(前編)第四話 伝説の鉱物
「ガーディウムって、あのガーディウムですか!」
ミチルは興奮のあまり声を荒げた。
しかし、残念ながら他にその名前にピンと来る者はいなかった。突然出てきた新しい単語に怪訝な顔をするばかりだ。鍛冶屋見習いであるビリーすら頭に疑問符を浮かべている。
「あれだろ。命の聖杯とか不死鳥の羽衣とか、あの手のおとぎ話だろ。精錬不可能な幻の金属。今時アホな魔法使いでもそんなんやってる奴いねえよ」
唯一知っているらしいラクトスの反応がこれだ。
「なんだかそのまんまな名前ね。もうちょっと他になかったのかしら」
ルーウィンの指摘はもっともだ。ガーディアナイトからのガーディウム。安直すぎる。
ミチルはなんとかこの感動をみんなに伝えたいらしかった。
「守護鉱石からモンスターを寄せ付けない、モンスターに有効な成分だけを抽出して精錬される金属です。この成分の抽出が難しいのなんのって、融点がものすごく高いのかいくら熱しても上手く分離せず、薬品での分離もダメで……ってみなさん、なんですかその顔は」
「ごめん、よくわからなくて……」
フリッツは申し訳なさそうに苦笑する。興奮冷めやらぬミチルの代わりに、ピエールが説明を買って出た。
「まず他の金属で説明しましょうか。例えば、身近にある鉄。鉄を作るには、鉄鉱石から鉄に使われる成分だけを取り出して加工するのよ。つまり石からお目当ての金属成分だけを抽出するのね。ガーディウムもそれと同じこと。でもその成分の抽出がとっても難しいってコト。おわかり?」
「そんな難しいことをせず、切り出した守護鉱石で武器を作るわけにはいかないのですか?」
控えめに手を挙げたティアラに、ミチルが嬉々と反応した。
「出来なくはないです。ただ石と金属とでは、強度が圧倒的に違います。石は様々なもので構成されている不純物で、成分同士の結びつきが弱いから崩れやすい。一方金属は高い純度の成分で錬成している、だから強く壊れにくい」
「原始的な時代には石を道具にして石の武器で戦っていたでしょ。でも、それだけじゃここまでにはならなかった。金属を生み出したことで人の未来は飛躍的に開けたわ、金属の登場によって人の歴史は変わったの」
フリッツはテーブルに置かれたマルクスの剣に目を落とした。
モンスターに石器で戦いを挑んでいた時代があったのだろうか。武器や剣など当たり前にあるものだと思っていたが、こう説明されると人々が時代と共に積み重ねた知恵と技術との賜物なのだと思えて感慨深い。
「先ほども少し触れましたが、金属を生成するには熱や薬品などで分解する方法があります。このガーディウムが幻と言われる所以は成分の分離抽出がとても難しいためで、歴史上の成功例は無いと言われてきました。ですから金属として精錬するのを諦め、純度の高い良質な守護鉱石を摂って加工する、それをお守りにするくらいにしか出来なかったんです。でもまさか、それが成功していたなんて!」
ここまで話を聞いて、やっとガーディウムとやらの凄さが一同にもわかってきた。
「でもね、生成が叶ったとしても、ガーディウムで造られた剣は長らく想像上の産物でしかないと言われていたわ。なぜだかわかる?」
ピエールの問いかけに、ラクトスが頬杖をつく。
「モンスターが寄り付かないからだろ」
「正解よ。守護鉱石はモンスターを遠ざける聖なる石。その理由はモンスターが嫌う成分が含まれているからだと言われていて、それを凝縮させたのがガーディウム。つまりどれほどガーディウムがモンスターに有効でも、それをもって討伐するのは難しいというわけね。近づけなきゃ意味がないんだから」
「そのためのステインなんだよな? モンスターに気取られないよう」
「んもう、大正解よっ!」
錆び付き呪文にまったく気づけなかったことに己を恥じていたラクトスが、やっと調子を取り戻してきた。マティオスがふむふむと頷く。
「ガーディウム自体の力を封じていたってわけなんだね。でもそれで、本来の力を発揮できるものなんだろうか?」
「んー、ワタシも魔法のことはよくわからないけど、来るべき時が来たら自然に解けるらしいわ。そこがこの術の難しいところみたいよ。ホント、御伽噺みたいなフワフワした話よねぇ」
テーブルの上に置かれているフリッツの剣を見つめて、ミチルが言った。
「さっきクシュールムの遺物だとおっしゃいましたよね。確かにガーディウムはあの辺りの伝説だと言われていますが」
「ワタシも人から聞いた話だから詳しくは知らないんだけど、これ出土品らしいのよ。クシュールムの遺跡を調べていた時に見つけたんですって。それでまだ若い頃、北大陸に居た時に見てくれって頼まれたのよ」
「昔の人間のほうが進んでたってこと? 石とか持って戦ってたんじゃなかったの?」
ルーウィンが眉根を寄せ、ミチルがそれに答える。
「クシュールム王朝は滅びましたが、れっきとした文明です。今のぼくたちとは比べ物にならないほどの高い技術があったそうですよ」
「じゃあ、なんで滅びるわけ?」
「それはまだ明らかにされてませんね。天変地異とか内乱とか、いろいろ説はありますが」
「まあなんにせよ、これは失われた技術によって生み出された伝説の鉱物ってコトね」
ピエールがそう締めくくる。
伝説の鉱物。それを鍛えて造られた剣。おそらく、唯一無二の品物。
一同の視線は再びテーブル中央に置かれた、古びた剣に注がれた。
そして。
「どうしてそんなものが、ここにあるの?」
至極真っ当な問いが、今の今まで黙っていたモーネの口から転がり出た。
場は水を打ったように静まり返る。
それはフリッツが持ってきたからで、ではどうしてフリッツがそんなものを持っているのか。
皆の視線の先が剣から自分の顔に移ったことを察し、フリッツは冷や汗をかく。
「あの、えっと。師匠から預かった剣、なんだけど……」
「それは知ってる。どうしてそんな剣を、お前の師匠が持ってるんだ」
ラクトスに問われ、困窮したフリッツは思わずルーウィンに目で助けを求める。だが、ふいと顔を逸らされた。あぁ酷い、と思う。
「ぼくの師匠、マルクス=アーノルドっていうんだけど……」
「思い出した! ヤダぁコレ、マルクスの剣じゃない! そういえばクソガキのガルシェが呪文掛けたのよ、思い出したぁ! あースッキリ!」
ピエールは甲高い声を大にして身をくねらせた。
支えが取れたかのように爽やかな表情を浮かべるピエールとは対照的に、マティオスとラクトスは表情が険しくなる。ルーウィンは知らぬ存ぜぬ、ミチルとティアラとモーネとは目をぱちくりさせている。
雲行きが怪しい。
「フリッツくん。それ、なんでおれたちに言わなかったの?」
「あ、やっぱり言ってないよね……そうだよね……」
フリッツは身を縮ませた。マティオスはにこりと微笑む。
「おれがさ、大陸地図広げた時にさ。二十五年前の探索パーティのメンバーの署名見せたよね、アーティ先生から貰った原本の方。名前見た時に、普通気づくよね。いや、きみの反応を見逃したおれが悪いよ。おれが悪いんだけど、ね?」
言い方は優しい。だが、その目は全く笑っていない。
普通に怒鳴られるより何倍も怖い思いをしながら、フリッツはなんとか言い訳を絞り出す。
「あの、師匠と同じ名前だなあとは思ったけど、だってよくある名前だし、まさか同じ人だなんてこと……」
マルクスは、ルーウィンをダンテの弟子と知ったうえでフリッツをお供にやったり、ガルシェに魔法使い派遣の依頼書を出した。だが当の本人の口からは何も聞いていない。
以前旅をやめようとフランに戻ったときにはそんなことにはなっておらず、それ以降は会う機会もなかった。確かめようがなかったのだ。
先日グラッセルで再会したガルシェも、かつてのパーティのことについては語ったがマルクスの話は出なかったし、なんなら剣にも知らん顔だった。ラクトスの話が主でそれどころではなく、フリッツもあえて確認することなく流してしまったのだが。
「ご、ごめんなさい……」
マティオスの微笑みがここまで恐ろしいと思ったのは初めてだった。
仕切り直しと言わんばかりに、ミチルが口を開く。
「では、フリッツさんの師匠も例のパーティの一員だったんですね。薄々感づいていて、不確定事項なので黙っていた、と」
「……その通りです」
ぐうの音も出なかった。
マティオスはピエールに向き直る。
「あなたも知っているんですね。北の帝国の探索パーティを」
「若い頃は北に居たのよ。あの人たちと旅をしたことはないけどね。武器の調整やなんかでちょくちょく顔は見てたわ。出土品だって言ったでしょ? この剣は確かマルクスたちがクシュールムの遺跡で見つけて帝国に持ち帰ってきたものよ」
「そういうことか。だとすると、それがディングリップに無いというのは少し変な話だけれど」
マティオスは何か思案しているようだった。
フリッツへのお咎めも一旦は収束し、頃合いを見計らってミチルが再びピエールに尋ねる。
「これ、通称名はないんですか? 出土品ならなおさら、歴史的にも文化的にも価値のある代物です! 何かこう、かっこいい名前が!」
「そうねえ、あるにはあるけど。でも持ち主であるマルクスはこう呼んでたわ。肝心の対象が斬れなきゃ意味がない」
せがむ子供のようなミチルに、ピエールはいたずらっぽく笑った。
「斬れない剣。ナマクラ、ってね」




