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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第2章 新たな道連れ
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第二話 キャルーメル高等魔法修練所

魔法修練所の所長と話をし、魔法使いの手配を頼んだフリッツたち。門下生の一人であるクリーヴは、二人に修練所の案内をすることを申し出る。


【第二話 キャルーメル高等魔法修練所】


 クリーヴは亜麻色の髪に端整な顔立ちで、そつなくローブを着こなしている様子は、絵に描いたような優等生だった。そのうえお高くとまらず、こうして二人を案内してくれるというのだから非の打ち所が無い。

 こういう人が来てくれるといいんだけど、とフリッツは淡い期待を抱いた。


「そうですか。北へ向かうんですね」


 フリッツはクリーヴに自分たちが北上しようとしていることを話した。


「それで今、一緒に行ってくれる人を探しているんですけど」

「それはまた大変ですね。よほどの物好きじゃないと」


 フリッツの心の内を知ってか知らずか、クリーヴは微笑んであっさりとかわされてしまった。しかし、彼に悪気は無いようだ。フリッツはこっそりうなだれた。


「せめてここの卒業生くらいの実力がなきゃ、旅に出ても生きて帰ってこられる保証はないですしね。それにここの修了証があれば、このあたりではけっこう良い仕事につけるんですよ」

「それは金持ちの身辺護衛とか、そういうつまんない仕事?」


 ルーウィンが皮肉たっぷりに言って、クリーヴは苦笑した。


「平和が一番ですよ。戦うのは、誰だって好きじゃない。それとはあえて反対の道を行く冒険者というのは、やっぱりロマンがあるんですか?」


 フリッツとルーウィンは互いに顔を見合わせた。

 二人とも成り行き上の人探しの旅だ。フリッツは今クリーヴにそう言われるまで、自分が冒険者になったという自覚もなかった。確かに、言われてみれば武装して旅をしているという定義には当てはまり、間違いなく自分は冒険者の類に入る。

 多くの者は腕っ節の強さの顕示欲と、放浪の自由と、ちょっとした冒険を望んでいるのだろう。そう考えて、フリッツはうーんと唸った。


「ロマンかあ。考えたことなかったなあ」

「あたしたちは、ただの人探しだもんね」


 ルーウィンが答えて、クリーヴが目を丸くする。


「こんなご時世に北へ向かって人を探しに行くんですか。よほど大切な方なんですね」


 フリッツは兄アーサーを、ルーウィンは師ダンテを捜す。それが二人の目的だった。

 

 修練所内を歩き始めてまだ大した時間も経たなかったが、フリッツはある点が気になっていた。

 門下生たちは皆統一された同じローブを着ているが、そのローブも上等であることはフリッツが見てもわかる。クリーヴのように人のよさそうな者もいれば、先ほどの門下生のようにやや傲慢な者もいる。

 しかし一様に感じられるのは、この修練所に通う門下生たちは俗に言う「一般庶民」でない、ということだ。自分が冒険者というだけで、なんとなく見下されているような、そんな印象を受けた。

 年齢、階級、民族、出身地に関わらず門下生を受け入れるという謳い文句とは違い、限られたある一部の者にしかその狭き門は開かれていないような気がしたのだ。


「こんなこと聞くのもなんですけど、ここの魔法修練所は才能があれば誰にでも開かれてるって聞いていたんです。だけど」

「実際には、豊かな家柄の子息たちが嗜みとして魔法を学ぶ場。それも多額の費用を払って、かな?」


 クリーヴは少し寂しそうに微笑んだ。それを見て、フリッツは失礼なことを言ってしまったと後悔した。

 どんなに人が良くても、クリーヴもその中のうちの一人なのだ。フリッツの言葉に他意はなく、クリーヴもそれは承知しているはずだが、フリッツは申し訳なく思った。


「……すみません」

「いいですよ、本当のことだから」


 しかし、クリーヴは努めて声を明るくした。


「それが事実ではあるけれど、ぼくたちだって何もしていないわけじゃない。日々魔法の腕を磨いて、互いの術を競い合っている。きみたちにはさっき不快な思いをさせてしまったから、今度は逆にこの修練所のいいところも見ていって欲しいんだ」


 フリッツたちが少し年下であるということもあり、最初は完璧な言葉遣いだったクリーヴも、だんだん砕けた調子になってきた。フリッツはそれが逆に恐縮しなくて済み、ほっとしていた。


「魔法について、ぼくから説明させてもらってもいいかな?」

「講義してくれるんですか?」


 フリッツは顔を輝かせた。魔法がこの世に存在することは皆が知っているが、実際に魔法に触れられる機会はそう滅多にない。

 フランの村では一応魔法使いという肩書きを持つ老婆がいたが、彼女がするのは主に怪しげな薬の調合で、カエルやイモリを紫色の液体の鍋に入れてかき回しているくらいだった。そうした先人の知恵に毛が生えた程度の魔法使いしか見たことのないフリッツにとって、魔法修練所を訪ねることには緊張と同時に大きな期待もあったのだ。

 フリッツの反応を見て、クリーヴは嬉しそうだった。


「講義ってほどじゃないけど。せっかくここへ足を運んでもらったんだから、ぜひとも魔法のことを知ってもらって、土産話にしてもらえたらなと思って。では、僭越ながら」


 クリーヴは軽く咳払いした。


「魔法、という言葉は一般の概念でね。御伽噺やなんかの、不思議な力が使えて不思議なことが出来る人のことを魔法使いって言うよね。ここで学べるのは、正確には魔術と呼ばれるものなんだ。学問として専門的に捉え、その構造を解き明かし、修練することにより身に着ける術を学ぶ」

「要するに、魔法っていうのは俗称で、漠然とした不思議な力。魔術っていうのは専門用語で、もっと具体的で学問として修められるもの、ってことなのかな」


 フリッツはクリーヴから聞いたことを自分なりに噛み砕いて理解した。クリーヴは頷く。


「そうそう。でも正直なところ、魔法も魔術も、魔法使いも魔術師も言葉が示すものは同じだから。大きな違いはないけれど、やっぱり微妙なニュアンスは違ってくるね。そういうぼくたちも、その言葉に拘る人と、そうでない人がいるけれど」


 ルーウィンはさっそくあくびを押し殺していた。しかしそれを気に留めず、クリーヴは熱心に続けた。


「そもそも、ぼくたちの使う魔術とはなんなのか。とあるエネルギーの波を読み、それを己と重ねることである効果を引き出すものが魔術なんだ。きみたちが一番に思い描く、炎を出して攻撃する、風を起こして吹き飛ばす、なんてものが一番スタンダードな『魔術』と呼ばれるものだね。一口に魔術と言ってもその体系は様々だ。フリッツくんは何か知ってる?」


 これこそ自分の求めていた魔法の話だと思いながら、フリッツは答える。


「呪い、とか? 治癒師のあの癒しの力は魔術に入るのかな、別のもの?」


 クリーヴは微笑んで肯定する。


「両方正解。呪い、っていうのは『呪術』と言って、長い効果を期待するものだからこちらも準備に手間がかかる。これが古代より行われてきた、魔術の原型だ。

『治癒術』も原理は同じで、力を使う人、つまり術者が力の効果を癒しの力へと変換することによって怪我を治したりできるんだね。

あとは『召喚術』かな。これも古い魔術の一つで、モンスターを呼び出し、使役することが出来るんだ」

「モンスターを味方にできるってこと?」


 ルーウィンがやっと会話に参加した。


「なんでもいいってわけじゃない。契約ができるほど知能のあるモンスターに限られる。これは使える人がなかなかいない、特に高等な術なんだ」


 そうして熱心に話しているうちに、三人は再び天井の高い吹き抜けの広間についた。両側にある小規模な講堂の一つに向かうよう、クリーヴは二人を促した。


「やってるやってる」


 講堂の扉の窓ガラスに顔をくっつけたルーウィンは中の様子を覗き見した。中では門下生たちが熱心に教師の話に耳を傾けている。


「ああやって机に向かってるけど、なにを勉強してるの? あんなことして、魔法が使えるようになるのかしら」

「いいところに目をつけたね」


 ルーウィンの疑問に、クリーヴは微笑んだ。


「魔術というのは、ふとしたきっかけで使えるようになる人は、実は世の中にけっこうたくさんいるんだ。きみたちの街にも、一人か二人は手の中に光や炎を灯せる人がいるかもしれないね。でもそれだけじゃ生活の役には立っても、それ以上のことはできない」


 クリーヴも窓ガラスから講義の様子を覗き込んだ。


「今の世の中は乱れている。悪人やモンスターから身を護れるほど、実用的で洗練された力を身につけるには、その構造を理解し、魔術の流れを掴むという過程が必要になってくるんだ。そのために、これは必要なことなんだよ」


 やみくもに使うよりも、その力の根本を理解することによって実用することが出来る。剣も弓も魔法も、その点ではなにも変わらないのだ。

 ルーウィンはクリーヴの言葉を全て飲み込めたわけではなかったが、彼女なりに解釈はしたようだった。


「よくわかんないけど、それでああやってみんな座ってるってわけね」

「そういうことです。これがいつもの授業風景。今はこの修練所の中でも、高等レベルの講義中だね」


 広い講堂に備え付けの長机と長椅子がズラリと並べられ、門下生たちが何やら熱心にノートをとったり、教師の話に耳を傾けている。伝わってくるピリピリと張り詰めた空気をガラス越しに感じ取って、ルーウィンは苦い顔をした。


「あたしこういうのダメ。よく堪えられるわね、こんな空気」

「キャルーメル修練所は、いわば頭脳の戦場みたいなところだから。ちょっと気を抜くだけで周りに置いてきぼりにされてしまう。ぼくもうかうかしていられないな」


 物珍しさから食い入るように授業風景を見ていたフリッツは、端の席で眠りこけている生徒が居るのを見つけた。


「ルーウィン見て。あの人、あんなに寝てるよ」


 眠そうに目をこすったりしている者もいるが、その生徒の眠りっぷりと来たら堂々としたものだった。講師がそれに気がつき、チョークで攻撃を仕掛ける。しかし、居眠り生徒はそれを知ってか知らずか見事に避けたので、教師は熱くなってチョーク乱舞を繰り広げた。

 フリッツが小さく笑ってそれを見ていると、クリーヴも苦笑した。


「こんな中で居眠りするなんて、呆れたもんね」


 ルーウィンがあくびしながら言った。


「こういう光景は珍しいんですよ。普通は授業中に寝たりしませんから。彼、きっと授業について行けなくなってるんでしょう」


 ついに我慢の限界に達した教師が自前の魔術書を投げつける。今度は狙い違わず、スコーンといい音をさせて居眠り門下生に命中させた。講師は門下生に説教をしている。

 居眠り門下生はおもむろに立ち上がると、静かに席を立った。片手をポケットに突込み、大あくびをしている。公衆を前にして、堂々とした退場っぷりだ。


「あら、こっちに来るわね」


 生徒はずんずんと歩き、フリッツたちが張り付いている扉を開けた。近くに三人の視線を感じ、門下生は上目遣いにこちらを見る。


「……なんだよ」


 今まで笑っていたフリッツは、激しくガンをつけられて凍りついた。ルーウィンはそれを見、やれやれとため息をつく。クリーヴは穏やかな態度でそれを受け止めた。


「居眠りも程々にしたらどうだい?」

「うるせえ」


 門下生はそのまま、静かに廊下を曲がって去って行った。後姿を見て、ルーウィンは呟く。


「ああいうの、一つの集団の中に一人は居るのよねえ」

「ところでフリッツくん、大丈夫かい?」


 フリッツは、笑みを強張らせて頷いた。





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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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