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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第10章 安息の丘で
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第八話 欲する情報

【第八話 欲する情報】



「嬉しいよ。その気になってくれたんだね」

 

 マティオスはその日も爽やかな笑みを浮かべ、槍を携え、庭でフリッツを迎えた。

 マティオスの言う「その気」とは、相手を殺すつもりで戦うということだ。

 もちろん、フリッツにはそんなつもりはないし、やはり出来るだけ相手を傷つけたくないという意思は変わらない。しかし強くならなければ自分の身はおろか、仲間を護ることは出来ないのも、また確かだった。


「殺すとか殺さないとか、そういうのは嫌だけど。でも、この前言われたこと、一理あるって思ったんだ。それにまだ、ぼくは強くならなきゃいけない」


 先日マティオスが言ったことはもっともだった。相手を傷つけるつもりの無い自分に、敵が寝返ることは無い。

 思い返せば、盗賊の元頭領と初めて真剣で戦った際、フリッツは勝負には勝てども、戦いには勝てなかった。それはフリッツが刃で人を斬ることが出来ないと、頭領に悟られてしまったからだ。


 それならば、そう悟られないようにすればいい。フリッツがいつ何時も、本気で相手を斬って捨てるつもりがあると、相手に思わせればよいのだ。自分の意志で自在に、敵意と、マティオスのいうところの殺気を、相手に悟らせることが出来れば。

 フリッツの意思を顔つきから確かめ、マティオスはおもむろにベンチに腰掛けた。


「いきなり殺すつもりでかかってこいって言っても無理だろう。イメージトレーニングから始めようか。簡単だよ、まずは殺したいくらい嫌いな相手を思い浮かべてみて」


 あっさりと言ってのけたマティオスに対し、フリッツはその場に立ったまましばし考え込んだ。

 今までの記憶を遡る。身に覚えのある酷い仕打ちを思い出す。


 小さい頃にからかわれたカヌレ村の子供たち。いや、腹は立ったが嫌いじゃない。

 アーサーにばかりかまけて、自分をほったらかしにし続けた両親。恨みに思わないわけではないが、そんな両親でも助けたいと思って、自分は今ここにいる。


 アーサー=ロズベラー。

 彼が居なければ、今の自分はない。マルクスとも仲間とも出会わず、自分は旅もしていないだろう。

 そして、両親にここまでぞんざいに扱われ、愛情に飢えることもなかった。


「……?」


 そこまで考え、フリッツは眉をしかめた。

 確かにクッグローフでは間接的に死にそうな目に遭わされたが、その時自分が殺意を向けたのは目の前の漆黒竜団員だった。


 そうか、あれが敵意で、殺意だったのだと、フリッツは改めて思い返す。

 しかし今彼らのことを思い返しても、懺悔と自責の念しか湧いては来ない。あの時の殺意など、とっくの昔に消えてしまっている。


「……いない」

「うそ」


 フリッツの呟きに、マティオスは目を見開いた。


「いないよ。殺したいくらい憎い人なんて。普通に生きてきたら、誰かを殺してやろうと思うことって、そんなにないと思うよ」


 困って眉を下げるフリッツに、マティオスは首を傾げた。


「そうなのかい? おれなんて今までの人生、一体何人殺してやろうと思ったことか。うーん、困ったなあ。何か手はないかなあ」


 マティオスは腕を組み唸りはじめた。殺してやろうと思っただけなのか、本当に殺してしまったのか、フリッツは敢えてそこは気にしないことにした。

 何かを思いついたのか、ふとマティオスはベンチの背にもたれかかり、空を見上げた。


「最近さあ。ルーウィンちゃん、雰囲気変わったよね」

「はい?」


 フリッツは思わず素っ頓狂な声を上げる。あまりにも唐突に話が変わったためだ。


「アーティ先生のせいだろうけど、安心しているんだろうね。ここに来てから、表情が柔らかい。おれはすっかり警戒されて普段は睨まれてばかりいるからね、かわいい顔はなかなか見せてもらえないんだ」


 そう言って、マティオスは肩をすくめた。

 心のどこかで、そう簡単に見せられてたまるかと、フリッツは思った。ルーウィンは面白いことがあればけらけら笑うが、誰かに微笑みかけることは滅多にない。彼女が微笑みかけるとしたら、せいぜいティアラかアーティくらいのものだ。

 マティオスは続ける。


「ああいう、特定の人間にしか懐かない娘っていいよね。その分口説き甲斐がある。最初はつれないだろうけど、だんだんと打ち解けていくうちに自分にしか見せない笑顔を向けてくれるようになったら、しめたものだよ」


 マティオスの言葉の端々に、フリッツはもやもやとした苛立ちを感じた。


 ルーウィンは大切な旅の仲間だ。確かに彼女もれっきとした女性だが、攻略対象として捉えてほしくはない。ルーウィンには仲間としての思い入れもあるし、彼女が悲しむところは見たくなかった。

 しかしマティオスがルーウィンに興味を持ったとしても、彼女なら一筋縄にはいかないだろう。そんな根拠のない安心感もあって、フリッツはマティオスの話聞き流そうとした。

 ところが、マティオスは改まってフリッツに向き合った。


「実はね、フリッツくんに謝らなきゃいけないことがあるんだ」

「何?」


 フリッツはぎくりとする。この話の流れからすると、あまりいい話が続くとは思えない。


「昨日の夜、たまたま彼女たちの部屋の前を通りかかったらルーウィンちゃんの姿が見えてね。おれはふらっとその部屋に入ってしまったんだよ。ティアラちゃんは居なかった。おれとルーウィンちゃんは二人きりだったんだ」

「ふぅん、それで?」


 フリッツはなんでもないような顔を取り繕った。

 マティオスは片手で髪を掻き上げ、頭に手をやったまま微妙な表情を浮かべている。


「いや、その……言いづらい話なんだけどさ。薄暗い部屋で、ランプのおぼろげな明かりに照らされている彼女を見ていたら、なんだか変な気持ちになって。不可抗力っていうのかな。下から怪訝そうに見上げてくる彼女の視線が、やけにくすぐったく感じたんだ」


 フリッツは首をかしげる。マティオスの表情は読み取れない。


「いつも強気なこの娘は、もしそうなったら、どんなふうになるのかと思った。おれも最近、荒野の旅で随分とご無沙汰だったし、実を言うと、昨日の晩はちょっと酒も入っていて」

「……マティオス?」


 フリッツは怪訝な表情で訊ねる。

 マティオスは申し訳なさそうに、ややうつむき加減だった。しかし何かを思い出したように、徐々に端正な口元を歪めていく。


「あの驚いた後の苛烈な瞳、ぞくぞくしたね。嫌がる彼女の手首を掴んで、押し倒して。でも、もっと大暴れしてくれるかと思ったのに、ちょっと期待はずれだったよ。所詮は彼女も、ただの女だったってことさ」


 マティオスは長い脚を組み直し、甘さの中に毒を含んだ声音で言った。

 そしてちらと、フリッツに意地の悪い視線を送り、様子を窺う。


「それは、つまり……ルーウィンと。……した、ってことだね」


 フリッツは話を聞いている間、ずっと下を向いていた。

 次第にその肩がわなわなと震えだす。


 それを見て、マティオスはにやりと笑った。

 もちろん、マティオスの話したことは、嘘だった。ルーウィンに手を出すなど、恐れ多くて本当に実行しようとは思えない。フリッツを焚き付けるためにわざわざ考えた、真っ赤なウソだ。

 これで挑発されなければ、男でない。


 案の定、フリッツは今にもマティオスに掴みかかる剣幕で身を乗り出す。

 マティオスは身構えた。例え一発殴られても構わない。これでフリッツが怒りから憎しみを生み、それを原動力に攻撃することを覚えてくれればそれでいい。


 フリッツは勢い良く顔を上げる。

 そして、重い口を開けた。


「まくら投げを!」

「え?」


 マティオスは思わず我が耳を疑った。らしくもなく間の抜けた声が出る。

 気が付けばフリッツは上気した顔を上げ、すっかり声を弾ませていた。向けられる澄み切った眼差しには、マティオスへの疑念など一欠片もない。

 

 まくら、投げ。

 一瞬の間があった。


「……だめだ!」


 マティオスは立ち上がると、フリッツの両肩を強く掴んで揺さぶった。その表情には、今までにない切実さが滲み出ている。


「だめだよフリッツくん! その発想はおかしい! 男として、思春期の青少年として、完全に間違っているよ! どうして今の話でまくら投げに行きついたんだい? 違うだろう? そうじゃないだろう!」

「……う、わ。ちょ、ちょっとマティオス?」


 フリッツのうめき声に構わず、マティオスは揺さぶった。


「そこはおれの胸倉掴むくらいしなきゃ! 気になってる女の子に遊びで手を出されたらさ! 本当は気づいてるよね? カマトトぶってるだけなんだよね?」


 マティオスにしては珍しく、随分必死になっている。同じ男として、フリッツの珍解答に危機感を感じたのだ。

 フリッツはやっとのことで揺さぶりから解放されると、目を回しながら答えた。


「だから、ルーウィンとやったって話でしょ。まくら投げ。マティオスは今までずっと荒野で、宿屋じゃなかったから知らないんだよね」


 頭を殴られたような衝撃を覚え、マティオスは思わず立ち眩む。

 呼吸を整えたフリッツは、拳を握りしめて言った。


「ルーウィンはまくら投げも強いんだ! ラクトスとやっても体格差もなんのその! お互い日頃のうっぷんが溜まっているから壮絶な戦いになるけど、結局いつも勝つのはルーウィンだよ。ぼくなんか何回絞め技かけられて、顔にまくらを押し付けられただろう。そのまま落ちたことも二度や三度じゃないよ。マティオス、あのルーウィンをねじ伏せたんだね! すごいよ、快挙だよ!」


 意気揚々と話すフリッツを、マティオスは信じられないという面持ちで見た。端正な顔は青ざめ、今では頭を打った人のように手を添えている。

 そんなマティオスの心中には気づかず、フリッツは笑った。


「マティオスも昨日の晩が初めてだったの? ぼくも最初はずいぶん緊張したなあ。でもね、ルーウィンが手取り足取り、実戦で身を以て教えてくれたんだ。終わった後なんて、しばらく足腰立たなかったもん。無理矢理組み敷かれると、ああ、この後めちゃめちゃにされるんだって、いつも身震いしちゃうよ」


 なんの含みもなくそう言い、屈託なく笑うフリッツを前にして、マティオスはがくりと項垂れた。


「ごめん、盲点だった。きみが、きみたちが年齢以上に純粋なのを忘れてた。おかしいなあ、おれがきみたちくらいの頃はもっと……」


 珍しく意気消沈したマティオスが、地面に向かってぶつぶつ言っているのが聞こえる。フリッツは頭に疑問符を浮かべながら、マティオスが浮上してくるのを待った。


「……いけない。おれとしたことが、すっかり取り乱してしまったね。話を元に戻そう。殺気だ」

「そう、その話だよ。どうして突然まくら投げの話なんかしたの? 真面目に聞いてるんだから、脱線はしたくないんだ」

「そうだね。ごめんよ、おれが悪かった」


 フリッツを怒らせ、彼の殺意を引き出すというマティオスの作戦はあえなく失敗に終わった。マティオスは、怒りにまかせて剣を向けてくれれば儲けものだと考えた自分の甘さを悔やんだ。

 当のフリッツはマティオスを失敗させたとも知らず暢気なものだ。珍しくペースを乱されたマティオスは、調子を整えるため、咳払いをする。


 そこに丁度、診療所の渡りを通って行くラクトスの姿が見えた。しめたとばかりに、マティオスはすかさず片手を振り上げる。


「例えばね。おーい、ラクトスくーん!」


 その瞬間、ラクトスはキッとマティオス睨んだ。

 罵倒の言葉こそないものの、その鋭い視線からは、話しかけるなという意思がありありと見て取れる。思わずフリッツも身を固くするほどの冷たい眼差しだ。ラクトスからは謎の圧迫感が放たれており、うかつに近づくのは躊躇われた。

 向けられたとげとげしい視線に、マティオスは満足そうに首を縦に振る。


「うんうん。ほら、これが殺気ってやつさ。わかりやすいだろう? なんだ、最初からこうすればよかったなあ」

「う、うん……」


 目があったので、フリッツはラクトスに手を振った。しかしラクトスは仏頂面のまま視線を逸らし、素っ気ない態度で行ってしまった。

 あれ、とフリッツは首を傾げる。


「フリッツくん、おれと話すからまだ怒られてるんじゃない?」

「そんなあ」


 何の悪びれもなくマティオスが言ってのけ、フリッツは不満の声を上げた。

 誰のせいだと言いたかったが、しかしフリッツにも非はある。あれだけラクトスに警戒しろと言われたにも関わらず、最近は稽古までつけてもらう始末だ。特にこの診療所に来てからは、気が付けばフリッツはマティオスと共に居ることが多かった。


 フリッツはそこで、思い出す。

 そもそも自分は、マティオスから何かしらの情報を引き出すのが狙いではなかったのか? その条件で、ラクトスに同行を納得させたのではなかったか?

 フリッツはちらと、マティオスに視線を向けた。


「マティオスは、いつまでぼくたちと一緒にいるつもりなの?」

「そういう言い方、傷つくなあ。いよいよフリッツくんもおれを邪険に扱うようになったってことか」


 わざとらしく肩を落とすマティオスに、フリッツは眉を下げた。


「違うよ。だってマティオス、漆黒竜団ブラックドラゴンじゃないか。いつまでもこんなところで油を売っていると怒られるんじゃないの?」

「怒られないよ。おれはどこにも属していない、個人プレイヤーだからね」


 ぽろりと零れたその言葉に、フリッツは反応した。

 これはチャンスだ。


「属していない? 漆黒竜団にはパーティかチームがあるの?」

「そうさ。トップはボス、その下には三人の幹部を筆頭に、それぞれが部下を率いている。幹部の直属の部下になれば規律に拘束されるけど、その分報酬は高くなる傾向があるんだ。だから多くの平団員が幹部直属の部下になりたがる。あ、ちなみにおれは平団員だよ」

「確かに、マティオスが誰かの下についているところは想像がつかないな。ねえ、平団員って言ったけど」


 マティオスはやれやれと、槍を立て掛け、再び木陰のベンチに腰を下ろした。


「フリッツくん。おれから漆黒竜団の情報を探ろうとしてるね? いけないなあ」

「うっ……」


 馬鹿正直に、思わず言葉に詰まる。恐らく今、自分の顔には「しまった」と書かれているに違いない。

 せっかくマティオスから漆黒竜団ブラックドラゴンの話を聞き出せる運びになったのに、自分は何をしているんだと、フリッツは歯がゆさに目を細める。

 そんなフリッツを見て、マティオスはしばし思案しているようだった。


「三つだ」


 マティオスは、形の良い唇を動かした。フリッツは、弾かれたように顔を上げる。


「最近のきみの頑張りに免じて、三つだけ、どんな質問にも答えよう」

「本当に?」

「ああ、本当だ。出血大サービスだよ」


 フリッツは高揚した。

 三つ、三つだ。質問は慎重に選ばなければならない。この際先ほどまでの殺気の話は、どうでもいい。

 フリッツもベンチに腰を下ろす。そしてマティオスの方に身体を向けて、居住まいを正した。


「兄さんは……。アーサー=ロズベラーはどこにいるの?」


 この質問に、間違いはない。

 なにせフリッツの旅の目的である。兄アーサーを見つけ、説得し、両親があんなことになった原因を探る。そして叶うことなら、アーサー自身にあの呪いを解かせるのだ。

 真面目に答えてくれという願望を込め、フリッツは強い視線を送る。

 すると、マティオスは微笑んだ。


「そんな質問でいいのかい? 漆黒竜団員なら、誰でも答えられるよ。漆黒竜団本部の、彼の私室さ」

「し、私室?」


 フリッツの声はおかしな具合に裏返った。

 拍子抜けだ。かなりの意気込みと共に臨んだだけに、そのあっさりとした回答には肩透かしを食らう。

 マティオスは続けた。


「上からの命令がない限り、彼はほとんどそこで待機、いや、寝泊りしているよ。なにせ特別待遇だからね。さすが一団を率いる幹部だ」

「か、幹部? 兄さんが?」


 口をぱくぱくさせるフリッツを見て、マティオスは笑った。


「あれ、知らなかったのかい? アーサー=ロズベラーといえば、組織内に知らない者はいない有名人だよ。なにせ前任の幹部を打ち破って、下克上でその地位を奪い取った実力者だからね」


 フリッツは息を呑む。

 確かに、アーサーは幼いころから頭一つ分、いやそれ以上に飛びぬけて優秀な子供だった。とはいえ、アーサーとの思い出は六歳までのものしかない。その後彼がどう成長したかは知る由もなかった。

 フリッツの記憶の中の、あの優しく聡明な兄が、果たしてどのような間違いで漆黒竜団へと道を違えてしまったのか。そしてクッグローフで、あのような再会を果たしてしまったのか。

 自分は何もかも、知らなすぎる。漆黒竜団のことも、兄のことも。


「マティオス。兄さんのこと、漆黒竜団のこと、もっと教えて」

「もちろん! と、いいたいところだけど」


 マティオスはもったいつけて、足を組み直した。


「ただでは教えられないな。あんまりぺらぺら喋ると、おれが組織に目をつけられるからね。フリッツくんに協力したい気持ちはあるけど、おれだって我が身がかわいい。きみが話さないと約束してくれても、なにかの拍子にふと漏れてしまわないとも限らないだろう? だから、交換条件だ。おれの知りたい情報を、フリッツくんも教えること」

「マティオスが知りたい情報なんて、持ってないよ」


 それでは話が聞けないと、フリッツは不満そうにマティオスを見上げた。しかしマティオスは首を横に振る。


「そんなことはない。きみはアーサー=ロズベラーの、たった一人の弟だ。きみしか知らない、アーサー=ロズベラーの秘密があるんじゃないかい? 色んな情報を追っているけれど、その中で知りたいもののうちの一つが、アーサー=ロズベラーの弱点なんだ」

「兄さんの、弱点? そんなものを知ってどうするの?」

「きみはまだ知らない。アーサー=ロズベラーが漆黒竜団において、そしてこの世界においてどんなに重要な役割を果たしているかを」


 その言葉に、フリッツは目を丸くした。


「大げさな。いくら兄さんが強いからって」

「彼はもはや、南北大陸最強の男と言っても過言ではないよ。一対一では、誰も彼には敵わない。例えそれが、漆黒竜団のボスであろうともね。アーサー=ロズベラーは人間の域をとっくに飛び越えている。まあそんなわけで、彼の影響力は留まるところを知らない。利用したいと考える人間も、潰したいと思う人間もたくさんいる」


 フリッツは黙り込んだ。

 確かに、アーサーは強い。弟であるフリッツが言うのもなんだが、子供の頃でさえ、常人よりはるかにずば抜けた剣の才能を持っていた。マティオスの語ったことは、事実であると薄々はわかっている。しかし世界や、大陸最強などという言葉はただの誇張だろう。

 しかしそんな兄を、自分は説得しに行こうとしている。次元の違う、住む世界の違うフリッツからの呼びかけに、果たして彼は答えてくれるのだろうか。


「兄さんは、そんなに強いの?」


 フリッツは真剣な面持ちで、マティオスの顔を覗き込んだ。思わず漏れてしまった、心の声だ。

 しかし、マティオスは両手をかざしてフリッツの問いを遮った。


「ストーップ! はい、ここまで」

「え?」


 フリッツは目をぱちぱちとさせる。マティオスは三本、順に指を立てた。


「一つ目、アーサー=ロズベラーはどこにいるのか。二つ目、アーサー=ロズベラーは幹部なのか。三つ目、アーサー=ロズベラーの弱点をなぜ知りたいのか。もう三つの質問は使い果たしたよ」


 一瞬あっけにとられたフリッツだったが、その言葉をよくよく咀嚼すると、次第にふつふつと怒りが込み上げてきた。


「ずるいよ! 後の二つは質問のうちに入らない!」


 あんな会話の中での問いかけ、質問のつもりではなかったのだ。フリッツは強く抗議したが、マティオスはとりあわない。


「だめだめ、なんと言おうと今日はここまで。もっと聞きたいなら、おれとの打ち合いに勝ってごらん。一勝ごとに、きみの欲しい情報をあげるから」

「本当だね? 勝ったら教えてくれるんだね?」

「ああ、もちろん。勝ったらね」


 マティオスはそう言うと、槍を携えてベンチから立ち上がり、手をひらひらと振りながら去って行った。

 残されたフリッツは、ベンチに立てかけた真剣を手に取った。そしてぎゅっと力をこめ、握りしめる。

 マティオスは用心深い。それでも、この少しの間だけで、漆黒竜団の情報がわずかでも手に入った。


 漆黒竜団には、三人の幹部がいる。

 そして兄は、そのうちの一人。


 これは普通に旅をしていては巡り合えない情報だろう。やはりマティオスから情報を聞き出すのが、一番の近道なのだ。

 フリッツはマティオスから勝ちを奪うべく、再び修練に励もうと、剣を構えた。



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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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