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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第14章 巣食う草原
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第二十話 空も翔べるはず

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

今まで「小山」と表現していた草原のへそですが、「山」と表記を変えました(前話も変更済みです)。次回更新時に、この注意書きは消去させて頂きます。

 

 草原のへそまでおびき寄せる。そして山の中心に空いている穴へ、『草原の神』を突き落す。


 これがフリッツの考えた作戦だった。作戦、と言えるほど立派なものでもないが。

 果たしてそんな単純な罠にひっかかってくれるのか。そのあたりにいるモンスターでも、よほど知能の低いものでなければ使えない手だ。だが『草原の神』の性質を利用すれば、どれだけのダメージを与えられるかは別にして、罠に嵌めることは可能だろうと踏んだのだ。


 『草原の神』は目が無く、景色で周囲の状況を判別しているのではない。地中に棲んでいるため、おそらく高低を捕える感覚も鈍いはずだ。それに加え、輪の形態になれば急に止まることは難しい。

 これらの性質から、勢いをつけて斜面を登らせ、穴に突き落とす。先日草原のへそに上り、頂上から山の底を見下ろしたフリッツだから思いついたものだった。

 頂上の穴からの山の底までの高さは『草原の神』の体長の十倍ほどはある。人間の微々たる攻撃が効かないとなれば、地形を利用した物理的なダメージを負わせるしかない。だがこれでも傷つかなかった場合は、いよいよ逃げの一手に走るしかなくなる。


 ゴンザレスとフリッツは草原の中を全速力で駆け抜けていた。

 たった一頭のジベタリュウを追って、後ろから『草原の神』が追ってくる。どうやら輪形態での追尾ホーミングの範囲は最低限で、進路に獲物がいるうちは逸れていった獲物をわざわざ追いかけるといったことはしないらしい。


 ゴンザレスは全力で駆けているが、次第に加速する『草原の神』との距離はじわじわと縮まっていく。

 その気配を背中で感じ取り、フリッツは叫んだ。


「ゴンザレス、頑張って!」


 もうすぐそこまで『草原の神』が迫っている。

 突然、ゴンザレスとの間に岩壁が現れた。先ほどのグランドノックを、遠くからラクトスが発現させたのだ。だがやはり先ほどと同じく、『草原の神』はその身体と勢いで岩壁をなんなく砕き散らす。

 それでも少々の減速にはなった。その隙にゴンザレスは距離を稼ぐ。

 魔法は危なくなったらということだったが、相手に気づかれないよう、ギリギリになるまで発動はさせないのだ。フリッツの心臓に悪いことこの上ない。


 だが問題はここからだ。

 ゴンザレスと『草原の神』は、ついに草原のへその傾斜へと差し掛かる。


 ここまでもゴンザレスはほぼ全力疾走だった。しかし今からは急斜面が待ち受けている。輪形態で勢いをつけている『草原の神』のほうが、圧倒的に有利だ。

 さすがのゴンザレスも、もはや気力と根性だけで走っているのは、乗っているフリッツが一番よくわかっていた。だが、その脚さばきは一向に乱れることは無い。絡まってしまうのではと心配になるほどの勢いで、ゴンザレスは急斜面を駆け続けている。


「あとちょっと! もう少しだ!」


 何の足しにもならないであろう、励ましと声援。しかし今のフリッツに、それ以外に出来ることはない。

 もう少し。あと少し。


「見えた!」


 いよいよ山の頂上が見えてきた。それと同時に、真後ろにとてつもない存在感が迫り来る。背後が見えないにも関わらず、言いようのない圧迫感がフリッツを襲う。それはゴンザレスも同じはずだ。


 もう少し!あと少し!

 頂上が迫る。あとは直前で身をかわし、『草原の神』が穴に落ちるのを見届ければよい。

 だがゴンザレスの様子がおかしい。頂上近くに来て、速度を落とす気配がまるで無い。

 フリッツはそこで気が付いた。


 止まれないのだ。

 こちらも頂上を駆け抜けるつもりでなければ轢かれてしまう。直前で避けるなどという小細工の動作を入れては間に合わない。

 見通しが甘かった。

 背後には巨大な化け物。正面には垂直に開いた空洞。

 ゴンザレスは止まることが出来ない。


「ちょっ、待ってゴンザレス!」


 もう何度口にしたかわからない台詞。 

 最後の一歩を踏みしめ、その身体はフリッツごと宙に浮く。その後を、勢いよく回転を続けた『草原の神』の巨躯が舞う。

 このままでは『草原の神』もろとも、落ちる。

 フリッツは目をきつく瞑った。



 それは一瞬の出来事のように思えた。

 真下には、ぽっかりと空いた空洞の闇。

 宙に放り出された、なんとも心細い感覚。奇妙な浮遊感。

 この後待ち受ける落下の恐怖、その先の死を思う。

 ゴンザレスが駆け上がる。共に落ちようとしている『草原の神』の頭部だ。

 刹那、ゴンザレスの身体が足場にしている神に深く沈み込む。

 そして、高く跳んだ。



 何事かと、フリッツは恐る恐る目を開ける。

 眩しい世界だった。

 眼下には青々とした草原がどこまでも続いている。

 遥か彼方には、うっすらと白い山脈も見える。北大陸の果てだろうか。

 風は吹き、草は揺られ、ただそこに在る。

 天国かと思えるほどのパノラマに息を呑む。


 それも束の間、次第に高度が下がる。腹部が浮かび上がる、独特の感覚。浮遊感の後に待つのは、急激な落下。

 だが、違った。


「飛んでる……?」


 半信半疑で、フリッツは呟く。

 山の真ん中に開いた空洞を、ゴンザレスは飛んでいた。落ちているのではない。空気の流れに乗って、羽を広げて滑空している。

 普段は使われず、駆ける際にはバランスをとるためにちょこんと身体に添えられているだけの前脚が、今は大きく広がり、翼となって空気の流れを受けている。

 空洞の外周いっぱいに、くるりくるりと見事な円を描きながら、ゴンザレスは徐々に高度を下げていった。

 フリッツは知らず力いっぱい握りしめていた拳を解いた。嫌な汗でぐっしょりだったが、下降に伴う空気の動きが風となって心地よい。


「すごいよゴンザレス! きみ、飛んでるよ!」


 フリッツは興奮気味に叫んだ。

 ゴンザレスからの返事はない。飛ぶことに集中しているのだろう。だが、ゴンザレスも高揚している。それは顔を見なくてもわかった。


 真下には、踏みつけられて先に落ちた『草原の神』が地面にめり込んだようになっているのが見える。動いてはいないが、まだ油断は出来ない。

 地面と不気味な巨躯とが次第に近づいてくる。だがゴンザレスは鮮やかに、山底の脇へと降り立った。


 あっという間の空中散歩だった。

 あまりのことにフリッツはぼうっと立ち尽くした。それはゴンザレスも同じようで、その場に止まってはいるが珍しく落ち着きが無い。


「フリッツ!」


 駆けつけた一同にフリッツは興奮ぎみにまくしたてた。


「みんな! すごいよ、見てた? ゴンザレスが飛ん、痛っ!」

「勝手なことするんじゃないわよ! なに一緒になって落ちてるのバカじゃないの!」


 つかつかと歩み寄ってきたルーウィンに即座に殴られる。あんまりな仕打ちにフリッツは涙目になった。


「だ、だってあそこで止まったら轢かれてたんだよ!」

「轢かれれば良かったじゃない!」

「そんなあ」


 必死の思いで窮地を乗り切ったのに、こんな酷い仕打ちがあるだろうか。

 マティオスが微笑みながらルーウィンをなだめにかかる。


「まあまあルーウィンちゃん、抑えて抑えて。気持ちはわかるよ、死ぬほど心配したんだよね? フリッツくんが落ちた時すごい顔して」

「うっさい!」


 ルーウィンの拳はマティオスに向いたが、ひょいと避けられてしまった。

 元に戻ったゴンザレスの前脚を気にしながらも、ラクトスは冷静だった。


「ありゃ上手く落ちてただけなんじゃないか?」

「いいや、確かに滑空してた。十分に飛んだと言えるよ。ラクトスくんは夢が無いなあ」

「ジベタリュウが飛ぶなんて聞いたこともありません。信じられない……!」


 たった今目の当たりにした光景が信じられずに、ミチルは目を見開いていた。

 しかしジベタリュウが空を飛ぶより、彼には重要なことがある。


「ですが今は、それより」


 ミチルは山の底の中心に目を向けた。そこには横たわる『草原の神』の身体が転がっている。

 『草原の神』はぴくりとも動かない。


「やったの?」


 フリッツはそろそろと後退した。まだ息の根を止めたという確証はない。眉をしかめて、ルーウィンは生死を見極めようとしている。


「あれだけの高さから落ちたのよ。さすがに無事じゃ済まないと思うけど」

「そうあって欲しいがな」


 それぞれ武器を手に、緊張した時が過ぎる。だがしばらく経っても『草原の神』に動きはない。誰からともなく構えていた腕を下ろし、一同の表情は和らいだ。

 こころなしか黒い巨躯はわずかに縮んでいるように思えた。動き出す気配はない。

 ミチルが吸い寄せられるように、ふらふらと横たわる亡骸に近寄っていく。そしてすとんと、その場に腰をついてしまった。気が抜けたのだろうか。


「やっと、死んだ。これで、チルルは……」


 フリッツは恐る恐る近づき、大丈夫だとわかると、ミチルの肩にそっと手を置いた。


「ミチル、戻ろう。チルルたちと合流するんだ」

「さぁて、とっととここから離れるわよ」


 ルーウィン、ラクトス、マティオスは各々奇獣に跨り、手綱を取る。

 座りこんだまま動こうとしないミチルの横にフリッツはしばし立っていた。

 

 悲願を果たし、ミチルが今どんな思いでいるのか。両親を亡くし、幼いながらに苦労を重ね、ここへ戻ってきた。

 そうしてようやく、両親を奪い妹の心を恐怖で固めてしまった憎い化けモンスターの亡骸を目の前にしている。

 単に手放しで喜べるものではないようだ。きっと様々な思いが駆け巡っているのだろう。そう思って、フリッツはミチルの小さな背中を見守った。



 その場に居る誰もが気付いていなかった。

 横たわる『草原の神』の、わずかな蠢きに。



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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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