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不揃いな勇者たち  作者: としよし
15.5章
280/357

第二話 花と酒


 案内の兵士が止めるのも聞かず、ラクトスは謁見室の重い扉を乱暴に押し開けた。


「姫さん、大丈夫だったか!」

「何がです? というか、ここをどこだと思っているの?」


 この日も玉座に腰かけたシェリア女王は目をぱちくりと瞬かせる。その正面にいる人物を見るなり、ラクトスは飛び掛かる勢いで詰め寄った。


「おいてめぇ! 夜這い外交とかふざけんなよ!」

「あはは、いいねえそれ! 夜這い外交! おれにしか出来ないことじゃないか」

「しかも何勝手におれの名前出してんだよふざけんな! 共謀者の嫌疑かかったらどうすんだよ!」

「違うの?」

「違ぇよ!」


 ギャーギャー騒ぐラクトスを、マティオスはのらりくらりとかわした。それがまたラクトスのカンに障る。

 どこでいつの間に調達してきたのやら、マティオスは謁見に相応しい正装をしていた。前髪は整髪料で後ろに流し、そのせいかほどよく良い香りまでする。北大陸風の着こなしは洗練されており、小洒落た感じと正式の場でも礼を欠くことのない絶妙なバランスはさすがといったところだった。手脚の長さが際立って仕方がない。


「亡国の話だけど、確かこんな逸話があったよ。軍を指揮する将軍に会うために、亡命を目論んだ絶世の美女が商人の絨毯にくるまって目通りを願うって」

「お前がやったのは男が女の寝所に潜り込んでるだけだろうが! 全然違う!」

「失礼だなあ。それをやったら驚かれるから、いったんわざわざ部屋の外に出て、紳士的にノックを」

「どこが紳士的だどこが!」


 ヒートアップしていく二人に聞こえるよう、ゴホンとわざとらしい咳払いが聞こえた。


「何度言えばわかるんだラクトス。女王陛下のおわすところ、我々も常に控えているんだが?」


 先日と同様に、またもエドワード隊長が苦笑している。

 マティオスはすぐに優雅な礼をとり、遺憾の意を表した。


「わたしとしたことが、大変失礼をいたしました。女王陛下への謁見など身に余る光栄で、我知らず緊張していたようです。馴染みの友人の顔を見て、つい」

「だぁれが友人だよ! だ、れ、が!」


 唾をまき散らす勢いでラクトスが否定する。マーチン大臣が鼻を鳴らした。


「さすがお前の友と言うだけのことはあるな。謁見の申し込みからあまりにも性急で、あまりにも無礼が過ぎる」

「マーチン大臣、そのことはわたくしが水に流すと言っているのです」


 ふとシェリア女王に目を向けたラクトスは思ったままを口にした。


「姫さん、今日はどうしてそんなにめかしこんでるんだ。昨日の昼と全然格好が違うぞ」


 シェリアはぴくりと形の良い眉をひそめた。確かにこの日はいつもの簡素なドレスではなく、王家に代々伝わる金や銀の刺繍に宝石を散りばめた豪奢なものだ。


「はるばる北大陸から使者が来ているのですよ? 礼を尽くさずどうします?」

「この無礼者が! もうよい、確認はとれた! 直ちに出ていくがよい!」

「なんだよそれ! 人を呼びつけといて何だと」

「はい、お前はここまで。さあさあ、退場だ」


 マーチン大臣が激昂し、エドワード隊長がラクトスをつまみ出す。見事な連携であっという間に蚊帳の外に追い出された。

 納得がいかずバンバンと叩かれる扉を後ろに見やるマティオスに、エドワード隊長はばつが悪そうに言った。


「断っておくが、常は今のようなことはない。決して、ない」

「では、彼は特別なのですか?」


 面白そうに微笑むマティオスにマーチン大臣がすかさず釘を刺す。


「北のお若いの。そうではない、奴が礼を知らぬだけだ。共に旅をしたというなら知っておろうに」

「ええ、それはもちろん。さて、これである程度わたくしの身の証明は出来たということで」


 正面にグラッセル女王、その左右に大臣と近衛隊長。

 マティオスは臆することなく、むしろ不敵な笑みで礼を取った。


「話をさせていただいても?」






「では今回も王宮に来ていただけないということですね」

「ごめんなさい。何度訪ねてくださっても、わたくしは同じ返事しか出来ません」


 宿屋の一室の入り口で、ブライアン二等兵はため息をついた。目の前には申し訳なさそうに視線を下げるティアラがいる。


「噂が広まり、あなたの功績は多くの民が知るところとなりました。このままグラッセルが、あなたに対し何の礼もしないとなればこちらの面子が」

「それを承知の上で、お断りしています」

「自分はまた、上官に役立たずと言われてしまいます」

「本当に、すみません……」


 ティアラは頭を下げ、ブライアンはいよいよ困り果てて頭を掻いた。


「いつの間にか、自分はあなたの担当にされてしまいましたね。あなたが自分を連絡係に指名したのは、その、他意がないのはわかっているのですが」

「他に大事なお仕事があるでしょうに、面倒ごとを引き受けさせてしまってごめんなさい。でも、あなたはわたくしが強情だと知ってくれていますし。それに……」


 ティアラはその先を言わなかったが、ブライアンにはわかっていた。代わる代わる違う伝令がやってくれば、その度に好奇心と崇拝の目を向けられ、聖女だのなんだのと言われるだろう。今のティアラにはそれは苦痛以外の何物でもなかった。


「あなたを困らせに来ているわけではないのですが、結局こうなってしまいますね」

「困らせているのはわたくしです」


 ティアラが本当にすまなそうにしているのを見て、ブライアンもだんだんと気が滅入りそうになる。なにも彼女にこんな顔をさせたいわけではない。

 調子を変えるため、一つ咳払いをした。


「あの。良かったら、これ」


 もごもごと歯切れの悪い言葉と共に差し出されたのは腕一杯の花束だった。白と薄紅色との小ぶりな花々で編まれたブーケは淡く優しい色合いで、今にも零れ落ちてしまいそうだ。

 突然のことにティアラは目を瞬かせる。


「まあ、こんなにたくさん。どうしたのです?」

「その、花屋が。やっと花が入荷したはいいけれど、やはりまだなかなか売れないとぼやいていて……じゃなくて! 食糧と日用品以外の物資の流通も、徐々に元に戻りつつ……ああ、違う。そうじゃない!」


 顔を赤くし、ぶんぶんと首を横に振るブライアンに、ティアラは困惑ぎみに首を傾げる。ブライアンは足元の床の方を彷徨っていて、面白いほどに視線が合わない。


「治癒活動も一段落して、最近あまり外にも出ていないようですし。気晴らしにでもなればと、思って。どうぞ!」

「わたくしに? ありがとう、ございます」


 ティアラはおずおずと腕を伸ばし花束を受け取った。瞬間、甘い香りが鼻をくすぐり、知らず目もとが緩む。すぅ、と胸いっぱいに息を吸い込んだ。花の香りなんて、もう何年も嗅いでいなかったような気がしていた。

 甘く、かぐわしい。平和の香りだ。


「自分、まだあなたの笑った顔、見たことないんです。今日は少し失敗しました。唐突すぎて、戸惑わせてしまった」

「そんなことありません。確かにちょっと驚きましたけど、嬉しいですわ。ありがとうございます。とても、きれい……」


 ティアラの顔がほころぶのを見て、ブライアンもまた表情を緩めた。


「三分咲き、ですね。また来ます」


 律儀に敬礼をすると、静かに扉を閉めて階段を降りて行く。ドア越しに心なしか、やって来た時は重々しい足取りであったのが、ずいぶん軽やかに帰って行ったように感じられた。

 再び花束に目を落としたティアラは、思わずその中に顔を埋める。花の香りで胸がいっぱいになったところで、ふとブライアンの最後の言葉を思い出し、首を傾げた。


「変ですね。こんなに見事に咲いているのに」





 カランコロンと、扉の開閉と共に涼やかな音色が店内に響き渡る。


「やっと来たね。遅かったから先に始めちゃったよ」


 そこにはカウンターに肘をつき、リラックスした様子でグラスを回すマティオスがいた。整えていた蒼銀の髪はほどよくほぐされ、店内の仄かなオレンジ色の光を浴びて同じ色に染まっている。襟元の留め具も外され楽な恰好ながらも決してだらしなくはない様子は、いかにも高給取りの仕事帰りと言った風情だ。

 不意にバーテンにグラスを渡され、あちらの方からです、と言われたら多分落ちる。


「マティオス、今日は何だか一段とかっこいいねえ」

「嬉しいことを言ってくれるね、ありがとう。女王陛下との謁見だったからね。気合も入るさ」


 フリッツはおずおずと店内を進み、マティオスの隣に腰かけた。カウンター席に備え付けの椅子に腰かけると、足がぶらぶらと浮いた。脚の長い人用の椅子だ、残念だ。


「おい、今朝の話はまだ終わってないぞ」

「だからその続きをしようと思って。来てくれて嬉しいよ、ラクトスくん」


 舌打ちをしつつ、ラクトスはフリッツの隣に座る。

 フリッツはきょろきょろと辺りを見回した。三人が居るのは、グラッセルの目抜き通りにある酒場だった。やや格式高い酒場で、よし仕事も終わったし一杯ひっかけていこうぜ、という調子で入る店ではない。しっとりとした大人の空間で、大人の男女がゆっくりと飲み交わすような場所だ。間違ってもフリッツがひょこっと入るような店ではない。

 しかし陽も暮れたというのに、客はこの三人だけだった。それもそのはず、食糧が行き渡るようにはなったが前のように十分な余剰があるわけではない。都のあちこちでまだ襲撃の爪痕が残っている。呑気に酒を飲みたい気分にはならないだろうし、そんな場合でもない。溺れたい気分にはなるかもしれなかった。

 フリッツのそんな考えを察したのか、マティオスはグラスを傾けながら言った。


「おれたちはグラッセルの人間じゃないもの、お酒を飲んだって怒られる筋合いはないよ。もちろんおれの奢りだし、今日は人助けのつもりで飲んでいって」

「人助け?」

「みんな安酒をあおりには行くけど、ゆっくりと酒を味わう気持ちにはなれないってことさ」


 なるほどとフリッツは納得する。この状態がいつまでも続くようなら閑古鳥が鳴きはじめてもおかしくはなかった。確かにここは敷居も、なんならお値段も高そうで、呼ばれていたとはいえ入る前にかなり勇気が要ったのだ。


「でも、話ってなあに?」

「いや、最近バタバタだっただろう? たまには男同士、ゆっくり話がしたいなと思って」

「変なの、夜は宿屋で一緒に居るじゃない」


 何をしているのかは知らないが、夜だって宿屋に居ないのは大抵マティオスだったりする。ラクトスは正面を向いたまま言った。


「状況報告は欲しいが、お前と話すことは特にない」

「つれないねえ。まあそう言わずに、おれに一杯付き合ってよ。何飲む?」

「麦酒」

「リンゴジュースで」


 ちゃっかりと飲み物は頼むラクトスに、フリッツは内心苦笑する。

 カウンターの向こうでロマンスグレーのバーテンが静かに頷き、飲み物の準備を始めた。


「ラクトスくん、おれを信用してくれたんだよね。だからフリッツくんたちを置いて、あのタイミングで北大陸を発ったんだろう?」

「はあ?」


 あからさまに怪訝に眉をひそめたラクトスに、おそらく予想通りの反応だったのだろう、マティオスは小さく笑った。


「またまた。出ていく前に、わざわざおれに釘を刺しに来たじゃないか。フリッツくんを裏切るなって。でもあれは牽制じゃなくて、念押しだったと思ってる。みんなを任せられたみたいで、嬉しかったよ」

「勝手にそう思ってろよ。……なんだフリッツ」

「別に?」


 ばつが悪いのか、ラクトスはそっぽを向いた。なんだかんだ言いながら、自分の知らない間に二人は仲良くなってたことにフリッツは嬉しくなる。

 バーテンがそっとフリッツとラクトスの前にグラスを置いた。


「じゃあ、北と南との友好に乾杯」


 マティオスとフリッツとがグラスを傾け、ラクトスは何も言わずに麦酒をあおった。


「そういえばマティオス、昨日はずっと出掛けてたよね。一日掛かりで女王陛下との約束を取り付けてたの?」

「まあ、そういうことさ。そう拗ねないでよラクトスくん。この先おれは優遇されると思うけどな。おれと仲良くしといて損はないよ」


 夜這い外交の事実を知らないフリッツの問いで、ラクトスはまたジョッキを不機嫌に傾けた。


「それにしても驚いたな。南大陸を治める王の玉座っていうのはあんなにも小さなものなんだね。北じゃあれに子爵が座ってるよ」


 確かに、とフリッツは思う。グラッセル王宮も、最初に訪れた時は荘厳で立派だと思った。しかしディングリップで皇帝の前に連れていかれた時のことを思うと、北と南とでは王宮のレベルが違う。


「でも陛下と謁見者との距離が近い。きちんとこちらの声が届いて、そして拾える位置に控えることを許してくれる。北じゃ玉座までさらに階段があってね、ディングリップ帝ははるか頭上さ。発言権などないから、こちらの声を届かせる必要はない。老王の声が届くよう、誰も音を立てることは許されない」


 長い絨毯。高い天井。必要以上の数で列を成す側近たちや兵士。全て威厳を醸し出す演出でしかなかった。

 マティオスはラクトスに言っているのだが、返事はない。


「話し合いの席をどうするかなあ。あの新皇帝が自ら腰を上げるとは思えないし、女王陛下にご足労願うことになると思うけど。それにしても、南の人間は飾らなすぎる。今日のドレスだって女王陛下によく似合ってたよ。似合っていたけど、あれじゃあ北では何年も前の古臭いモードとしか映らない」


 ストローでジュースをすするフリッツは、隣でラクトスがむっとしたのがわかった。せっかく三人でいるのにやっぱり雲行きが怪しくなってきたかと、残念に思う。

 その時、物静かなバーテンが小さく手招きをした。どうやら自分を呼んでいるようで、首を傾げる。なにか困りごとかと、フリッツは身を小さくしてするりと席から抜け出した。


「人を見かけで判断するなって親に教わらなかったのか」


 苛立ちを隠そうともしない声音に、マティオスは内心してやったりと笑った。だがそれは表に出さず、氷の入ったグラスをからりと回す。


「あのねえ、なにおじいさんみたいなことを言ってるんだい? 人は外見で相手を判断するし、見くびりもすれば逆に好印象も与えられる。中身が重要なのは当たり前で、でも蓋を開ける前の段階から負けてどうするのさ。対等に話し合えると思わせることは重要だろう。出鼻をくじかれる要素があるなら、それを取り除くにこしたことはない」


 ラクトスはしばらく黙った後、意外そうな目でマティオスを見た。


「お前……チャラチャラしてるくせにまともなこと言うんだな」

「一応、貴族社会で生きてきた人間だからね。きみは上流階級のやり方はくだらないと思っているかもしれないけど。そう、くだらないこともあるさ、多すぎるくらいに。でもその駆け引きに勝った者が少しでも優位になれるなら、やらない手はないんだ。そういうくだらない手間暇を、おれは惜しまないよ」


 かなり失礼なことを言っている自覚はあった。万が一ラクトスから女王や大臣に伝われば、会談自体反故になりかねない。しかしマティオスは、北の帝国の人間でありながら敢えて正直なところを話した。

 それは北を優位にするものではなく、南が北と対等に話を進めるためのものだ。


「アドバイスさ。もしかしたら誰かさんの口から女王陛下のお耳に入るかもしれないしね」

「それを伝える誰かってのは、かなり言い回しに注意する必要がありそうだな」

「ふふ、違いないね」


 マティオスは頬杖をつく。


「ラクトスくん、おれはね。良い人じゃなくて、善い人間になりたいんだ。今までがあんまりにも酷かったからさ。もちろん、境遇の言い訳は何度も使ってきたよ。でもそれでこの先何年も自分を騙せるわけじゃない。きみの言う責任ってやつをね、果たそうと思うんだ。今まで人を陥れてきた分、おれは人を幸せにしなくちゃならない」


 そこまで言って、マティオスは自嘲した。


「なんてね。本当は免罪符が欲しいだけのくせにね。急にちゃんと生きたくなって、でも方法がわからないから困っているんだ。そんな資格がないのは重々承知しているんだけれども。おれとおれの周りに居てくれる人たちに、どうか罰を当てないでくださいってびくびくしてる。ごうの存在がどうあれ、自分のしたことというのはやっぱり何かの形で返ってくるんだろうね。だから今は、自分がやれることをやろうと思う」

「そうか」


 ラクトスはそれだけ言った。

 マティオスにはそれだけで十分だった。答えが欲しかったわけではない。ただなんとなく、聞いて欲しかった。厳しい意見を口にする相手に敢えて聞かせることで、自分に逃げられない枷を作りたかったのかもしれない。

 フリッツが席を立ち、マティオスとラクトスの間には一席分のスペースが空いていた。フリッツはというと、バーテンがシェイカーでカクテルを作るのを興味深そうに見ている。絶妙なバランスで二層や三層に分かれた、あるいは巧妙な色合いで混ざりあった宝石のような飲み物に時折歓声を上げている。

 マティオスはそれを確かめ、バーテンに目配せする。彼は非常に自然にフリッツを引き付けてくれた。


「まあ、そんなことはいい。それよりも、重要なことはもっと別にあるんだ」


 やれやれやっと本題かという顔で、ラクトスはジョッキに口をつける。

 マティオスは酷く真面目な声音で訊ねた。


「女王陛下とティアラちゃん、きみはどっちが好きなんだい?」




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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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