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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第16章 再び、北へ
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(前編)第六話 異なる流派


 森に朝の日が差し込む。

 泊めてもらった恩返しにフリッツたちは薪をひたすら切っていた。鍛冶の仕事というのは火を使うため、薪はいくらあってもいいということだった。

 息を吸いこむと腐葉土の、森独特の土の甘い香りがする。まだ肌寒さが残るが、それもしっかり働いていればすぐに身体は暖かくなる。フリッツなど少し額が汗ばんでいた。

 しかしそこまで作業に励むには理由がある。


「人の剣借りておいて、しかも三人も居て誰一人気づかず外に置きっぱなしにするってどういうこと?」


 パコーン、と良い音を立てて木が割れる。色々と不器用なフリッツだが、幼い頃からこなしている薪割りなどの作業はさすがに手早い。景気よく割れていく薪の傍らで、ミチルは珍しくしょんぼりと肩を落としていた。


「ぼくがいけなかったんです。大事な剣をお返しもせずに、朝までそのまま放置するなんてどうかしています。あぁ、自分が情けない……」

「おれもついていながら、恥ずかしいよ。フリッツくん、本当にごめん」

「だからさっきから謝ってるじゃない。あんたも朝までまったく気づかなかったくせに、いつまでもネチネチうるさいわよ。錆びつきなんとかのせいじゃないの?」

「ミチルとマティオスからしか誠意が伝わって来ないなあ」


 唇をとがらせながらフリッツは次の木片を手に取った。


「それにしても、昨日きみたちが薪割りしたはずなのに随分残ってるんだね」

「はいはい、だからさぼって悪かったわ。わかったから、これ見よがしにパッカンパッカン切るのやめなさいよ」


 素直に謝ってこそいないが、ルーウィンはなんだかんだせっせとフリッツの作った薪を集めている。言葉での謝罪こそないが、要は行動で示そうということらしい。


「モーネも、そこの山終わったらちょっと休憩にしようね」

「わかった」


 モーネは脇目もふらず薪を量産し続けていた。返事があるのは良い傾向だ。


「そういえばラクトスとティアラはどうしたの?」

「なんかすごい早くに連れ立って行ったよ。夕方までには戻るって。ねえ、デートだと思うかい?」

「そんなわけないでしょバカじゃないの」


 作業をしながらの、なんということもない掛け合い。

 ビリーの手が止まっているのに気が付き、フリッツは首を傾げた。


「どうしたのビリー?」

「いや、お前案外薪割りの手際いいな」

「だって師匠のところでずっとやってたし」

「なんだよ、剣の修行しに行ってたんじゃなかったのかよ」


 それもそうだとフリッツは苦笑する。


「それもちゃんとしてたよ。あ、でも屋根の修繕とかは未だに苦労するね。高いところは苦手なままだよ」

「そういや思ってたんだけどよ。お前んちとかアーサーってロズベラー流だよな? なんでお前はアーノルド流なんだ? その剣、アーノルド流のだろ」


 ぎくり、とフリッツの肩が動く。ビリーもさすがに武器職人に弟子入りしているだけのことはあった。マティオスが何気なく同意する。


「ああ、おれもそれは思ってたよ。アーサー=ロズベラーとフリッツくんの流派が違うなって」

「でも兄弟で流派違うのがそんなにおかしいですか?」

「だってこいつの親父さん、ロズベラー流の分家なんだ。若い頃病気がちだったみたいで跡こそ継がなかったものの、腕はなかなかだって聞いてたから。子供に教えるなら当然自分の流派教えるだろ? でも今フリッツが持ってるのはアーノルド流の剣だよな」


 現在主流のロズベラー流は比較的剣が長く大きく作られており、派手な動きと重い攻撃が特徴だ。当然、試合などではロズベラー流が映える。今主流であるのはその理由が大きかった。

 一方、アーノルド流はというと一昔前のものだ。剣は小振りで、戦い方も相手の懐に飛び込んでいくようなものが多い。アーノルド流は衰退の一途をたどっており、この流派を知っている若者はだいたい自身の祖父や近所の老人から教わっていることが多い。

 昨今の剣の修練所はどこもロズベラー流ばかりで、アーノルド流を教えるところはほとんど無かった。


「……笑わない?」

「なにが?」


 言葉をルーウィンに拾われ、フリッツの視線はバツが悪そうに宙をさ迷った。


「ぼく、知らずに師匠についていったんだ。流派、違うこと」


 やや沈黙があった。近くの木から鳥が飛び去った羽音がやけに響く。

 言い切ってから恥ずかしさに耐えきれず、フリッツは顔を真っ赤にしてうつ向いた。それとほぼ同時にビリーが大声で笑いだす。


「おいおい、そうだったのか! おかしいと思ったんだよ。だってお前もおれたちに混ざってロズベラー流やってたもんなあ! いつも負かされて泣いてたけど」

「もう、それは言わないでよ!」


 真っ赤になったままのフリッツに、ミチルが尋ねた。


「まったく聞かされてなかったんですか?」

「五つ六つくらいの時だったし、もしかしたら言われたかもしれないけど、わかってなかったんだろうね……」

「しかしロズベラー流の家の子供を別流派に、って。フリッツくんの師匠もまた突飛なことを思いつくね」


 ミチルもマティオスも小馬鹿にするようなことはなく、流派についてもさして思うところはないようだ。

 しかしルーウィンだけはまっすぐにフリッツを見た。その視線の強さに、思わずフリッツはたじろぐ。


「流派が違うって気づいてあんたは、それで良かったの?」

「……気づいたのは、多分弟子入りして半年後くらいだったと思う。フラン村のギルドにお使いに行ったときに、マスターに言われて初めて師匠の流派を知って。なんか変だなあとは思ってたんだけど」


 流派と言っても基本は同じだ。ロズベラー流も、元々はアーノルド流から派生している。修練を進めるうちに違和感を覚えたが、教える人間が違うせいだろうと思っていた。そもそも当時のフリッツは流派というものをよく理解しておらず、父の剣術は何かと問われればロズベラーと答えるが、まさかそれ以外の流派が存在していようなどとは思ってもみなかった。

 実際、別流派を習得しようとしていることに気づいてからは子供ながらに迷いも生まれた。ロズベラー流を忘れまいとして夜にこっそり剣を振り、それがなかなか上達しなかった原因にもなったのだが。


「直そうと思えば直せたでしょ。まだ小さいし、別流派って言っても剣術は剣術。まったく違うものじゃない」

「そうなんだけど、でも戻したところで……」


 フリッツは言い淀む。言わんとしていることがわかり、ルーウィンは口をつぐんだ。

 流派が違う。フリッツ本人にきちんと知らせず、別流派を習得させる。

 おそらくこのマルクスの所業の意味を理解しているのは、この場でルーウィンただ一人だった。フリッツがどういう生い立ちで、どういう思いを抱えて剣術に打ち込んできたか、それを察することが出来るのは最初から共に旅をしてきた彼女だけだ。

 あの父とあの兄と、別の流派を習得する。あの家で。あの家族の中で。

 その意味するところは、つまり。

 ルーウィンは険しい顔でフリッツに詰め寄った。あまりの剣幕に、事情を理解しきれていないマティオスやミチルは驚きつつも事の成り行きを見ているしかない。


「マルクス師のこと、どう思ってるの?」


 最初は自分の不甲斐なさを怒っているのだと思っていたが、次第にルーウィンが腹を立てているのはマルクスの方だとわかった。ほっとしつつも慌ててフォローの言葉を探す。


「その時は腹も立ったけど、もういいかな。師匠は一生懸命ぼくに稽古をつけてくれたし、あんな変な人だけど師匠のことは好きなんだ。でも……漬物石の修行させられた本当の意味を知った時は、けっこう怒った」

「漬物石? なんで?」


 顔が近い。今度は純粋な問いに、フリッツはまたしどろもどろになる。


「アーノルド流の全盛期って、まだ南大陸でよく小競り合いが起きたり街道が出来る前で。治安も悪くて流通が発達してなかったから、みんな今より一回り小柄だったらしいんだ。だからその、剣も技も小さい人向けっていうか小さいほうが小回り効いて有利らしいというか。その……ぼくの背を抑えるために、頭に漬物石乗っけてひたすらバランスとるって謎の修行が」


 奇妙な間が空く。

 ぷっと噴き出し、ルーウィンは小さく笑った。


「ばかね」

「本当にね。子供でも、もっと早く気が付くよねえ」


 ルーウィンの表情が緩んで、安堵からフリッツも微笑んだ。一気に場の空気が柔らかくなり、マティオスとミチルは一様ににこにこしている。

 そこでビリーがこれ見よがしに咳払いした。


「で、どうしてお前がアーノルド流の爺さんに引き取られる運びになったんだ?」


 尋ねられて、フリッツはビリーに向き直った。


「それがよくわからないんだけど。多分師匠は、最初ぼくじゃなくて兄さんを見に来てたんだ、と思う。うちの両親が兄さんを手放そうとしなかったから、それでかなって」

「いやいや! お前とアーサーじゃ石ころと宝珠ほど違いがあるぜ! アーサーだめだったからって代わりにフリッツ引き取るか? 代わりになんかなりっこねえよ!」

「まあ、そうなんだけどね」


 最早言われ慣れていることなので、ビリーの言葉に苛立ちも傷つくこともなかった。アーサーとフリッツが似ても似つかぬのは今に始まったことではない。物を落とせば下に落ちるくらいには当然のことだ。

 そこへマティオスが割って入る。


「いやいや、ビリーくん。フリッツくんがアーサー=ロズベラーの代わりになんてならなくて当然さ。だって、このフリッツくんに代わる人物はこの世のどこを探したって居ないんだからね」


 なにを言いだすのかと、フリッツはぎょっとしてマティオスを見た。ビリーは面白そうな顔で腕を組む。


「お兄さん言うねぇ。じゃあ、どのへんっすか? そこまで力強く言える根拠は?」

「剣の腕も物凄く立つし、頼り甲斐がある。なにより人柄かな。フリッツくんと一緒だったら、おれはどこまででも旅が出来るよ。この世の最果てまで行ってもいいね。もし決死の状況に陥って、背中を預けて戦うならおれはフリッツくんがいい」

「ぼくもです。フリッツさんじゃなかったら、チルルとパタ坊を置いてまで来てませんし。もちろんティアラさんもそうでしょうし、ラクトスさんなんか絶対言わないけどあの人フリッツさん相当好きですよ」


 モーネの視線が刺さり、ルーウィンは不快そうに眉根を寄せる。


「なによ?」

「言わないの」

「なにをよ?」


 そのやりとりには気が付かず、フリッツは照れ臭さに再び顔を赤らめた。


「みんな言い過ぎだよ。だいたい、みんなはちゃんとしてるのに、ふらふらしてるのはぼくだけで」

「なんだかんだでいつもこの先のこと考えてるじゃないですか。いいんですよ、たまにはそういう時があっても」

「そうそう。要は命を落とさなきゃいいだけの話なんだからね、ゆっくり迷ったらいいさ」


 にこにこと微笑まれて、フリッツはくすぐったいようないたたまれないような気持になった。腑に落ちないビリーだけが歯に物の挟まったような顔をしている。


「なんか、お前やけに甘やかされてねえ?」

「甘やかせる時に甘やかしているだけさ」


 マティオスはビリーに向かって片目を瞑って見せた。





 大量の薪を捌き終え、それを薪置き場に積み上げる作業があるというのでフリッツはそれに付き合った。他のみんなはその場でくつろいでおり、今はフリッツとビリーだけが動いている。


「お前、しばらく見ないうちにずいぶんモテてんのな」


 ビリーにおもむろに言われて、フリッツはすかさず首を横に振った。


「違うよ、そんなんじゃないって」

「小さい頃のお前はさ」


 薪を積み上げながら、ビリーは続ける。


「あのすごいアーサーの弟なのにまったく似てなくて、いつも人の顔色ちらちら窺ってばっかりだった。オドオドしてて、ちょっとつついたり何か言ってやるだけでビービー泣いて。お前のこと、嫌いなわけじゃなかったんだぜ? でもさ、なんか対等に相手するのがばかばかしいっていうのかな。遊びの仲間に入れてやらないことはないんだけど、一対一で同じようにするのが嫌っつうか、なんだかなぁって。お前と二人で遊ぶのはつまんないし、なんかだっせぇなあって。わかるか?」


 フリッツは薪を抱えたままきょとんとした。

 小さい頃の自分はそんな様子だったのかと思ったし、そんな風に思われていたのだと初めて知った。特に大きな落胆は無く、やっぱりな、という妙な納得の方が勝っていた。道理で自分には友達と呼べる友達が居なかったわけだ。そしてこれはあくまでビリーの主観だが、おそらくカヌレの村人のほとんどがそう思っていただろう。


「わかるような、わからないような。今知ったというか、なんとなく感づいていたような」

「お前本人だしな、わかんねぇと思うわ。まぁ、悪い言い方したら下に見てたんだよ」


 対等の扱いではないというのはわかっていた。それが嫌で悲しくてべそをかいていたこともあったが、いつしかその扱いにも慣れ、その役回りでいいとも思っていたし諦めていた。

 カヌレ村では虐められていたわけでも無視されていたわけでもないが、せっかく遊びに入れてもらっても自分の不器用さで相手の機嫌を損ねてしまうことがしょっちゅうだった。最終的に泣きながら帰ったり、置いていかれたりというのは日常茶飯事。それでも要領の悪い自分が悪いと言われてきたし、事実そうだから仕方ない。


「でも今は違うんだよな。お前と話しててもいいかなって思うんだ。なんか、割と楽しいぜ」


 フリッツが見返したのに気づき、ビリーは照れ臭そうに鼻の下を指でこする。


「昼間のやりとり見てて思ったんだよ。あの人たちとの関係性は、お前が自分の力で築いて、勝ち取ってきた繋がりなんだなって。正直、羨ましいと思った。お前が機嫌悪くするのも堂々と相手に文句言うのも初めて見たし、それにちゃんと向こうが謝ってるのとか、なんか見てて新鮮で。お前がカヌレ出てって十年だもんな、そりゃ変わるよな。いつまでも泣き虫フリッツのままなわけないもんな」


 ビリーが照れ臭そうにしながらもわざわざ伝えてくれたことが、フリッツには嬉しかった。

 正直、昔と比べて自分が良くなったのか悪くなったのかはわからない。けれどみんなとの繋がりは、どう転んだって良いものに決まっている。


「ビリーは変わらないね。良くも悪くも」

「えぇ? こんなイカしたファッションしてて何も変わらないはないだろうよ」

「いや、外見はそうだけど。昔と変わらないのも、なんかほっとするよ」


 なんだかカヌレに帰ったような気になる。

 実際に戻るとなれば酷く重苦しい気持ちになるのだろうが、ビリーと話している分にはそんなことはない。こうして懐かしい気持ちになれるなら、フランで過ごしたわずかな幼少期もそんなに捨てたものではなかったのかもしれないと思えた。


「おれはまだまだこれからの男だからな! 見てろよ、そのうち七変化すっから」

「なにそれ」


 フリッツは笑った。

 故郷に居たままだったら。みんなと旅していなかったら。こんなふうに昔馴染みと話せるようになっていなかったかもしれない。

 その根底には、自分を一人の弟子として、一人の人間として向き合ってくれたマルクスの存在があった。そしてここに来てマルクス=アーノルドという人物の謎が深まり、煙にまかれたようにわからなくなってしまいつつある。

 フリッツは、遠く一人で暮らすマルクスを思った。



最初の方で剣をかなり長めな感じに書いてところがありまして……。設定が甘かったなあと反省しています。

あと、アーサー=ロズベラーであることは書きまくっていますが、実はフリッツ=ロズベラーであることに気が付いていらっしゃる方は何人居るのだろうと遠い目をしながら書いています。

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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
― 新着の感想 ―
[良い点]  この話結構好きなんよー  マティオスとミチルの言い返し、10回は読んだ(笑)  確かに今のアーサー兄さんに背中任せてたら、やられる心配はないですが、いつか斬られるんじゃないかって、不安…
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