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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第14章 巣食う草原
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第六話 ジベタリュウ


「依頼って……これ?」


 草を食む騎獣たちの前で大ぶりのスコップを持たされ、フリッツは目をぱちぱちと瞬かせた。他の四人もそれぞれ、バケツやらブラシのようなものを持たされている。

 ミチルはいたずらっぽく微笑んだ。


「そうですよ。騎獣たち世話のお手伝いです、いけませんか?」


 それを聞いて、フリッツは胸を撫で下ろす。


「なんだあ。ぼくはてっきり、もっと危ない依頼をされるのかと思ったよ」

「ふふ、いやだなあ。いったいどんな依頼を想像してたんですか? フリッツさんは相変わらず心配性ですね」


 笑うミチルの後ろで叔母のライラは複雑そうな表情をしている。しかしミチルはいつもと変わらぬ様子で、フリッツたちに説明を始めた。


「みなさんにお願いしたいのは騎獣の毛づくろいや鞍の修繕、あと糞の回収ですね」

「糞の回収? 草原なのに?」

「固めて干すと、これが良い燃料になるんですよ。あっ、燃やしてもそんなに匂いませんから安心してください」


 なるほどと、フリッツは持たされた大きなスコップを見た。草原には木と呼べるものが灌木程度しかない。薪の代わりに騎獣の糞を代用するのが草原の民の生活の知恵、というわけだ。

 そこへ一匹の騎獣がふらりと寄って来た。思わずフリッツはスコップの柄を握り締める。騎獣はフリッツの頭をじっと見つめてきた。顔と同じ高さに自分より大きな頭を持つ生き物がいるというのは、なかなかに緊張するものだ。


「な、なんだろう」

「ふふ。フリッツさんの髪の毛を、草と勘違いしたのかもしれませんね」


 だが危害を加える様子はない。フリッツは恐る恐るながら目の前の騎獣を見つめた。

 草原の民の騎獣、ジベタリュウ。

 黒々とした瞳を時折細め、フリッツの頭を見ているのか、はたまたどこか遠くを見ているのか。よくよく見れば顔はトカゲのような皮膚だが、爬虫類独特の気持ち悪さはあまり無い。嘴と頭の羽飾りは鳥のようで、こうして改めて見ても不思議な姿だった。

 毛づくろいのブラシを持たされたマティオスがミチルに尋ねる。


「ここでは、いったいどれくらいのジベタリュウを飼っているんだい?」

「三十弱ほどでしょうか。成人したら一人に一匹与えられるんです。ちなみにナッツ=メドウでの成人は十五なんですよ」


 マティオスもミチルも互いの印象が良くないと知ってか知らずか、しかし会話は特に含みもなく成り立っている。マティオスはもちろん、ミチルも精神的に大人だからだろう。余計な心配はなさそうだと、フリッツは安心する。

 ミチルの言葉に、ルーウィンが口を開いた。


「じゃあ、あんたの乗ってるパタ坊は?」

「ああ、母の乗っていたものです。亡くなった時に貰い受けたんですよ」

「ふーん」


 ミチルはさらりと言ってのけ、ルーウィンも特に過剰に反応することは無い。やはりライラは複雑そうな表情をしているようだが。

 フリッツは恐る恐る騎獣に手を伸ばした。しかしその瞬間、喉を反らしてグエエエと啼かれ、フリッツは飛び上がる。


「うわ! びっくりしたあ!」

「すみません、この騎獣たちはまだ誰のものでもないんですよ。そこまで人には慣れていないのかもしれません」

「そ、そうなの?」


 もっと早く言って欲しかったと、フリッツは飛び出しそうになった心臓を抑える。目の前で大きな嘴を開き、喉の奥を震わせてあの鳴き声が突然出すのは勘弁してほしい。

 不意に、バケツを手にぼうっと突っ立っているモーネを見、何かを思いついたようにマティオスは言った。


「ミチルくん。彼女にジベタリュウを触らせてあげてもいいかな」

「どうぞ。なんなら乗ってみますか?」

「ぼくたちでも乗れるの?」


 マティオスの申し出をミチルはあっさりと快諾した。それまで一歩退いていたライラが、やっと表情を緩めた。


「わたしたちが見ていれば、よっぽどは大丈夫よ。変なことさえしなければ、彼らは基本的に温厚だし。乗りこなすのは難しいけどね。さあ、どうぞ?」


 言ってライラは騎獣の手綱を握り、モーネに手を差し伸べた。だが肝心のモーネは相変わらずの無表情のままだ。


「別に」

「まあそう言わずに乗ってごらん。こんな機会は滅多にないよ」


 まったくその気のないモーネに、マティオスはいちいち世話を焼く。だがこれ以上抗うのは面倒くさいと思ったのか、モーネは意外にも大人しくあぶみに足をかけた。そしてライラの指導でゆっくりとくらに腰掛ける。

 乗ってしまうと、ただでさえ背の高いモーネの顔は、今や見上げなければならない高さにあった。それを見てマティオスは微笑む。


「どうだい? 乗ってみて感想は」

「高い」


 あまりにも簡単すぎる答えに、ライラはくすりと微笑んだ。


「あらあら、ずいぶん素直な感想ね」

「もっと他に言うことないわけ?」


 対照的にルーウィンは苦々しげな言葉を放ち、フリッツは苦笑する。ルーウィンはすでに持たされていた道具を地面に置き、手伝いをする気はさらさらないようだ。


 鞍の上のモーネは無表情のまま草原を見ている。時折ジベタリュウが下を向いたり、どこか痒いのか首を捻ると、鞍上のモーネも揺れる。しかしそれにいちいち動じることは無く、騎獣の動きに身を任せているようだ。

 もっとも、何も考えていないだけなのかもしれないが。フリッツには、まんざらでもない表情をしているように思えた。


「よかったら、フリッツさんも乗ってみますか?」


 ミチルの申し出に、フリッツは全力で首を横に振る。


「えっ。いいよ、ぼくは」

「なに遠慮してんのよ。どうせ他にやることないんだし、乗ってみたら? あんたチビなんだし」


 ルーウィンの言葉の凶器に、フリッツは深々とため息を吐く。もはや例の二文字の暴言に反撃する気すら起こらなかった。


「……パタ坊はいないの?」


 パタ坊ならフリッツを見知っているし、乗せてもらったこともある。初めての騎獣に乗るよりはよっぽどいいだろう。

 しかしミチルは肩をすくめてみせた。


「残念ながら、こういう状況なので。よその家族に預けられているみたいですね」


 また余計なことを言ってしまった。思わずフリッツは眉を下げる。


「そう、だよね。心配だよね、ごめん」

「いいえ、特には。彼はああ見えて図太いので」


 ミチルはけろりとした顔で答える。どう見えて図太いのか、ということは敢えて聞かないでおく。


「あなたもどうぞ。手綱はわたしが持っているから」

「それじゃあ……」


 ライラにまでそう言われてはこれ以上断るわけにもいかない。足の裏がもぞもぞするのを感じながら、フリッツは恐々鐙に足をかけた。


「そうそう、重心をかけて。ゆっくり、そのまま上がって」


 ライラの声に促され、フリッツは鞍の上に跨る。静かに腰を下ろすと、脚の緊張が解け、ふうと一息ついた。

 そして、ゆっくりと目を開ける。


「お、おお!」

「どうですか?」


 歓声を上げたフリッツに、楽しげにミチルが訊ねた。


「ラクトスとマティオスの頭のてっぺんが見える!」

「そりゃ良かったな」


 高揚し頬を染めるフリッツに、ラクトスは小さく笑った。背が低い人間にとって、誰かを見下ろすというのはなかなか味わうことの出来ない貴重な体験だ。

 背筋を伸ばせば、さらに視線が高くなる。風の吹き抜ける草原を、フリッツは見渡した。

 以前パタ坊に乗ったことはあるが、あの時は気持ちが沈んでいたし、草原で連行されている間も多少緊張はしていた。それに誰か乗せられるのではなく、騎獣の首のすぐ後ろに一人で跨るのとは見える景色が全く違う。


「あら、案外大丈夫そうね。よかったら手綱、持ってみる?」


 ライラから手渡され、フリッツは手綱を握った。

 だがその瞬間、まるで謀ったかのようにジベタリュウは首を伸ばし、高らかにいなないた。突然のことに対処できず、フリッツはバランスを崩す。


「うわっ!」

「フリッツさん!」


 ミチルが声を上げるのとほぼ同時に、フリッツは鞍から振り落とされた。結構な高さからの落下だったが、上手く受け身をとったために大事には至らない。暴れる騎獣の嘴と手綱をライラは押さえ、ミチルは転がったフリッツを助け起こした。


「ごめんなさい! わたしが手綱を預けたせいね」

「いえ、ライラさんのせいじゃ……痛たた」

「踏まれなくて良かったですよ。それに、さすが受け身はお上手ですね」


 見たところフリッツに怪我はない。尻から落ちたわけでもないので骨折も免れた。身体を丸めて上手く落ちたものだと、我ながら苦笑する。


「フリッツくん、無事かい?」

「おい、大丈夫か?」

「うん平気。でも、びっくりしたあ」


 駆け寄るマティオスとラクトスにフリッツは力なく微笑んでみせる。モーネは相変わらずなんの反応も見せず、まだゆらゆらと鞍の上で揺られていた。

 ライラが騎獣を落ち着かせ、事態はすぐに収まった。するとルーウィンが、フリッツを振り落としたジベタリュウに近づいていく。


「なによ、そんなに難しいの?」

「ルーウィン、危ないからやめたほうが……」


 だがフリッツが制止する前に、ルーウィンはあっさり鞍に飛び乗った。あまりにも軽やかな身のこなしに驚いているライラからさっと手綱を取りあげる。騎獣は特に暴れる様子も見せず、大人しくルーウィンを乗せたままだ。


「ふうん、案外簡単じゃない」


 ルーウィンが手綱を緩め軽く腹を蹴ってやると、ジベタリュウは大人しくゆっくりと歩き出した。


「さすがルーウィンさんですね。お見事です!」

「まあ、こんなもんよ」


 高い視線が気に入ったのか、ルーウィンは上機嫌だ。

 一方、フリッツは深いため息をついて地べたに腰を下ろす。すると隣にラクトスがやってきた。


「まあそんなに気を落とすなよ。騎獣に乗れないからって死ぬわけでもあるまいし」

「いや、でもあんなにも軽々と乗られちゃうと……」


 元々運動神経の良い人間は、感覚だけでどうにか出来てしまうのだろう。ルーウィンは鐙に足をかけ、すでに辺りをぐるぐると走っている。

 自分があれだけ無様に落っこちた後、ルーウィンにあっけなく乗られてしまうのはなんだか複雑な気分だった。男として立つ瀬がない。もっとも、自分が格好悪いのはいつものことで、ルーウィンはそんなこと気にも留めていないだろうが。


「それがまた複雑な気持ちになるんだよね……」

「よくわからないが、お前の言いたいことはなんとなく伝わるぞ」


 ラクトスにしては珍しくフリッツに同情してくれているようだ。


「でも良かったよ、ミチルからの依頼が手伝い程度で」

「お前、まさか本気でそう思ってるのか?」


 きょとんとするフリッツに、ラクトスはにやりと笑った。


「あれはまた別に依頼してくるつもりの顔だぞ」

「や、やっぱりそうなの?」

「さあな。ここにはあいつの叔母もいるし、そう簡単には切り出せないんじゃねえか」


 ライラは五人の見張りも兼ねてこの場に居る。しかし彼女もそれは本意ではなく、だからこそ騎獣に乗るというわがままを許してくれているのかもしれなかった。

 そうこうしていると、ぞろぞろと数人の男たちがこちらへやって来るのが見えた。族長がやって来たのだとすぐに悟る。


「昨日の話し合いの続きがしたい。客人たちよ、こちらへ」


 フリッツはラクトスと顔を見合わせ、頷いて立ち上がる。

 ライラがミチルに歩み寄り、そっと両肩に手を置いた。励ましているのか、はたまた逃げないようにそうしているのかはわからない。

 だがミチルは相変わらず動揺した様子も見せずに、五人に軽く手を振って見送った。






「騎獣のレースで勝負だあ?」


 ラクトスの怪訝な声が上がる。

 先日と同じ天幕の中で、そうだ、と族長は首を縦に振った。


「メドウの民の伝統的な勝負方法だ。一対一で草原のコースを駆け抜け、勝った方の条件を呑む。どうだ、簡単だろう?」

「それは確かに、わかりやすいけど……」

「腑に落ちないね。昨日の今日で何かあったのかい?」


 フリッツは困惑した。マティオスは穏やかな表情だが、その瞳は笑っていない。


「我々とて、問題を長引かせるのは本意ではないのだ。あなた方を長くここに引き止める理由はない」

「じゃあそんな条件出さずに、とっとと解放してくれればいいじゃないの」

「それは出来ない。ミチルの考えが変わらなければ結局は平行線だからな、それでは意味が無い。あなた方が説得してくれるのなら話は別だが、あの子はシラを切るだろう」


 腕を組んでぶすくれるルーウィンに、族長は答えた。


「間違えないで欲しい。我々はあなた方をすぐにここから追放することも出来るのだ。それをせず、こうして条件つきで交渉しているのはかなり紳士的なやり方だと思っている」

「まあ、その通りだな」


 ラクトスは口元を歪めた。勝手に草原に足を踏み入れ厄介になっている以上、こちらの立場が弱いのはどうすることもできない。

 族長は一つ咳払いをした。


「それでは、交渉成立だな。レースを申し込むこちらの騎手はすでに決まっている。そして、相手はすでにそちらの騎手を指名してきているのだ。ぜひ、きみにと」


 族長の視線の先の人物に、皆の視線が一斉に集中する。


「……ぼく?」


 フリッツは自分を指し、目を瞬かせた。




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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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