第三話 白の街の現状
【第3章】
【第三話 白の街の現状】
商店で、ルダは派手な色のストールを買って、尼の頭巾と取り替えた。頭に巻くと、とても聖職者には見えなくなった。近くでよくよく顔を見なければ、すぐにばれてしまうようなことはないだろう。
パーリアの街並みは美しく、賑やかだった。
広場には細緻な彫刻を施した白い噴水があり、周りでは子供たちがきゃあきゃあ言いながら水遊びをしている。噴水の中には、こういった場の例にも漏れずたくさんのコインが投げ込まれている。
天気が良いため、青い空と白の街とのコントラストが美しい。白を基調とした街並みに、色とりどりの布を屋根にした露天が並んでいる。それも雑然としたものではなく、きちんと計算され余裕を持って並べられていた。
先ほどまでは沈痛な面持ちで話をしていたルダだったが、街に出ると、彼女の顔はまるで宝物を見つけたと言わんばかりに輝いた。辺りを物珍しそうに眺めては首をきょろきょろさせている。
フリッツの視線に気がついて、ルダは顔を赤らめた。
「すみません。皆さんに大変なことをお願いしているのに、わたくしったら、つい。不謹慎でしたわ。以後気をつけます」
「大丈夫だよ。ただ、本当に街に出て来られなかったんだなあと思って。この機会に色々見たらいいよ」
「そうですわね。これも社会勉強、見聞を広げるためですもの」
そうして見ていると、ルダは本当に外に出ていないのだということがわかった。長い間、尼の修行に打ち込んでいたのだろう。この街に来るのが初めてのフリッツは、景観や市場の様子に目移りするのも頷ける。しかしルダは、その田舎者のフリッツを超える勢いだった。
商店や露天の間を行き来していると、フリッツは見たことのある顔を見つけてあっと声を上げた。
「こんにちは、みなさん。予想していた以上に早くお会いできましたね」
「……」
人のよさそうな笑みを浮かべて手を振っていたのは、自称行商人のミチルだった。声を出さないが、妹のチルルも兄の後ろにくっついている。
二人とはつい最近、街道の途中で出会ったばかりだった。まだ年端も行かない子供だが、こう見えても立派な商人だと本人は言う。妹のチルルはルーウィンの姿を見つけると一目散に駆け寄った。ルーウィンはチルルにかなり気に入られたようだった。
「きみたちもここに来てたんだね。パタ坊は街の外で留守番かな」
「……」
チルルが黙って頷き、ミチルが答えた。
「このあたりで一番大きな街ですから。巡礼の街道は安全ですし、仕入れも兼ねて。パーリアのお守りを大量に買っていこうかと」
そこへルダが顔を覗かせた。
「パーリアのお守りはよく効きますものね。聖水で清めた大理石の台座で、新月から満月までの月の光を浴びせ、神官の祈祷もされていますから」
「パーリアの尼さんですね。初めまして」
ミチルの露店に限らず、店にはありとあらゆるものが並んでいた。三つの円を重ねたパーリア神のシンボルペンダントに、教会認定の護符、お守りやペナント、謎の置物まである。パーリアの聖水で作ったソーダが、きらきら光るビンに詰められ売られている。
「ねえミチル、あんた商人なんでしょ。あそこに売られてる守護鉱石ってどう思う? 安いから、本物だったら買おうかと思って」
ルーウィンが指差す先には、様々な石を売る店があった。色とりどりのパワーストーンや水晶をはじめ、守護鉱石の結晶が並べられている。守護鉱石とは退魔の力を宿すといわれる石で、モンスターを遠ざける効果があると言われている。魔を遠ざける銀や、伝説のミスリル以上にこの大陸では重宝されている物質だ。
ミチルは遠目に守護鉱石の値段を確かめると、首を横に振った。
「守護鉱石がこんなに格安で買えるわけがありません。ちゃんとした宝飾店ならともかく、こういった露天商のものはほとんどが力を持たない屑物だと思いますよ」
「あら、どうしてそのようなことが言い切れますの?」
それを聞いてルダは少しむきになった。
パーリアのお膝元では、本物が売られていると信じているのだろう。
「見てください、石が半透明でしょう? より効力を発揮するものはもっと深く濁っているんです。本物はもっと白濁色をしているんですよ」
それを聞いて、ルダは驚いて声を上げた。
「では、さっそく責任者の方にお話しなければ。お客さんに偽って売ってしまうのはよろしくないですわ」
さっそく店に交渉しようと進みだすルダに、フリッツは驚く。
「ええ! ちょっと待ってよ、ルダ」
なんとか腕を掴んで、行ってしまいそうになるのを食い止めた。しぶしぶ戻ってきたルダに向かって、ミチルは困ったような顔をした。
「フリッツさんの言うとおりです。本物しか扱わない、そんなことでは商売が成り立たなくなってしまいます。理想論もいきすぎると、ただのきれいごとでしかありませんよ。消毒した水に魚が住めないのと同じです。実は混沌とした市場だからこそ、ぼくら商人はこうしてご飯が食べられるんですよ」
なぜ本物でないものを本物でないと公言してはいけないのか。ルダはわからず、小首をかしげた。
そんな様子のルダに、ミチルは言った。
「最近は行商人の規制も緩和され、このパーリアはより豊かになりました。商人の行き来も頻繁になりましたし、巡礼者の方も増えて、以前より活気が溢れる街になったと思いますよ。まあその分、バッタモノも増えつつあるようですが」
それはあくまでミチルの一個人の意見だった。商人であるミチルにとっては、パーリアのこの状況は悪くないものであり、むしろやりやすくなったと感じている。
しかしルダは、寂しいような不安なような、なんともいえない表情を浮かべた。フリッツはそれを見てしまい、少し心配になってルダの顔を覗きこむ。気づいたルダは力なく微笑むと、無理やりに笑顔を作った。
三人はミチルとチルルと別れ、賑わう市場を後にした。先ほどの守護鉱石の一件で、ルダは少し元気がなくなってしまった様子だった。
ルーウィンは空になった聖水サイダーのビンの中のガラス玉をカラカラいわせた。
「あらら。お嬢さん、へこんでるわね」
「そうだね。ブルーアが実権を握っている今でも、みんなは何も変わらず過ごしているんだもんね。それどころか、ミチルは今のほうがやりやすいって言ってるくらいだし」
これから倒そうとしているブルーアの行いは、もしかしたら他者にとっては恵みを与えているものなのかもしれない。
現教皇やその娘に向けられた敵意は、彼のやり方を実現するために仕方なく行われた例外であるかもしれない。自分はこのまま儀式の妨害を続けてもいいのだろうか。おそらくルダはそのようなことを考えているのだろう。
「本当のところはどうなのかしらね。まあ、あたしたちはあの娘に雇われてるんだし、あの娘を満足させられるように動けばいいの。余計な心配はしなくていいわ」
ルーウィンは空になったビンをゴミ箱に投げ入れた。
「で、ところであの娘は?」
ルーウィンがなんでもないように言う。
二人が目を離した隙に、ルダはその場からいなくなっていた。フリッツが慌てて辺りを見回すと、大聖堂に吸い込まれるようにして消えていくルダが見えた。
「相手の懐に飛び込んじゃうよ! ルーウィン、追おう」
フリッツは急いでルダの後を追った。
意外にも灯台下暗しで、聖堂の中には僧兵はいなかった。何人かの神官は待機しているが、彼らもそれぞれ祈りを捧げており、ルダに気がつくものはいなかった。頭に巻いている派手なストールが目立ちはするが、逆に彼女をルダであると悟らせないようにしていた。
大聖堂は塔が横に五つ並べられたような建築物だった。
小さい方を左手にして、右手に向かうにつれだんだんと塔は高くなる。しかし実際中に入ってみると、円柱が並べられている感覚はなく、天井の高い荘厳な大聖堂が二人を向かえた。入り口は一階分の高さだが、奥に進むにつれ二階分、三階分、四階分と次第に天井が高くなるのだ。
真ん中と両端にはまっすぐな通路があり、年季の入った長いすがいくつも並んでいる。奥にはパイプオルガンと、色とりどりのガラスで創られた美しいステンドグラスがあった。
ステンドグラスは、そのガラス越しに色づいた柔らかな日差しを聖堂の中に落としている。
中心に大きな円を描いたものがあり、その両端に少し小ぶりな円がある。中心のステンドグラスは、女神パーリアの偶像だった。外側に円、その内側に三つの円を背景に、勝利の女神パーリアは人々に優しく微笑みかけている。
フリッツにとっては、初めて経験する厳かな空気だった。その神々しさに息を呑み、美しさにため息が漏れる。人々は思い思いに椅子に腰掛け、それぞれが両手を合わせて祈りを捧げていた。
フリッツがぼうっと立ち尽くしていると、小さな女の子がやってきた。
「あなた、旅の人ね。いいこと教えてあげるわ。ここの教会の窓、四つ色が使われているでしょ。赤は愛、青は勇気、緑は希望を表しているの。そしてそれらをぐるっと囲んでいる白い円が、パーリア様の御心よ」
フリッツにそう言い聞かせた少女は、誇らしそうに胸を張った。いつのまにか隣にルダが立っていて、少女に向かって微笑んだ。
「あなた、よくお勉強なさっているのですね。あなたにパーリア様のご加護がありますように」
ルダは嬉しそうにし、少女の目線に合わせるためにしゃがみこんだ。
「ありがとう。あなたにも」
少女も微笑むと母親の元へと戻っていった。その様子を見つめていたルダは、しばし物思いにふけっているようだった。
「ずいぶんたくさん人が居るのね」
ルーウィンがルダに言った。ルダは首を横に振る。
「それでも、聖堂で真摯に祈りを捧げる信者の方は年々減っています。街を訪れる方は増えていますけれども」
そうは言っても、その場に居る人々は皆真剣に祈りを捧げている。かつてのパーリアを知らないフリッツたちには、とても信者が減ってしまったようには思えなかった。
パーリアのシンボルペンダントを握って祈る者、ステンドグラスの女神を見つめる者、両手を合わせて女神を称える詩を呟く者。
「皆さん、大変熱心でいらっしゃいます。だからこそ、真実を告げるのは酷なのですわ」
ルダはぽつりと呟いた。
「さあ、そろそろ良い頃合です。聖水を護りに参りましょう。参道はここからすぐ行った先にあります」
ルダがそう言い、フリッツとルーウィンは頷く。
敬虔な信者であり依頼主であるルダと、一冒険者であるだけのフリッツとルーウィンとの間には、確かな温度差があった。しかし今は、ルダの依頼をこなすより他ない。
フリッツは「天まで届けわたしの願いパフェ」をぺろりとたいらげてしまったルーウィンを、少し恨めしく思った。




