第二十話 煌めく世界
「なによ、今更顔なんか出して」
ルーウィンは言い放った。
どんなに会いたいと願っても、顔が見たいと思っても、彼が夢でその面を現すことはなかった。
二人はいつもどこかもわからない暗い場所に立っていて、向こうは顔だけが影に隠れている。こちらがどれだけ問いかけても何も言わず、頷きもしない。
あれだけ毎日眺めていた顔だった。飽きるほど見慣れた顔だった。だが、いざ思い出そうとすると詳細にはわからない。いつか忘れてしまうのではないかと怖かった。
でも今ならわかる。どうして彼が顔を見せなかったのか。ちゃんと出てきてくれなかったのか。
その答えは、自分自身の中にあった。
「心配しなくても、あんたが居なくたってなんとかやってる。生きてさえいたら、案外どうにでもなるものね」
物心ついた頃から旅人の根無し草で、旅先ではよく同世代の子どもにからかわれた。負けん気が強いので倍にして返していたが、それは同時に強がりを加速させた。弱みは見せない、自分は強い。そう言い聞かせて生きてきた。
彼を喪ってからは特に。虚勢を張っていないと生きていけなかった。
今は違う。一人で頑張らなくてもいい。
助けてくれる。なんとでもなるようになる。
「ゴルヴィルの件、ダンデラとアーティ先生のことは悪かったわ。反省してる。バカなことした、でも……」
ああするしか、自分を保っていられる方法がなかった。他にやりようなどあっただろうか。
もし時を戻せたとしても、自分は同じことをする。きっと何度でも愚かな過ちを繰り返す。こうしている今でさえ、やはりゴルヴィルは自分の手で仕留めたかったと思ってしまう。
彼の口元がようやく動いた。
「ふん、わかったようなこと言うじゃない」
声が聞こえたわけではない。でも何を伝えたいかはわかる。
お咎めがなかったのは拍子抜けだ。でも、それで許されたわけではない。ひっくり返した水は元には戻せない。自分は取り返しのつかないことをした。
「なによ、肝心な時に出てきやしないで。何一つ助けてくれなかったじゃない。今更もう遅いわよ、別にあんたなんか居なくったって……」
久々だというのに口をついて出るのは恨み言ばかり。自分にうんざりしたが、こればかりは言ってやらないと気が済まない。置いていって今までろくに顔も見せずにいたのだから。こんなふうに生きてきて、突然素直な良い子になれるはずもない。
でも。
「あんたが居なくても、あたしは大丈夫」
強がりではなく、今なら心からそう思う。
自分は自分のままだ。何があっても、どこまで行っても。
そして何も、一人きりで生きていくことはない。
彼だけで埋められていたかつての世界はすでに崩壊し始めている。あまりにも強く、居心地が良く、そして優しかった、あの世界。
その殻を破る。でも置き去りにはしない。
このまま抱えて、生きていく。
そして、踏み出すのだ。
「じゃあね。今度は声も聞かせなさいよ」
眉の奥に潜む穏やかな眼差し。日に焼けた頬。がっしりした肩と力強い腕。
懐かしい。あんなに隣にあったのに。胸が灼けるほど懐かしい。
ダンテは豪快に、そして優しく微笑んだ。ルーウィンも歯を見せて笑う。
先に、踵を返す。
ありがとう。さようなら。
大好き。
漆黒竜団は壊滅した。
首領の首も打ち取られた。玉座に収まっており、兵士の姿を見て立ち上がろうとしたところをあっさり討たれた、とのことだった。長年謎とされていた首領は、髭をたくわえた風格のある長身の男で、最期はこれといった抵抗も見せず死んでいったらしい。まるで首を差し出しているようにも見えた、との証言もあるくらいだ。
帝国出身の凶悪犯罪者でも、特権階級と繋がっている裏社会の人間でもなく、誰にも顔を知られていない男だった。
双方被害はあった。だが帝国軍が予想していたほど漆黒竜団の抵抗には手こずらなかった。奇襲の成功ももちろんだが、アーサー=ロズベラーが一度も姿を見せなかったことが大きかった。
あまりにもあっさりと終わったため、首領は影武者なのではないか、アーサー=ロズベラーが返り討ちに来るのではないかと厳重な警戒が為されたが、今のところその気配はない。
そして帝国軍が引き上げてから丸一日が経った。
「フリッツくん!」
姿を見るなり、マティオスはフリッツを抱きしめた。
身長差が頭一つ分以上あるため、フリッツの頭はすっぽりと収まってしまう。ちょっといい匂いがした。
「部下も大勢居た手前、どうしようもなくてね。昨日は事務的な対応しか出来ずにごめんよ。本当に無事で良かった。皇帝に連れ去られ、そのまま漆黒竜団にも……きみをここに連れてきたことを何度後悔すればいいんだと思ったよ」
「心配させてごめんなさい。警戒心が足りなかった、ぼくが未熟なせいだ」
引き上げてから今まで、マティオスは報告や諸々の雑務に追われてずっと城に籠りきりで、日が傾きかけてようやく帰ってきたところだった。凱旋で城がばたばたしているのをいいことに、フリッツもルーウィンも療養のためフォーゼル邸で世話になっている。
「ラクトスくんは後でおれの部屋に来ること! 勝手にジンノと交戦なんかして! みっちり説教させてもらう。今夜は寝かさないから覚悟しておくといい、お仕置きだよ」
壁際に立っていたラクトスを捕まえてマティオスは迫った。顎を掴まれ、ラクトスは抗議の声を上げる。
「なんで行かなきゃならねえんだよ! 言いたいことがあるなら今ここで言え!」
「へえ、いいの? みんなの前で? おれの本気出しても?」
ラクトスは引き上げた際すぐには合流出来なかったが、気が付いたらマティオスよりも先に邸宅に戻ってきていた。やはりジンノと戦ったようで、どうもマティオスはご立腹らしい。ただでさえ戦場でピリピリしていたのに、身内に余計な心配を増やされては腹も立つだろう。
マティオスの穏やかな表情の中に本気の怒りを感じ取って、珍しく狼狽えている。
「一番やばいのはおれじゃなくてモーネだろ! 穀潰しが無事だったからいいようなものを、荒療治にもほどがある! 下手したら死んでたかもしれねえんだぞ」
標的を変える意図があるのかないのか、ラクトスはすぐ近くに座っていたモーネを責めた。独断で本拠地に来たと聞いたときはフリッツも度肝を抜かれたので、そう言われても仕方ないのではあるが。
モーネは静かに口を開く。
「むしろ治った。フリッツも無事に戻った。それでいい」
「いいわけねえだろ! やり方が滅茶苦茶なんだよ! せめて事前に相談しろよ!」
「してたら無理だった、止められる。だから勝手にやった。あなたはなにをした」
最後の一言がとどめだった。
モーネは端的に的確に事実を述べ、ラクトスは通り魔に刺されたようにその場に崩れ落ちる。言葉を並べて打ち負かすタイプのラクトスが、モーネの短い言葉にあっさり敗北した瞬間だった。
フリッツは苦笑する。
「モーネがラクトスを言い負かしてる……」
「いやはや、こんな日が来るとはね……」
ラクトスには気の毒だが、自業自得の面も否めない。
だが、今回のモーネの無茶な行動を全て良しとしてしまうわけにもいかなかった。
「今回きみがしたことは褒められたことじゃない。目が見えない、身体も心も衰弱しきったルーウィンちゃんを連れ出したのは危険なことだ。一歩間違えたらルーウィンちゃんは今ここに居なかった。モーネの言うことももっともだ。でもやっぱり、きみは事前に相談すべきだったよ」
マティオスはモーネに向き直り、穏やかかつ冷静に言う。
だがモーネは立ち上がると、顔を逸らし、黙って階段を上がっていった。
「んだよ! まだ話は終わってねえぞ!」
「おっ、回復早いね。でもきみは自分の心配をした方がいいよラクトスくん」
「誰が何の心配をしたほうがいいのですって?」
鈴が転がるように軽やかな、しかしどこか含みのある声音と共に、ティアラが姿を現した。その瞬間、今までにない圧が場を支配する。
怒る側だったマティオスが、思わず居ずまいを正す。ティアラはいつもと変わらぬ笑顔であるはずなのだが、ちょっと怖い。
「お二人はわたくしとルーウィンさんを引き離し、フリッツさんが攫われた事実を報せなかったことを、どう償うか考えられた方がいいですよ」
その迫力に、フリッツも思わずごくりと唾を呑む。
戻ってきてすぐにティアラに再会し、ひとしきり無事を喜ばれてから知ったのだが、どうもラクトスとマティオスはフリッツが攫われた事実を彼女に報せなかったらしい。あの時のティアラは、ルーウィンの憔悴と放たれた言葉にショックを受けていて、確かに良い状態ではなかった。そこにフリッツが攫われたことまで加われば相当な精神的負担になる、という配慮だったのだが、どうにもティアラ本人は快く思っていないらしい。
「信じてもらえないかもしれないけど、ティアラちゃんに良かれと思って……」
「あなた方の良かれはわたくしの良かれとは違います。押し付けないでくださいな。それに蚊帳の外って、後からとっても傷つくんです。モーネさんにもきつく言っておかなければいけませんね」
相談しなかったモーネにもかなりご立腹の様子だ。フリッツは今回、迷惑をかけたのは違いないが、ティアラに不義理を働いたわけではないので良かったと思う。
「ティアラさん! おねえちゃん、目が開いたよー!」
チルルの声が降ってきて、ティアラは栗色の髪を翻した。
「まあ、わたくしがちょっと目を離した隙に! こうしちゃいられません!」
慌ただしくティアラが階段を駆け上ると、重々しかった空気がすっと解ける。
後には叱責されたラクトスとマティオスとが残された。
「えっと、ルーウィンの様子見に……行く?」
おずおずとフリッツが誘うと、二人は力なく頷いた。
ルーウィンが療養している部屋の扉は開け放たれていた。
寝台から身を起こし、飛びついてきたであろうチルルの頭を撫でていた。おさげ髪の小さな背中が震えているところを見ると、ティアラに報せた後泣いてしまったのかもしれない。部屋には先に待機していたミチルと先ほど上がってきたモーネ、ティアラが駆け寄って容体を診ている。
「おねえちゃん、無事でよかった……! ミチルが連れていった後、心配で心配で……」
モーネはルーウィンを漆黒竜団に連れていく際、ミチルに道案内を頼んだ。戦場に連れていくとなれば当然チルルは留守番だ。待つ方は気が気ではなかっただろう。
「本当、無事で良かったです。送り届けたらさっさと引き返してきちゃいましたからね」
「この薄情者! ミチルのバカ!」
ここでもルーウィンを連れだしたことの賛否が問われており、フリッツは内心舌を巻く。
「だって帝国が陣張ってたから巻き込まれたくなかったし。あ、マティオスさんお疲れ様です! 保護してくれてありがとうございます」
「見つけさせるよう仕向けたくせに、よく言うよ」
「すみません。あのまま一匹放っておくのは心配だったもので」
悪びれもせずミチルは小さく舌を出し、マティオスは息を吐いた。
ラクトスはいつもの調子でルーウィンに話しかける。
「おう穀潰し。調子はどうだ?」
「悪くない。あと言われついでに言うけどお腹空いたわ。何かある?」
「そうおっしゃると思って! 先ほど調理場から果物頂いてきました、どうぞ!」
先ほどまでピリピリしていた空気が嘘のようだ。目覚めたルーウィンを中心に、みんなが楽しそうにしている。久々に感じた和やかさに、思わず目の奥が熱くなる。
ふと、ルーウィンと目が合った。
フリッツを見て、薄く微笑む。
それだけで十分だった。
フリッツはマティオスの屋敷を出て、近くの広場に足を向けた。
ルーウィンはもう大丈夫だ。
自分もここに帰ってこられた。何も出来なかったけれど。
胸がいっぱいで、苦しくて苦しくて、とてもあの場には居られなかった。
日が暮れた広場には誰もいない。貴族街であるため帰りの労働者なども見かけなかった。ここなら人目を気にすることもない。
フリッツは適当なベンチに腰かけた。
そして、泣いた。
今までの不安と恐怖が溶けて、次から次へとおかしいくらいに涙が溢れた。咽から漏れる嗚咽もこらえきれない。背中を丸めて、押し寄せる感情のまま手放しに泣いた。
ルーウィンが無事だった。元に戻った。こんなに嬉しいことはない。
「なんでこんなとこで泣いてんのよ」
「うえっ?」
裏返った声で思わず仰け反る。
背後に居たのはルーウィン本人だった。起き抜けのままで、髪は背に流したまま、服も寝巻に上着を羽織ってきただけの姿だ。
よりにもよって今一番見られたくない相手に見られてしまった。
ばつが悪そうに俯いたフリッツに、ルーウィンは不満げに眉を吊り上げる。
「なによ。あたしが治って嬉しくないわけ? 声も掛けずにどこほっつき歩いてんの」
「嬉しいよ。嬉しすぎて胸が苦しくて。ちょっとすっきりしたかったというか……」
「ふーん?」
疑わしい視線を向けつつ、ルーウィンはフリッツの隣に腰かける。顔を見られたくないのであまり近づいて欲しくなかった。袖で涙を拭いつつ、赤くなった鼻をすする。
「それより、こんな暗いのに出てきちゃだめじゃないか。危ないし寒いよ」
「危なくないし寒くない」
「もう、屁理屈ばっかり……」
みんなもなぜ止めなかったのかと恨めしく思う。
静かな夕暮れだった。あまり話したい気分ではなかったが、このまま黙っていても自分の鼻水の音が響くだけだ。
「昨日の、きみのこと」
案の定、ずいぶん掠れた声が出た。
「最初は幻覚かと思ったんだ。だってあんなところに居るはずなんかないし。でも幻覚なはずなかった。ぼくの幻覚なら、あんな無茶はしないもの」
心も身体も調子の悪い人間が、どうして荒野のど真ん中にある漆黒竜団の本拠地に、しかも帝国との戦いのさなかに現れるというのだろう。最期に見た都合のいい幻覚としか思えなかった。
でも、彼女は来た。
そこまで聞いて、ルーウィンは苦笑する。
「無茶、だったわねえ」
「無茶だよ! ろくに見えもしないのにドラゴンの前に出てくるなんて」
思い返せば思い返すほど危険で、頭のおかしくなりそうな状況だ。
その無茶が服を来て歩いているような人間が、隣で澄ました顔をして座っている。
「でも助かったでしょ?」
「そうなんだけど……。あぁ、もう本当に」
自分が嫌だ。何も出来なかったばかりでなく、今回の無茶が功を奏したことでそれを助長してしまうのがもっと嫌だった。
でも自己嫌悪に陥るのは後でいい。せっかく隣に、ルーウィンがいるのだから。
「目が見えるようになって良かった。味のほうは?」
部屋から出てくる直前、ティアラが果物を差し出していたのを思い出す。ルーウィンは満面の笑みで答えた。
「ばっちり。久々に美味しかった!」
「良かった! もっとゆっくり食べてこればよかったのに……」
「まあ、ねぇ」
そうしていると数日前まであんなに元気が無かったのが嘘のようで、不思議な気持ちになる。
時間と療養が効いたのだろうか。みんなで見守っているより、一人でゆっくり休んでいた方が合っていたのか。少し寂しい気もしたが、医者が匙を投げた病を自分で回復させるなんてさすがだ。
「やっぱりルーウィンはすごいよ。自分で治しちゃうなんて」
「自分で治ってなんかいないわよ」
当然のように返されて、フリッツは目を瞬かせる。
ルーウィンは自分の手元を見つめた。
「一人で居たけど、多分、一人じゃなかった。あんたたちがしてくれたこと、ちゃんと覚えてるし」
「でも、そういうのが辛かったんじゃ……」
「そりゃ辛いと思う時もあったけど。でも、じゃあほっときゃ良かったのって話じゃない?」
「いやそうなんだけど……」
それを言うかと思ったが、今の本人だから言えるのだろう。
ルーウィンはベンチに背を預け、淡い色の空を見上げた。
「起き上がる準備はもうとっくに出来てたはずなんだけどね。また立ち上がるのがどうにもこうにも億劫で、ずっとベッドの中で消えちゃいたいと思ってた。食べるとか動くとか、今まで普通にしていたことが、なんでかたまらなく辛くて。
ダンテが死んだ後、先生のところで暮らしてたときもそうだった。あの時もしばらくずっと動けなくて。あの間ずっと先生は見守ってくれてて、何度もあたしのこと助けてくれてたんだなって」
ルーウィンの口からアーティの話が出て、フリッツはどきりとした。
ダンテの亡き後、ルーウィンの保護と介助が罪悪感からの行動だとしても。自分の命を代償にルーウィンを蘇生させたのは、間違いなくアーティ自身の強い意志だった。アーティはルーウィンを強く想っていた。そしてそれは、ルーウィンも。
ろくに言葉も交わさぬまま、アーティの命と引き換えに自分が蘇生されたと知った時、彼女はどれだけ傷つきどれほどの絶望を感じたことか。
もう二度と、アーティには会えないのに。
「消えたい死にたい、何もしたくない楽になりたいって。そればっかり思ってたけど」
それはそうだろう。辛かっただろう。言葉ではとても表せないほど。
ふと、ルーウィンの口元が緩んだ。
「でも突然モーネが来てさ。あんたが連れ去られて、生きるか死ぬかだって言われて。とるものもとってなくて、頭ぽーっとしてて全然回ってないのにさ。行くか行かないかどうするって言われたら、行くって答えてた。身体も萎えて目も見えなくて、なんにも出来ない役立たずだったのにね。でも、行って良かった。連れて行ってくれたこと、感謝してる」
結果論でしかない。それはルーウィン自身も、そしてモーネも重々わかってはいるだろう。目も見えず、筋力も衰え、弓を打つことはおろか立つことすらままならなかったルーウィンがあの混戦の戦場に居たのかと思うと、改めてぞっとする。
「とんだ荒療治だよ。もう二度としないで」
「ほんとにね。もうしない」
その一言でフリッツはほっとした。
いや、したかったのだが。何か引っ掛かりを覚え、思わず顔をしかめる。
「なによ?」
「いや……。こんなやりとり、確か前にも」
前にもこんなことがあった。
いったいこれは何度目のやり取りだろうか。
仇と思っていたカーソンを捜し、一人でパーティを出て行ってしまった時。ゴルヴィルを倒すために、マティオスの指金で漆黒竜団本部へ行ってしまった時。フリッツを置いて、ダンデラを追いかけサルマの本拠地へ向かった時。
隣に座っているのは、とんだ約束破りの嘘つきだった。
フリッツは小さくため息を吐く。
「きみはすぐ約束を破る。きっとこの先何度も。自分を大切になんかしないし、絶対に無茶をする。ぼくの言うことなんか聞きやしない」
その度に心配して、自分は心をすり減らす。結局何一つ手助け出来ず力にもなれず右往左往して、自分の無力さをこれでもかと突きつけられる。自分が嫌になる。
そして、別にすり減らせばいいか、と思う。
「だからちゃんと見てるよ。きみが勝手にどこかへ行かないように」
もう離れたくない。手の届くところに居て欲しい。失う恐怖が過ぎ去った後となっては、フリッツに強く残っているのはその想いだった。
一緒に居ても、腹が立ったりはらはらしたりすることばかりかもしれない。命がいくつあっても足りないかもしれない。
それでも、一緒に居たい。
「それはうざいし、普通にきもい」
「そんなの知らない。ぼくもきみの言うことは聞かないよ。今更約束が守れるようになるだなんて思ってないしね」
棘のある言葉を返されても、今は特段なんとも思わなかった。だって彼女は隣に居るのだから。何を言われたって構わない。
ルーウィンは微妙な顔をしてしばし黙り込んだ。
「なによ。怒ってるの?」
「ううん? 怒ってないよ、なんで?」
「なんか……また面倒くさくなってない?」
たじたじとするルーウィンにフリッツは首を傾げる。まだ本調子ではないのだろうかと心配になった。
ルーウィンは身震いし、指先に息を吐きかけた。白くなって空に昇る。身体を冷やしてはいけないと、フリッツは立ち上がった。
「そろそろ戻ろうか」
「先生に貰った命、正直迷惑だと思ってたけど。でもやっぱりあたしはこれからも無茶するし、きっと変われない。あたしはずっとあたしのままだ。こればっかは死んでも治らなかったな」
珍しくしおらしい物言いだ。さっきはちょっときつい言い方をしてしまったかもしれない。けれど撤回してしまうわけにはいかず、思ったありのままを答える。
「ルーウィンがルーウィンのままで戻ってきてくれて、本当に嬉しい。でも、二度と死なないで」
言葉に出したら駄目だった。また泣いてしまいそうになる。
顔を上げたルーウィンは目を瞬かせた。
「それは無理。いつかは死ぬわよ」
「じゃあぼくの後にして」
暗くなった街に、ぽつりぽつりと灯りが灯る。
人の暮らしの数だけそれは増え、やがて眼下にいくつもの星が光った。
この国に来て良いことなど一つもないと思っていたが、今目にしている景色は驚くほど美しい。夜の帳は汚れを覆い、あたたかな輝きばかりが目に入る。
服の裾を引っ張られ、目で訴えられるままに座り直す。立ち上がれないのかと心配したが、どうもそうではないらしい。
そっと差し出された手を、抗う術もなく握りしめる。細く冷え切った指先に、自分の温度が少しでも届けられるように。
そうしてしばらく座ったままで、肩を並べて、お互い何も言わずに夜の街並みを眺め続ける。
世界は、煌めいた。
第18章、お読みいただきありがとうございました!!
い、いかがでしたか? 最近こればっかりだな……。
これで晴れてルーウィンは自由です。復讐でしか救われない心もあると思うので全然反対ではないですが、どうかそのときは慎重かつ狡猾に。
あと彼女の回復についてですが、心を病んでしまったらこんなふうに荒療治で治ったりはしません。適切な治療法と年月と周囲の支えが必要かと思います。この話はフィクションかつファンタジーですので、そこはどうかよろしくお願いいたします。
危ないところに連れて行ってはいけません! ダメ、絶対!!
ルーウィンがしくじってしまうのはかなり昔に、フリッツが攫われてしまうのはちょっと前に決まっていましたが、まさかそれを同じ章でやるなんて思いもしなかったし、解決のきっかけがモーネだとも思っていませんでした。書いてみないと物語は動かないのだなあ、としみじみ思います。
あと3章ほどで終わりたいです。でも次章は全然流れが決まっていません、今までで一番何も思いついてないです! ああどうしましょう……。
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もちろん評価、感想も引き続きお待ちしております!(欲張りめ!)
長らく貴重なお時間を頂いております。次章もお付き合いいただければ幸いです。
今章もお読みいただき、大変ありがとうございました!!




