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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第15章 平穏の終わり
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第十三話 家庭訪問


「おい、押すなよ!」

「えー、だって気になるじゃない。あの兄ちゃんにお客さんだよ? いいじゃない、ちょっとくらい覗き見したって、減るもんじゃないし」

「でも母ちゃんが大人しくしてろって言ってたよ?」

「ちょっと、もうすこし静かにして……!」


 扉の向こうからは隠れるつもりがあるのかないのか、子供たちの気配がする。

 茶を出し終えた母親は聞こえてくるヒソヒソ話に苦笑し、自分も席に着いた。


「大したお構いも出来ずすみません。子供が多いもので、落ち着かないとは思いますが」

「いいえ、賑やかでなによりですよ」

「では、いただきます」


 客人用らしい新調されたカップと、決して薄くない色と香りの茶。

 マティオスとミチルは出されたそれに口をつけ、一息つく。


「引っ越しかあ」

「引っ越しですねえ」


 マティオスとミチルは今、ラクトスの生家とは別の家屋にいた。

 もぬけの殻となっていたぼろ家で出会ったのは、ラクトスの弟妹たちだった。新たな住処に引っ越したものの、前の家が恋しくなってたまに遊びにいくのだという。散々怪しまれたがなんとか彼らに事情を話し、新しい家へと案内され、今に至る。


 茶をすすりながら、マティオスとミチルはそれとなく辺りを窺った。

 新しい住まいはかなり街寄りで、結果として来た道を戻ることとなった。高等魔法修練所からもほど近い場所にあり、人通りの多い通りに面している。建物は真新しくはないが決して粗末ではなく、レンガ造りで頑丈そうだった。これなら前の家のように雨漏りや隙間風に困ることはないだろう。

 母親が申し訳なさそうに言った。


「せっかく尋ねてきてくださったのに本人が留守ですみません。あの子はグラッセルに職を探しに行って、そのままなんです。ちっとも帰って来やしない」

「お気になさらず。たまたまこの近くを通りかかったもので。それにしても、子供たちと会えたのは幸運でした」


 マティオスが扉の隙間に向かって微笑むと、子供たちがドタバタとその場を離れていくのがわかった。


「ところで、最近越してこられたんですか?」


 続けてマティオスが尋ねる。この場は大人同士のほうが話が簡単だろうと、ミチルは敢えて口を開かず茶を飲んでいた。


「ええ、ずいぶん急だったんですよ。ですから家具やなんかはそのままになってしまって。知人の方からここを紹介してもらったんです。前の家は手狭でしたので大助かりで」


 そう言ってはにかむ母親は朗らかな人柄で、正直ラクトスとは似ても似つかない。先ほど案内してくれた弟妹たちも特に目つきの悪いものはおらず、残る父親の顔が非常に気になるところだった。しかし残念ながら、父親は仕事で不在だ。

 不意に扉がバンと開き、マティオスとミチルは振り返る。


「お前ら、本当に兄ちゃんのトモダチか?」

「これ、アル! 失礼でしょう!」


 先ほどは蜘蛛の子を散らしたように去って行ったが、今度は正々堂々、正面から様子を見ることにしたらしい。

 そこには四人の子供たちが立ちはだかっていた。この中では最年長らしい少年は仁王立ちを崩さず、上の少女と下の弟は母親の叱責にやや委縮し、下の少女は好奇心に目を輝かせている。ラクトスは七人きょうだい、残る二人はというと年長の少年少女がそれぞれ背負っているらしく、きゃっきゃと赤子のはしゃぐ声が聞こえた。

 それを見て思わずマティオスは立ち上がる。


「わあ、双子かい? さっきは居なかったね、近くで見たいなあ」

「……あ、良かったらどうぞ」

「おいサマンサ! 怪しいやつと慣れあうなんてどういうつもりだ!」


 長女がすぐに背中を差し出し、マティオスは赤子を見やった。


「向こうの子とそっくりだね、命の神秘だなあ。おれの周りでは双子はすぐにどちらか片づけてしまうから、なかなかお目にかかる機会がなくて」

「マティオスさん、さらりと物騒なことを言わないでくださいね」


 子供たちの顔色が変わり、すかさずミチルが釘を刺す。跡目争いの観点からのディングリップ貴族の風習だろうが、怪しまれているこの状況で事態をややこしくする言動は控えてほしいものだ。

 母親の険しい顔はアルと呼ばれた年長の弟に向けられた。どうやら彼が次男らしい。


「いい加減になさい! はるばるラクトスを尋ねて来てくださったのよ!」

「だっておかしいだろ! こいつら大人と子供だ、兄ちゃんと歳が違い過ぎるじゃないか」

「旅をしていると色んな人に出会いますから。違う年代の友人がいたっておかしくはないですよ」


 ミチルが答えると、次男はマティオスとミチルを交互に見た。


「お前ら、兄弟か?」

「心外です」

「酷いなあ」


 真顔で即答したミチルにマティオスは苦笑した。


「じゃあお前らはトモダチなのかよ」


 しばらくの沈黙の後、二人は顔を見合わせる。


「もちろん、そうさ。ねえミチルくん」

「そうですね。そういうことにしておきましょう」

「でもおれたちお互いにラクトスくんとはしっかりばっちり友達だから」

「そうですね。友達の友達は友達って言いますし、じゃあやっぱりぼくたちもそういうことにしておきましょう。心外ですが」

「お前ら絶対トモダチじゃないだろ!」


 騒ぎ立てる次男を押しやり、赤子を背負った長女が遠慮がちにマティオスに尋ねた。


「あの、都から来られたんですよね?」

「ああ、そうだよ」

「やっぱり! そこらへんにいる男どもとは全然違うねって話してたの。うふふ、やっぱり都の人はおしゃれよねえ」

「ちょっと、ウララ!」


 いかにもおしゃまそうな次女が言って、長女は顔を赤くした。都と言っても彼女たちが想像しているのは北のディングリップではなく南のグラッセルだろうが、嘘はついていない。


「母ちゃん、やっぱりこいつら怪しいぜ! こんな胡散臭い色男と胡散臭い子供が兄ちゃんを尋ねてくるなんて」

「あんたたち、いい加減にしないと怒るわよ!」


 蜂の巣をつついたような騒ぎは一気にしんと静まり返る。もう、怒っている。

 その時、タイミングがいいのか悪いのか、玄関先でノック音がした。逃げ出すように、三男がぱたぱたと走っていく。


 とにもかくにも場が落ち着いて、マティオスとミチルはちらりと目を合わせた。

 ラクトスの家族は全くの無事で、逆に元気すぎるくらいだった。ティアラが念入りに自分たちをここへ寄こしたのは空振りに終わったというわけだ。それでは自分たちもすみやかにグラッセルへ向かうのが得策だろう。


「母さん、いつもの人だよ」

「こんにちはー」


 間延びした声が聞こえ、三男が案内してきた新たな客人の登場に母親は弾かれたように立ち上がった。 次男は腕を組みケッと吐き捨てる。


「今度はいつもの胡散臭え奴か。鼻の上にガラスなんて乗せて」

「これ、アル!」

「いいんですよ奥さん、これはまだまだ見慣れない品でしょうから。どうですか、新居の住み心地は?」


 にこりと微笑む男性に、母親は恭しく頭を下げた。


「お陰様で。本当に、何もかも用意して頂いて。長男がご迷惑をかけたのに、こんなにして頂いては罰が当たってしまいます」

「まあまあ、そうおっしゃらず。彼に迷惑をかけたのは私のせいでもありますから」


 なるほど、これは確かに胡散臭い。マティオスとミチルは男を横目で見遣って、同時に思う。

 三十前後の男は長い鳶色の髪を後ろに流し、鼻先に丸眼鏡を乗せていた。眼鏡はこの辺りではまだまだ貴重品で、そうそう買える品物ではない。シンプルだがしっかりとした仕立てのローブは、男が若いながらに相当の地位にあることを窺わせる。

 それよりも聞き逃せないのは、長男という言葉だ。


「で、耳が大きくなってるきみたちかな。街はずれのドラゴンからやってきたのは」


 予想外に飛んできた台詞に、思わずマティオスとミチルは腰を浮かせる。

 その警戒を解くようにまあまあと手を動かしながら、男はレンズ越しに子供のように目を輝かせた。


「ちょっと話、聞かせてくれない?」







 ルーウィンは疲弊していた。

 ついさっきまで、まったく喋らない人間と居たと思ったら、次はこれだ。


「ねえ、けたたましいって言われない?」

「そうねえ、賑やかだとは言われるわ」

「そんなに喋って、舌噛まない?」

「ふふ。それ、ラクトスくんにも同じこと言われたわ」


 メアリの止まらないお喋りを聞かされながら、グラッセルの通りを行く。

 全部ラクトスのせいだ。ここへ来たのも手持ちがなかったのもメアリに捕まったのも、元をたどれば全部ラクトスが悪い。ふつふつと湧く怒りを腹に秘め、次に会ったらただじゃおかないと、ルーウィンは心の中でラクトスを呪った。

 メアリはいたずらっぽく笑う。


「わたしが喋って、げんなりしてる顔が面白くって。つい意地悪したくなって、集中的に攻撃したものよ。専業主婦をなめないでね、ご近所さんが遠くて話し相手が子供しかいないって大変なのよ。話すことに飢えてるの。もちろんマリィといるのが楽しくないわけじゃないんだけれども。ティアラちゃんとお喋りするのも楽しかったなあ、フリッツくんはすごくちゃんと話を聞いてくれるし。二人と一緒にお茶してると、なんだか女ばかりでいるような気になったりして」


 そして時折ぐずる赤子を、体を揺らしてあやす。

 メアリは少女をそのまま大きくしたような女性だった。

 もちろん、大人としての思慮分別はしっかりと持っている。赤子を抱いていても不自然ではなく、年齢もルーウィンより上なのだが、娘のように振る舞っても鼻につかない、無邪気な若々しさがある。皆に愛されて育ってきたのだろうと思わせる、屈託のなさが言動の端々(はしばし)に感じられた。


 ルーウィンがティアラやチルルを好ましく思うのもそれが理由だろう。彼女たちは昨今置かれていた環境こそ厳しかったが、やはり元は健全な家庭で生まれ育っているのが窺い知れる。それは個人ではどうすることもできないが、人を形成するうえで根幹にあるものだ。

 かといってダンテと旅をしていた根無し草の自分を哀れんだことなど無く、不幸だと思ったこともない。しかし自分はかわいげがないというか、世間的には擦れているというのだろう。

 家庭環境はさておき、モーネも似た類で、だからいけ好かないのかもしれなかった。


「こうして話してみると、あなた普通の女の子なのね」


 そんなことを考えている矢先にそう言われ、ルーウィンは苦笑した。


「でもって彼女、ずいぶん変わった子ね」


 なるほどと、ルーウィンは納得する。そしてモーネと一括りにされなかったことに、少しばかり気をよくした。相変わらず、すこし距離を置いてモーネは二人の後をついてきている。


「変人すぎて手を焼いてるわ」

「あら、それあなたが言う?」

「あたしを普通だって言ったのはどの口よ」

「あら、そうだった!」


 普通の女の子と、言った傍からこれだ。だが悪気はないらしく、メアリはころころと笑った。

 しかしモーネをちらと一瞥すると、こほんと喉を整え、声を落とした。


「知らない人間が入ってきて、遠慮させちゃったかしら。悪いことしちゃったなあ」

「別に気にすることないわ、いつもあんなよ。何も言わないから、何考えてるのかわかんない」

「そうなの? でもあなたのこと、彼女は頼りにしてる。懐いてると思うの」

「はあ?」


 思い切り顔をしかめ、ルーウィンは声を荒げた。

 メアリは意外そうに目をぱちぱちと瞬かせ、そして微笑む。


「彼女、きっとあなたみたいな人が好きなはずよ。あなた、とてもわかりやすいもの。あたしみたいにけたたましいのは、何を考えているかわからないんじゃないかしら。ちょっと警戒されているような気がするの」

「懐いてなんかないわよ。ちょっとの間、一緒に旅せざるを得なかっただけ」


 その間、ルーウィンはいつも不機嫌だった。メアリにペースを乱されているだけで、今だってそうなのだ。ルーウィンからしてみれば、モーネは不可解で不気味な存在だった。

 そしてメアリの言葉を思い返し、肩を落とす。


「ねえ。けたたましいって自覚あるなら、ちょっとは口を閉じたら?」

「あら、そうはいかないわ。せっかく捕まえた、久しぶりの話し相手だもの」


 メアリはまた笑った。ある意味、ティアラの何倍も手ごわいかもしれない。

 だが肝心のカーソンを思い出したのか、突然ぷうと頬を膨らませた。女の思考は、あっちこっちに飛んでいくものだ。


「それにしてもうちの人よ、いったいどこをほっつき歩いてるのかしら。都の女と浮気だったら、ただじゃおかないんだから」

「女房が赤ん坊身ごもってるってのに、さすがにそれはないでしょ」

「あら知らないの? 妻の妊娠中に浮気をする男は多いのよ。まったく、不誠実よねえ。油断ならないったら」


 何気ない返しでメアリの導火線に火をつけてしまったことを、ルーウィンは後悔した。


 その時、遠くで鈍い音が上がった。高く昇って、散って、空気が揺れる。

ふと見上げると、雲一つない空に白い煙が上っていた。花火にしては地味すぎる。空砲だろうか。


「何かしら?」


 空を見上げて、メアリは小首を傾げた。



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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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