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辺境の老騎士  作者: 支援BIS
序章 旅立ち
7/186

第4話 勅使と盗賊(前編)



 1


 薬師の老婆と別れ、再び一人になった。

 時刻は夕方に近い。

 目の前に見える村に入った。


 村のそばに川がある。

 水の豊かな川だ。

 この川は、大障壁がある山地のほうから流れてきているのではない。

 そうであれば、東から西へ向かって水は流れる。

 この川は、北から南に向かって流れている。

 大河オーヴァの支流なのだ。


 ということは、泳いでいる魚も、今までとはずいぶん違うはずだ。

 オーヴァの魚は、とても種類が多く、うまい。


  楽しみなことだの。

  のう、スタボロス。


 と、荷を背負う老馬に話しかけたが、むろん返事はない。 

 名前だけは知っている村だった。

 もっと小さな村だと思っていたが、意外と大勢の人が住んでおり、共同食堂宿(ガンツ)まであった。

 ガンツは、にぎわっていた。

 馬つなぎにスタボロスをつなぎ、宿の中に入って、泊まれるかのう、と聞いた。


「おう、いいともさ。

 ちょうど一部屋()いてるよ。

 それにしても、あんた、運がいいね。

 こんな日に、ここに泊まるなんて」


 ずいぶん上機嫌で女将(おかみ)が言うので、運がいいというのは何のことかの、と尋ねた。


「あら、知らなかったのかい。

 王様が戴冠なさったんだよ!

 そりゃまあ、立派な王様でね。

 こんな田舎の村にまでお使いを寄越されてね。

 今日ここに来た人には、一人一杯、酒がふるまわれるのさ。

 ウェンデルラント王陛下のおごりでね!

 さ、あんたも一杯やっとくれ」


 つがれたのは、水で薄めた蜂蜜酒だった。

 あまりよい味ではなかったが、もらい物に文句を言うわけにはいかない。

 その一杯を飲み干すまでに三度、ウェンデルラント新王に乾杯した。

 そして、自分の払いで蒸留酒を注文してから、ウェンデルラント王のことを聞いた。

 女将は、あちらこちらと忙しく立ち働きながら、バルドに事の次第を説明した。


 オーヴァ川の向こうに、パルザム王国がある。

 パルザム王国は、ほかの大国と戦争していたが、去年、勝った。

 戦争は大激戦で、王太子ほか、何人もの王子が死んだが、最後の最後で、ウェンデルラント王子が軍を指揮して勝利した。

 ウェンデルラント王子は凱旋して英雄となったが、高齢で病床にあった王が、安心のためか死んでしまった。


 次の王を誰にするか、もめにもめた。

 ウェンデルラント王子は、王太子より年上で、人望もあり、功績も抜群だったが、母親の身分が低いため、王位継承の可能性があると思われていなかった。

 しかし、今や王子は救国の英雄で、軍部の支持も高い。

 結局、ウェンデルラントが王位に就くことが決まり、戦勝と前王の死から一年して、戴冠式が行われた。

 王は、戦勝と戴冠の喜びを広く伝えたいと考え、勅使を各地に派遣し、祝い金を下賜しつつ新たな統治方針を説いて回っている。


 女将が説明したのは、そのようなことだった。

 こんな田舎の村にいながら、恐るべき情報収集である。

 パルザム王国が戦争に勝ったこと、その立役者のウェンデルラント王子が王位を継ぐことなどは、バルドも聞き知っていたが、この女将の情報は、それより詳しいものだった。


 バルドは、あきれた。


 辺境はあまりに広く、パルザムからは遠すぎ、村や街はあまりにまばらである。

 徴税するにも、兵を遣わすにも、法を()くにも、ひどく不便で、割が合わない。

 今まで、パルザムのみならず、いくつもの国が、この大陸東部辺境の一部について、領有を宣言したことがある。

 しかし、実効的な統治をした国はない。

 大河オーヴァが、それを拒んでいる。


 いくらか現実的なのは、有力な領主を代理者に任命して、間接統治を行うことであるが、それはパルザムのみならず、いくつかの国がすでに行っている。

 行っているが、機能はしていない。

 大国が把握も制御もできないままに、現地では次々と勢力図が描き換えられていく。

 魔獣の襲撃や自然災害で村や街が全滅することも、珍しくはない。


 結局、今まで大陸中央の国々と辺境をつないでいたのは、わずかな人の行き来と商業交流だけだ。

 オーヴァ川の西にはいくつかの国があるが、唯一パルザム王国だけが、川のほとりに交易村を設けている。

 こちらから川を渡って行きさえすれば、交易もできる。

 交易村から馬車に乗れば、パルザム本国に行くこともできる。

 学問をしたり、都会で一旗揚げたい人間は、パルザムを目指す。

 大陸東部辺境では、パルザム王国の名は、少しばかりの親近感とあこがれを持って語られるのだ。


  こんな所でワインをまき散らしても、王の名前など三日後には忘れられているだろうにのう。

  奇特なことだわい。


 などと考えながら食事をつまんでいると、酒場のざわめきが急に静まった。

 立派な装いの騎士が入って来たためだ。

 騎士は、張りのある若い声で問い掛けた。


「皆、くつろいでおるところを申し訳ない!

 薬師(くすし)か、病気に詳しい者はおらぬか。

 特別辺境勅使バリ・トード司祭様が急病なのだ。

 手足が急に冷え、激しい頭痛を訴えられ、今、高熱で意識がない。

 助けられる者はいないか」


 こんな田舎に薬師などいるわけもない。

 リンツに戻れば薬師がいるが、今現在危篤であるらしい司祭を助けられる者はいない。

 〈河の向こう〉から来た騎士などに関わりたいとは誰も思わないのだ。


 バルドは、立ち上がって、詳しい症状をお聞きしたい、と申し出た。

 そなたは薬師かとの騎士の問いに、薬師ではないが、もし自分が思っている病であれば、ただちに手を打たねばならない、と答えた。


 バルドは、すぐに村長の家に連れていかれた。

 村長自身は不在である。

 勅使の到着を次の村に伝えて宿舎などを手配するために出ている。

 村長の妻は娘の出産のため嫁ぎ先にいて、これも不在。

 家には食事などの世話をする少女が二人いるばかりで、司祭の急病に対処できない。

 村人の中に薬の知識を持った者もあるかもしれないと、わらにもすがる思いで酒場に行ってみたのだ、と若い騎士から説明された。


 特別勅使であるという司祭のそばに、年配の騎士がついていた。

 若い騎士が簡潔に説明し、年配の騎士は、よろしく頼む、とバルドに頭を下げた。


 司祭の様子をよくみたところ、ゲリアドラによる症状ではなかった。

 この地域ではよく知られた〈一夜熱〉と呼ばれる病気だった。

 薬師の老婆は、蚊がこの病のもとを運ぶのだという、不思議な持論を教えてくれた。

 突然高い熱が出るので驚くが、たいていは(ほお)っておいても二、三日で治る。

 ただ熱が高すぎると意識不明に陥り命を落としたり、体の一部が動かなくなったりすることもある。


 バルドは、本職の薬師ではないが、わしの診立てではこうである、と説明した。

 そのうえで、熱冷ましの薬草があるので、よければそれを処方できること、また、部屋を温かくして水分をじゅうぶんに摂らせることが大切である、と述べた。

 年配の騎士が、よろしく頼む、と再び言い、バルドは、薬草をつぶし、煎じて、吸い口で病人に与えた。


 幸い、病人は、薬も水も飲んでくれた。

 火鉢と水の入った鍋が持ち込まれ、寝室は熱気で暑くなった。

 バルドは、汗をかきながら、病人の面倒をみた。

 若い騎士が、意外な手際よさをみせて手伝った。

 二人の従者もよく働いた。

 年配の騎士は、部屋から出ることなく、ずっと司祭を見守った。

 暑い部屋の中で、服装と姿勢を崩さずに。


 真夜中すぎ、いやな匂いのする汗を大量にかいたあと、容体が落ち着き、安らかな寝息を立てるようになった。

 年配の騎士は、一同にねぎらいの声を掛け、交替で休みを取るようにと指示した。

 夜明けごろには熱も下がり、病の兆候はことごとく消えた。

 もう大丈夫でござろう、とバルドが言うと、年配の騎士はわざわざ椅子から立ち上がって、バルドに一礼した。


「まことにかたじけない。

 貴殿には感謝の言葉もない。

 そういえば、まだお名前をお聞きしていなかった」


 名を名乗ると、年配の騎士は、


「もしや、〈人民の騎士(ガルデガーシ・グエラ)〉殿か」


 と言い、謹厳そのものの顔を少し(ゆる)めた。






4月22日「勅使と盗賊(後編)」に続く

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