第九話 鯛やヒラメの舞踊り
【第9章】
【第九話 鯛やヒラメの舞踊り】
クロマと別れ、四人は浸食窟を進んだ。
岩で出来た洞窟の壁はごつごつとした突起があまり無く、滑らかになっている。海水が満ちた際に角がとれて磨かれたのだろうとラクトスは言った。それは踏みしめ進んでいる、この通路まで海水がやってくることを示している。
四人が歩いているのは細い道だが、すぐそこに断崖が迫り、足元には暗い波が寄せていた。浸食屈と名がつくだけあり、半分は海に浸っているのだ。洞窟内には潮の香りが漂っている。
「ねえ、ラクトス。さっきの、この洞窟がもつのかって話……」
フリッツは不安に眉を寄せて、ラクトスの顔を見た。
先ほどのクロマとの会話には何か引っかかるものがあり、いくら鈍感なフリッツにも不穏な空気が流れていたことはわかった。ラクトスは杖の先に明かりを灯し、先を見据えている。
「この洞窟自体は島の内部だろうから、全部が全部沈んじまうってことはない。ただ、おれたちが船で入ってきたあの入り口は、そのうち潮が満ちれば確実になくなるだろうな」
「そんなの困るよ!」
フリッツは思わず声を上げる。ラクトスは大して表情を変えずに答えた。
「安心しろ。潮の満ち干きはだいたい半日刻みだったと思う。つまり半日後には、この洞窟は再び今の状態になっている。入り口がなくなっちまっても、最悪半日待てば出られるってことだ」
「半日体力が持てばね。あんまりぼやぼやしてると、歩いてきた道が海に浸かってなくなるかもしれないわよ。とっとと行きましょ」
ルーウィンも事態は把握しているらしい。もしかしたら、ラクトスとルーウィンはこうなることを予測していたのではないかと、フリッツは勘ぐった。
その隣で、ティアラは首をかしげている。
「潮の満ち引きで、そんなに水位が変わるものなのですか?」
「場所によるな。ただ、この岩場の具合を見るとかなり水位の差が激しそうではある。海に詳しくはないから、なんとも言えないが。こういう時に雑学の無さが悔やまれるな」
ラクトスは言った。それを聞いて、フリッツは俯く。
「フリッツさん、どうかしましたか? なんだかそわそわされていません?」
ティアラが心配そうにフリッツの顔を覗きこみ、フリッツの肩は跳ね上がった。
「えっ、いや、な、なんでもないよ」
「本当ですか? 先ほどから、なにか落ち着かないような」
「何でもないって! わっ……とととと、と!」
ティアラから逃げようとし、フリッツはうっかり足を滑らせた。崖の下で待ち構えるのは、真っ黒な海。ティアラは小さく悲鳴を上げる。
フリッツは大きく腕を振り回しながら、無様ながらもなんとかその場に踏みとどまった。
「フリッツさん、大丈夫ですか!」
ティアラの声を聞いてルーウィンとラクトスが振り返ると、そこにはしゃがみ込んで背中を丸めているフリッツがいた。ぜえはあと息を切らしているフリッツに、ルーウィンは顔をしかめる。
「……危なかったあ。危うく溺れ死ぬところだった」
「ちょっとぉ、何してんのよ」
「気をつけろよ。まあ、まだ大した落差もないからどうにでもなるが」
「そうですよ。フリッツさんったら、大げさですね」
やっと気持ちが落ち着き、フリッツの口から安堵のため息が漏れる。その様子を見た三人は顔を見合わせ、続いてフリッツの方を見た。
そして、一瞬の、間。
「あんた、もしかしてカナヅチ?」
こともあろうに、ルーウィンは小さくぷっと噴出した。
完全に、バカにされている。
瞬間、フリッツはその場でがくりと肩を落とした。その通りすぎて、ぐうの音もでない。
「……みんな、泳げるの?」
「いや、十何年生きてきたら普通は泳げるわよ。ねえ?」
「まあ、普通はな。泳げるぞ」
「必ずしも、そう言えないとは思いますが。一応、泳げますわ」
フリッツは恨みがましい眼差しで三人を見上げた。バローアの港で、ラクトスもティアラも海を見るのは初めてであったはずだ。それにも関わらず、この中で泳げないのはフリッツただ一人だ。
ルーウィンやラクトスはともかく、ティアラにまで当然のように言われてしまったのは衝撃だった。
「海はないけど、川では泳ぐし、飛び込みもやるでしょ」
「川に行っちゃあ、仕掛けた罠に魚がかかってないかよく見に行ったもんだ」
「わたくしは幼い頃は泉で禊をする機会がありましたので。よく水中に潜ってロートルちゃんと遊びました」
悪気の無い一言一言が、泳げないフリッツのこころにグサグサと突き刺さり、フリッツはついに頭を垂れた。
タイタン=ニック号のような大型船の際は沈む心配などしていなかったし、ゼリアに来てからは碧い海に興奮するばかりで、船から投げ出されることなど思いつきもしなかった。しかしここに来て、洞窟内の暗い海に足を滑らせて落ちることを考えると、泳げないという現実が途端に突きつけられる。
「……ぼくだけかあ。せめてティアラは泳げないと思ってたのになあ」
「なんだか申し訳ないです。元気を出してくださいな」
ティアラは気の毒そうに苦笑した。落ち込んでいるフリッツを見て、ルーウィンは眉を吊り上げた。
「いつまでそうしているつもり? さっさとしないと、潮が満ちてくるわよ。せいぜい足滑らせて落っこちないようにすることね」
「そうだぞ。お前が落っこちると、また……痛っ!」
ラクトスの声に、フリッツは顔を上げる。不思議そうな顔をするフリッツの視線の先では、ルーウィンが恐ろしい形相でラクトスを睨みつけていた。
ティアラは慌てて、その場を取り繕うように笑顔になった。
「要は海に落ちなければいいのですわ。さあフリッツさん、先に進みましょう」
浸食屈はしんと静まり返り、四人の足音以外は、足元で波が岩に寄せるわずかな音くらいしか聞こえない。洞内は真っ暗ではなく、天井にヒビでも入っているのか、わずかな光が差している箇所もある。光は海の上に差し込んでいることが多く、暗い中に青く彩られた波間が照らし出され、洞内の景色を幻想的に見せるのに一役買っていた。
しかしそういった光は肝心の通路にはなく、ラクトスが杖の先に魔法の明かりを灯して先頭に立ち、後に三人が続くという形で進んでいた。
時折通路の窪みに潮溜まりが出来ており、満潮時はここまで水が迫ってくるのかと、フリッツははらはらする。足元は濡れており、海水で足元が滑ることも多々あった。
不意に、ルーウィンが立ち止まる。
「来るわね」
そう言うとほぼ同時に、ルーウィンは弓を構えた。洞窟内のやや勾配になった坂を上がり、そして下ってきたところだった。すぐそこには真っ暗な海面が迫り、ルーウィンの弓はそちらに向けられている。
「フリッツ、お前の大好きなモンスターがお出ましだぞ」
「別に、好きじゃないよ。意地悪」
ラクトスが杖を一振りすると、今まで先に灯っていた光がふわりと離れ、自ら宙に浮かび上がった。そしてもう一度、杖を振る。また一つ生み出された光の玉を、今度は突きつけた杖の先の方へ送り出してやる。すると、暗い海面が照らされ、蠢くものたちが徐々に見えはじめた。
海面からわずかに出ている岩を器用に足場にし、いくつもの星型の生き物がピョンピョンとやってくる。一番上が頭、左右上下の突起が手足に見えないことも無い。大きさは人の掌ほどで、それほど大きなモンスターではなさそうだ。シーハンズという、岩場でよく見られるモンスターだ。
「あら、なんだかかわいらしいですね」
「見た目に騙されないで。内側に無数の針があるはず、飛びつかれたら毒喰らうわよ」
ティアラの暢気な一言に、ルーウィンは厳しい声音で答える。シーハンズは次々とこちらへ渡ってくる。そしてある程度数が揃うと、ティアラ目掛けて一斉に飛び掛った。
フリッツは声を上げる。
「危ない!」
ロートルを呼び出していないティアラは無防備だ。このままでは飛びつかれ、体中を刺されてしまう。
しかし、飛び掛ったシーハンズの動きはぴたりと止まった。ティアラを中心にしてちょうど球体を描くように制止している。そして一瞬の後、内側から発光し、一斉に飛び散った。
辺りの岩に叩きつけられたシーハンズは、皆ピクピクと痙攣したように僅かに動くばかりだ。見るとティアラはその場に跪き、両手を組んで祈りを捧げている。ティアラが自分自身に防護魔法の盾を発動させたのだ。
「ここは塩気があってロートルちゃんには気の毒な場所ですので、しばらくわたくしの役割は防護魔法と補助魔法になりますが、よろしいですか?」
「上等だ、しっかり働けよ」
無傷ですっと立ち上がってみせたティアラに、ラクトスは不敵に笑った。彼女の無事を確認して、フリッツは胸を撫で下ろす。
「ぼやぼやしない! フリッツ、来るわよ!」
ルーウィンの鋭い声と共に、暗い海から突如水の塊が放たれた。それはフリッツ目掛けてやってくる。間一髪で避けたが、フリッツの真横の岩は鈍い音を立てて穿たれた。フリッツの頭ほどの大きさの穴がべっこりと空いている。
ざあっと嫌な汗が背中を伝う。その威力を目の当たりにし、フリッツはみるみるうちに青ざめた。
「み、水鉄砲で穴が……」
岩を抉るような水圧で放たれたものなど、喰らってしまえばとても身が持たない。内臓損傷や、骨が砕けてしまうこともあるだろう。水鉄砲の放たれたあたりの暗い海面に、何かが覗いていた。
敵の頭だ。突き出したような筒状の口に、棘のようなものがいくつも生えて、ヒレのようなものもある。今は顔しか見えていないが、そのモンスターの全貌が見えたなら、どこかドラゴンに似ていると感じる者もいるだろう。竜の子供という意から、そのモンスターはドラチャイルドといった。
ドラチャイルドは水面から頭だけを覗かせ、水鉄砲を打つ際に飛び上がる。再びその姿が海へと沈んでいくのを見て、フリッツは後ずさりした。
相手は海の中。しかも今は潜って隠れてしまっている。側に寄らなければ攻撃の出来ないフリッツには、どうしようもない。そして恐れていた通りに、ドラチャイルドのすぼまった口から、次々と水の塊が発射された。
「ちょ、ちょっとまって!」
フリッツの待ったも虚しく、ドラチャイルドは容赦なく水鉄砲を連射した。フリッツが走り避けていく後を追うように、次々と岩壁に穴が開く。ついに行き止まりになり、フリッツに逃げ場は残されていない。しかし無情にも、放たれた一撃がフリッツに襲い来る。フリッツは思わず目を閉じ、腕で顔を覆った。
その時、ルーウィンが矢を放った。放たれた水塊に命中し、軌道が反れる。勢いをなくした水塊はべしゃっと間の抜けた音を立ててフリッツの足元に飛び散った。続いてルーウィンは目にも留まらぬ速さで矢を構え、まさに海上に顔を出し水鉄砲を発射しようとするドラチャイルド目掛けて放つ。
今度は見事的中し、ドラチャイルドは海へと沈んでいった。ルーウィンのお陰でモンスターの猛攻から逃れたフリッツは深いため息をついた。
「ふう、危なかったあ」
「フリッツさん、後ろです!」
「え?」
パックンという音と共に、フリッツの視界は真っ暗になった。同時に、生臭い匂いと、生暖かい窮屈な感覚に襲われる。
妙な圧迫感と、前後不覚。何が起こったのかまったくわからず、フリッツは目を回しそうになった。
その答えは、フリッツ以外の三人にはしっかりと見えていた。人一人を簡単に捕食してしまうモンスター、パックンシェルがフリッツを飲み込んでしまったのだ。大きく硬い殻は何者の攻撃も寄せ付けず、一度その口に収めた獲物は死に至るまで開放されないという。パックンシェルは今やその口を固く閉ざし、捉えた獲物を逃がすまいとしている。
中からフリッツの「開けてー! 出してー!」というくぐもった声が聞こえた。フリッツも中で必死に抵抗しているらしく、パックンシェルの殻はその度に左右に揺れた。フリッツにしてみれば今にも捕食されるかされないかの瀬戸際なのだが、リズミカルに揺れるパックンシェルの様子は客観的に見ればなんだか間抜けな光景ではある。
「何食われてるんだ! おらよ!」
ラクトスが勢いよくフレイムダガーを放ち、火の塊はパックンシェルに直撃する。魔法の炎はモンスターを殻の外からじわじわと炙っていく。しかし、相当頑丈に出来ているのか、なかなか思うように音を上げる様子はない。
やがて中から「熱いー! やめてー!」という悲鳴が聞こえてきた。それに気付いたルーウィンが眉根を寄せる。
「ねえ、このままだと中にいるフリッツが危ないんじゃない?」
「あ、やべ」
ラクトスは攻撃の手を緩めた。そこでやっとダメージを与えられ、モンスターはパカっと口を空けた。中からフリッツが転がり出、パックンシェルの中身はジュウジュウと湯気を立てている。生き物の焼ける嫌な臭いではなく、どこか香ばしい磯の香りだった。その様子は、網の上であぶられ閉ざされた口をパカっと空けた貝そのものだ。
フリッツは地面に手と膝をつき、はあはあと息を荒くしながらも呼吸を整えた。
「む、蒸し焼きになるところだった……」
「なんだ手ぶらかよ。パックンシェルといえば、奥にでっかい真珠があるって有名だろ? なんでついでにもぎ取ってこないんだよ」
「そ、そんなあ」
危ない目に遭っていたというのにあんまりな言い草に、フリッツは涙目になる。それを聞いて、ティアラは声音を厳しくする。
「お二人とも、やめてください。不謹慎ですよ。わたくしたちがここへ来なければ、このモンスターたちは傷つくこともなかったのですから」
ティアラが言うことはもっともだが、今さっきまでモンスターの体内に居たフリッツとしては、その意見を素直に受け入れるのには少しばかり余裕が必要だった。ルーウィンは一仕事終え、頭の後ろで腕を組んでいる。
「島の豪快な魚料理も良かったけど、港町の魚介類をふんだんに使ったパスタが食べたいわ。香草がパラパラ散らしてあるやつ。そいつら見てたら食欲湧いてきた」
「ルーウィンさん!」
「だって、動いたらお腹減ったのよ」
あんまりな発言に、珍しくティアラは憤然とし、ルーウィンは彼女を適当に宥めた。
海からの敵襲に、散々な目にあったフリッツは早くも疲れ切ってしまった。そんなフリッツの肩を軽く叩き、ラクトスは再び杖の先に光を灯した。
「忘れるなよ。これからまだ、先が長いんだからな」
その言葉に、フリッツはがくりと肩を落とす。海中に潜むモンスターの洗礼もそこそこに、四人は再び歩き出した。
海から飛び出してくるモンスターと闘いながらも、四人は着実に浸食窟の中を進んだ。そしてついに、海に面した岩場の通路から、ぽっかりと空いた大きな空間に辿り着いた。おそらくここが、洞窟の中心部だろう。
その空間の中心を両断するように、まっすぐと聳え建っている何かが、一行の視界に飛び込んできた。
目の前に存在するそれは異質だった。自然の洞窟の中に、明らかに人の手によって築かれたと解る、それ。
「なんでしょう、これ?」
「なんだろう。……柱、かな?」
ティアラの呟きに、フリッツは首を傾げながらも答えた。
円柱形をした『柱』のようなものが、突如として姿を現した。
四人はその大空洞に足を踏み入れた。今までの細い道とは違い、足場はしっかりしている。もともとあった自然の大きな空洞に少しばかり人の手が加わっているようで、柱らしきものがある場所までにはいくつか階段があり、一行はそこを降りていった。
四人は各々、首を後ろに傾け、あるいは反り返って柱を見上げた。柱の高さは洞窟の天上まで続いており、暗闇に吸い込まれて先は見えない。その直径は、小さい家なら何軒か収まってしまいそうなほどだった。
フリッツは柱に近寄った。恐る恐る、触れてみる。そして柱に走っている、見たこともない不思議な文様に目を奪われた。
その瞬間、柱に刻まれた文様が青く光り始めた。
「わっ!」
フリッツは飛び退いた。青い光は、なにかに呼応するかのように点滅を繰り返す。
すると今度は、ティアラがラクトスの荷物を指差し、声を上げた。
「見てください、こちらも何か光っています!」
ラクトスの荷物から、柱の文字と同じように青い光が漏れている。ラクトスは冷静に、自分の荷物の中から光る物体を取り出した。
やはり、光っているのは預かってきた宝玉だ。一定のリズムで輝き始め、その様子はまるで生き物が脈打っているようでもある。それに合わせて、柱の周りに彫られた文字も同じように光っているのだ。
ラクトスは腰を折って柱の文字に目を凝らす。いくつかの線と、複雑な幾何学模様が絡み合っている。
「村人の刺青の文様に雰囲気が似ているが、どこか違う気もするな。魔法の古代文字とも違う。これは……」
「待って。あっちも光ってるわ」
ルーウィンの指差す先は、天上の亀裂からわずかに光が差し込んでいる場所だった。その真下に、これもまた明らかに人の手で置かれたであろうものがある。降り注ぐ光は、それを穏やかに照らしている。
「台座って、あれじゃない?」
四人は台座に駆け寄った。
台座の中心には丸い窪みがある。それもぼんやりとしたへこみではなく、しっかりと半球の形に繰り抜かれたものだ。他にそれらしきものは無く、島民の言う台座とはこれに間違いない。
目的のものを目の前にして、ルーウィンは言った。
「案外楽勝だったわね。モンスターの襲撃も、最初をやりすごせば大したことなかったし」
「雑魚ばっかりだったが、その分時間は食っちまったな。水位がとんでもなく上がってる、なんてことになってなけりゃいいが」
「そうならないように、早く置いて帰ろうよ。あんまり長居すると、良くないんでしょ」
不穏な言葉を悠長に言ってのけるラクトスを、フリッツは急かした。来た道が海水に飲まれてなくなっているかもしれないなど、考えただけで恐ろしい。
「まあいいわ。とっとと終わらせちゃいましょ」
「ええっ。いきなり置くの? 光ってるのに?」
狼狽するフリッツに構わず、ラクトスから宝玉を取り上げたルーウィンは、さっさと台座の中心に宝玉を安置した。彼女以外の三人に、わずかに緊張が走る。
しかし、台座に特に変化は無い。ティアラは首をかしげた。
「何も……起こりませんね?」
その瞬間、宝玉が強く光を放ち、台座も眩しいほどに輝き出した。暗い洞窟に突如満ちた光は、強い刺激となって四人を攻撃する。
宝玉と台座を中心に、空間に光が満ちる。あまりのことに目を開けていられず、四人はそれぞれ腕で目を覆った。
しかし異変は、それだけでは終わらなかった。
地鳴りがする。振動が起こる。
洞窟が、空洞が横に縦に揺れ始めた。
「きゃっ!」
「何よ、この揺れ!」
ティアラがふらつき、それをルーウィンが受け止めた。しかし周りは見えず、肝心の足場も揺れている。
「何! どうなってるの?」
フリッツは声を上げた。
身体に緊張が走る。嫌な揺れが、直感的に身体に信号を出す。不安になり、身体のあちこちが萎縮する。洞窟にしては高い天井から、パラパラと砂埃や欠片が落ちる気配がした。
横に、縦に、揺れる。
しばらくすると、揺れは収まった。
「何だったんだ、今のは」
「待って、なにか聞こえる」
ルーウィンが眉根を寄せ、小さく呟く。
「人の気配だわ」
人の、足音。
それも数人ではない、幾つもの足音が聞こえる。
フリッツは剣を身構えた。ルーウィン、ラクトス、ティアラもそれぞれ戦闘体制に入る。
ルーウィンは目の端だけでフリッツを見た。
「フリッツ、相手はおそらく人間よ」
「わかってる」
フリッツは目を細め、柄にやった手に力を入れた。これだけの気配だ、場合によっては人間相手に戦わなければならない可能性もある。本当は嫌だが、四の五の言っている場合ではない。
しかし、向こう側からやってくるものたちは一体何者なのか。自分たち以外に、この浸食屈に先客がいたというのか。同じ入り口を使って? それとも別の入り口から?
そうこう考えを巡らせているうちにも、気配はこちらへと近づいてくる。しかし、満足に明かりがないために相手の姿を捉えることができない。
「最近よく会うわね。ここまで頻繁だと、運命感じちゃう」
突然響いた声に、四人は警戒を強める。女の声だ。
どこから聞こえたのかとフリッツは左右を見やる。しかし、何者の姿もない。そして顔を正面に戻した時、フリッツは息を呑んだ。
先ほどまでは、誰もいなかったはずだ。しかしそこには、確かに人が立っていた。
「……ルビアス!」
フリッツは低く唸った。
すらりと長い手足に、豊かな胸。黒く切り揃えた短髪に、紅い唇。
不敵な笑みを浮かべて立っているのは、今まで幾度と無くフリッツたちの目の前に現れた、漆黒竜団のルビアスだった。
そして気がつけば、フリッツたちは四方を漆黒竜団に囲まれていた。




