第七話 目撃者を探せ
【第七話 目撃者を探せ】
三日間、フリッツは修練所内を走り回った。
そして今は、背中を丸めてとぼとぼと修練所の中を歩いていた。その後ろから平然とした様子のルーウィンと、苦笑するクリーヴとがついてくる。
嫌な顔をされながら、それでも必死の思いで走り回った三日間だった。それがなんの結果にも繋がらない。むしろ聞き込みの結果が、他の門下生たちのアリバイを確かなものにし、逆にラクトスのアリバイはうやむやなまま、事態は悪い方へと向かうばかりだった。
「本当に魔法なんてかけられたの?」
いい加減に、実のない聞き込みに飽き飽きしていたルーウィンが言った。
「そもそも、あんたがそう言ってるから、今こんなことしてるのよね。魔法なんてかけられていなくて、あんた自身が、本当にあのツリ目が放火したところを見たって言うんなら、話はしっくりいくわけよ」
「そうだね。確かに、混乱してしまったという可能性も無きにしも非ずだね」
クリーヴも頷いた。フリッツは声に出して唸った。
「うーん、そうなのかなあ。実はだんだん、ぼくもわからなくなってきてるんだ」
火事が起こり、証言をしたのはもう三日も前のことになってしまった。
もともと曖昧だった記憶に、さらに時間の経過が加わって、フリッツも自信がなくなってきていた。 このままでは、あの目つきの悪い門下生が犯人として退所させられてしまうだろう。
「あ、あの」
突然声を掛けられ、フリッツは驚いて足を止めた。
目を向けると、そこにはしっかりと人が立っていた。空耳ではなく、勘違いでもなかったようだ。
フリッツよりやや年下の少女で、ローブを着ている門下生だ。この修練所の門下生から声を掛けられるのは初めてだった。フリッツはきょとんとして首をかしげる。
「ぼく、ですか?」
「あ、はい。えっと。あのですね」
少女が言いよどんでいると、助け舟を出そうと後ろからクリーヴがやってきた。
「何か用かい?」
クリーヴが優しく微笑みかけると、少女は顔を真っ赤にした。
「いえ、なんでもありません」
門下生の女の子は、あっという間に走っていってしまった。
それを見て、クリーヴは目をしばたかせた。
「邪魔しちゃったかな。何の用事だったんだろうね。あの子、フリッツくんのファンだったりして」
「あら、優等生にも冗談言えるのね」
ルーウィンが可愛くない言葉を返して、クリーヴは困ったように苦笑する。
「あの子。前に話を聞こうとして、逃げていっちゃった子だよね」
「そうだった?」
ルーウィンは興味なさそうにそう言うと、クリーヴと共に歩いていってしまった。
フリッツはしばらく女の子が去って行った方を見つめていたが、ルーウィンに置いていかれることに気がつき、急いで駆けて行った。
フリッツはルーウィン、クリーヴと所長室に訪れていた。前日までの聞き込みの結果を直々に報告するためだ。
容疑者であるラクトスの処分はとりあえず謹慎ということで、まだ確実に退所処分が決まっているわけではない。所長のガルシェも事態が事態なだけに、対処は慎重に進めているようだった。
しかしいくら門下生たちに話を聞いても、進展はまったくなかった。三日間、朝から晩までフリッツは修練所内を駆けずり回り、なんとかしようと試みたがその甲斐はなかった。
ラクトス自身は、自分がやったとは言っていない。
しかし取り調べた際の彼の様子は、必死に否定するでもなく、問い詰める講師たちをただ気だるげに睨んでいたということだった。
決定的であったのがフリッツの証言であったわけだが、魔法をかけられ操られた可能性があるとして、現時点では保留になっている。しかし魔法をかけたであろう『誰か』がいつまでたってもわからないのであれば、火事の際のフリッツの発言だけで、ラクトスに処分が下される可能性もあるというのだ。
「ちゃんとした証拠もないのに犯人だなんて、そんなのおかしいです」
フリッツは所長に珍しく食って掛かった。しかし所長は余裕のある表情で肩をすくめてみせる。
「その証言をしたのは、他でもないきみなんだけどなあ、フリッツくん」
「……すみません」
一転してフリッツは小さくなった。所長はメガネのつるに手をかける。
「で、どうだったの? 三日間かけて聞き込みした成果は? きみが魔法をかけられたであろう、あの時間に講義も受けず外でふらふらしている門下生はいたのかな」
「それが、いたにはいたんですが。友達複数人でおしゃべりしていたり、勉強していたりで。誰も嘘をついていなければ、あの時間誰からの証言もないのはラクトスくん一人です」
「あんなところで一人でいるのが悪いのよ。友達がいないって、嫌ね」
ルーウィンが辛辣な意見を口にした。それを聞いてクリーヴが困ったように苦笑する。
一方、所長は腕を組んで考え込んだ。
「そうなると、やっぱり事件現場での発火魔法は、現場にいたラクトスくんになっちゃうねえ」
「そんな!」
フリッツは声を上げる。
所長はまあまあと手を上下させ、フリッツをなだめた。
「フリッツくんの証言と、あの時間、あの現場には彼以外居なかったという事実が、彼を犯人だと示している。発火魔法の発動範囲は、うちの門下生レベルならせいぜい術者の視界程度。事件当時、現場付近に彼しかいなかったことを鑑みても、やっぱり犯人は彼で決まりかな」
「そうですね。この修練所で、遠隔で発火魔法を使うことの出来る門下生はちょっといないと思います。そんなに実力のある門下生なら、そのことは周知の事実でしょうし。もちろん先生方なら可能とは思いますが。やはり、最も現場近くにいた魔法使いが発火魔法を使ったと考えるのが自然でしょう」
クリーヴのその言葉は、冷静に状況を判断しているものであったが、それは結果的に容疑者の門下生が犯人であるということに繋がりかねないものだった。
所長もクリーヴも、やはり犯人はラクトスであるという結論に至ってしまいそうで、フリッツは焦った。
「ガルシェさんがそんなこと言い出したら、ラクトスくんはおしまいなんですよ」
思わずフリッツは恨みがましい言葉を口にした。
「そう言われてもねえ。現に結果がそれを物語っているし。ぼくは彼の人となりをよく知らないから何とも言えないけれど、聞けばなかなかいわくのある人物だそうじゃないか」
所長にそう言われ、フリッツはうっと言葉に詰まった。確かにここ数日で得た情報といえば、ラクトスの評判が非常に悪く、誰も彼が犯人であることに疑いを抱いていないということだけだった。
「だいたいね、フリッツくん。きみは旅に出てまだ数日しか経っていないそうじゃないか。旅の疲れと火事を見たショックで、証言をしたときの記憶があいまいだという可能性はないのかい?」
「うう。なんとも言えません」
フリッツの様子を見て、ガルシェは息を吐いた。
所長は決してフリッツを責めているわけではなかったが、その口調からも、彼が犯人をラクトスであると決め付けているのは明らかだった。
「証拠不十分で処分なし、というのも出来なくはないけれど、それはうちの修練所の沽券に関わる。これでなにもしなかったら、門下生たちの親がうるさいだろうなあ。支援金も打ち切られちゃうかも。そうなったら、多くの門下生が路頭に迷う結果になる。これは宙ぶらりんにさせていい問題じゃないんだ。なんらかの形で、決着をつけなきゃね」
項垂れるフリッツを見て、所長はなにか思い出したように顔を上げた。
「そうそう、肝心の魔法使いだけど、そっちはもう少してこずりそうなんだ。悪いけど、しばらく滞在していてくれるかな」
「まだかかるの? 今日にはなんとかなるって言ったじゃない」
今まで大人しくしていたルーウィンが不満の声を上げた。ガルシェはそうくるだろうと思っていたらしく、案外落ち着いた様子で切り返す。
「その予定だったんだけれどね、ほら、火事の一件があったからさ。色々段取りが悪くなってしまって」
「なによ、それまでずっとこの犯人探しをしてろっていうの?」
「犯人が他にいるなら、そういうことになるね」
文句を言うルーウィンに対して、あくまで冷静にガルシェは言った。
その日は行き詰ったままで、展開は望めそうになかった。クリーヴは講義へと戻っていった。
すっかりやる気をなくしてしまったルーウィンに引きずられ、フリッツはガーナシュの中心街へ来ていた。ガーナッシュの街でまだ美味しいものを食べていない、これもあんたの犯人探しに付き合わされたせいだとさんざん喚かれ、仕方なしにフリッツもついて来た。
フリッツは諦めたわけではなかったが、希望がなにも見えず、どうしたらいいのかわからずにいた。
「よう、デコっぱちとピンクいの。犯人捜しは進んでるか? それとも慰謝料用意できたか?」
知り合いなどいないはずの街中で声をかけられ、フリッツは顔を上げる。
そこには稀に見る目つきの悪い青年、容疑者の門下生であるラクトスが八百屋の前掛けをして立っていた。
「きみのうち、八百屋なの?」
「いいや、これはただのアルバイト。掛け持ちはいくつかしてるけど、あくまで本業は門下生だからな。まあ、それもこれで終わりになる」
言いながら、ラクトスは野菜のたくさん詰まった箱を持ち上げて移動させた。
「さっきうちの門下生のやつらがぼやいてたぞ。火事のこととか、おれのこと聞いてきていちいちうるさい、ってな。夜道には気をつけるんだな」
それを聞いて、フリッツは深いため息をついた。
「ほんとうに申し訳なくて、会わせる顔もないよ。結局なにもわからないままなんだ」
「当たり前だろ? お前相手をナメてんのか。魔法使いだぞ。タネも仕掛けもなく、普通の人間には出来ないことをやってのけるのが魔法使いだ。足がつかない自信がなきゃ、魔法修練所でボヤ起こすなんてしないだろ」
その通りだった。
しかし証拠がないからといって諦めていては、それこそなにも変わらなくなってしまう。
隣で聞いていたルーウィンが口を挟んだ。
「ごもっともな意見ね。まあ、結局犯人はあんたで決まりになりそうよ?」
「あーはいはい、好きにしてくれ」
ラクトスは手をひらひらと振る。フリッツは不安げにラクトスを見上げた。修練所に復帰することはすっかり諦めて、もうずっと働くつもりだろうか。
手拭いでヨウナシを磨きながら、ラクトスは言った。
「お前等、ちょっとでも自分が悪かったと思うなら何か買っていけよ」
「安くするの?」
ルーウィンはすかさず聞いた。どうやら山積みにしてあるフルーツの一つが彼女のお目に留まったらしい。しかしラクトスはばっさりと言った。
「しない。無駄にだべってる暇はねえ。買うのか、買わないのか」
ルーウィンはしばらくヨウナシを見つめ、悔しそうにコインを投げる。受け取ると同時に、ラクトスはヨウナシを投げた。
「まいど。おっさん、おれ次行くわ。じゃあな、せいぜい罪滅ぼしのために頑張るこった」
ラクトスは前掛けをてきぱきと外し、店の裏からさっさと出て行った。
ルーウィンは憤然としてヨウナシを齧った。
「感じ悪いわね。あんなやつのためにこれ以上してやることないじゃない。あ、これ美味しい」
「まあそう言いなさんなお嬢さん。あの子はそう悪くない奴だよ。無愛想で接客にはちょっと向かないが、売上の計算するときは頼りっぱなしだ」
奥のほうから中年の女性が顔を覗かせた。おそらくこの青果店の女将だろう。
「魔法使いになりたいだなんて、ちょっとあたしらには理解できないけどね。この街はたくさんの魔法修練所を抱えてはいるけど、地元民で魔法使いになれる人間はほとんどいないんだ。だからあの子の夢も応援してやりたかったんだけどねえ。
あたしらも、世間知らずの門下生どもの鼻っ柱を折ってくれるような気にもなってたし。本当に、こんなことになって残念だよ」
「身の丈考えずにでけえもんになろうとするからだよ」
「うるさいね! あんただって残念がってただろ?」
八百屋の主人が奥から口を挟んで、おかみは怒鳴った。フリッツはそのやりとりを黙って見ていた。
その後もふらふらとガーナッシュの街を練り歩き、興味のあるものを見つけてはつまんでいたルーウィンは上機嫌だった。
一方、フリッツはまたしても考え込んでいた。
「やっぱり、ラクトスくんは犯人じゃないと思うんだ」
フリッツが呟き、ルーウィンは苦々しい顔をする。
「あんたね。いくら外での評判が修練所より悪くないって言っても」
「あと少しで卒業なのに、こんなこと起こすわけがないってことだよ」
フリッツは続けた。
「さっきのおばさんが言ってたこと。鼻っ柱折ってくれるってやつ。それがほんとうなら、やっぱりラクトスくんのこと気に入らない連中はたくさんいるんだ」
金持ち揃いの中に、突然やってきた一般市民。成績はそこそこであの性格とくれば、気に食わないと感じる門下生も多いだろう。
「となると犯人の候補はたくさんいるわけよ。結局振出しじゃない」
ルーウィンは先ほど買った二つ目のヨウナシを手でこすった。
「人間って、自分とは違うものをとことん排除したがるものね。まあ、仕方が無いといえば仕方が無いけど」
ルーウィンの言っていることは正しい。しかしフリッツは首を横に振った。
「それでも、やっぱりこんなことするのは間違ってる。頑張ってるひとが邪魔されるなんて、ぼくはそんなの嫌だ」
「ところが世の中、そうはいかないのよねえ」
シャリ、とルーウィンは音を立てて果実に齧りついた。
宿屋に戻り、フリッツはベッドに転がって天井を見つめていた。
精根尽き果て、頭を働かせてみてもいい考えは思いつかず、完全に八方塞だった。
「……ラクトスくん、このまま黙ってるつもりかなあ」
「知らないわよ、あんなやつ。なによ、自分だけは世の中の酸いも甘いも知り尽くしてますって顔して」
ルーウィンは自分のベッドに横になって、帰りに買ったチキンに噛り付いていた。フリッツがぼうっとしていると、不意に窓からひらひらとなにかが入ってきた。
「やだ、蛾が入ってきた。追い出しといて」
「違うよ、ちょうちょだよ。それにこれ、魔法みたいだ」
窓からゆっくりと入ってきたそれは、蝶の形に折られた紙切れだった。
部屋の中をゆっくりと旋回すると、フリッツの顔の前でぴたっと羽ばたくのをやめた。フリッツが反射的に両手で受け止めようとすると、蝶はきらきらとした粉になって、フリッツが瞬きするとそれは手紙になっていた。
「本物の魔法だ。きれいだったね」
「え、なに。ちゃんと見てなかった」
「もういいよ、ルーウィンは。ずっとそこで鶏肉に齧り付いていればいいんだ」
フリッツはルーウィンにやや苛立ちながら手紙を開いた。文面に目を走らせ、フリッツはおもむろに立ち上がる。
「ルーウィン、ぼくちょっと行ってくるよ」
「あっそう。せいぜい気をつけて行ってらっしゃい」
ルーウィンの興味は完全に齧り付いているチキンにのみ注がれていた。フリッツは身支度をし、宿屋の階段を駆け下りると、夕闇の迫り始めた道を走っていった。
「よくやるわね。ま、あたしには関係ないけど」
ルーウィンは呆れたように呟くと、また大きく口を開けて、チキンに齧りつこうとした。
その時だった。
コンコンと、控えめなノックの音が部屋に響いた。ルーウィンはベッドから起き上がり、面倒くさそうに扉を開ける。そこには、朝会った門下生の少女が立っていた。
「こんばんは。あの、お連れさんは?」
「フリッツなら今さっき出て行ったわよ。なにか用?」
少女は困ったように、一瞬床に視線を落とした。
肉の続きを味わいたいがために、ルーウィンは知らないうちにやや苛立った表情を浮かべていたのだ。
しかし、少女は意を決したように顔を上げた。
「あの、わたし、言わなくちゃいけないことがあるんです」
少女はまっすぐにルーウィンの瞳を見た。
「捕まったあの人は多分、本当の犯人じゃない。わたし、見たんです」
ルーウィンは思わず肉を手から取り落としかけた。
皮肉にも、出て行ったフリッツと入れ違いに、目撃者が現れたのだった。




