第7話 剣匠ゼンダッタ(中編)
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「おいおい、ゼンダッタ先生よう。
それじゃ、どうあっても、この騎士テグロ・マンダ様に剣を売らねえってんだな」
まだかなり距離があるのに、騎士テグロのがらがら声が聞こえる。
ゼンダッタがそれに何か答えているようだが、その声は聞き取れない。
バルドとシャンティリオンは、少し馬足を速めた。
「下手に出りゃあ、つけあがりやがって。
身分賤しい鍛冶屋の分際で、この騎士テグロ・マンダ様に逆らうなんてよ。
こりゃ、どんな天罰を受けても文句は言えねえなあ。
ああんっ?」
騎士テグロの仲間たちが笑っている。
身分賤しき者、とテグロは言ったが、たぶんあのゼンダッタは士分だ。
所作や話しぶりをみていれば、それは明らかである。
対する騎士テグロのほうは、控えめに言っても騎士らしくはない。
「その目つきが気に入らねえなあ。
領主の野郎の助けをあてにしてるのか?
そいつは残念だったな。
領主のやつは、もう口もきけねえよ。
何しろ、この騎士テグロ様の剛剣をまともにくらっちまったんだからな」
騎士テグロがひどく騒がしい笑い声を立てた。
「おい、お前ら。
かまわねえから皆殺しにしろ。
探しゃあ、魔剣やら何やら、出てくるに違えねえ。
さっさと仕事を済ませて、こんなしけた所からはおさらばよ。
なんだ、てめえらは!」
最後のひと言は、到着したバルドとシャンティリオンに向けられたものである。
「武器も持たねえで、そんな薄っぺらな革鎧で、まさか俺たちと戦る気か?
うれしいねえ。
俺はなあ、大好きなんだよ。
そういう身の程知らずに命乞いをさせてから殺して、腹を切り開いて臓物を見るのがよ。
知ってるか、お前ら。
弱虫野郎の臓物ってなあ、生っ白え色をしてるんだぜえ」
バルドの後ろにいたシャンティリオンが、横に並んできて、ちらと目線を寄越した。
どうしましょうか、と訊いているのだ。
命は取らんようにの、とバルドは言った。
小さくうなずいてシャンティリオンはベイクリを駆って飛び出した。
荒くれ騎士たちも、ののしり声を上げながら馬の向きを変え、襲い掛かってきた。
金属鎧なしの二人が剣を振り上げて迫る。
その一頭の正面にシャンティリオンはベイクリを進めた。
相手が思わず馬足を止めたところで、その左側で突出していたもう一頭の馬に、横腹を合わせるかたちで接近した。
相手はあわてて剣を振り下ろそうとしたが、シャンティリオンは素早くその手首をたたき、剣を奪い去った。
そのままシャンティリオンは前方に飛び出したのだが、そのときにはすでに剣を奪った騎士の左手首を深々と斬り裂いていた。
そしてもう一人の剣使いの剣を、持った右手ごと斬り落とした。
馬を止めずシャンティリオンは進む。
ごてごてした金属鎧を着けた二人は、バトルアックスととげ突き棍棒を振り上げた。
シャンティリオンは二人の間にベイクリを進めた。
そして、振り下ろされるバトルアックスととげ突き棍棒を、持ち手の部分で斬り落とした。
バトルアックスは遠くに飛んでゆき、とげ突き棍棒はバトルアックスの騎士の顔面を直撃した。
むろん、狙ってやったのである。
シャンティリオンは、とげ突き棍棒を持っていた騎士の兜のすき間を突いた。
突き込む速度も素晴らしいが、引く速度もまた素晴らしい。
剣先は相手の眼球を貫いたはずだ。
目を突かれた騎士は、顔面を手で押さえながら馬から転がりおちた。
とげ突き棍棒が顔に飛んできた騎士も、うめき声を上げながら顔を押さえている。
シャンティリオンは、敵の籠手にすき間を見つけたようで、剣を一閃させて右手の親指を斬り落とした。
たまらず相手は落馬した。
乗り手を失った四頭の馬は、家の前の庭の方向に逃げて行った。
「おい。
この盗人野郎!
人の武器を盗むとは、なんてえ卑怯な野郎だっ。
俺様が成敗してやるから、そこを動くんじゃねえっ」
と、騎士テグロ・マンダが叫んだ。
その全身はごてごてとした突起や飾りでいっぱいで、攻撃できる部分が見当たらない。
そのとき、剣を奪われ左手を斬られて転倒していた男が、仲間が落とした剣を拾ってシャンティリオンに後ろから襲い掛かる気配をみせた。
バルドを乗せたユエイタンが、すっと前に出て、その右前足を軽くその男の腰に打ち付けた。
野生馬の蹄は硬く頑丈である。
そしてユエイタンはバルドがその生涯で見た中で最も巨大な馬といってよい。
その一撃は軽く繰り出されたようであって、実はとてつもない威力を持っていた。
男は遙か前方に吹き飛ばされて、悶絶した。
騎士テグロ・マンダが野獣のような雄叫びを上げて襲い掛かった。
その得物は剣であるが、なかなかよい品にみえる。
シャンティリオンはベイクリを右前方に進めた。
二人はお互いを左に見ながら行き合う。
テグロの剣が振り下ろされかけたところで、その剣を持つ右手首をシャンティリオンが剣で打った。
ああ、これはあの鎧越しに衝撃を与える技だな、とバルドは思った。
だが、騎士テグロ・マンダは、そのまま剣を振ってきた。
シャンティリオンの技は失敗したようだ。
だが恐るべきスピードでシャンティリオンは剣を引き戻した。
そしてなかなかの速度で振られた騎士テグロ・マンダの剣を受け止めた。
受け止めたのだが、シャンティリオンの剣は折れてしまった。
いかん。
シャンティリオンは、剣なしではこの敵と闘えん。
とバルドが思うと同時にユエイタンが前に出た。
ろくに助走も取らずに跳躍し、のたうっている敵を飛び越えて、騎士テグロ・マンダの前に降り立ったのである。
バルドは古代剣を抜き、テグロ・マンダの剣に撃ち当てた。
その撃ち当てた箇所で、テグロ・マンダの剣は折れて飛んだ。
スタボロスの名を心で呼びながら、バルドはテグロ・マンダの兜を打ち据えた。
兜は真っ二つに斬り分かたれた。
その下から現れたのは、髪も髭もないぶくぶくに太った大男だったが、黒い目はくりくりとして妙にかわいいものがあった。
テグロ・マンダは目を回し、落馬して動きをとめた。
「ついに本当の魔剣に出逢えただけでも望外の喜びでしたが、こうしてそれが振るわれるのを目にできるとは。
果報これにすぐるものはありません」
と、どこかで聞いたような声がした。
見れば、ゼンダッタの屋敷に来る前に会った老人が、ゼンダッタの後ろに立っていた。
その言葉遣いも物腰も、最初に会ったときのように野卑な感じがなく、上品さと威厳を感じさせた。
「師匠。
本当の魔剣とは、どういうことです」
ゼンダッタが老人に訊いた。
ゼンダッタの師ということは、この老人も刀匠なのだろうか。
「それは、あとじゃ。
騎士様がた。
危ういところをお救いくださり、お礼の言葉もございません」
そう言ってバルドたちに礼を取った。
ゼンダッタや、一緒に立っていた弟子や下人らしい人々も礼を取った。
それから老人は弟子や下人に命じて狼藉者たちの装備を外させ、縛り上げさせた。
ゼンダッタは、それを手伝わず、ある物を拾い上げて、じっと見ている。
騎士テグロ・マンダが持っていた剣をバルドが折り砕いた物である。
「あれはあの者が、当代のゼンダッタが打った剣でしてな。
魔剣ではありませんが、剣としては最上級の立派なものでした。
領主様に差し上げたものなのですがな。
騎士を名乗るこの無法者どもが、領主様の館で何やら事をしでかしたのは間違いないでしょう。
恐らくは馬も領主様の館から盗み出したものではないかと思います。
急ぎこの者どもを、引っ立てていくことにします」
と老人が言うのがまことにもっともなことに思えたので、バルドとシャンティリオンは同行することにした。
バルドは自分たちの身分を明かした。
一応の手当をしたあと、無法者どもを乗ってきた馬に乗せてくくりつけ、引き立てて行った。
老人は残った。
5
領主館は大騒ぎだった。
手薄だったときに騎士テグロ・マンダの一味に襲われたらしい。
領主もけがを負わされていた。
出払っていた騎士たちをかき集め、これから討伐隊を出すところだったのである。
騎士テグロ・マンダは、最近どこからかやって来て、決闘屋で荒稼ぎを始めた。
それも手下に相手を挑発させて決闘を申し込ませたうえで、騎士テグロ・マンダが代理で出場するという、いささか卑怯なやり方をする。
むろん、勝ったあとは高額の身代金を巻き上げるのである。
今住んでいる屋敷も決闘で取り上げたものだ。
平民たちにも相当の無体を働いているという。
苦情が多くなり、領主としてもほっておけなくなった。
そこでまず騎士証書を提出することを命じた。
出てきた騎士証書は本人の名で書かれていたが、遙かかなたの国で修行を積み、誰も名を知らないような騎士から叙任を受けたことになっているし、そのあとに並べ立てられた功績も、嘘臭さ満点の代物であった。
しかし内容があまりにでたらめすぎるため、偽りであることを証明するには、それなりの知識のある人物を呼ばなければならない。
どうしたものかと思案していたところ、この事件が起きたのだ。
騎士詐称は極めて重い罪に問われる。
領主襲撃も、決闘の作法も踏まない狼藉そのものの行いであり、情状酌量の余地はない。
テグロ・マンダとその一味は、公開の場で罪状を告白させられ、全財産を没収されたうえで死刑に処せられるだろう。
この五人以外仲間もいないということだから、ゼンダッタが逆恨みで報復されることもないだろう。
だが、ゼンダッタが折れた剣を領主に見せたところ、別の問題が起きた。
この剣は領主が名工ゼンダッタに依頼して作らせた逸品で、これと引き換えに、領主はゼンダッタに住まいを与え、燃料と食料を提供していたようだ。
領主が怒ったのは、名工が鍛えた名剣のはずが、こんなに簡単に折れてしまった、ということである。
家宝と呼んで、ほかの騎士たちに見せびらかしていた剣なのである。
つまり、ゼンダッタは偽物かもしれず、そうなるとその罪は重いのである。
バルドはやむを得ず、王印の刻まれた短剣を出した。
シャンティリオンからそれを受け取った領主は、しばらくしてそれが何であるか理解した。
目を大きく見開き、わなわなと口をけいれんさせたのである。
そこに、王陛下直属中軍正将バルド・ローエン卿閣下にございます、とシャンティリオンが説明を加えたものだから、領主は思わず片膝を突いて最も深い礼をした。
周りの者もそれにならった。
バルドは領主に言った。
領主殿。
わしは密命を受けて旅をしておるが、この地の政に口を挟む気はまったくない。
突然ご領地に現れてご不快に思われるかもしれんが、お許しくだされよ。
ここにはゼンダッタ殿に用があって参っただけで、すぐにも立ち去りますのでな。
こたびの争乱も、わしが関わったとなると事が面倒になる。
すべて領主殿の采配で収めたことにしていただけまいか。
こう言われてみて、領主も気付いた。
事は、国の大将軍に凶刃を向けるような輩を放置し、あまつさえ領主の居館を襲撃されて家宝を持ち去られた、という事件なのである。
王都に知られれば、極めて不名誉で不遇の未来が待っている。
それを一切なかったことにしてくれると、バルド大将軍は言っているのである。
あわててこくこくうなずくと、ご配慮まことにかたじけなく存じます、とバルドに礼を述べた。
バルドは人のよさそうな顔でゼンダッタのほうを向くと、わしは王都には知り合いがすくないゆえ、また手紙でも下されよ、と話し掛けた。
つまりゼンダッタは大将軍に直接手紙を出せるほど親しいのであり、今後無理難題を仕掛けるようなことがあれば、それは大将軍の耳に届いてしまう、と領主に思わせたのである。
居並ぶ人々は、みなバルドの言葉を、耳を馬のように振り立てて聞いている。
人間というのは不思議なもので、宝石を石だと思えばくすんで見えるし、石を宝石だと思えば輝いて見える。
今やこの人々には、バルド・ローエン大将軍は威厳と気品のかたまりに見えているはずだ。
つい先ほどまでは、どこのこじき騎士かと思っていたはずであるが。
バルドはさらに、もう一押しを加えた。
領主殿。
ゼンダッタ殿の鍛えた剣はまことに名剣であった。
わしもこの年まで、魔剣以外ではあれほどの剣は見たことがない。
じゃが打ち合わせた剣が悪かった。
事情があって銘は明かせぬが、この国の歴史の中でも特に優れた魔剣なのじゃ。
あの偽騎士がゼンダッタ殿の剣でわしに斬り掛かってきたからのう。
思わず魔剣で応じてしもうたのじゃ。
この言葉によって、領主は、自分の館からふがいなくも盗み去られた剣が大将軍に振り下ろされたという事実を突き付けられたことになる。
少し顔を青ざめさせながらも、領主は、その魔剣はいずこにございますか、と訊ねてきた。
無礼な質問であるとはねつけてもよかったが、バルドは親切そうに答えた。
おお!
さすがにゼンダッタ殿の鍛え上げし名剣よ。
魔剣のほうにも大きな傷が残ってしまったのじゃ。
ゆえに研ぎ直しのために、ゼンダッタ殿に預けてある。
研ぎ直しが終わったらお持ちしてお見せすることにしよう。
領主はあわてた。
それでは剣を見せにやって来いと、大将軍を呼びつけたことになる。
そうでなくても、バルドには早く姿を消してほしいはずなのである。
いえけっこうです、お越しいただくにはおよびませんと、しどろもどろになりながら口にした。
その後、バルドの仲立ちで、ゼンダッタは領主のために新しい剣を打つことになった。
もちろん材料費と手間賃は領主が新たに出す。
領主はバルドにぜひにと逗留を勧めたが、バルドは好意に感謝しつつ辞退した。
誘いを受けたときの驚き顔が見てみたい誘惑に耐えて。
バルドとシャンティリオンは、ゼンダッタの家に泊まることになった。
ゼンダッタの家に帰ると、老人が迎えてくれた。
老人は先代のゼンダッタだった。
質素だがなかなか楽しい夕食のあと、ちびりちびりと酒を酌み交わしながら、老人は魔剣の話を語った。
5月16日「剣匠ゼンダッタ(後編)」に続く




