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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第12章 帝都の罠
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第七話 囚われのフリッツ

 フリッツが心細く、お腹を空かせていたその頃。

 宿に帰った三人は、テーブルを囲んで話し合っていた。


「本当に出国したことになってたわね」

「次の便は七日後だと。すぐじゃねえか、運が悪ぃな」

「ということは、わたくしたちの滞在期間もあとわずかということですね」


 南と北を行き来する便など、本来ならそうそう出るものではない。しかし比較的海が穏やかなこの時期、たまたま続けて南への船が出ているのだという。

 そしてマティオスが本気であるなら、数日後に三人の入国許可も消え、船に乗って出国したことになる。その時点でディングリップに残っていれば、三人は不法入国者となるのだ。


「わたくしたちがこうしている今にも、フリッツさんは酷い目にあっているかもしれません」


 ティアラは表情を曇らせ、ナイフを置き、フォークを口に運んだ。


「殺しはしないでしょ、利用したいっていうんだから」

「まあしばらくは生きてるだろ。心配したってはじまらねえ」


 ルーウィンは肉を頬張り、ラクトスは千切ったパンを口に放る。

 つまり、三人は宿屋で食事をしていた。悠長に。


「あたしたちがここで断食したところでフリッツのお腹が膨れるわけでもないし。腹が減っては戦は出来ぬって言うしね。それにさぁ、伯爵サマの屋敷なんだから、案外いいもの食べてるかもよ」

「そうであればいいのですが……」


 ティアラは困惑に眉を下げたが、ルーウィンの表情は満足そのものだった。

 すっかり膨れ上がった腹をさすって、ルーウィンは椅子の上で伸びをする。テーブルには、彼女の周りだけうず高く食器が積まれていた。


「で、どうする? あの屋敷に忍び込むのは至難の業よ」


 わざわざ三人を迎えたほどだ、マティオスも警備をより厳重にするに違いない。

 使用人や商人になりすましての潜入も不可能だ。すでに三人とも顔が割れている。それになにより、マティオスが一番先に気付くだろう。

 常にあれだけの兵が配置されているのなら、強行突破も難しい。


「手詰まりだな」

「本当に……何か方法はないものでしょうか」


 ラクトスは椅子の背にもたれ、顔を抑えて天井を仰いだ。ティアラは視線をテーブルに落とす。

 そしてルーウィンは、店員を見つけて片手を上げた。


「おーい、さっきのもう一つ。あとデザート追加で!」

「てめぇいつまで食ってんだ! いい加減にしろよ!」


 ラクトスは唾を飛ばしそうな勢いで叫ぶと、財布の中身を確かめ、深くため息を吐いた。










「城へ、ですか」

「そうだ。陛下がやはり直に見ておきたいとのことでな」


 執務室にどかりと座る叔父を前に、マティオスは眉を寄せた。


「陛下自ら。よほど躍起になっていらっしゃるようですね」

漆黒竜団ブラックドラゴンからの解放は皇帝の悲願だからな。多少無理もなさるさ」

「この屋敷には預けておけないと?」


 あくまで冷静な甥からの問いかけに、ドルチェットは苦笑した。


「そういうわけではなかろう。ただ、お前とあの少年とは、少なからず一定の期間共に行動していた。お前に情が湧く可能性もなくはない」

「情? まさか。叔父上はずっと、おれを見てきたでしょう?」


 ドルチェットは立ち上がった。ゆっくりとマティオスに歩み寄り、肩口で囁くように言う。


「わたしはお前に全信頼を置いている。お前とわたしとは一蓮托生だ、疑うようなことはしない。しかし、これは皇帝陛下の命令だ。明朝、彼の身柄を移す。扱いはさして変わらぬだろうがな。わかったか、マティオス?」

「……承知しました」


 ドルチェットはステッキを片手に、ゆっくりと部屋を出て行く。

 マティオスはその顔に何の感情も映さないまま、しばしその場に立ち尽くした。





 薄暗い牢の中。

 自由こそ奪われてはいないが、真剣を取り上げられている時点でやることもやれることも何もない。脱出を試みるでもなく、素振りが出来るでもなく、フリッツは気だるげに埃っぽいベッドに転がっていた。


 こうしてじっとしていると、ろくでもないことを考える。

 みんなはどうしているだろうか。自分がいなくなったこと、それがマティオスの仕業だということに気づいただろうか。

 すでに三人がこの屋敷にやってきたことも知らず、フリッツは悶々としていた。

 

 そして、物音に身を起こす。

 やってきたのはマティオスだった。


「……お屋敷にも、掃除の行き届いていないところがあるんだね」


 フリッツは皮肉交じりに言ったが、マティオスはそれには答えない。ポケットから、黙って鍵を取り出した。フリッツは思わず鉄格子に張り付く。


「出られるの?」


 だが、その希望はすぐに打ち砕かれる。後ろからぞろぞろと、警備兵たちがやってきた。

 マティオスは牢の鍵を開け自ら入ると、フリッツに手首を差し出すよう促した。


「身柄をここから移すだけだ、その間拘束する」

「手荒なまねをしてすまなかったな」


 マティオスの背後から、中年男性の声がした。聞き覚えがあるものだ。

 そこにいたのはドルチェット公爵だった。フリッツにとっては、マティオスの共犯者だ。


「きみを欲しているのは、わたしではないのだ。ディングリップ帝、その人だよ」


 フリッツは思わず耳を疑う。


「なんで……皇帝なんかが」

「きみはアーサー=ロズベラーにとって無価値な人間だと言うが、果たしてそれは本当だろうか? アーサー=ロズベラーはグラッセルに居た頃、同僚によくきみの話をしていたらしい。きみたち兄弟の故郷にも密偵を遣ったのだが、ずいぶん仲の良い兄弟だったそうじゃないか」


 フリッツは唇を噛み、俯いた。それはもう、何年も昔の話だ。


「ぼくなんか、なんの役にも立ちっこない。役立たずを差し出したって、あなたの評判を落とすだけだ。それに兄はもう変わってしまって……」

「聞きたいのは、きみの意見ではない。きみをどう使うか決めるのは、皇帝の采配だ」


 不遜な物言いに、フリッツは眉をひそめる。ドルチェットは髭を触りながら、こともなく言った。


「役立たずだと? そんなに自分を貶めるものじゃない。誰にだって、それなりに価値はある。問題はそれをどう使うか、そしてどう使われるかだ。そうだろう、マティオス?」


 それはどこか含みを持たせた言葉だった。

 マティオスはフリッツの手に錠を掛けると、すぐに背を向ける。


「きみを皇帝陛下の前に連れて行く。妙な真似をしたら命の保証はない。それに彼らにも迷惑をかけるってこと、わかってるよね?」


 ルーウィン。ラクトス。ティアラ。

 フリッツの頭に、三人の顔がよぎる。

 縦に首を振るしか、選択の余地はなかった。






 頭から水を被り強引に身を清められ、いつも身に着けている衣服以上に簡素なシャツを着せられる。もちろん、手首の拘束はそのままだ。

 屋敷から城が近いのは知っていたが、気が付けばあっというまに、フリッツは城へと連れてこられた。

 もちろん、その間には短距離ながらに馬車に乗せられたり、仰々しいほど大きな門を通ったり、広大な庭園を歩かされたりしたのだが、そんな過程はまったく頭に入ってこなかった。


 フリッツの人生がディングリップで終わるか、否か。それが今から決まろうとしている。


 「おい、さっさと歩け! きょろきょろするな!」


 背後から槍が突きつけられる。まるで罪人同然の扱いだ。

 ものものしい警備体制。その先頭には、ドルチェット公爵とマティオスがいる。

 マティオスとは牢から出されて以来、話していない。相変わらず涼しい顔をして、畏まった装いで歩いている。その間には何人もの警備兵がおり、マティオスの背中は遠くに感じられた。


 もう何を言っても、聞いてはくれないのだろうか。

 アーサーと、同じように。


「この先が皇帝陛下のおわす玉座だ。きみもわかっているとは思うが、本来ならまみえることも叶わぬ高貴なお方、決して目を合わせてはならない」


 ドルチェットがそう言い、フリッツは力なく頷いた。


「ドルチェット公爵とフォーゼル伯爵が到着しました!」


 兵が高らかに声を上げると、重々しい扉が左右同時に開き始めた。


 中は広い広い空間だった。白を基調とした、天井の高い謁見の間。そこからぶら下がるガラス細工の豪勢なシャンデリアには、昼にもかかわらず幾つもの明かりが灯されている。

 奥の方にいくつかの壇があり、その上に玉座がある。

 そこに鎮座しているのは、ディングリップ帝だ。

 玉座の後ろには大きなステンドグラスが施されており、そこから差し込む光で皇帝に後光が差しているように見える。


 広さはグラッセルの謁見の間の三倍以上もあった。しかしこれでは、声も届かず顔も見えない。

 はるか彼方の玉座に、フリッツは苦笑した。ディングリップのお偉方は、どうも客人と異常なまでの距離を置きたがるらしい。自分の尊厳を保つためだろうか。


 定位置まで歩かされ、膝をつき、頭を深く下げさせられる。

 するすると絨毯の上をやってくる衣擦れの音が響く。


「面を上げよ」


 言われたとおり、フリッツは顔を上げた。しかし、視線を合わせていいわけではない。それは先ほど、ドルチェットから言い含められている。

 だがフリッツは、恐る恐るその先を盗み見た。


 そこに居たのは、皇帝という重々しい称号で呼ばれるには似つかわしくない、年老いた小さな老人だった。

 もうとうの昔に六十は過ぎているだろう、もしかすればマルクスと同じくらいの年かもしれない。髪はすっかり色が抜け、細く枯れた首が頭を支え、その上に重い王冠を乗せている。


 ドルチェットは、朗々とその声を響かせた。


「ご機嫌麗しゅう、皇帝陛下。貴方様の為に、こうして馳せ参じました」

「そうか」


 その会話に、フリッツは眉根を寄せた。

 しかしドルチェットは皇帝陛下に報告を続けている。


「アーサー=ロズベラーの血縁である少年です」

「そうか」

「数日前、わたくしが捕えました。陛下が望まれていた、漆黒竜団ブラックドラゴン幹部アーサー=ロズベラーへの切り札です」

「そうか」

「これであの憎き賊どもを打倒すことは、そう遠い話ではなくなりました。この少年を使って、必ずや賊の一角を切り崩して見せましょうぞ」

「そうだったな……」


 謁見室には、水を打ったような空気が流れている。感じている違和感を、誰一人として口にしようとはしない。


 フリッツは息を呑んだ。

 皇帝の様子は、おかしい。目の光が、怪しいのだ。

 この老人はすでに、自らの意思も、国を導く覇気すら持ち合わせてはいない。


 年齢のためか、もしくはそれ以外の要因があるのか。定かではないが、皇帝自身に考える力が残されていないのは明らかだ。先ほどから皇帝は、ドルチェットの言うままに答えている。


 フリッツの中に、ある一つの疑念が浮かび上がる。

 もしも何者かの戯言を皇帝が鵜呑みにし、それを皇帝に取り入ろうとする者が耳に入れたなら。

 マティオスは、叔父のご機嫌取りの為にフリッツを捕えた。叔父ドルチェットは、皇帝のご機嫌取りの為にフリッツを差し出した。


 ある可能性に思い当たり、フリッツはぎりと唇を噛む。

 くだらない、上下社会の駆け引き。地位と褒美を得る為だけの、私利私欲を満たす行為。

 確かなことは、フリッツが捕えられていることになんの意味もないということだった。

 ドルチェットは、フリッツの今後は皇帝次第だと言った。しかし当の皇帝は、何も考えていない、考えられない。


 ぐらぐらと、怒りが湧く。こんなくだらないことの為に、自分はこうして捕えられ、不当な仕打ちを受けている。

 剣を振るい、多くのモンスターや敵を倒し、苦難を乗り越えてきた。一端の剣士になれたような気がしていた。

 だが、それがどうだ。

 こんなくだらない人間たちの為に、自分の生死が左右されている。


 我慢ならなかった。

―――剣さえあれば。剣さえあれば、こんなやつら。


「陛下、それ以上そやつに近づいてはなりませぬ!」


 皇帝のものではない、しゃがれた声が謁見室に響き渡る。その耳障りな声が、フリッツの思考を止めた。

 発したのは、部屋の隅に並んでいるうちの一人の老婆だった。黒いローブを纏い杖をつき、背中はずいぶんと折れ曲がっている。城の魔法使いかなにかといった風情だ。


 その老婆が、フリッツに向かってつかつかと歩み寄る。兵の一人が進み出たが、上官らしき者に止められた。

 膝を折ったままのフリッツの鼻先に、老婆は杖を突き付ける。


「おぬし、今までどこで何をしてきよった?」


 フリッツは困惑した。どういう意味の問いか、理解できない。


「南大陸から……旅をして、ここまで来ました」

「あの野蛮な大陸の、冒険者などという輩か。道理でな、背中が真っ黒に蠢いておるわ」


 老婆はすぅと、深く息を吸い込んだ。皺だらけの顔の中に、細い目が吸いこまれる。

 そして、大声で罵った。


「虫も殺さないような顔をして、恐ろしや! こやつは多くの『ごう』を背負っている。ここまで来るのに、一体何人殺めたのやら。この人殺しめ!」


 その瞬間、フリッツは凍りついた。背中に冷や水を流されたような衝撃が走る。

 人殺し。


 にわかに辺りがざわつきはじめた。フリッツの背後に控える兵士の槍に、一層力が入ったのが気配でわかる。おそらく少し首を動かせば、槍の切っ先は容赦なくフリッツの首元に突き刺さるだろう。


「『ごう』を……そんなにか?」

「まだほんの子供だぞ。十台半ばで、人を……」


 兵士たちが、囁き合う。

 当人であるフリッツを除き、その場に居る全員が老婆の言葉の意味を理解したようだった。周りの敵意がどんどん膨れ上がり、それが自分に向けられていることに気付く。首に突き付けられた槍の刃が、一層冷ややかになったように思えた。


「ほう、さすがはアーサー=ロズベラーの弟と言ったところか。血は争えないな」


 ドルチェットが、低く嗤う。マティオスは、何も言わない。


 フリッツの心臓は早鐘のように響く。

 場の空気が、一気に変わる。首元の刃は、いつ深く食い込んできてもおかしくはない。壁際に遠巻きにして整列している官僚や兵士たちの、蔑むような眼差し。

 フリッツは知っていた。これは、殺意だ。


「……謁見はこれまでじゃ。余は疲れた」


 皇帝はふいと背を向けた。そしてゆっくりと、玉座へと戻っていく。

 それは皇帝に、フリッツへの興味など何一つないことの表れだった。


「賓客として扱うつもりであったが、止む負えまい。拘束は解くな。牢に連れていけ、くれぐれも注意を怠るなよ」


 ドルチェットが部下にそう言い、フリッツは再び乱暴に立たされた。





 結局は同じだ。

 マティオスの屋敷の牢から、城の牢へと移っただけ。大した違いはない。


 ドルチェットは、皇帝次第でフリッツの今後が決まると言っていた。しかし、皇帝のあの目は正気かどうかすら疑わしい。乱心によって処刑されるか、はたまた存在を忘れて放置されるか。突然皇帝の気が変わり、はい釈放などという楽観的な想定はできそうにない。


 豪勢な建物の中にある牢というものは、決まって地下に作られるものらしい。あるいは理不尽に攫ってきた者を、秘密裏に隠しておくためなのかもしれない。

 だから、来客の足音は決まっていつも上からする。


 姿を見せたのは、やはりマティオスだった。牢の見張りも一緒にいたが、マティオスはそれを手で制する。人払いの仕草だ。


「フォーゼル様、しかし」

「彼はきみたちが思うほど危険な人間じゃない。少し離れたところで見ていてくれ」

「申し訳ありませんが、それは致しかねます」

「……叔父上か。いいよ、そこに居て。聞いていても面白い話ではないけれど」


 牢の外側には、槍を構えた兵士が控えたままだ。マティオスはちらと視線を走らせたが、観念したように目を伏せた。


「世の中って、きみが思っていたよりずっと横暴だろう?」


 マティオスは鉄格子にもたれ掛かる。

 フリッツはしばし、黙り込んだ。いったい誰のせいで、こんな目に遭っていると思っているのだろう。それを涼しい顔をして、悪びれもなく。


 誰のせい。誰のせいだろう?

 騙して捕えたマティオスのせい。漆黒竜団ブラックドラゴン幹部であるアーサーのせい。

 いや、違う。兄を追ってここまでやって来て、マティオスにまんまと騙された、他でもない自分のせいだ。

 それが理解できているだけに、より腹立たしかった。


 先ほどの謁見で、フリッツには引っかかっていることがあった。

 あの部屋に居た全員が、一瞬にして自分に敵意と警戒心を向けた、あの言葉。


「さっきの、ごうって……何?」


 聞き慣れない言葉だった。あの言葉が出てきてから、事態はより悪い方へと転がった気がしてならない。自分がいったい何のためにこんな仕打ちを受けたのか、知っておく必要がある。

 マティオスは、床に尻をつけたままのフリッツを見下ろした。


「人は誰でも、多かれ少なかれ黒いもやを背負っている。それが、おれたちがごうと呼ぶものだ。そして稀に、人の背後に蠢く黒い靄を視ることの出来る者がいる。さっきの老婆がそうだ」


 フリッツは、ふとティアラを思い出した。黒い靄のようなものが視えると、ルーウィンやラクトスに相談していたのは知っていた。それが、そうなのだろうか。

 マティオスの説明は続く。


「悪人や人殺しなんかは、とくにそれが濃くなる傾向があってね。ごうの濃さは、人の危険度を測る手段でもある。だからきみは警戒された。おそらくは、この前の漆黒竜団ブラックドラゴン本部の立ち回りで、相当増えたんだろう」


 フリッツはわからないといった顔で、マティオスを見返した。マティオスの表情は微動だにしない。


「気づかなかったのかい? きみはあの時、かなりの団員を斬り捨てた。どの程度の被害だと思っているかわからないが、あれは相当な数の団員が死んでいる」


 フリッツの表情は凍りつく。

 今まで目を逸らしていた事実を、容赦なくはっきりと突き付けられた。


 あの時、自分が誰も殺していないなどとは思っていなかった。致命傷になる斬りこみも、嫌な手ごたえも、確かにあった。それでも、考えないようにしていたのだ。


 フリッツが認識すれば、その時点でそれは事実となり、罪の意識は自身を苛む。

 だが、もしかしたら大した傷でないかもしれない、向こう側の治癒師が癒しているかもしれないという、根拠のない希望的観測を抱いていた。

 自分の目で、息絶える団員たちを見たわけではない。彼らが死んだという証拠はどこにもない。だって自分は、斬って捨てただけなのだから。

 その先など、振り返りもしなかった。


 それでも、言われてしまえばすぐにわかる。

 手を下したのは、他でもない。自分だ。


「そんなに……死んだの?」

「当たり前だ。誰も彼も迷いの無い斬り傷ばかりで、あれで生きていられるはずがない。あんなに夥しい数の人間が斬り捨てられたところを、おれはこの目で初めて見たよ。やはり血は争えないな。きみは紛れもなく、アーサー=ロズベラーの弟だ」


 世の中は上手くできている。

 フリッツが殺めた命たちから、こうして今、しっぺ返しを食らったのだ。

 打ちひしがれているフリッツをよそに、マティオスは淡々と言葉を放つ。


「きみは叔父上の点数稼ぎに利用された。目をつけられたのが運の尽きだったね」


 手で顔を覆い、フリッツは低く唸った。


「でも、捕まえたのはマティオスだ」

「そうだ」


 マティオスはこともなげに言った。


「おれは今までも、そしてこれからもあの人に逆らうことはない。変な期待をしているようなら、それはさっさと捨てることだ。丁度いいじゃないか。まともな人間だったら、人を殺めた償いをしたいと思うだろう?」

「……冗談じゃない」


 零された言葉に、マティオスはわずかに目を見開いた。一方、俯いたままのフリッツはそれを知る由もない。

 以前のフリッツからは、想像もつかない台詞だ。

 マティオスの微妙な表情の変化は、すぐに終わった。そして静かに、踵を返す。


 フリッツは再び、暗い牢に一人になった。

 渦巻く黒い感情が、肚の底で蠢いていた。




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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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