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不揃いな勇者たち  作者: としよし
13.5章
208/357

第一話 無口な彼女

 


 寂れた集落ティーラミストを後にし、一行は北の森を歩いていた。


 北大陸中央部はほとんどが荒野、その北部に草原地帯、そのさらに北部に大森林が広がっている。

 フリッツたちは森の中を進んでいるが、広大な大森林が迫るのはさらに北で、この地点は森の端の端に過ぎなかった。北部に広がる深い森からひょろりと細い帯状の緑が伸び、ちょうど西沿岸部に沿って張り付いているような箇所だ。

 一行は草原の民の集落を目指し、とりあえずは森の中を進む。数日歩き、東に出て行けば草原があるという話だ。

 そしてその道中の小休止。近くに水場を見つけ、休んでいた時だった。


「おい、あれ。どうすんだよ」


 ラクトスが顎で示したその先には、死神、もといモーネがいた。

 大鎌は地面に下ろしているが、彼女自身も根が生えたように突っ立って動かない。楽な姿勢のつもりなのだろうか。

 話を振られ、フリッツの眉が下がる。


「いや、どうするって言われても……。どうしようね?」


 女性に対して「あれ」呼ばわりはさすがに失礼だが、ラクトスがそう言いたくなるのもわからないではない。

 彼女はここまで一言も発することなく、大鎌を地面に引きずりながら、ただただ一行の後をついてくるのだ。不気味といえば不気味だった。


「穀潰し。女同士だろ、お前なんとかしろよ」

「はあ? こんなときだけ引き合いに出さないでよ、いつも女だとも思ってもないくせに」


 眉間に皺を寄せたルーウィンの言い分にフリッツは苦笑する。まったくもって正論だ。

 パーティメンバーが増えるとなると、決まって困惑と苛立ちがつきものだった。そして今回は、前回のマティオスの時よりもさらに状況がよろしくない。

 

 マティオスの独断で連れてきた上に、得体も素性もわからないままの、あの死神を旅に同行させるという。了解しているのはマティオスただ一人で、フリッツたちは寝耳に水だ。もっとも、彼女がいることに気が付かなかった自分たちも自分たちだが。

 モーネはここまで気配すら感じさせなかった。それを知っていて引き返せないところまで黙っていたマティオスは、さらにタチが悪いのだが。


「あの手の根暗は苛々するんだ。敢えて接したいとは思わない」

「あたしもパス。構う理由が無いもの」

「そんな二人とも……」


 心底嫌そうな顔をする二人に、フリッツは肩を落とす。

 モーネはティアラのように旅に前向きというわけでもなければ、マティオスのように役に立つというわけでもない。戦力にはなるだろうが、背中を預ける気にはなれないのが正直なところだ。ルーウィンとラクトスが煙たがるのも無理はない。

 こういう時に協調性のあるティアラがいてくれると助かるのだが、居ない以上は彼女を頼ることも出来なかった。困ったことになってしまったと、フリッツはため息を吐く。早くもティアラの、あの朗らかさが懐かしい。

 

 だがここまで来てしまった以上、モーネを置き去りにするわけにもいかず、フリッツは頭を掻いた。パーティ内で不信感を抱いたままモンスターとの戦闘にでもなれば、いい結果にならないのは目に見えている。


「もう、しょうがないなあ」


 重い足取りで、フリッツは恐る恐るモーネに近づいた。さながら、檻の中の猛獣を撫でてこいとでも言われたようなびくつき具合だ。

 大鎌を持った腕を警戒しながら、ぎりぎり会話が出来る範囲までフリッツは近づいた。


「えっと。モーネ、さん?」


 フリッツの恐々とした呼びかけに、モーネは目だけをこちらに向けた。表情筋一つ動かさないその様子は、ある意味なかなかに器用な芸当だ。


「あのー、ご趣味は?」

「見合いかよ」


 すかさず遠くでラクトスのつっこみが入るが、フリッツは大真面目そのものだった。意気込んで無視されてしまっては、少々悲しい。

 答えは返って来るのか、否か。

 モーネの薄い唇が、微かに動いた。


「……ない。仕事」

「そう、なんだあ」


 返事があったことに安堵したが、フリッツは気の抜けたような反応しか返せない。

 彼女の仕事といえば、処刑だ。仕事ばかりで趣味が無いと言いたいのだろうが、処刑自体が趣味である可能性も、なくはない。

 嫌な想像を振り払い、フリッツは無い知恵を絞った。とにかく相手を知ることから始めなくては。

 むやみやたらに怖がるものではない。知らないから、わからないから相手を怖がり、身を固くしてしまうのだ。


「えっと。じゃあ、好きな食べ物は?」

「レモン」


 その答えに、フリッツは目を見開いた。


「へえ! 牛乳とか煮干しは?」

「まだ身長気にしてたのね」

「ああ、気にしてるな」


 少し離れた場所の外野がうるさい。聞かなかったことにして、フリッツはモーネの返事を待つ。だが、首を振るでもなければ言葉を返すわけでもない。何か彼女の気分を損ねるようなことを言ってしまっただろうかと、フリッツは不安になった。

 レモンで身長が伸びるのだろうか、という考えが頭をかすめていったのは否定しないが。


「休みの日はどうしてるの? って、趣味が無いんだからこの質問はだめか。そうだ、好きな動物! 好きな動物は?」

「ネズミ」

「うんうん、かわいいよね……って、ネズミ?」


 我ながらよくぞこの質問を思いついたものだと感心したが、それもあっけなく失敗に終わる。ネズミが好きなどと言う女子おなごは、そうそういない。

 遠くでルーウィンとラクトスがあからさまに身を引いたのがわかった。これでは親睦を深めるどころか、逆効果だ。


「うん、と。家族は? もとは仕事で出てきたとはいえ、ディングリップにすぐ戻らないから心配してないかな」

「もう、いない」


 しまったと、フリッツは後悔した。今のは完全に失敗だ。

 若い女性が処刑人として働くなど、家族をはじめとする周囲が許すはずがない。しかしそうでないということは、彼女がその道へ行くことを止める人間が居なかったということだ。身寄りがないためにあの仕事を選ばざるを得なかったということも十分に考えられる。 

 悪いことを聞いてしまったと、フリッツは申し訳なく思った。だが相変わらず、モーネは顔色一つ変えない。

 もういないというその言葉に、哀愁の一つも感じさせることはなかった。


「えっと。そういえばその服、どうしたの? 前の黒づくめよりはずっといいけど」


 モーネは黙り込んだ。

 しばらく答えを待っていたフリッツだったが、その返事は別の口から返された。


「ああ、譲って貰ったのさ。皮の上着が素敵なご主人が居ただろう? モーネに黒装束しかないと言ったら、若い娘さんには気の毒だとくれたのさ」

「マティオス!」


 少し先を偵察していたマティオスが舞い戻って来た。ほっとしたのも束の間、そもそもこのマティオスこそが諸悪の根源であることを思い出し、フリッツは複雑な気持ちになる。


 モーネは襟元の丸く開いた白いワンピースの上から、明るいオレンジ色のレザーで仕立てた、これまたワンピース風のものを着ている。あの重たい黒装束を身に着けていたことを思えば、見た目はかなり普通の女性に近づいたと言っていいだろう。

 肩にかかるほどの黒髪は相変わらずで、癖のままに思い思いの方向を向いている。背が高く痩せているため、ひょろりとした印象は拭いきれない。

 顔立ちは整っているが、薄い唇と、なにより乏しい表情が薄幸さを醸し出している。その黒い瞳が何を捕えているかは、相変わらずわからないままだ。


「予想はしていたけど、やっぱり困惑してるようだね」

「当たり前だよ! もう、黙って勝手に連れて来て」

「ティアラちゃんにはしっかり伝えたんだけどな」

「集落に残るティアラに了解を得てどうするのさ。ちゃんとぼくたちに話してよね」


 恨みがましく睨み上げるフリッツを見て、マティオスは肩をすくめた。


「フリッツくん、ちょっといいかい?」







 ルーウィンやラクトス、モーネから少し離れた場所まで歩き、マティオスは振り向いた。


「彼女をどう思う?」


 マティオスに訊ねられ、フリッツは木々の合間のモーネをちらりと見やる。

 彼女は苔むした倒木に腰掛け、周りをひらひらと舞う小さな蝶を目だけで追いかけていた。その佇まいはまるで少女のようで、儚さと共にどこか頼りなささえ感じられる。

 いや、子供ならまだいい。だが彼女は、その蝶に手を伸ばし、一つ間違えばぐしゃりと握り潰しかねない危うさを持っている。何をしでかすかわからないという警戒心を抱いてしまうのだ。


「変わった人、だね。掴みどころがないというか、何考えてるかも全然わからないし」


 その無表情さときたら、感情があるのか疑わしいほどだった。モーネの顔から彼女の気持ちや考えを汲むのは難しい。瞬き以外には特に目立った動きはなく、他のパーツはぴくりともしない。

 困惑するフリッツを見、マティオスは微笑んだ。


「そう、そうなんだ。彼女にはおそらく、自分が無い。感情も、その表現もかなり乏しい。今までの特殊な仕事が影響しているんだとは思うけれどね」

「死神さん、なんだよね。なんだか嘘みたいだけど。でもそれを、たくさんの人に酷いことをしてきた理由には出来ないよ」


 冷たいようだが、正しいことを言っていると思えた。そしてそれは、自身にも例外なく当てはまる。

 フリッツの表情を見て、マティオスは低く頷いた。


「その通りだ。彼女が処刑と称して行ってきた残虐な行為の言い訳にはならない。でもね、好き好んで悪業に身を染める人はそんなに多くはないはずなんだ。彼女も何か事情があって、必要に迫られてあの道に入らざるを得なかったんだとは思わないかい?」

「ねえ、マティオス。どうしてきみはそこまであの人の肩を持つの?」


 フリッツはストレートに訊ねた。

 思えば最初から、マティオスはやたらとモーネのことを気にかけている。だがどう贔屓目に見ても、彼女が人間として、そして女性として特に魅力的であるとは思えない。

 助けようとしているのがティアラならば話はわかるが、なにせ相手はマティオスだ。彼女を助けたのは何か裏があるのではと、つい勘ぐってしまう。

 疑いの眼差しで見上げるフリッツに、マティオスはふわりと微笑んだ。


「彼女、おれの好みのタイプなんだ」

「……冗談じゃないなら、マティオスって女の人の趣味ちょっと変わってるね。でも、それだけじゃないでしょ?」

「へえ、疑うね」


 台詞とは裏腹に、マティオスは面白そうな表情を浮かべる。ますます何かあるのだとしか思えない。

 だがこのままフリッツに疑念を抱かれたままでは都合が悪いと判断したのだろう。マティオスは蒼銀の髪を掻き上げ、ふうと一つため息を吐いた。


「大したことじゃないんだけどね、似てるんだよ。おれが人生で初めて、不幸にした女性ひとに」

「それが理由?」

「そうさ。なんとなく、放っておけなくてね」


 見た目は完全に大人の女性だが、目を離した隙にどこかへふらふらと消えてしまいそうな雰囲気がある。もっとも、フリッツには突然大鎌を振り回しはしないかという警戒心もあるのだが。

 しかし依然すっきしりない顔をしているフリッツに、マティオスは首を傾げた。


「腑に落ちない?」

「だってマティオスって、そんなに面倒見のいい人だっけ?」

「フリッツくんを納得させるために他にも理由を挙げるなら、戦力、特に前衛の充実と、あとは情操教育だね」


 フリッツは目をぱちばちと瞬かせた。


「情操教育?」

「そう。彼女と、そしてきみの」

「ぼくの? どうして?」

「余計なお世話かもしれないけど、きみと彼女とはお互いにいい影響を与え合えると思うんだ」


 フリッツはまたも困惑した。ちらと視線をやると、相変わらずモーネは足を投げ出し、どこかもわからない虚空を見つめたままだ。いい影響を与え合える相手とは思えない。


「とてもそんなふうには思えないけど……」

「彼女はこれから色んなものを見て、触れて、感じる必要がある。それにはきみたちと一緒に旅をするのが一番いい。そして彼女に足りないものを、フリッツくん、きみが教えてあげるんだ。そうすればおのずと、きみ自身の迷いにも答えが見えてくるんじゃないかと思ってね」

「そうかなあ」


 半信半疑にも足りない、疑いに満ち満ちた目でフリッツはマティオスを見る。


「彼女が信用できないかい? じゃあきみは、どうしてあの時彼女が言うことを聞いてくれたと思う? ほら、ティーラミストの広場で追手が現れた時さ」


 フリッツはしばし考え、やっとのことで思い当たった。人々の前で残虐な戦いは良くないと思い、大鎌の外側で戦ってくれと言ったことだ。

 確かに、彼女はあの時フリッツの言うことを聞いた。


「あれは、ダメもとだったんだけど」

「彼女には自分がない。だから誰かの命令に従う。けれどそれは、自分が味方だと認識した相手に限ると、そうおれは思ってるんだ」

「味方、かあ」


 もしも彼女が本当に自分たちのことをそう認識しているのなら、このまま宙ぶらりんの状態にしておくのは可哀そうだと思えた。少なくとも、大鎌を振り上げない様子からして敵だという認識はないのだろう。

 その判断基準は、よくわからないが。


「見ててごらん。今後彼女がおれたちの背中を狙うことはないよ」

「もう、それはマティオスだけ。すぐに信用できるわけないじゃないか」


 楽観的すぎるマティオスに、さすがのフリッツも思わず不満げな声を上げた。


「でもこうなった以上、ここに置き去りにするわけにはいかないだろう? まあ、ディングリップに戻れるようになるまでの間だよ。しばらく仲良くしてあげて欲しいな」

「頑張ってはみるけど……」


 自信はない。全くもって。

 フリッツは深々とため息をつく。

 相変わらず、出立早々先が思いやられる旅だった。


ルーウィン→黙ってりゃかわいい

ティアラ →怒ってもかわいい

モーネ  →笑えばかわいい(はず)


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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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