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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第12章 帝都の罠
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第十六話 強制終了


「すみません、失礼します!」

「きゃあ!」

「ちょっと、なんなのよこの娘!」


 貴婦人の女性たちが鋭い声を上げた。本来個室であるはずの観客席に見知らぬ人間が押しかければ、その反応も無理はない。

 自分の非常識さは十分にわかっている。だが今のティアラには、そんな些細なことに構う余裕はなかった。


 ただ一目散に階段を駆け下り、囚人たちが闘うステージに最も近い階の部屋に飛び込んだ。それでも、ステージとの間にまだ高さはある。

 バルコニーの手すりから身を乗り出す。そしてティアラは目を見開き、息を呑んだ。


「フリッツさん! それに……ラクトスさん! どうして」


 頭が真っ白になった。

 この事態を何とかしなければと、何も考えず、ただステージの近くへと降りてきた。

 そこで目に飛び込んできたのは、兵士に剣を突き付けるフリッツと、腹から血を流して横たわるラクトスの姿。そのラクトスの近くには、まだ年端もいかない子供も倒れていた。

 いるはずのない二人が、地獄と化した場所に居る。あまりのことにティアラはよろめいた。


 ステージ上には、すでに大勢の人間が倒れていた。

 痛みに呻いている者。這いつくばって耐えている者。すでに事切れている者。

 そしてフリッツの背後に男が倒れているのを見て、ティアラの中にまさかという思いがよぎった。


 ティアラは目に涙を溜め、唇を噛みしめる。

 治癒術は患部に手をかざし、回復を促す力を送り込む。だが、ここからでは距離がある。

 アーティから譲り受けた錫杖はそれを可能にしたが、潜入している今は手元にあるはずもない。対象への距離があればその分、治癒術にかけられる力は分散される。目標に力を飛ばすことだけで精一杯になるのだ。

 そしてティアラ自身も、やはり多大な体力を消耗する。

 ここからでは、満足な治癒術を施すことは出来ない。ましてやこの大人数では、術を行き届かせることも。


 まだかろうじて息がある人間はいる。

 血を流すラクトス。

 倒れている子供。

 フリッツの足元に斬り伏せられた男。

 あるいはそうではない、他にもっと急を要している誰か。


 ティアラは手すりを、強く握った。

 自分は選ばなくてはならない。

 誰の命を、優先するか。


 その選択に気を取られ、ティアラは気づいていなかった。

 ステージ上に次から次へと生まれていく、黒い靄の存在に。








 数人の死刑執行人たちが、ステージに現れた。


 人を殺め、生き残った囚人たちを処刑人は次々と襲っていく。大ぶりの斧が振り下ろされ、断末魔と血飛沫とが上がると、観客たちはさらに沸いた。

 恐怖からのものは一部で、そのほとんどが興奮のためだ。同じ空間に居ながらにして、貴族たちにとってこの命のやりとりはただの興でしかない。

 一人、また一人と、為す術もなく囚人たちは倒れていく。

 

 この処刑は拘束され、ただ死を待つものではない。それは敢えて手足を自由にし、逃げ惑う姿を観客に見せるためだ。そして執行人が用意されているにも関わらず、前座として囚人同士で殺させる。

 それはこの殺戮が、見世物であるという何よりの証だった。


 フリッツのすぐ背後に、処刑人が迫っていた。

 斧が振り下ろされる前に、気配に気づいたフリッツはすぐに身を翻す。フリッツの剣先から解放された兵士は、声高らかに叫んだ。


「お前もいい気になっているのは今のうちだ! 少し腕が立つくらいじゃ、あっという間に」


 兵士の言葉は、そこで終わった。

 次の攻撃をフリッツが避けたために、兵士に斧が振り下ろされた。肩に深く斧が食い込み、兵士はうめく間もなく絶命した。たった今まで兵士の身体を通っていた血潮が、鮮やかに宙を舞う。


 ベチャッ。

 フリッツの顔に、返り血がかかった。

 悪態をついていた兵士は、一瞬にして物言わぬ肉塊となった。肩がだらりと千切れそうにぶら下がり、生々しい切り口が見えている。

 フリッツはしばし、立ち尽くした。


 これはぼくが、避けたからか?


「おい、何をやってる! 今度見境なく兵士に手を掛けたら、クビにするぞ!」


 別の兵士が怒鳴りながら、梯子を上った退避場所に避難していく。

 フリッツは顔を強張らせたまま、ゆっくりと倒れたラクトスに目を向けた。

 動いていない。腹から流れ出す血も、止まる気配はない。


 息が、止まりそうになる。

 一刻も早く、この地獄からラクトスを連れ出さなければ。


 フリッツはラクトスに向かって、駆け出そうとした。

 だが斧の処刑人が行く手を遮る。圧倒的な力の処刑人相手に、逃げ惑う僅かな人々。このステージ上で、動ける囚人の数はすでに限られていた。数少ない獲物の一人がフリッツで、処刑人はフリッツに狙いを定めている。


 ラクトスをここから連れ出す、邪魔をするというのなら。


「……この、ケダモノめ」


 フリッツは肚の奥底から吐き捨てた。

 倒すしかない。

 殺すしか、ない。


 フリッツは剣を構える。

 処刑人は皆一様に奇妙な白い面を被り、黒いローブを身に着けていた。斧を振り回すだけあり、目の前にいる処刑人はフリッツの倍ほどありそうな巨漢だ。

 大ぶりな斧は、軌道が読みやすい。そして鈍い。速度があり小回りの利くフリッツには、その攻撃を読み避けることは難しくない。


 大型武器は一撃必殺。ならば、当たらなければよい。

 処刑人は斧を振りかざす。振り下ろされれば、そのまま頭蓋骨を割られかねない。フリッツは身を低くし、処刑人の間合いに入り込んだ。


 そして、斬った。

 狙い違わず、赤い筋が処刑人の腹に一文字を描く。処刑人は斧を振り上げたまま、仰向けに後ろへと倒れた。巨体が沈み、砂埃が立ち上る。

 客席から、悲鳴と歓声とが沸き起こる。

 フリッツはその目に何も映さず、剣の血を振り払った。

 なんということはない。あまりにも簡単すぎて、拍子抜けしたくらいだ。


 しかし間髪入れず、今度は別の処刑人が襲いかかってきた。

 今度はずいぶんと細身の処刑人だ。しかし、体型に似合わず得物が大きい。


 持っているのは、大鎌だった。手にしている当人と同じくらいの大きさだ。

 三日月型の刃物を振り上げ、処刑人はフリッツに襲い来る。白い面と黒いローブとがあいまって、まるで命を刈り取る死神のようだ。

 大鎌の処刑人は大型武器を持つにも関わらず、驚くべき速さでフリッツとの距離を詰めた。


 そして一振り。フリッツは飛び退る。

 だがやはり、動きが大きい。振りかぶる時間も長い。フリッツはなんなく、処刑人の間合いへと滑り込む。目の前には、無表情な白い仮面。

 顔が見えない、これは楽だ。


 ここまで懐に入れば申し分ない。

 やれる。


 フリッツは柄に力を込めた。

 だが一瞬、処刑人は手首を返し大鎌の柄を握り直した。まるで、鎌を引き寄せるような掴み方だ。

 嫌な予感がした。


 フリッツは咄嗟に地に伏せ、そのまま飛ぶように後退する。そして身を起こし、処刑人を見やった。思った通り、処刑人は自分の身体の手前ぎりぎりまで大鎌の刃を引き寄せている。

 フリッツは理解した。

 あのままあの場に居たなら、処刑人に大鎌で引き寄せられ、後ろから胴を真っ二つにされていたのだ。

 改めて、処刑人の武器に視線を走らせる。


 大鎌。

 フリッツも大鎌そのものこそ使ったことはないが、農作業で普通の鎌を使ったことは何度もある。鎌は通常、内側に刃がついている。そんなのは当たり前だが、失念していた。

 刃が外側にある武器がほとんどである中、大鎌は内側に得物を引き入れることを大前提とした武器だ。得物を間合いに引き込み、至近距離で真っ二つ。考えただけで身の毛がよだつ。


 フリッツは以前、リーチの長いマティオスの槍に苦戦したことがある。あの場合はマティオスの長い手足を存分に活かした戦闘に、かつ長い柄のリーチがあり、その間合いに入り込むこと自体が困難だった。

 しかし、この大鎌は違う。間合いに入り込むのは簡単で、それからが厄介なのだ。使い手と大鎌の間に入り込んだが最後、その刃で身を切り裂かれる。

 

 これでは、間合いに入ることは出来ない。

 しかし飛び込まなければ、フリッツの剣は届かない。


 処刑人は間髪入れず、次の攻撃に移った。

 両手で長い柄を掴み、三日月刃を振り上げ襲い来る。その斬撃は意外にも素早かった。

 フリッツはかろうじて避けるが、それだけだ。間合いに入れば危険だとわかったものの、手立てを考える暇すらない。大ぶりの刃が、容赦なくフリッツを攻め続ける。


 大鎌がフリッツの鼻先をかすめた。刃が通り過ぎていく瞬間に、空気が唸る。

 刃に込められた破壊力を想像し、フリッツは奥歯を噛む。


 処刑人は大きな刃を振り回し生まれる遠心力を利用して、その攻撃力を上げているのだ。だがこれは、誰もが容易に出来ることではない。

 処刑人の攻撃の手が休まり、フリッツは息を切らして汗を拭った。目の前に立ちはだかる処刑人の大鎌は、振りかざされて不気味に笑っているように見える。

 

 強い。


 大ぶりの刃を思うとおりに振り回す腕力がありながら、その勢いに乗って攻撃するほど、身が軽い。刃の勢いを殺すことなく、軽やかに身を預けているのだ。大鎌と共に飛んできたような錯覚さえある。


 間合いを詰めるのは危険だ。だが、背後を取ってしまえば勝機はある。

 問題はどうやって、そこまで辿り着くかだが。


 フリッツは再び、横目でステージに端に転がるラクトスを見た。

 急がなければ。慣れない武器に手間取っている場合ではない。


 一刻も早く、決着を。

 相手の息の根を、止めるのだ。









 相変わらず、中央では囚人と大鎌の処刑人との死闘が続いていた。

 もはや囚人は、たった一人が残るのみとなっていた。だが、これがなかなか手ごわく、死なない。支給された安物の剣で、しぶとく立ち回っている。

 大鎌の処刑人以外はすでに刑を執行し終わり、次々とステージの端に引き上げていくところだ。

 その様子を見ながら、ステージから梯子を上った退避場所で、二人の兵士が何やら話し込んでいた。


「おい、囚人はあいつ以外死んだな? そろそろ客も飽きてきた頃だ、もういいだろう」

「でもまだ戦ってるぞ? あれをやると、処刑人も巻き込まれるが。どうする?」

「なに、処刑人なんて掃いて捨てるほどいる。構わんさ」


 観客である貴族たちは興奮が尽き、血を見ることに飽きてしまったのだろう。だんだんと席を立つ者も現れた。

 兵士の一人は、未だ激しい戦いを繰り広げているステージ上を見やった。

 小回りを利かせる囚人に、大鎌を振り回す処刑人。どちらも善戦している。命がけの戦いで、一切の隙が無く、鬼気迫るものがあった。


「個人的には、どちらもあの腕は惜しいと思うがなあ。おい、お前が言ったんだからな。本当に押しちまうぞ」

「とっととやれよ。お偉方からクレームが来るだろ。それに今日は早く帰りたいんだ、彼女が部屋に来る約束でな」

「お前はいつもそんなのばっかりだな。はいはい、わかったよ」


 兵士は生返事で、手元の台座に用意された仕掛けボタンに手を伸ばした。


「お楽しみの後は、処分場行きだもんな。まったくこいつらの人生、いったいなんだったんだろう」


 ボタンが押され、ステージが不穏な音を立てて軋んだ。








 その瞬間、ステージの床が、抜けた。

 フリッツの足元の床も、消えた。戦っている処刑人の足元も。

 同時に襲いかかる、落下感。


 ぱっくりと口を開けた奈落へ、フリッツと処刑人、人々の死体は一直線に落ちて行った。


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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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