第二十一話 身辺整理
フリッツはマティオスの部屋に戻され、再びしばしの休養をとっていた。寝台の上、枕を背に腰掛ける。ルーウィンたちは別室に待機しているようだった。
マティオスにフリッツを捕まえる意思がなくなったということは、一行がこの帝都から堂々と出て行けるということだ。もう追われることも無ければ、囚われることも無い。
そうなればルーウィンたちはそれぞれの目的のため、引き続きこのディングリップに滞在するだろう。
もちろんフリッツも、そうすることは出来る。しかしアーサーを追うことを諦め、港から南大陸へと帰還する選択肢もある。
フリッツが漆黒竜団や囚人たちに剣を向けたことは、罪にならない。法は裁かない、誰も咎めない。
その行動の良し悪しを判断するのは、あくまで自分の心で、フリッツ次第だ。
結果フリッツは、自分のしてきた事柄から目を背け切れなかった。何も無かったことには出来なかった。非情になりきれず、中途半端に罪悪感を抱えたままだ。
だから、背負うのだ。
時にふと思い出して、胸を詰まらせる。自分の犯した罪と過ちとを、永遠に見つめ続ける。
乾かずにじくじくと疼く傷口を、ずっと。
このままアーサーを連れ戻すことを望めば、今まで以上に自分は過ちを犯すだろう。
そこまでして、誰かを傷つけてまで、あの両親を救いたいのか。
この先へ進むことを、本当に望むのか。
軽やかなノック音が、フリッツの思考を妨げた。
「フリッツくん、ちょっといいかい?」
「……なに?」
扉から現れたのはマティオスだった。
「警戒してるね。うんうん、ちゃんと学習していてよろしい」
怪訝そうに身を引いたフリッツに、マティオスは微笑む。
「ここ一連のことについて、きみに話したい。おれがどうして漆黒竜団に潜入していたか、きみを騙してこんな目に遭わせたのか。経緯というよりは身の上話に近くなるけど、きみに知っていて欲しいと思った」
フリッツは、黙って頷いた。
「ありがとう」
承諾の意を汲み取り、マティオスはベッド横の椅子に腰かける。
「父が亡くなって間もなく、おれはちょっとした罠に嵌められ、人をこの手で殺めてしまった。それを隠し立ててくれたのが叔父でね、彼の言うことはなんでも聞いたよ。漆黒竜団に居たのはそれが理由さ。叔父が奴らの情報を欲したから、潜入した」
フリッツは白いシーツを見つめた。
マティオスの父親が早くに亡くなったということは、つい先日知ったばかりだった。しかしいくら後見人に叔父がついたからといって、家の役目を当時のマティオスが果たすのは並大抵のことではなかっただろう。
フリッツは素直にマティオスを気の毒に思った。
「でも助けた見返りとはいえ、そんな危険なことを自分の甥っ子にさせるなんて」
「ああ、それは心配ない。そもそも父のことも、おれに罠を仕掛けたのも叔父だったんだ。だから実際には、情報なんて手に入れば儲けものくらいだったんだろう。そのまま死んでしまえば、それはそれで良かったはずさ。フォーゼルのものは、全て叔父上に譲渡される」
フリッツは言葉を失くした。
父親を計略で亡くし、自らもその毒牙にかかり、危険な場所に身を置くことを強要された。
そんな少年時代を過ごした青年は、平然とした様子で言い放つ。
「でも、おれもそう思っていた。死んでしまっても構わないって。生きて帰っても家族が待っているわけでもなく、大して面白いことがあるわけでもないしね」
「そんな……」
何と言ったらわからないフリッツは表情を曇らせた。しかし対照的に、マティオスは穏やかな顔をしている。
「ディングリップの外に居る間だけ、おれは自由だった。悪の組織の中、危険と隣り合わせに息を潜めていようとも、この大きな檻の中で窒息するよりはましだった。どうにでもなれと投げやりに思っていた。でもそんな時だ、きみたちに出会ったのは」
不思議そうに顔を上げたフリッツに、マティオスは微笑んだ。
「前にさ、おれに訊いたね。どうして自分たちを助けたのかって」
「うん」
あれはアーティの診療所でのことだったろうか。確かマティオスはその時、フリッツに死んで欲しくなかったと答えたのだ。
「きみはアーサー=ロズベラーの肉親で、叔父が利用したがることを考えれば、しばらくは無事でいてもらわなければいけなかった。もちろんそれが大きな理由の一つだ。でもね、自分でもよくわからない不思議な気持ちが生まれたんだよ。きみたちを試してみたくなったんだ」
「試す?」
ずいぶんと上からの物言いだ。
眉をひそめたフリッツに、マティオスは続けた。
「ロマシュのヒトラス邸での一件、北大陸でのジンノとシアの襲撃でも、きみたちは離散しなかった。誰一人身勝手な保身に走らず、むしろ仲間の窮地を救おうと必死だった。おれにはそれが信じられなかった」
マティオスは首を傾げ、フリッツの瞳を覗き込むように訊ねる。
「怖くはなかったのかい? だとしたら、きみたちはとても勇敢だ」
「勇敢なんかじゃないよ。怖かったよ、すごく。自分が死んじゃうかもってことより、みんなが居なくなることのほうが、怖いと思ったんだ。みんなが倒れて、自分が取り残されるのが嫌だって。ただ、それだけで……」
「羨ましいな。自分の身と同じくらい、それ以上に安否を気遣える他人が居るなんて。おれにはそんな存在が居ない。きみたちの行動が理解できなかった。だからさ」
マティオスはおもむろに立ち上がり、窓の外を見やった。
「きみたちがどこまで力を合わせて戦えるのか。互いの信頼は果たしてどの程度なのか。本物だと信じてみたかったし、やっぱり偽物だとあざ笑ってもみたかった。無事でいて欲しくもあり、貶めたくもあった。それを見届けたいと思ったんだ。こんなおかしな気持ちは、きみにはわからないだろう?」
マティオスは少し寂しげな表情でフリッツに問いかける。フリッツは困ったように眉を寄せた。
「うん、よくわからない」
「そうか。でも、それでいいんだ」
マティオスはすっきりとした表情で微笑んだ。
話を一通り聞き、しばらく黙ったのち、フリッツは口を開いた。
「マティオスは、望んで人を傷つけてきたわけじゃない。叔父さんに脅されて、仕方なくなんだよね。家や使用人の人たちを護ろうとして……」
「残念ながら、それは少し違う」
マティオスは視線を伏せた。睫が下を向き、愁いを帯びる。
「最初はそうだったかもしれない。でも何度か打ちのめされて、おれは諦めたんだ。抗うことを。それからは現実から目を背けて、ここまで流されてやってきた」
「でもきみは、ずっと一人で頑張ってきたじゃないか。それは誰も巻き込みたくなかったからじゃないの?」
気遣わしげなフリッツに、マティオスははっきりと言った。
「違うよ。自分が人殺しだと、酷い人間だと知られるのが怖かった。人が離れていくのが怖かったんだ。でもそれを恐れるがために、結局余計に罪を重ねてしまった。本末転倒だ」
「そんなの、誰だって怖い! ぼくも……怖いよ」
痛々しい様子で俯いたフリッツを見、マティオスはゆっくりと近づく。
「きみに本当に申し訳ないことをして、愚かなおれはようやく気が付いたんだ。きみたちを貶めたところで、何一つ満たされはしなかった。おれがしたいことは、こんなことじゃなかったんだって」
マティオスはフリッツの隣で足を止めた。そしてその場に膝をつき、フリッツの瞳をまっすぐに見つめる。
「まずは償いがしたい。きみを元のように戻すのは難しいだろう。けれど加担してしまった者として、力になりたいんだ。きみはこれから、どうしたい?」
青く透き通ったその瞳に、嘘偽りはないように思える。
フリッツは心を見透かされているようで落ち着かなくなった。
だがやがて、正直な気持ちをぽつりと零した。
「……南大陸へ、戻るよ」
マティオスは深く頷いた。
「わかった。それがきみの願いなら、おれはそこに向けて全力を尽くそう。それがどんなに、遠回りになってもね」
南へ、帰ろう。
フリッツは、そう決断したのだった。
気分転換に外へ出ようと誘われ、フリッツはマティオスの後に続いた。
扉を開けると、そこにはルーウィン、ラクトス、ティアラの三人が揃っている。加えてフォーゼル家の執事長ハンスも控えていた。
フリッツが姿を見せると、ルーウィンは呆れたように言った。
「遅いわよ。やっと来たわね」
「あれ、みんな? どうしてすっかり荷物をまとめてるの?」
フリッツの考えでは、三人はこの街にしばらく滞在するはずだった。北大陸に目的がある限り、この都を拠点にしなければどうにも身動きがとれない。
だが三人の足元には旅の荷物が置かれ、装備もしっかり整い、まるで今から再び荒野へ舞い戻るかのような出で立ちをしている。
なぜか、ご丁寧にフリッツの分も用意されていた。
そこへ使用人の制服に身を包んだ女性がやってきた。
「マティオスさま!」
「やあ、メイアン。式の準備は順調かい?」
すると彼女は、こともあろうにマティオスの足を思い切り踏みつけようとした。 雇い主への不遜な態度に、フリッツは驚いて目を疑う。だが勘の良いマティオスはさっと足を引き、メイドは地団太を踏む羽目になる。
メイアンと呼ばれたメイドはマティオスに詰め寄った。
「どのツラ下げてそんなことおっしゃるの? あの時執事長が見つけて止めてくれなかったら、今頃大変なことになっていたんですからね!」
頬を膨らませ全力で抗議する彼女を、マティオスはまあまあと宥めた。
「ごめんよ、悪かったって。あの時はすごく弱っててさ。でもきみにちょっかい出すのなんて今に始まったことじゃないし、そんなに怒らなくても」
「いーえ、そんなの理由になりません。いくらわたしでも今回ばかりは怒ります! お嬢様方、道中お気をつけてくださいね。この方、本当に信用なりませんから!」
「あー、もう知ってるわ」
「はい、気を付けますね」
メイドの言葉にルーウィンはげんなりと息を吐き、ティアラはにっこり微笑んだ。その会話のニュアンスにフリッツは違和感を抱く。
気を付ける? 道中? マティオスに? まるでルーウィンとティアラが、これからもマティオスと行動を共にするような言い方だ。
「さあ、そろそろ行こうか」
マティオスは白塗りの壁にくり抜かれた、小さな木戸に手を掛けた。どうやら裏口から出て行くつもりらしい。
フリッツは慌てた。
自分はまだ三人に何も伝えていない。旅を諦めるとも、南大陸に帰るとも。だがこのままでは、今にも港へ送り出されてしまいそうな勢いだ。さすがにそれは早急すぎる。
「ちょっと待って! ぼくまだ、みんなに何も」
「あれ? フリッツくんには言ってなかったっけ。おれたちもうすぐ指名手配されるんだよ、叔父上が手続きを終えたらね。だからしばらくは一緒に逃亡生活さ」
「はい?」
フリッツは理解出来ずに目を白黒させた。マティオスはそんなフリッツの肩を気安く叩く。
「大丈夫、しばらく経てば取り下げてもらう手はずだから。でもそれにも、ちょっと時間がかかるんだよね。だからとりあえず今は帝都を出よう」
フリッツは、しばし黙り込んだ。
言葉の意味を考える。だがどうにも理解が追いつかない。
手配? 逃亡? 帝都を出る?
フリッツは、ゆっくりとマティオスを見上げた。
「えっと、あの? さっきの話は? ぼく、南大陸に……」
「残念ながら、それを今すぐに実行するのは無理だ。おれはこのフォーゼルの爵位や権限を、全て叔父上に渡してしまったから。もうなんの権限も持っていないんだよ」
「ええっ、そうなの!」
フリッツは叫んだ。
これには少なからず皆が驚いたようだ。ラクトスはじっとりとした視線をマティオスに向ける。
「おい、手配と逃亡のくだりは聞いたが、その話は初耳だ。あのおっさん片づけたんじゃなかったのかよ! だからこんなに面倒臭えことになったのか!」
「いやだなあ、片づけるだなんて。誰がそんな物騒なこと言ったんだい? ただでさえ肉親と呼べる存在は叔父上しかいないのに」
飄々とかわすマティオスに、ラクトスはますます声を荒げる。
「今まで散々いいように使われてきたんだろ? 悔しくないのか!」
「うーん。なんだかもう、どうでもいいんだ」
苛立つラクトスとは対照的にマティオスは平静だった。投げやりとも思える言葉とは裏腹に、毅然とした態度で答える。
「正直跡継ぎとして育ったから、家や爵位にかなりの執着はあったよ。そのために叔父の言うことを大人しく聞いてきた。でもこの歳になって、そこまでして守るほどのものじゃないような気がしてきたんだ。じゃあ欲しい人に、なんならもう叔父上に全部差し上げようと思って」
「でも、そんなことしたら……」
フリッツは思わず身を乗り出す。
そんなことをすれば、マティオスの立場はどうなってしまうのだろう。権威も爵位も失った彼は、これからこの国でどう生きていけばいいのだろう。
ドルチェットが欲したものを、マティオスは無条件ですべて差し出した。それは彼を自由にすると同時に、もう用が無くなるということだ。
あの意地の悪い公爵が、悪の片棒を担がせたマティオスを放っておくだろうか。口封じにかかるという可能性も十分にある。
不安げなフリッツの表情を見て、マティオスは笑った。
「ああ、心配しないで。使用人のみんなには新しい職場を用意したよ。さすがにあの叔父上に預けていくのはちょっとね。急なことだったから、使えるものは全部使った。おかげでもうコネも伝手もあったものじゃない」
「え、いや。そっちじゃなくてね」
戸惑うフリッツをよそに、眉間に皺を寄せたラクトスが息を吐く。
「ここ数日、毎晩枕抱えて居なくなってたのはそのせいか」
「失礼だな、今回は枕営業じゃないよ。気難しいご老人とボードゲームに興じていたんだ、うちの使用人たちの再就職先を賭けてね。叔父上の息のかかっていない場所でないと意味が無いから、交渉にはずいぶん手を焼いたよ」
そのやりとりを聞きながら、フリッツはまだ一人頭を抱えて悩んでいた。
マティオスが爵位を譲渡するにあたり、様々な点で最善を尽くしたことは理解できた。だがしかし、肝心の彼身のマティオスの身の振り方り方はどうするというのだろう?
フリッツはマティオスの顔を窺う。
元々整った顔立ちのマティオスだが、今は憑き物の落ちたような、内側から滲み出る清々しさが彼を一層爽やかに見せている。
「まあでも、これで役立たずで用無しのおれは、晴れて自由の身ってわけさ。奪われるものはもう何一つない。もっと早くからこうすればよかったんだ」
「ずいぶんと面倒くさいことするのね。どうせ腹括るなら、あのおっさんを始末すればこんなことにはならなかったのに」
渋い顔をして吐き捨てるルーウィンに、マティオスは振り返った。
「だって、フリッツくんに言ってしまったからね。その方法は、間違いだって」
その言葉に、フリッツはマティオスを見上げた。
あの奈落で、マティオスは人知れずドルチェットを始末することが出来た。煙たい存在である叔父を殺せば、自分の爵位や権利を何一つ失うことなく叔父から解放されるはずだった。
だが、彼は敢えてそうしなかった。可能であったにも関わらず。
向けられた視線に気が付き、マティオスはフリッツに向き直る。
「フリッツくんは、最後の最後に躊躇った。だからおれはきみに、賭けてみたくなったんだ」
マティオスの蒼銀色の髪が風に流れ、その顔には柔らかな笑みが湛えられる。
「言いだしっぺが実践しないで、一体誰が信じてくれるんだい? これは自分なりの決別さ。叔父上と、今までの自分と、さようならだ」
「マティオス……」
その表情に浮かぶのは、嘘で塗り固め張り付けた飾りの笑みではない。
心からのものだと、そう思えた。
だがまだ納得がいかないのか、ラクトスは鋭い視線をマティオスに投げつける。
「本当かよ。生まれた時から持ってる地位や金を、そう簡単に捨てられるわけがない。また何か企んでるんじゃねえのか」
マティオスは顎に手をやり、考え込むような素振りをみせた。
「うーん。いったいどうしたら信じて貰えるんだろうね」
にわかに塀の外側が騒がしくなる。
メイアンが小走りに駆けて行き、塀に取り付けられた飾り格子に張り付いた。ずいぶんと神妙な面持ちだ。
「来ました、追手です!」
「思いのほか早いですな」
何やら穏やかでないメイドと執事のやりとりに、フリッツの頭はまたも硬直する。
おもむろに、マティオスはぽんと手を打った。
「こういうのはどうだろう。おれがきみたちと一緒に追いかけられたら、本当に何もかも捨てたんだって信じられるかい?」
ラクトスは口の端だけで笑う。
「……まあ、考えてやってもいい」
「じゃあ、その方向でよろしく。とりあえず逃げようか」
やれやれと言いながら、ルーウィンたちはさっさと荷物を背負う。状況を掴めていないのはフリッツだけで、きょろきょろと辺りを見回した。
「ちょっと待ってよ、何が何だか!」
「フリッツさん、今は頑張って走りましょう!」
「そうよ、説明は後! あんたたち、ちゃんと着いてきなさいよ!」
「ええ? ちょっと!」
情けない声を上げるフリッツをよそに、一行はするりと裏口の扉をすり抜けていく。気づけばフリッツはルーウィンに腕を掴まれ、無理矢理外に出されていた。
最後にマティオスが続こうとし、メイアンが振りかぶる。
「マティオス様!」
「おっといけない! ありがとう!」
投げられた荷物と槍を受け取ると、マティオスは片手を高く上げた。
「ハンス、メイアン、世話になったね! みんなにもよろしく伝えてくれ!」
「ええ、マティオス様もお元気で!」
そしてマティオスは扉の向こうに消えて行った。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになった中庭で、執事長とメイドは耳を澄ませる。
正門の方へ、何人もの重々しい足音が聞こえてきた。おそらくは、兵士だ。
「さて、正面に客人が来る頃だ。お迎えするとしよう」
「なるべく長くおしゃべりを楽しまなければいけませんね。これは腕の見せ所です」
ハンスとメイアンは互いの顔を見合わせ、ほくそ笑んだ。
閑静な住宅街を、若者たちが慌ただしく走り抜ける。
人々は何事かと目を向けるが、それも一瞬のこと。視界から彼らが消えてしまえば、気にする者はいなかった。住人達の無関心さがここで良い方に転ぶとは思わなかった。
だが後で役人に尋ねられれば、皆それなりに話すだろう。怪しまれないうちにさっさと出国してしまうに限る。
家々を通り過ぎ、整然と舗装された道を走りながら、フリッツはどうしても聞きたかった問いを口にした。
「マティオス、もしかして一緒に来るの?」
「ああ、そうだよ!」
答えは弾む呼吸と共にあっさりと返された。
脚は動かしたまま、マティオスはフリッツに顔を向ける。
「フリッツくん。これからしばらくの間、よろしくね!」
「う、うん。よろしく」
フリッツが戸惑いながらも頷くと、マティオスは心底愉快そうに微笑んだ。
フリッツたちが外門へ現れると同時に、辺はばたばたと慌ただしくなる。マティオスが口を利いて、外への扉は速やかに開けられた。
街の奥から、馬が何頭か駆けてくる気配がする。だが彼らが門へ到着する頃に、扉は再び閉ざされた。
格子の内側から追ってきた兵士がマティオスたちを指さし、いきり立っているのが見える。だが門兵たちは頑として言うことを聞かず、首を横に振るばかりだった。
それを見て遠くから、マティオスは門へ向かって大きく手を振った。
清らかさに憧れながらも、汚し貶めたいと、心のどこかで願っていた。
本当に美しいものなど無いのだと。人間など皆同じ、醜く矮小な者ばかりだと。自分がそうであるように。
そうでなければ、耐えられなかった。自分だけが醜い存在だと認めるのが怖かった。
だが彼らと一緒に居れば、見えてくる気がしたのだ。
今まで自分が出会うことの出来なかったものが。
気の遠くなるような蒼穹。遥か彼方まで続く、赤茶けた大地。
世界はこんなにも広々として、果てしない。
これほど大きな世界でなら、いつか見つかるだろうか。
こんな自分にも、彼らと同じ景色が見えるだろうか。
いや、そうじゃない。
そうなるように歩み寄り、努力するのだ。
自分の本当の望んだものを、手に入れるために。
青年は荒野の中で、晴れ晴れとした表情で笑った。
【第12章 帝都の罠】
12章、これにて終了です。
始まったのが去年の秋ごろで、書いている本人がうっかり話の流れを忘れてしまいそうになります(涙)毎度のことですが今回は特に着地点がまったく見えていなく、彼らと勢い任せだったので怖かったです。
.5章、次章あたりはさくさく進めたいと思います。
ここにきて、あといくつの話を書くか、どう流れていくかが自分の中で明白になりました。確実に終わりに向かってはいますので、ご安心していただければと思います。
まだ続きますが!
貴重なお時間を頂き、恐縮です。
今回もここまでお付き合いいただき、大変ありがとうございます。感謝の気持ちでいっぱいです。
引き続き、「不揃いな勇者たち」をどうぞよろしくお願いいたします。




