引きずり出された挙句殴られたぞ!」

「女だっていってももう十五だ。俺があれぐらいの歳には」


 ふと、場が静まり返る。

 ならず者たちにはあり得ない、軽い足音。下りてくる。

 不審に思ったケイリーが顔から帽子を外すと、そこにはモーネが立っていた。相も変わらず、何を考えているかわからない真っ黒な瞳が、真っ直ぐケイリーを見下ろしている。


「話がある」


 ケイリーはすぐに椅子から腰を上げた。煩くなりそうな外野を制する意味もあった。


「いいだろう、聞こうじゃないか。ここじゃなんだな、場所を変えるぞ」


 あっけにとられた処刑人たちをそのままに、ケイリーはモーネを連れていった。





 処刑人の詰所を抜け出し、城の敷地内を出る。

 ケイリーが連れてきたのはディングリップ城から少し離れた場所だった。広場でもなんでもなく、ただ整備された歩道と石垣とが連なっている。城へ向かう馬車だけが行き来する通りで、辺りには誰もいなかった。

 陽も暮れかけ、城の尖塔にぽつりぽつりと明かりが灯り始める。


「なんだ、少し痩せたか。ちゃんと食べてたのか?」


 ケイリーがそう言うくらいに、その時のモーネはげっそりしていた。元々細く顔色が良くなかったが、上手くいかない仕事探しと、そして役人が屋敷に押しかけてきたことが拍車をかけた。


「風の噂に聞いたぞ。駄目だったって? 仕事」


 そう問われて、モーネは静かに首を縦に振った。ケイリーの方は当然風の噂などではなく、ここしばらくのモーネの動向を調べさせていたのだったが。

 愛想よくお喋りするのも駄目。単純作業も駄目。それなら自分に何が出来るというのだろう。


「わたしには何も出来ない。何もやらせてもらえない。その上、弟まで」


 モーネが弱音を吐くのは珍しく、ケイリーは目を見張った。モーネにしてみれば弱音ではなく、事実だったのだが。

 そして弟という聞き慣れない言葉を、ケイリーは聞き逃さない。


「弟? ああ、魔力持ちの。随分昔にお前さんが突き出したんだろ? それが今更」

「逃げ出した。役人が捜して家に来た」

「……そうか、大変だったな」


 この帝国で魔力持ちがどうなるか、ケイリーも知らないわけではなかった。そして役人たちがどんな振舞をするのかも。


「どうしたらいいか、わからない」


 元々考えることが苦手な上に、誰も何も教えてはくれない。何をすべきかがわからない、どうしたいという思いもない。

 自分がこの世の中に必要とされていないのは明らかだ。もしかして、自分はこの世に生きていてはいけないのだろうか。

 ただ生きていくだけ。それがどうしようもなく困難だった。

 思いつめた様子のモーネを見、ケイリーは無精髭の残る頬を掻いた。


「ひょっとして、おれを頼って戻って来たのか?」

「相談出来る大人が他に居ない」

「ハハッ、消去法か。まあ、それもいい」


 ひどく単純シンプルな答えに、ケイリーは声を出して笑った。ケイリーは石垣に背を預け、突っ立っていたモーネもなんとなくそれに習う。


「自分が駄目なヤツだと思ってるか?」


 モーネは深く頷いた。

 ケイリーは、そうか、と呟く。


「一見したらお前のそれは社会不適合者だ。頭脳労働も単純作業も駄目。女や若さという武器も持っているのに使えない。じゃあ、何だ。お前の武器は? お前の強みは」


 モーネの頭に、大鎌が浮かんだ。自分の出来ることなど、あれしかない。だが。

 モーネの頭が垂れたのを見、ケイリーは続ける。


「世が世じゃなきゃ、お前さんはもっと違う生き方をしてただろう。女だからな、戦乱の世で重宝されるかはちょっとわからんが、例えばもっと大昔なら? まだ帝都の壁が築かれず、モンスターの脅威がもっと差し迫っていたら? その力で、お前は活躍していただろうよ。堂々と、陽のもとで。大勢に感謝されながら、満ち足りた日々を送ったかもしれない」


 地下の舞台ではなく、陽のもとで。見世物ではなく、人の役に立つために大鎌を振るう。そんな時代だったら、そんな自分だったらどんなに良かっただろう。


「だが、今は違う。社会のお前の評価は、若い女のくせに愛想笑い一つできず、料理も作れず、男を喜ばせることも出来ない。何一つ生産性のないクズだ。駄目な人間。生きていても価値が無い」


 まったくその通り過ぎて言い返す気にもならなかった。今更そんな事実で傷つくこともない。困っているのは、知りたいのはもっと根本的な部分。

 何も出来ず、何の役にも立たない自分は、この世に居ていいのだろうか。

 もしかしたら、居てはならないのかもしれない。

 もしそうだったら、どうしよう。


「でもお前は生きているから、生きなきゃならねえ。どんな手段をとってでも」


 一瞬、ケイリーは心が読めるのかと思った。驚いて、モーネは顔を上げる。

 視線の合ったケイリーは、続けた。


「お前を落伍者にしているのは社会なんだ。今の世に合っていないから、駄目なだけ。社会はそうそう変えられない。だが自分の力が最大限に発揮できる場があるなら、場所を変えてそこで生きていけばいい。普通の暮らしだけが、なにも人の生き方じゃないだろう」


 自分が悪いわけではない。世の中に合っていない、ただそれだけ。

 それはずいぶん気持ちを軽くしてくれる言葉だった。


「普通の暮らしを望むのが悪いわけじゃない。ただお前がそれを望むなら、人より多くの苦労と努力が必要だ。でももっと手っ取り早い方法がある。得意なことで食い扶持稼いで何が悪い? お前の居場所はここだ」


 弱った心に、ケイリーの言葉はよく効いた。ここに存在してもよいという肯定は居心地が良い。だがあの仕事に戻るということは、別の問題に向き合わなくてはならない。父と母に教えられてきたことと、直面している現実とが、あまりにかけ離れていて辛い。どう擦り合わせればいいのかわからない。


「ケイリーは」


 モーネは薄い唇を開いた。


「ケイリーはどうしてこの仕事をしてるの」


 年季の入った帽子を目深に被り直し、石垣に両腕を預けて暗くなった空を仰いだ。


「おれは出来るだけいい生活がしたい。旨いモン食ってイイ女抱いて、楽しく暮らしたい。人としての満ち足りた幸福ってやつを味わいたいのさ。だから遠回りはしない。今自分に出来ることで、手っ取り早く階段を上がっていきたいのさ。人として認められたいんだ」


 かなり俗っぽい答えだったが、彼らしいといえばそうだった。


「それは変。ケイリーは人なのに」

「人じゃねえよ、おれらはな。一部の人間からしちゃ、虫けらも同然だ」


 モーネにはわからなかった。ケイリーが何の仕事をしているかと問われれば、確かにいつもそのへんをふらふらしているだけだ。だが処刑人の手配や指示をしている様子はあったので、虫けらと同然と言われても、とてもそのようには思えなかった。少なくとも、誰かにぞんざいに扱われているのを見たことがない。


「与えられた仕事を成功させて、おれは人なんだって認めさせてえのよ」


 ケイリーはディングリップ城に視線を遣った。

 いったい誰に認めさせたいのだろうと、モーネは思う。


「そのためには、お前たちの力が必要不可欠だ。なあ、協力してくれるだろ?」


 モーネは口をつぐんだ。あの仕事が正しいとは到底思えなかった。これ以上、自分の気持ちに嘘をつき続けることは苦しい。ここしばらくの無断欠勤と職探しはそのためのものであったから、ケイリーの問いかけに快諾できるはずもなかった。

 ケイリーはふむ、と顎に手をやった。


「弟、家には帰ってないんだろ? じゃあまだこの都のどこかにうろついてるってことになる。自制の効かない魔力持ちが世に放たれた、これは大変なことだ」


 モーネは頷いた。ケイリーはそれを見逃さない。

 弟がどれだけ危険な存在かは、一緒に暮らしていたモーネが一番よく知っていた。あんなのを野放しにしていいはずがない。


「でもお前には捜すアテも手段もない。だから困っておれのところへ来たんだろ? 聞いて回るのなんか無理だ、お前は人と話すのが苦手だものな。なによりこの都は広い。だが、帝国のお役人様は優秀だ。その証拠に、毎日うじゃうじゃ死刑囚が湧いて出てくる」


 帝国の役人が優秀かどうかモーネには決めかねたが、確かに飽きもせず人が捕まっているのは確かだ。弟も都で逃げ回るには限界がある。自分が捜さずとも、いつかは捕まる日が来るかもしれないとは、思ってはいた。それまでに被害が出るかは別として。


「お前の弟はじき捕まる。魔力持ちは派手に暴れるらしいじゃないか、そんなのいつまでも身を隠していられるとは思えないね。捕まるのは時間の問題、となれば次にやって来るのは処刑場ってワケよ」


 モーネは顔を上げる。ケイリーの言わんとしていることが、だんだんと判ってきた。


「ここで働いていれば嫌でも罪人、死刑囚のウワサは耳にする。お前がわからなくても、おれのところにはやってくる。情報を教えてやれる、そうなれば」


 ケイリーは思わず口の端を吊り上げた。

 引き出したいのは熱意ではなく動機。必要性と正当性。

 処刑人を続けざるを得ない理由と、その利益メリットを生み出してやる。人を殺して生計を立てることが不服なら、それ以上の意義を与える。

 処刑人を続ければ、逃げた弟と再会する可能性は高い。そう言ってやれば真面目で馬鹿なモーネのことだ、仕事を続けると言うだろうと思った。

 そしてモーネの小さな口が開く。


「とどめを刺すのは、わたし」


 思わず、喉からクッと出掛かった声を押し殺した。不審に思ったモーネが覗き込むと、ケイリーは顔を逸らし、帽子を深くかぶり直した。


「……なるほど、そっちね」


 あからさまな空咳をし、喉の調子を整える。


「あー、そういうことだ。ここに留まって仕事するの、悪い話じゃないと思うぞ。給料も悪くねえし、弟の情報も手に入りやすくなる」


 モーネは考えた。

 ここにいれば、弟が生きているか否か、わかるかもしれない。あの諸悪の根源を、無に帰すことが出来るかもしれない。それを見届けられたなら、どんなに心安らぐことだろう。

 あれは生かしておいてはいけない。

 暗がりの中、モーネの目の色が変わったのを見て、ケイリーは内心ほくそ笑んだ。


「どうだ? また一緒に頑張ろうぜ」


 差し出されたケイリーの握手を、モーネは受け入れた。





 そして何人目何回目の命乞いだったか。

 幾つも罪を負った犯罪者の男だったか、酒場で盗みを働いた娼婦だったか、先の短い老人だったか、お腹の大きい女だったか、年端もゆかない少年だったか、わからない。

 彼らが本当に罪を犯したのかどうかも、わからない。何もわからないし、わかりたくもない。

 けれど大鎌を振り下ろした瞬間、音がした。

 自分の心が壊れる音。

 

 それ以降は何も感じなくなった。

 助けを乞う人の声も泣き叫ぶ顔も、何も。舞台ステージに立ち照明ライトを浴びれば、あとは動くものが無くなるまで機械的に大鎌を振り下ろす。そうすると気持ちが楽だった。安らぎこそないが、苦しみも躊躇いも無かった。

 ただ仕事をする。それだけでいい。

 何も考えない。何も感じない。

 自分は処刑人なのだから。



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