(前編)第二話 待ち時間
「漆黒竜団のジンノか。あれがモーネの弟とはなあ」
宿屋の一室で、ベッドに腰掛け足を組んだラクトスが呟いた。
あの後水を持ってきたルーウィンが戻り、途中で行き会ったティアラは宿屋へ向かってマティオスとラクトスとを呼んできた。だがその頃にはモーネは回復し、結局自分の脚で歩いて宿に帰った。しかし道中、やはり街中の情報量が多すぎたらしく、宿に着く頃にはそれなりに消耗し、今は隣の部屋で眠っている。ルーウィンとティアラはモーネに付き添っているはずだ。
落ち着いたところで、フリッツは先ほどモーネから聞いたことの真偽をマティオスに尋ねたのだった。
モーネとジンノが姉弟。
言われてみれば似ていなくもない。しかしそれは口数が少ないというくらいでしかない。確かに髪も目も黒いし、細身である点も似ている。だが女性のモーネは長身であるのに対し、ジンノはかなり小柄だった。
「本当に姉弟なの? つい最近まで一緒に居たわけじゃないんでしょ? モーネの勘違いだったりは」
「いや、あの二人は正真正銘血の繋がったきょうだいだよ。昔馴染みのおれが保証する。漆黒竜団に潜入して、初めてジンノを見たときは驚いたよ。向こうはおれに気づいていないはずだけれど」
マティオスが答え、間髪入れずにラクトスが問う。
「もしかして、ティーラミストでモーネがおれたちと来ることになったのは」
「お察しの通りさ。弟の居場所を知っていると言ったからだよ。よっぽど嬉しかったのか、大鎌振り回してはしゃぎ回ってたなあ」
「無理矢理口を割らせようとして襲い掛かられたんだね……」
あの時のことを思い出してフリッツは苦笑する。ティーラミストの古びた聖堂で、二人が壁をぶち抜いて現れたのはそういうことだったらしい。
「でもこの前、海上でドラゴンに乗ったジンノとシアに襲われただろう? あれで流石にわかってしまって。ジンノが漆黒竜団であること、すぐに教えなかったから気を悪くしたみたいなんだよね」
「ああ、だからお前最近あからさまに嫌われてんだな」
グサッ、という音が聞こえたような気がしないでもなかったが、マティオスは顔色を変えずに薄く笑っている。
「モーネがジンノを探しているって最初からわかってたの?」
「彼女は昔から弟のことを気にかけていたから。というよりは……気にかけざるを得なかった。ジンノは昔から強い魔力を持っていて、そのあまりの強大さにコントロールすることが出来なかったんだ。年に一度は力の暴走があって、ご両親も思い悩まれていたよ」
「あいつの力が強いってのはわかるが、なんとかならなかったのか?」
マティオスは難しい顔をした。
「北大陸、というかディングリップには南でいうキャルーメルのような魔法修練所が存在しないんだ。力を持って生まれた子供は帝国が管理し、漏れなく王宮に取り立てる。ここまではいい話のように聞こえるが、実質はその一生を帝国に捧げることを強制させられ、自由に人にも会えず外にも出られず軟禁生活を送ることになる。そして内乱やモンスターの異常発生、南との戦いが起これば殺戮兵器として真っ先に戦場に投入される」
ラクトスは押し黙った。マティオスの目に剣呑な光が宿る。
「皇帝や帝国以外の者が力を持つのが怖いんだ。だから管理し、帝国に取り込む。適当な力の者は登用されるが、力の大きすぎる者は拘束される」
「ジンノは後者ってわけか」
「きみは南大陸に生まれて、本当に運がよかったよラクトスくん」
その言葉が言わんとしているところはわかった。
南大陸では魔法修練所があり、魔法使いは何かと重宝される。冒険者に混じるはぐれ魔法使いが厄介なところだが、そもそも強い力の者は定職に就いていることが多いので、それほど危険視もされない。南の風土と、グラッセルの寛大さがそうしているのかもしれなかった。
生まれる場所が少し違えば、扱われ方も、育ち方も違う。
マティオスは窓枠に背を預け、窓の外を見やった。
「ジンノのご両親は聡明で優しかった。彼の力の大きさを考えたら、帝国に報告すれば間違いなく牢獄で日の目を見ない生活を強いられるか、もしくはすぐに処分されていたかもしれない。だからジンノの力のことは秘密にして育てていたんだ。でも、幼さと力の強大さ故にコントロールが効かないことが多々あった。奥方のほうはそれで相当悩まれていた。ジンノが漆黒竜団にいる経緯はわからないけど、クレイセン家が取り潰された後、きっと……色々あったんだ。でもあれは確かにジンノ本人だよ」
「マティオス」
フリッツの呼びかけに、なんだろうとマティオスは軽く微笑む。
「マティオスのせいじゃないからね。今思ったでしょ、自分のせいだって」
向けられる真っ直ぐな視線を、マティオスは見返した。
「悪いのは全部叔父さんのせいだよ。きみのせいじゃない。わかってる?」
「ふ、ふふ……」
口元を押さえても出てきたのは微妙な笑い声だった。ラクトスが嫌そうに目を細める。
「なんだよ、気色悪いな」
「いや、ごめん。フリッツくん、ありがとう。いつも気を遣わせてすまないね」
マティオスの微笑みに、フリッツは頷いた。
そこへ突如、ドアが激しく開けられた。息を切らし、頬をすっかり赤くさせたミチルが興奮気味に飛び込んでくる。
「みなさぁん! まだ出発までに時間ありますよねちょっと二、三日抜けてきていいですか? パタ坊居ないんでちゃんと帰って来るんで置いてかないで欲しいんですけど!」
「で、なんだそのチンピラは?」
ミチルの手にはシャツが握られており、その先には今にも床に這いつくばってしまいそうな青年がいる。ラクトスがチンピラというのも頷ける風貌だ。
フリッツはあれ、と思う。どこかで見覚えがある。割とつい最近。
「え? ああ、聞いてください! これなんですけど」
「うちにはどこぞのチンピラ養う余裕はねえぞ。とっとと元居た場所に捨てて来い!」
「そんなあ! どうにかなりませんかラクトスさん!」
「それはないよお母さん。少しはミチルくんの話も聞こうじゃないか」
「誰が母さんだ! 殴るぞ!」
マティオスの横やりで話がややこしくなりそうだったので、確信のないままにフリッツは声を出した。
「またビリー?」
「お、おうフリッツ! なんだよこのガキ、お前の知り合いか?」
顔を上げればそれは間違いなくビリーだった。ピアスと特徴的な髪型が、何より色つき眼鏡の奥に見えるつぶらな瞳が本人のそれだった。
「一緒に旅してる仲間だよ。ビリーこそなんで」
ビリーとはこの前グラッセルで会ったばかりだ。十日も間が空いていない。
「前言っただろ。おれ今師匠とバローアをもう少し行った森に住んでるんだよ、だから食材の買い出しだ! グラッセルの帰りにバローア寄ったら、なんかこのちっこいガキに捕まって」
「みなさん! この方の師匠、あの幻の鍛冶職人ピエール=マルコメらしいんですよ!」
弾む息と輝く顔で言い放つミチルに、ラクトスが間を開けてから言った。
「誰だよ」
「工房割と近くにあるみたいなので行きたいんです見てきたいんですあわよくば買い付けたいんです! どうせ報告来るまで暇なんだし行ってきてもいいですよね!」
「無視かよ」
ミチルはフリッツの手を取りきらきらと目を輝かせた。どうしようと視線を向けると、マティオスは唸った。
「まあ、確かにどうせ待つ身ではあるけれど」
「前にビリー言ってたよね? 近くに来たら立ち寄ってくれって。お邪魔してもいいの?」
フリッツの無邪気な問いに、ビリーは慌てて言った。
「いや言ったが! まさかお前が本当にグラッセルより北上してくると思わねえだろ! あれは社交辞令のつもりで本気にするとは」
雲行きが怪しくなったとみて、ミチルがビリーにずいっと顔を寄せた。
「それとも、ピエール氏を師に持つというのは嘘だったんですか? 相手が子供だと思って? 自警団のかたー! 駐在してるグラッセル兵のかたー! ここに嘘つきが居ます詐欺師がいますよ捕まえてくださいー!」
「お、大声出すなよ! わかったよわかった、連れていきゃあいいんだろ!」
その言葉を引き出し満足して、ミチルは居住まいを正し、ぺこりと頭を下げてみせた。
「では、よろしくお願いします」
「なんなんだよもう……」
ビリーはへろへろと膝から崩れ落ちた。
そこへ開いたドアから刺々しい声が響く。
「あのさあ、ずいぶん楽しそうにやってるみたいだけどちょっとは考えなさいよ、うるっさいのよ! こっちはモーネ寝てるのよ!」
「お! 久しぶりだなカワイコちゃん! おれだよおれ! 覚えてる?」
飛び込んできたルーウィンを見てビリーはやや持ち直したようだった。だが当の本人は眉間に皺を寄せ、ビリーをよく見もしないうちからフリッツに視線を投げた。
「……誰?」
「ビリーだよ」
「だから誰よ」
パタパタと軽やかな足音がし、続いてティアラが顔を覗かせた。
「ルーウィンさん、モーネさんに響きますから。もう少し声を」
「お嬢さんもぜひご一緒しませんか!」
その時ビリーが見せたスライディングを伴うポーズはなかなかのものだった。
翌日、一行はバローアを発った。
ビリーの師匠の棲む森は古代橋のすぐ近くだと言う。それならバローアで待つよりも多少は早く次の動きに移れるだろう、ということになった。ビリーの、というよりはミチルの提案を呑んだのはもう一つ理由がある。
歩きながら、マティオスはティアラに尋ねた。
「モーネの様子はどうだい?」
「ぐっすり眠っていらしたので大丈夫かと思います。ただ、やっぱりバローアは今のモーネさんには刺激が強すぎたのかもしれませんね」
「そうだね。街から離れることが出来て良かったよ」
それを聞いて、フリッツはちらりとモーネを見た。自分の荷物と大鎌とを持ち、いつもの足取りで歩いている。大丈夫かどうかを直接本人に聞かないのは、おそらく答えてくれないからだ。今までなら用がなくとも、隙あらばモーネに声をかけていたマティオスだけに、なんだか少し気の毒だった。
モーネは変わらない。表情も乏しく、出立してからは言葉数が多いでもない。朝顔を合わせた時には、フリッツにちゃんと挨拶もした。
しかしフリッツの中には、昨日のモーネの問いかけが淀んでいた。
兄のしたことを、家族である自分が責任を取る。そして抹殺する。
そんなこと、考えたこともなかった。いつまでもアーサーを連れ戻せるかどうかうじうじ悩んでいる自分を、モーネはきっと軽蔑しているに違いない。口を閉ざしている分、頭で色んなことを思い巡らせているのかもしれない。
そんなフリッツの心など知らず、ビリーは嬉々として喋りまくっていた。
「ねー、おれと会ったこと本当に覚えてない?」
「言われてみればと思ったけど、やっぱ記憶のどこにもないわ。あんたどこで会った?」
「カワイコちゃんは相変わらずきっついの! これ割と覚えやすいファッションでしょ、一度会ったらなかなか忘れられないでしょ!」
ピアスをじゃらじゃらさせ、サイドをかなり刈上げ色つき眼鏡をしているビリーはかなり目立つ風貌だ。その彼をまったく覚えていないと言い捨てるルーウィンにフリッツは苦笑した。
弓の腕前は相変わらず百発百中。旅の経験と生来からの勘の良さとが頼もしい。毒舌は変わらないが、実は世話焼きでもあり最近はモーネにも気づかいを見せるようになった。ビリーにきついと言われているが、これでも最近かなり丸くなってきたほうだ。
「あ、そっちのお嬢さんは何してる人? わかった当てちゃうぞ! 治癒士だ、当たり?」
「ふふ、当たりです。面白い方ですね」
「わーいいなあ。法衣の天使かあ」
当たりも何も、ティアラは治癒士であることを周りにわかるように法衣を着ているのだった。実際は治癒士であり召喚士でもある。彼女の治癒術はとんでもなくスペックが高く、並みの治癒士を十人集めたって敵わない。かなり前に戦闘でロートルを負傷させてからは、召喚術の方はご無沙汰になっていた。
「おれは? 聞いてくれないのかい?」
「いやイケメンに聞いてもなぁ。まぁいいか、お兄さんは? 見えてるぜ、どうせ槍使いなんだろ?」
つまらなそうにため息をつくビリーに、マティオスは白い歯を見せて微笑んだ。
「ディングリップ帝国フォーゼル侯爵のマティオスさ。北から南への名代として、今は身分を隠して旅の途中だよ。よろしくね」
「冗談も大概にしろよてめえ!」
「はは、ごめんごめん」
物凄い剣幕でラクトスが怒鳴り、ビリーはあからさまに肩をビクリとさせた。
マティオスの自己紹介は前半事実、後半はハッタリを事実にしに行く途中だ。このタイミングの冗談にするにはタチが悪い。
「お兄さん顔がいいからそれっぽいけど、その冗談面白いのか面白くないのかわかんねーよ」
何も知らないビリーの言うことがもっともすぎて、フリッツは頭を掻いた。
もともとは漆黒竜団の団員として出会ったマティオスだったが、その正体は北のディングリップ帝国の貴族であった。フリッツも騙されて酷い目に遭ったが、今は間違いなく自分たちの味方であると自信をもって言える。
「威勢のいい彼はラクトスくん。気に食わないことがあると魔法ですぐ炭にされちゃうよ、気を付けてね」
「お、おっかねえ」
マティオスにささやかれ、ビリーは顔を青くした。
ラクトスは目つきも口も悪いが、こう見えてパーティの頼れる頭脳だ。魔法修練所を中退しているがその技量は相当なもので、実は所長が王宮に推薦しようとしていたらしいということが最近になってわかった。色々あってグラッセル王宮の任を受け、こうしてまた一行と共に行動している。
不意にビリーはフリッツのところへやって来て、こそこそと耳打ちした。
「なあ、あっちのクールビューティな彼女は? 不思議ちゃんかな? まだちょっとよくわかんねぇんだけど。話しかけていいのか?」
「モーネのこと?」
黙々と歩き続けるモーネの雰囲気に、さすがのビリーも臆したようだ。
モーネは自分のことだと察したらしく、黙ったままフリッツに視線を送ってきた。フリッツが恐る恐る手を振ると、無表情のまま手を振り返す。ほっとしたフリッツは次いで手招きをした。少し離れたところを歩いていたモーネは、とことこと寄ってくる。
「モーネ、紹介が遅れたけどこちらビリー。ぼくたち同郷なんだ」
「モーネ=クレイセン。寡黙で真面目な公務員。よろしく」
表情を変えず、すっと右手を差し出すモーネに一行はざわついた。
「えっ、何? これ何のざわめき?」
ビリーだけはきょろきょろと皆の顔を見比べる。
「モーネが! よろしくって言った!」
「挨拶だけにとどまらず手まで差し伸べたわよ!」
「しかもちょっとした自己紹介つきです!」
「内容が微妙だけどな」
「成長だね、成長したんだねモーネ……!」
興奮気味に息巻くフリッツとルーウィン、目を輝かせるティアラ。ラクトスも驚き、マティオスに至っては目頭を押さえる始末だ。ビリーだけがわけがわからず困惑している。
「じゃあ、よろしくねお姉さん」
皆の反応に気おされながらも、ビリーは恐る恐る右手を差し出す。モーネはそれを握り返した。ぶんぶんと勢いよく上下に振る。
「……お姉さん、ほっそいのに握力すごいなあ」
強めの握手から解放された手をじんじんさせ、ビリーは目の端には少し涙を浮かばせた。ちょっと痛かったのだろう。
モーネの自己紹介に嘘はない。それこそディングリップ帝国で負け知らずの処刑人を務め、地の果てまでフリッツ一行を追ってきた。なんとも健気で真面目、と言えなくもない。共に旅をするうちに徐々に変化が現れ、それを見るのが楽しみになりつつある。
騒ぎを聞きつけ、ずいぶん先を行っていたミチルがひょっこりやってきた。
「何ですか? ずいぶん盛り上がってますね、ぼくも混ぜてくださいよ」
「モーネがね、ビリーに自己紹介したんだよ」
「それは珍しいですね! では、今日の晩御飯は赤飯にしますか。良い豆手に入れたんですよー」
ミチルはビリーに目を留めると、ずずいと寄ってきた。
「ところでビリーさんのお師匠、ピエール=マルコメ師ですが、どんな方です? 何がお好きですか? 一応手土産を用意してはみたんですが」
「一番ちっさいくせに、なんなんだよこのガキ! 商人だって言ってるけど本当かよ」
「失礼ですね、年齢と見た目とで判断してはいけませんよ。あなたが買い物していた商会だって、ぼくの立派なお得意様なんですから」
最年少のミチルは、今回はやけに張り切っている。伝説の鍛冶屋に会えると聞いて、商人の血が騒ぐのだろう。
ミチルは元々パタ坊というジベタリュウで南大陸のあちこちを移動し、行く先々でフリッツ一行と鉢合わせしていた。だがそれも偶然ではなく、フリッツたちを見込んでコネクションを作るためだったらしい。今そのパタ坊はディングリップに置いて来てしまい、共に行動するチルルも留守番だ。
フリッツはビリーに尋ねた。
「で、どんな人なの。ビリーの師匠って」
「いや、えーっと。おれの師匠、かなりパンチが効いてるんだよなあ」
「そうなの?」
フリッツは目を瞬かせる。油物でも食べたのかと思うほどここまでよく喋るビリーだったが、師匠のこととなると途端に奥歯に物が挟まったかのようになった。
「いやまあ……巨匠とか天才とか呼ばれる人間は多少なりどこかしら変なもんだから、まあそう考えると案外普通なのかもしれないな」
「さあさあみなさん、おしゃべりもいいですが脚もきっちり動かしてくださいね! 日が暮れちゃいますよ!」
ミチルがパンパンと手を叩き、一行にスピードアップを促した。
やがて遠目にこんもりとした緑が見え始め、森に辿り着く。
獣道ではなく、地面を固めて補正された細い道が続き、その先に小さな灯りが見えた。どうやらそれがビリーが師匠と暮らす小屋らしかった。
陽が落ちきってしまう前に辿り着き、一同はほっとする。だが近づくにつれ、ビリーがもぞもぞし始めた。
「どうしたのビリー?」
「あっ、ちょっと待っててくれ。突然の来客だし、一応師匠に、な? ちょっと先に報告してくるわ諸々、な?」
言ってビリーは一足先に小屋へと駆けて行った。
フリッツはだんだん心配になってきた。確かに自分たちは突然の来客、しかも大所帯だ。食べるものは自分たちでなんとかするつもりで来たが、寝床などの都合もある。それに便利なバローアの町を離れ、こんな辺鄙な場所で工房を営むのだからかなりの変わり者には違いない。追い返されたっておかしくないのだ。
程なくして、ビリーが戻ってくる。
「あっ、なんだ、その。今日も通常運転ですこぶる調子が良く、ちょっとびっくりする、かも」
慌てふためくビリーの声を遮って、小屋の扉が目一杯明け放された。よくドアが壊れなかったと思うほどの勢いだ。
「あらーん! ずいぶんカワイイ旅人さんたちに護衛頼んだのねナイスビリ坊! いらっしゃーい!! たくさん旅のお話してねぇ、今夜は寝かさないわよぉー! んふふ」
甲高い声と飛び抜けたテンションの持ち主は、かなりいかつい男性だった。
大胸筋と上腕二等筋とがたくましい。歳はおそらく四十代ほど、しかしその台詞と立ち姿は完全に女性のものだ。鳥の巣のようなボリュームのあるオレンジ色の髪は、夜が迫る森の中でさえ輝きを放つ。
予想の斜め上の登場に、一行は口をぽかんと開ける。ミチルだけは両手を合わせ目をきらきらさせていた。
「な。パンチ効いてる、だろ?」
ビリーの言葉に、フリッツは黙って首を縦に振った。




