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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第15章 平穏の終わり
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第三十二話 雷撃

 

 初めての呪文。初めての詠唱。

 迷いは無かった。ずっと考えて、考えて考え抜いて組み立てた。正直なところ、試す対象も機会も無く辟易へきえきしていたところで、不謹慎とは思いつつもここぞとばかりに飛びついた。この巨大な化け物を倒せるかどうかが、自分に懸かっている状況であるというのに。

 それでも今だという直感を信じた。もっと言えば、厄介な例の知的探求心がそうさせた。

 自分はつくづく利己的で、どうしようもない人間だと思う。だが、やめられない。


 足元に淡く光る紫色の魔法陣。詠唱と共に連なる文字が、呪文が、流れるように踊り出す。それらはやがて床を離れて宙を舞い、術者を中心に新たな同心円を生み出し、規則的に回転し始める。廻り、展開し、徐々に力は一点に絞られ研ぎ澄まされる。

 小さく細い蛇の舌のような光が、鈍色の雲にちりちりと先走った。

 場の空気が変わる。

 ラクトスは杖を振り上げた。

 ここだ。ここに来てくれ。


 咆哮かと思えるような、轟音。

 光の竜は、冴えない曇天を切り裂いた。


 



 まるでグラッセルの中心部を貫いたかのような雷だった。

 ブラックドラゴンの背に乗り、上空からそれを見ていたシアは思わず耳を塞いだくらいだ。ヘキガンマダラドラゴンのミケも、今はシアの髪に隠れ小さくなって震えている。

 

「ミケったら、ドラゴンは雷なんかで驚かないのよ。ねえ、ジンノくんなら何点つける?」


 ジンノは、心底面倒そうに口を開いた。


「……五点」

「何点満点?」

「……百点中の」

「手厳しいね!」


 シアはころころと笑うが、ジンノは相変わらずぶすっとした顔をしている。


「……小細工。自分のとは、違う」

「ふうん、そうなの?」


 素っ気なく言ってはいるが、シアにはわかる。ジンノは内心驚いているし、多少興味も持っている。

 雷の魔法はおいそれと誰もが使えるものではないし、それがジンノの真似事だとしても、先ほどの雷撃の威力はなかなかだった。迫力と美しさもあり、シア個人の見解としても悪くはないと思っていた。

 でも、重要なのはそこではない。


「さあ、大きい人形はどうなったかな?」


 そして光の落ちた先を見下ろした。





 足元にうっすらと発光していた魔法陣が、徐々に消えていく。


「か、か、か……!」

「なんだ? ずいぶん的確に落ちた雷だったな」


 軽口を叩いてみたが、すでにラクトスはその場にへたり込んでいた。意識はあるし口も回るが、正直もう脚が立たない。

 口をぱくぱくさせていたサルマはようやく言葉の端を掴んだ。


「そ、それはアーサーのところの、あ、あの小僧の魔法だ! どうやって盗んだ!」

「あー、見たことがある」

「ま、またそれか! ふ、ふざけるな! ど、どれだけ手癖が悪いんだ!」

「失礼な奴だな。どんだけ金が無くても人様から盗んだことはねえよ」


 キーキー喚かれても、本当のことだから仕方がない。あれいいな、どうやったら出来るんだと、思い始めたらやってみたくてどうしようもない人間なのだ。まさか本当に出来るとは思っていなかったが。

 だがジンノのような純粋な魔法ではない。それにはサルマも気が付いているはずだ。ラクトスがこの魔法を見よう見真似で使うには、多少の小細工が必要で、布石というほど立派なものではないがそれなりに下準備はしていた。


「ま、まさか序盤のフレイムバーンは」

「使えるもんは全部使わせてもらった、貧乏性なもんでな」


 元々グラッセルは曇天だった。そこに先ほどのフレイムバーンの連撃で、地上の、特に化け物周辺の空気は温められ、上昇気流が出来ていた。雷が落ちる条件を整え、要素を増やし、呪文を唱えることでより確実に術の発動に導いてやったのだ。

 純粋に自分の力だけではい。晴天の空から突然雷を落とすようなことは出来ないし、術式の美しさや完成度はジンノのレベルには到底届かないろう。だが要は威力があり、用を成せば良いのだ。

 

 撃ちたくて撃ったのだが、ラクトスなりにもちろん考えもあった。

 これだけの巨躯を操るにはそれなりの大きさの魔核コアが必要なはずだ。以前グラッセル王宮地下でクリーヴがゴーレムを操ったように。それを破壊出来れば、それだけの力を一気に注ぎ込めれば、あるいはと考えた。

 術の完成度もそうだが、魔核コアの確実な場所もわからないまま打つべきではなかった。しかし満足な詠唱時間がままならないこの状況では、魔核コアが探り出せるかどうかも賭けだった。この後長い詠唱が出来る保証は無く、今だと判断したのだ。

 自分の頭の中の妄想だった術の成功に、恍惚感がないと言ったら嘘になる。だが、今はそれに浸っている場合ではない。

 果たして、効いているのか。それが肝心だった。


 雷に撃たれたように、という表現はまさにこのことだった。

 しかしそれは僅かな時間だった。化け物は、静かに、そして再び動き出した。


「……まじかよ」

「勝負、あ、あったな!」


 ラクトスは口の端を釣り上げ、サルマは高らかに笑った。

 ラクトスは脱力から屋上に大の字になった。

 化け物の標的になったところで、知るものかと思った。やることはやったし、これ以上は自分には無理だ。出し切って清々しているのか投げやりになっているのか、自分でもよくわからない。

 わかっているのは、今の自分はカラッポだということだ。もう、何も出来ない。これ以上自分に何か求めてくる者が居たとしたら、それは純然たる間違いだ。


 その時、化け物の身体でまたも爆発が起こった。しかも一つではない。連続で幾つもだ。

 伸びていたラクトスはその光景を逆さまに見、目を瞬かせた。


「い、いったいどこから!」


 サルマの目は一瞬ラクトスを捉えたが、術を放っていないとわかるとすぐに他に向けた。その狼狽ぶりに、ラクトスはむくりと体を起こす。崩れた屋上ぎりぎりまで這って行き、見下ろした。

 魔法使いらしき者たちが、次々と魔法を仕掛けている。

 同じあつらえのローブを着ていることから見るに、おそらく王宮の魔法使いだ。先ほどラクトスが居た場所から助け出されたのだろう。彼らの周りには魔法陣が浮かび上がり、一人が打てばまた一人と、テンポよく術を発動させる。化け物の身体では繰り返し爆発が起きていた。


 先ほどまで捕らえられていたことを考えると、なかなかの立ち直りだった。さすが、と言ったところか。王宮に籍を置き、食い扶持を得ているだけのことはある。皮肉にも、ラクトスは自身の先輩に当たる者たちの活躍を初めて目にした。こんなことになってしまった今となっては、もう関係のないことだが。

 彼らが助け出され、術の動力源にされることはなくなった。それどころか、こんな形で助けがあるとは思わなかった。


「こ、この! ぬるま湯に浸かりぶくぶくと肥え太っただけの無能なブタ共が!」


 サルマはすっかりお冠だった。フレイムバーンの炎が、化け物の上半身を嘗め尽くす。その熱で、思わずラクトスは顔を袖で覆った。

 おそらく下にいる魔法使いや兵士たちも、固唾を呑んで見ているのだろう。

 連撃が止み、動きの止まった化け物の様子を、窺う。

 踊り狂っていた炎が、徐々に消えていく。化け物の身体は真っ黒になっていた。一部は炭化し、爆ぜて肉が抉れている個所もある。

 どうだ。やったか。


 化け物は、一声啼いた。

 断末魔などではなかった。それを皮切りに、身体はみるみるうちに修復されていく。体の組織が新しくなっていく。抉れた穴から、まるであぶくが生み出るように肉が膨らみ補っていく。黒く焦げ付いた何かがするりと巨躯から滑り落ち、風にほどけて流れていく。グラッセルの都に、大量の煤が舞う。

 無情にも、化け物はまた一つ、進化を遂げた。

 それを察して、ラクトスは思わず零す。


「……魔法の耐性が、出来たのか」

「そ、そ、その通り! か、感謝しなければ。たくさんの魔法を受けたおかげで、また一つ、つ、つ、強くなった!」


 巨大な化け物はサルマの言う「完璧」に近づいていく。

 打撃も効かない。魔法も効かない。

 打つ手が、ない。


「……なんて土人形だよ」


 その呟きに、サルマは一瞬声を無くし、そして笑い始めた。合成獣キメラで浮遊していなければ、おそらく腹を抱え地面を転げまわるほどに笑った。


「お、お、お! お前、あれが土人形だと? ゴ、ゴーレムだと思っていたのか! ば、馬鹿め! わ、わたしが土をこねくり回して、よ、喜んでいたとでも? 魔核コアなどどこにも、あるはずもない! きゅ、急所はあるにはあるが」

「ゴーレムじゃない、だと?」

 

 では、あれは何だ。

 ラクトスは眉根を寄せ、再び化け物を見やった。


 





「どうした? もう魔法は撃たないのか?」

「そ、それが……」


 勢いを無くした魔法使いたち。兵士たちの気まずげなやり取り。

 様子から察するに、化け物には魔法の耐性まで備わってしまったようだった。

 今まではラクトスの詠唱時間を稼ぐために奮闘していたフリッツたちだったが、ラクトスが力尽きた今となってはどうしようもなかった。やれるだけのことはやったし、思いつくこともした。しかし化け物は魔法攻撃にも強くなってしまった。

 そして受けたダメージは、すべて無かったことになった。

 他に出来ることなどあるのだろうか。


「ばか! あんた、なんでこんなところに!」


 ルーウィンの尖った声が飛び、茫然としかかってたフリッツは振り返る。

 そして驚いた。そこには赤子を抱いて小走りしてくるメアリの姿があった。


「メアリさん! 来ちゃだめですよ!」


 一番近かったフリッツはメアリの手を掴み、少し離れた木陰へと誘導した。一緒に移動しては化け物の気を引く可能性があると判断したのか、ルーウィンとモーネはその場に留まった。

 赤子を抱えたメアリは息を切らし、額に汗を浮かべ、顔を真っ赤にしている。


「それはそうなんだけどあの子たちが……預かっていた子たちが、お母さんが心配で飛び出して来ちゃったの。あの子たち、どこ行ったのかしら。ねえ、彼女は無事でしょうね?」


 一瞬何の話かわからなかったが、すぐに先ほどの治癒士のことだと思い当った。彼女は確か子供の話をしていたような気がする。


「その子供たちっていうのは見てないので、多分ここに来てはいないと思います。治癒士の方にはさっき会って助けてもらいました。今はティアラと一緒にいます」

「無事なら良かったけど……じゃあ、子供たちを捜さなくっちゃね。ティアラちゃんも大丈夫かしら。彼女、相当辛そうだったから」

「疲れた顔はしてたけど、なんとか持ち直してはいたと思いますよ」


 それを聞いて、メアリはほっと表情を緩ませた。


「それなら少しは安心かな。久々に会ったのに、こんなことになっちゃったし、なんだかとても辛そうでまともに挨拶も出来なくて……」

「その子供たちのことはぼくが捜します。さあ、メアリさんはもう行ってください。ここは危険です」

「え、ええ。そうするわ」


 フリッツは息つく間もなく引き返すことを促した。戸惑うメアリだったが、大人しく来た道を戻ろうと踵を返す。

 だがその足を一旦止め、視線を上げた。


「ねえ。あの怪物、倒せそうなの?」

「それが……」


 フリッツは言い淀む。たった今、打つ手がなくなったところだとはとても言えない。

 メアリは巨大な化け物の存在を感じつつも、敢えて視界には入れなかったのだろう。

 子供たちを追いかけてきたとはいえ、騒動の渦中に飛び込むのは恐ろしく、ましてやこの巨大な化け物が目に入らないわけがないのだ。フリッツや兵士が集まっている場所まで見ないふりをし、騙し騙しなんとかやって来たのだろう。もしかしたら、メアリが追いかけてきた子供たちは、王宮に近づくにつれ存在感を増していく化け物に恐れをなし、途中で逃げてしまっているかもしれなかったし、そうであって欲しいと願った。

 不意にメアリが小さく悲鳴を上げた。


「どうしました?」


 メアリの青ざめ方は尋常ではなかった。腕の中の赤子が壊れてしまうのではないかと思うくらい、強く力を入れている。

 その恐怖に染まった、視線の先には。


 化け物が、こちらを見ている。

 気のせいではない。確かに、見ている。

 地面が僅かに揺れる。一歩、二歩、三歩。進む。来る。

 その腕が、迷いなく伸びる。

 あまりのことに、声も上げられなかった。


 フリッツの目の前で、メアリは化け物の手に掴まれた。



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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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