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不揃いな勇者たち  作者: としよし
第9章(後半) 北の大地
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第二十話 大敗

【第二十話 大敗】


 パチパチと小さく火が燃える音が聞こえる。

 ここはどこだろう、自分はどうしたんだっけ。

 靄がかかった頭で、思い出す。


(そうだ、ぼくたち、負けたんだ)


 大敗だった。

 危うく死ぬところだった。そう思って、ふと考える。

 ところで、自分は今、生きているのだろうか? 


 パチン、と勢いよく薪の一つが爆ぜた。フリッツは身体を横たえたまま薄目を開けた。


「やあ、気がついたかい?」


 ぼやけた視界に映ったのは、焚き火の炎で顔をオレンジ色に染めた青年だった。岩の上に腰掛け、青年は穏やかな瞳でこちらを見ている。


「……あなたは?」

「きみたちの命の恩人、なんてね」


 青年は微笑む。助けてもらったのだと、フリッツは思った。身体が酷くだるく、そして重い。

 そして「きみたち」という言葉にはっとする。


「そうだ! みんなは!」


 思わず身体を起こそうとして、フリッツは悲鳴を飲み込んだ。身体に激痛が走る。顔を歪めて、フリッツは再び地面に崩れ落ちた。


「無理しないほうがいいよ。きみの身体はぼろぼろなんだから」

「……みんなは?」


 フリッツはその場でうずくまり、しかし顔を上げて歯を食いしばる。今にも噛み付きそうな剣幕だった。

 青年はやれやれと言わんばかりにため息をつく。


「三人とも、きみより先に目を覚ましているよ。それぞれ怪我と消耗が激しいけど、今のところ命に別状はない。安心して」

「……そうですか。よかった」


 フリッツはそれを聞くと、深く深く息を吐いた。

 身体は軋むが、みんなが無事と聞いて安堵が一気に押し寄せる。さっきは急に動いたせいで貫かれたような痛みが走ったが、こうしてうずくまっていれば大したことはない。再び瞼が重くなって、フリッツは今にも眠りに落ちそうになる。

 その様子を見て、青年は腰を上げ、フリッツに毛布をかけ直した。


「もう少し眠るといいよ。まだ夜明け前だからね。冷えると身体に悪いし、今は体力を取り戻さないと」

「はい。ありがとうござ」


 礼を言いかけた、その瞬間。


「こぉらぁあああ!!」

「いっ、痛ぁああい!!」


 くるまった毛布ごと無理に身体を起こされ、何者かに横っ面を思い切り殴られた。うとうとと甘美な夢の世界へ誘われようとしていたフリッツに、突然の襲撃はたまったものではない。

 痛みのあまり涙を浮かべ、しびれる真っ赤な頬を乙女のように押さえる。


「なにまた寝ようとしてんのよ! 今さっき起きたばっかりじゃない、このデコっぱちが! あんただけ目ぇ覚まさなくて、こっちがどれだけ心配したと思ってるの!」

「……る、ルーウィン」


 じんじんと痛む頬に手を当てたまま、フリッツは彼女を見やった。偉そうにしているわりに、服はぼろぼろ、体中に包帯やら湿布やらを貼り付けている。

 しかしその緑の双眸には強い光が宿り、こうして自分の胸倉を掴んでいる様子は、いつもどおりのルーウィンだった。今はピンク色の髪を解き、防具を外して楽な格好をしている。


「怪我は? 身体は大丈夫? そんなにあちこち傷だらけで」

「傷だらけなのは皆同じよ。まあ痛いけど、生きてるわ」


 彼女の横暴な態度に、フリッツは苛立つどころか、目の奥に熱いものが込み上げてきそうになった。鼻水をすすって、フリッツは涙声で言った。


「良かったぁ……」

「実際、死にかけたけどね。もうあんな目に遭うのはこりごりよ」


 ルーウィンはフンと鼻を鳴らす。

 こんなにピンピンしているのだ。体中包帯だらけでも、こんなに安心することはない。


「お前、遅ぇよ。まったく、ひやひやしたぜ」

「おはようございます。気分はいかがですか?」

「ラクトス! ティアラ!」


 フリッツは声を弾ませた。

 ルーウィンの奥には、ラクトスとティアラの姿もあった。二人ともやはり怪我人候の格好だが、腰掛けるほどに体力は回復している。表情には疲労が見え隠れしているが、それでも顔色が悪いということはない。

 ラクトスはにやりと、ティアラはふわりとフリッツに微笑みかけた。


「みんな倒れちゃって、ぼくも倒れて。……本当にもう、どうなることかと思ったよ」


 次々と倒れる仲間。ルーウィンが、ラクトスが。自分が、そしてティアラが。

 あれからどうなったのか、フリッツはまったくわからなかった。


「そういえば、どうしてぼくらは助かったの?」


 シアたちが手加減をしてくれたとは思えない。いかにも優しい表情の中に、瞳の奥は凍りついているような、あの微笑。ジンノの、あの隠そうともしない殺気。思い出すだけでも身震いしそうになる。

 そしてあの、ドラゴン。

 間違いない。頭は霞みがかっていたが、あれは確かに生きた竜、ブラックドラゴンだった。今にも喰われてしまってもおかしくはなかった。

 あの状況から、一体どのように抜け出し、今に至るのか。


「まあ想像はつくと思うが。あそこに居る胡散臭ぇのが、一枚噛んでるんだよな」


 ラクトスが言い、一同の視線は一気に青年に集中する。

 自称命の恩人の青年は、手ごろな岩に楽にして腰掛けていた。


 蒼銀色の髪に、端正な顔立ち。街に出れば、周りの女性が十中八九振り向くだろう。長い足を組み、そうして座っているだけで絵になるような容姿だ。

 かなり上背があると見え、フリッツは無意識に羨望の眼差しを向けていた。男のフリッツから見ても、十二分に格好良いと言える。背後には、彼の得物らしき槍が立てかけられていた。

 そして同時に、ここは洞窟なのだと知れる。小さな洞穴の中に火を焚き、自分たちは介抱されているのだった。


「今までお礼も言わずに、ごめんなさい。危ないところを助けて頂き、ありがとうございました」


 しかしそこで、フリッツは妙な既視感を覚えた。どこかで似たような人を見たことがあるような気がしたのだ。

 青年は人当たりの良い笑みを浮かべ、右手を差し出した。


「一人で散歩していたところを、たまたま倒れているきみたちを見つけたんだ」

「こんなまともな道もないようなところを、たまたま、な」


 ラクトスは意味深に青年の言葉に茶々を入れる。フリッツは右手を出したまま、口をへの字に曲げた。


「ラクトス、そんなにつっかかることないじゃないか。せっかく助けてもらったのに」

「ばか、こいつの顔よく見なさいよ。初対面だとは言わせないわ」


 ルーウィンが答え、フリッツは目を凝らした。

 蒼銀色の髪、涼しげな目元、柔らかな物腰。そして、槍。

 フリッツは大きな声を上げた。


「あああ! この人、ロマシュのヒトラス邸にいた!」

「マティオスだよ。ある時はヒトラス邸の執事、あるときは漆黒竜団。しかしてその実態は、ただの好青年さ。よろしくね、フリッツくん」


 瞬間、フリッツはさっと右手を引っ込めた。あら、とマティオスの伸ばした右手は空振りする。


「そんなに警戒することないよ。なにもとって食べようなんて思ってないし」

「わたくしの目から見ても、あなたは十分に怪しいです」


 ルーウィンの後ろに隠れていたティアラが言った。助けてもらった恩人に対して彼女が言うのだから、よほど胡散臭いと思っているのだろう。普段のティアラからは考えられない言動だ。

 ルーウィンが包帯を巻いた頭を掻いた。


「まぁ、助けてくれたのは感謝するけどさぁ。一体、何が目的なわけ?」

「いやだな、そんなの無いよ。目の前に困った人がいたら助けるなんて、人として当たり前のことだろう?」


 今では四人ともがマティオスから一歩身を引いていた。

 ロマシュのヒトラス邸での、漆黒竜団による襲撃事件。そこでフリッツとマティオスは戦い、負けたのだ。彼は強い。相変わらずの飄々とした態度からも、四人が警戒するのは当然のことだった。


「冗談はさておき。どうやってあいつらと話をつけた? 死にかけたおれたちをどうして助けた?」


 冷たい響きを含んだラクトスの言葉に、心外だと言わんばかりにマティオスは肩をすくめる。


「彼らを退却させたのはおれだよ。帰りの足に使うつもりで呼び出したブラックドラゴンに、彼らの保護者を仕込んでおいたのさ」

「保護者って、まさか」


 フリッツはある人物を連想して、息を呑んだ。しかしマティオスは首を横に振る。


「期待を裏切って悪いけど、アーサー=ロズベラーじゃない。彼の右腕、ルビアス嬢だ」


 マティオスはフリッツに向き直った。


「薄々感づいてはいると思うが、きみたちは……いや、きみは彼女に情けをかけられている。フリッツくん、彼女はきみに何かしらの利用価値を見出しているんだ。そうでなければ、何度も彼女に遭遇していて無事なはずが無い。彼女は人の生死に頓着しない。必要が無ければ、すぐに斬って捨てる人間だ」

「フリッツに利用価値があるとすれば、それはアーサー=ロズベラーの弟ということか。奴らはフリッツに、一体どんな利用価値を見出した?」

「さあ、そこまでは。ルビアス嬢は、鍵だと言っていた」


 ラクトスは顔をしかめる。フリッツとティアラは首を傾げ、ルーウィンは眉根を寄せた。


「鍵? 一体何のだ」

「それは知らない」

「お前の目的は何だ?」

「質問攻めかい? おれは大抵いつも、どこへ行ってもそうなんだ。ただ、圧倒的に女性からの問いが多いけれどね」


 のらりくらりとかわすマティオスに、明らかにラクトスは苛立っている。いつも以上にきつい視線で睨みつけているのがいい証拠だ。


「茶化すな、お前に興味なんかねえよ。お前は漆黒竜団ブラックドラゴンだ。どうしてこんなマネをする」

「それを聞いてどうするんだい? ろくに身体を動かせもしない手負いのきみたちなんか、おれは簡単に首を刎ねることが出来る。例えば、こんなふうに」


 言ってマティオスは、槍の切っ先を向けた。

 一同は目を見開く。マティオスの槍の先が咽元に当てられているのは、食ってかかっているラクトスではない。

 槍の先は、フリッツの咽元に当てられていた。彼は最も弱っているフリッツに、刃を向けているのだ。


 フリッツは動けなかった。目球だけを動かして、マティオスの表情を見やる。そこには残酷な笑みなど浮かんでおらず、さっきまでとまったく同じ様子の彼がいた。


 フリッツは悟る。この青年も、人の生死に頓着しないのだと。今フリッツの咽を突こうが、彼には何の感慨も沸かないのだ。

 辛くもなければ、楽しくもなく、残酷な気分に浸っているわけでもない。必要とあらば、その手を汚す。彼にとっては、それだけのことだった。

 涼しい顔のまま、しかし槍の先はぴくりとも動かさずに、マティオスは言った。


「そうじゃないだろう? きみたちが今すべきことは恩人のおれに突っかかることじゃなく、身体を癒すことだ。ティアラちゃんの治癒魔法で傷は塞がっているが、本当は立っているのも辛いんだろう? それに彼女も、これ以上他人に術を施す余力はないはず。貴重な体力をおれなんかに割くのはどうかと思うよ」


 そして今は、その残忍さが発揮される時ではないとも、フリッツは思った。

 本気で自分を傷つけるつもりはなさそうだが、脅すのに最も衰弱したフリッツを選ぶ辺り、マティオスはかなり手馴れている。


「そいつの言うとおりだわ。ラクトス、今は仕方がない」


 ルーウィンが低く言い、ラクトスは吼えるように返す。


「こんなわけのわからない奴と、同じ場所に居ろっていうのか!」

「そうよ。そいつが気を変えれば、あたしたちは殺される。機嫌を損ねなければ、殺されない。今はそういう状況よ。あんた、そんなにバカだった?」


 ルーウィンが強い眼差しでラクトスを見た。

 先に視線を逸らしたのはラクトスのほうだった。頭に血が上っていても、ルーウィンが正論を言っているのが、わからないはずがない。

 マティオスは槍を下ろすと、やれやれと言わんばかりに自らの肩を揉み解す。開放されたフリッツも、小さく息を吐いた。


「ルーウィンちゃんはお利口さんだね。もうしばらく、ここに留まろう。おれも一人で荒野を行くのは心細い。きみたちが歩けるまでに回復したら進もう。近くに腕のいい治癒師がいるんだ」


 マティオスは洞窟の壁に槍を立てかけ、再び岩に腰掛けた。


「こんな目に遭ってまで、きみたちがこの北大陸を進み続ける必要と覚悟があるのか。それは道中で考えればいい。どちらにしろ、いつまでもこんな洞穴に留まることは出来ないからね。もっとも、ここで旅を終わらせたいのなら話は別だけれど」


 そして腰を折ると、燃える炎の中に新たに薪をくべる。

 怜悧な光を帯びた瞳が、上目遣いに四人を見据えた。


「きみたちの進退は、きみたちの生死に直結する大事な決断になる。

 よく考えるといいよ」










「何してるの。冷えるわよ」


 洞窟の外、真っ暗な夜。突然後ろからかけられた声に、フリッツは振り返る。


「だってラクトスが、マティオスのいるところには戻りたくないってダダこねるんだ」

「で、ティアラはどうしたの」

「何だか、責任感じてるみたい」


 フリッツが示す先には、ラクトスと、少し離れたところにティアラがいた。洞内から漏れる薪の明かりで、二人の背中がそれぞれうっすらと見える。二人ともが、一人で頭を冷やしたいといった様子だった。

 心配になって二人の様子を見に来たはいいものの、フリッツも戻る気にはなれず、こうして夜の空気に当たっていたのだ。


 四人とマティオスの隠れている洞窟は、やや小高い岩場の上にあった。どうやってここまで意識を失った人間を運んだのだろうという疑問がよぎり、きっとあのドラゴンに運ばせたのだろうとフリッツは思った。

 ルビアスに口が利けるとは、マティオスは漆黒竜団のなかでどのような立ち位置なのだろう。そして何を思って、自分たちを介抱しているのだろう。彼が寝入った隙を見て、自分たちは逃げるべきなのだろうか。

 色んなことを考えたが、結局はどれもこれも、夜の暗闇に吸い込まれていった。

 そして別の感情が、フリッツの首をもたげていた。


「あんたは?」


 ルーウィンからの素っ気無い一言。フリッツは苦笑した。


「少し、落ち込んでる」


 同時に吐き出されたのは笑いのような、ため息だった。それを見て、ルーウィンは腕を組む。


「どいつもこいつも、尻が青くてやんなるわね。何よ、一度死にかけたくらいで。生きてりゃそれだけで儲けもんじゃない。素直に喜んどきゃいいのよ」

「そういうわけにはいかないよ。初めて死にかけたんだ。ぼくたちは、ルーウィンみたいに強くない」


 フリッツは膝を抱える。

 そう、自分たちは死にかけた。


 未知の大陸で。四人がかりでかかって。たった二人にやられて。

 仲間が全員、倒れる。全滅する。

 初めての経験だった。そしてそれ故に、ショックだった。


北大陸ここは怖いところだ。最初からあんな目に遭った。きみが倒れた時、本当に怖かったんだ」


 あの時、常に先頭切って戦い、勝利へと導いてくれるルーウィンという存在が崩れ落ちた。フリッツだって、ルーウィンが万能な人間でないことくらいわかっている。

 しかし彼女がいれば自分たちは大丈夫だという、無意識の安心感があった。ルーウィンだけは何があっても倒れない、そんな幻想を抱いていた。


 その彼女が何一つ抵抗できず、あんなにもあっさりと陥落し、続いてラクトスもあっけなく倒れた。

 フリッツは衝撃を受けたのだ。


「強い漆黒竜団ブラックドラゴンがいる。それに……見たんだ。本物のブラックドラゴンを手懐けてた。そんな人たちがいるなんて、想像もしてなかった。あんな人たちが、兄さんの周りにいるなんて」


 兄を説得するどころか、近づくことさえ叶わないのではないか?

 自分は兄の元にすら、辿り着けないのでは?

 北大陸の、どこか冷たい土の上で、死に絶えるのではないだろうか?


 負の考えばかりが、後から後から湧いてくる。自分が北へ来るなど、身の程知らずだったのだ。南大陸でなんとかなって、少しばかり強くなったような気がして、自分が両親を救うのだと、兄を説得するのだと意気込んで。

 最初からこんな調子では、先が思いやられる。そもそも南へ逃げ帰るにしても、港のある街に辿り着くことが出来るのだろうか。

 いや、もしかすると、その前に……。


「死ぬのが怖いなら、シッポ巻いて南大陸へ帰りなさい。中途半端な覚悟じゃ、本当に死ぬわ」


 心の中を見透かされたような気がして、フリッツはどきっとした。しかし、今までみっともない姿はもう何度もルーウィンに見せている。

 フリッツは顔を上げた。


「ルーウィンは、怖くないの?」


 その問いに、ルーウィンは顔をしかめる。


「何が怖いの? あたしに怖いものがあるとしたらただ一つ。ダンテを殺した奴に仕返し出来ず、無念のうちに終わることだけよ。出来る出来ないじゃない。要は、やってみせる気迫があるかどうか、それだけのこと。だからあたしは、死ぬ気はない」


 暗くて彼女の顔はよく見えない。しかしその凛とした声音から、彼女の表情が手に取るようにわかった。

 きっと彼女は、今も遠くを見つめているのだ。あるはずの地平線の、遥か彼方を。つまらない足元など、見もしない。

 それは愚かなことかもしれない。しかし同時に、その愚かさは彼女を前へ押し進めてもいる。

 そして同時に、フリッツは自分の矮小さを思い知るのだ。

 

 フリッツは闇にぼんやりと輪郭しか掴めないルーウィンを見上げた。

 きっと彼女は揺らぎもしない眼差しで、ただ一点を見つめている。その横顔は酷く研ぎ澄まされ、そして美しいのだろうとフリッツは思った。

 立ち姿が、あまりにも彼女らしい。


 フリッツは安堵した。

 自分の情けなさなど脇において、それ以上に変わらない彼女に。


「死ぬ気はないって……それが叶ったら、苦労はしないよ。でも、ルーウィンらしいや」

「あたしは死ななくても、あんたたちが死ぬかどうかは別の話よ。だから、考えなさい。あたしは一人でも先に進めるわ。そしてあんたたちを、いつ何時も護ってやることは出来ない」


 どうしてそんな風に居られるのか。どうしたらそんなに、強く立っていられるのだろう。

 フリッツは闇の中に、そこにあるはずのルーウィンの姿を見つめた。


「でも案外、歓迎されているんじゃない? ほら」


 少し冷える。肌が粟立つ。

 でもこの寒さは、嫌いじゃない。


 東の空が、だんだんと明るみ始める。夜のうちに清められた空気が、世界が、朝陽に晒されていく。世界が眠りについている間に、この世の淀みや穢れは地面近くに沈んでいる、そんな気がする。

 生き物が目を覚まし、動き、それはまた大気に、世界に拡散されるのだ。


 真っ直ぐな地平線に、突如走る、光の線。

 朝陽がその端を見せ、そしてゆっくりとその高度を上げる。

 裸の世界が、照らされていく。


 遮るものなどない、遥かなる地平線。

 空と大地しかない、簡単な世界。


 そう、世界は単純だ。それなのにどうして、こうも複雑なのだろう。自分たちは色々なことを考え、抱え、生きていかなければならないのだろう。

 一見静かで、穏やかな世界。しかし今もこの大地のどこかで人やモンスターや、ありとあらゆる生き物たちが生死をかけ、戦っているかも知れない。

 

 朝陽は容赦なく、散り散りに座っている四人を平等に照らし出す。

 自分たちはそれを、受け入れるしかない。

 目を細め、あるいは顔をしかめながら。


 フリッツの目の前で、胸の内とは裏腹に、否応無しに開かれていく世界。






 ようこそ。

 美しく、険しい、北の大地へ。










                    【第9章(後半) 北の大地】



第9章、夏から秋になってしまいました。

区切りの良いところが見つからず、結局前半後半に分けることとなりました。緑溢れるのどかな南大陸と別れを告げ、いよいよ荒涼とした大地が牙を剥く北大陸へと、一行は旅路を進めます。


今までは登場人物各々に焦点を当てていたため、世界観や漆黒竜団ブラックドラゴンについては深く書いてきませんでしたが、ここからです。心理描写が好きなのでどうしてもそちらに字数を割き、ついついないがしろになってしまう世界観・構造の拙い設定ですが、そちらのほうも徐々に書いていこうと思います。

漆黒竜団ブラックドラゴンとは、その目的は。アーサーの真意は。

ダンテは、なぜ殺されたのか。彼の為し得なかった事柄とは。

……でもこうして書き出してみると、あまり気になる内容ではありませんね(苦笑)でも、書きます!


予告ですが、9章前半に少し手を加えるかもしれません。ちょっと話の流れがごちゃごちゃしているので、もう少しシンプルにしたいと思います。おそらくそのあたりの描写が好きな方はいらっしゃらないと思いますので、勝手ながら改稿させていただきます。こ、今年中には……(汗)


余談ですが、DoAsInfinityの「空想旅団」、たいへん凛とした黎明を想起させる曲で、大好きです。


 ここまでお読み頂き、大変感謝しております。いつも本当に、ありがとうございます。

 そしてどうぞ、引き続き「不揃いな勇者たち」を、何卒よろしくお願い致します。



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少女とギルド潰し
   ルーウィンとダンテの昔話、番外編です。第5章と一緒にお読みいただくと、本編が少し面白くなるかもしれません。
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